日本ボクシング連盟・山根明会長の会見から感じた根本的価値観・常識のズレ:愛情・恩義による独裁

国内アマチュアボクシングを管轄する日本ボクシング連盟の山根明会長(78)に、「奈良判定(奈良県出身の選手を不公平なジャッジで勝たせる判定)」や「リオデジャネイロ五輪の成松大介選手への助成金240万円の分配強要」の疑惑が掛けられ、連盟における独裁的な支配体制も問題視されています。連盟所属の333人から、山根明会長の行状を指弾する告発状が出て、会長職からの退任要求が出されていますが、本人は進退問題への発展を拒絶し、内部告発された内容の疑惑を晴らすためにマスメディアの取材に応じました。

濃い色付きのサングラスに柄物シャツの威圧的なファッションでマスメディアに登場した山根明会長は、感情的な態度と激しい口調で自分を批判する勢力に反論しましたが、「反論している内容」は現代の一般的な社会常識やコンプライアンス、フェアプレー精神(スポーツマンシップ)からはかけ離れていました。自分を絶対的な正義・上位者の立場に置いて、自分に反対したり自分を批判したりする会員・選手をすべて「恩知らずの無礼者・過去の恩義を忘れた裏切り者」にしているだけなので、まともな議論が成り立つとは思いにくい状況でもありました。

「奈良判定」に関しては複数の証言者がいて明らかに判定がおかしい試合の録画もあるようですが、本人は「ボクシングの試合に対する不正な審判の指示・介入」に対しては全否定していて、あくまでアマボクシングのポイント制の結果に過ぎないという立場を崩しませんでした。

繰り返しテレビ報道された「スイートルームや豪華な椅子の確保+お酒・ミネラルウォーター・おつまみ・お菓子などの備品+職員総出の物々しい出迎え(見送り)+賭け麻雀+理事に肩もみ(足もみ)をさせる」に対しては、数回は賭け麻雀をしたことがあるが、それ以外のことは関係者が勝手に忖度や気遣いをしただけで、自分の側から要求したことは一切ないという回答でした。しかし毎回のように、スイートルームを予約して大量のお供え物と揶揄された物品を準備してもらっていたのを受け入れていたのは事実で、本来であれば「ここまでの過剰接待は必要ない旨」を自分の口から申し出るべき状況であったようにも思われます。

「選手の悪口は言わない」と宣言しつつも、自分に対して批判的なボクシング選手に対しては痛烈な非難をしていました。助成金の3人での分配を強要されたと証言した成松大介選手(リオ五輪代表)には「大人しい顔をしていたので騙された(その場では本人が快く納得してくれたと思った)」と語り、「悪しき古き人間たちは引退すべき」と山根氏を含む幹部層を批判した村田諒太選手(ロンドン五輪の金メダリスト・WBA世界ミドル級王者)に対しても、「生意気だよ・社会人ではない」と攻撃的な口調で切り捨てました。

日本スポーツ振興センター(JSC)から交付された成松選手への助成金240万円の流用疑惑(強制分配疑惑)については、3人で分けた方がいいと思い指示はしたが強要はしていない、その後、自分が息子から貰ったロレックスを売って160万円を工面して成松氏に返金したとしています。

しかし、ここでも「成松氏に返金するために、息子から貰った大切なロレックス(高級時計)を仕方なく売った」と自分の親族との関わりばかりを強調していました。記者会見冒頭で「子・孫・ひ孫のフルネーム」で呼びかけるなど、かなり一般常識からはズレた「社団法人運営と公私混同した家族中心主義」の感性・考え方で会見に臨んでいるように見受けられました。

五輪代表を選出して政府のスポーツ監督官庁から助成金を受け取るなど公的な性格も強い日本ボクシング連盟ですが、山根明会長の取材から受けた違和感はやはり「日本ボクシング連盟の私物化」を無意識的に行ってしまっているのではないかということにつながっています。反社会的勢力の組長から「過去をばらすぞ」と脅迫されたことについても自分の口で語っていましたが、本人は約48年前に若気の至りで組員にはなっていないものの、反社会的勢力と何らかの接点があったことを匂わせる発言をしています。

元々、ボクシング(拳闘)やプロレスなどの興業・地方巡業などは、歴史的に反社会的勢力が取り仕切ることも多く、半世紀も前であれば日本ボクシング連盟に組員ではなくても愚連隊的な荒くれ者に類される気質の人たちが入り込んでもおかしくない時代背景があったのかもしれません。

山根明会長も1970年代以前の学歴・経歴・職業などが不明であることが取り上げられ、過去の空白期間に反社会的勢力に脅されるような何らかの出来事があったのではないかという憶測を生んでいるわけですが、「記者会見で自分が正しいと思って主張している内容(本人は正しいと思っているが世間の多くの人は感覚がズレ過ぎていると感じる内容)」を含め、過去の極道賛美の映画文化などの影響も含め、ジェネレーションギャップが大きすぎるように感じました。

本来、日本ボクシング連盟のような公的役割の大きな団体において、寿命が尽きるまで実際の権限がある会長職の椅子に座り続ける「終身会長」に就任できるということ自体が異常なことであり、「絶対的権力は絶対に腐敗する」という歴史上で繰り返されてきた権力欲の肥大による独裁を繰り返しただけにも見えます。

山根会長は他の理事・会員・選手たちに対して、常に自分が「大将・親分の自意識」で接しており、「今まで愛情・恩義をかけてやったんだから子分のお前が生意気な反論をするな」と言わんばかりの主張が多いのですが、「終身会長の身分・恩義の押し付け(忠誠の要求)」そのものが現代の倫理観や正しさの尺度にそぐわなくなっているのです。

村田諒太選手が金メダルを取った「ロンドン五輪」では、自分の息子をセコンドにつけて「世界のカリスマ・山根」と言われた「政治力」を有利なジャッジに働かせようとしたと言っていますが、こういった考え方自体が「スポーツのフェアプレー精神・公平な審判」に真っ向から反しています。プロボクシングでもチャンプになっている実力十分の村田諒太選手に対して、自分の政治力と根回しのおかげで五輪で金メダルが取れたのに、恩知らずで生意気だといった物言いはあまりにも身勝手で恩着せがまし過ぎるでしょう。

「奈良判定」の疑惑の背景にあるのも「政治力・忖度や威圧」なわけで、アマチュアスポーツの試合において「選手同士の勝負・競技の結果」以外の政治力や忖度が働けば、それは不正行為に等しい不公平なジャッジメントになってしまうのです。


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