千葉県の小学3年生女児殺害事件と盲点となった容疑者の『普通』に見られやすい属性

千葉県我孫子市で3月にベトナム国籍で小学3年生のレェ・ティ・ニャット・リンさん(当時9)が殺害されて遺体が見つかった事件で、県警捜査本部が14日午前にリンさんの自宅近くに住む渋谷恭正(やすまさ)容疑者(46)を死体遺棄容疑で逮捕したという。

長く殺人事件(死体遺棄事件)の容疑者につながる報道が出てこなかったことで、近隣住民の不安やリンさんの家族の悲しみも深まっていたが、『複数の状況証拠・現場の遺留物のDNA・ドライブレコーダーの記録』などによって『迷宮入り(未解決事件化)』させずに容疑者逮捕に至った事は本当に良かったと思う。

リンさん殺人事件のような幼児・児童生徒の子供(未成年者)を対象とする性犯罪と関連した殺害事件では、容疑者の属性に対するバイアス(偏見)がかかりやすく、『無職・非社交的・独身・子供なし・ひきこもり(陰気)・前科あり(性犯罪履歴)』等の属性が反射的に想起されやすいが、今回の事件はそういったバイアスを持たない男(厳密には表面的な家族の暮らしぶりや不動産賃貸業の自称などで目隠しされた男)が容疑者であった。

こういった偏見や差別感情には犯罪統計的に当てはまるものもあればそうでないものもあるのだろうが、その多くは宮崎勤の連続幼女殺害事件など過去に非常に強いインパクトのあった事件に引きずられたり、社会適応性が低ければ(平均的な性格・仕事・生活から離れていて社会に有益な役割を果たしてなかったり経済的・対人的・性的な不平不満が多ければ)犯罪を犯しやすいという道徳的非難および異質性の警戒から形成されたものと考えることができる。

渋谷容疑者は『保護者会会長(二小会の会長)・通学児童の見守り隊・二人の子持ち(同棲の女性もあり)・地域参加の多さ・(自称)不動産賃貸業』などの属性や肩書きだけを見れば、こういった女児殺害事件の容疑者や子供を付け狙う不審者からは遠い存在であるようにイメージされるのが普通である。

だが、過去の職場の上司・同僚や知人の証言があったようにかなり昔から『ペドフィリア(小児性愛者)』であった可能性が高いとされ、地域住民もリンさんをはじめとする気に入った女児ばかりに話しかけて過度のスキンシップを取ろうとしたり、屋上のビニールプールに誘ったりしていたことが明らかになっている。

また職業を不動産賃貸業と称していたが、実質的には親から相続したマンション一棟をそのまま貸して家賃を得ているだけで、毎日事務所に出社したり新規物件の発掘・投資をしたりするような事業としての不動産賃貸業の実体はなく、仕事に拘束されずにほぼ毎日自由に動けるような生活であったともされる。

保護者会会長も周囲から押し付けられて就いた役職ではなく、女性ばかりの保護者会の中で自分から繰り返し立候補して異例な形で男性初の会長になったとも報じられており、学校や女児と怪しまれずにアクセスしやすい立場を得るために立候補したのではないかとの疑惑も出ている。保護者会の活動には熱心であった一方で、地域社会の行事や消防団・町内会などの役割、地域住民との交流には消極的であったともされ、地域参加が多いというのも『自分が興味関心のある学校・女児に関連するイベントやボランティア』だけであった可能性があるのだろう。

子供を対象とする性犯罪者になる人に対する上記した様々な偏見・決めつけのバイアスがあるわけだが、子供を犠牲者にする性犯罪者に共通する特徴として疑いなくあるのは『小児への性的興味(一般的な意味での子供が可愛いといった感性やふれあいとは異なる子供を大人同等の性的対象として見る視線・認知)』と『ペドフィリアの性嗜好障害』だろう。

無論、こういった子供相手の性犯罪率を有意に高める興味関心の特徴や性嗜好があることが分かっていれば、初めから保護者会会長や見守り隊としての参加を保護者・地域住民も認めないはずだが、残念ながらそういった興味や嗜好は本人が軽口を叩いて口を滑らせたりなどしない限りは簡単に他人には分からない。

性犯罪の前科があっても、保護者会(PTA)の会長人事などのために過去の法的な賞罰を公開させることは難しいだろうし、確実に性犯罪の前歴のある人を『子供に関連する職業・仕事・ボランティア』から遠ざけるのであれば、アメリカのミーガン法のような性犯罪者を必要限度の範囲で監視できるようにする法改正がなければ確実な事前排除はできないだろう。

性犯罪の前科者のGPS監視(犯罪が起こったら行動履歴確認)や子供のいる周辺住民への前科通告などを含め、どこまでの監視・警戒をすべきなのか、やりすぎてまっとうになろうとしている前科者の社会復帰を妨げないかというのはセンシティブな判断の割れる問題でもある。

男性保育士に女児のおむつ交換をしてほしくないという保護者の意見に対しても賛否両論があって、全体的には職業倫理を持っている男性保育士を信頼すべきという意見のほうが優勢だが、『内面で何を考えているか分からない・もし小さな子供に性的欲求を持つような人が紛れ込んでいたらと思うと心配』という気持ちも分からないものではない。

特に今回のリンさん殺害事件や最近続けて起こった小学校教諭の不祥事(着替えの盗撮・男児を裸にして撮影)など、社会的な役割や職業上の肩書きだけを見ると『子供を教育したり守ったりする立場にあるはずの人』が実は影で子供達を性的対象に見ていたことが露見してしまっていて信用がガタ落ちになってしまう。

リンさんが殺害されてしまったような凶悪事件は、日本全国の状況からすれば極めてレアなケースで、統計的には無視して良い誤差の範囲内ともいえるが、数十万分の1以下の確率でももしわが子が被害者(自分が当事者)になってしまったらという想像が働くので、どうしても体感治安や主観的リスクの認識が悪化してしまいやすいのである。

学校の先生や同じ年頃の子供を持つ保護者(PTAに参加している大人)くらいは、『子供に危害を加えない・子供が危ない時には助けようとしてくれる』という無条件の信頼を抱けないと『地域社会・地域コミュニティの安全安心』を地域住民・保護者の相互扶助の精神で維持し続けることができなくなってしまう。

今回の容疑者逮捕の決め手になったのは、『通学路周辺の聞き込み捜査・ドライブレコーダーの記録・遺棄現場の遺留物のDNA型との一致・容疑者の証言と防犯カメラの食い違い』であったとされる。

重要な証拠であるドライブレコーダーの映像記録がどんなものかについては公開されていないが、『通学路周辺でリンさんに近づく男(容疑者)の姿が映った記録』か『容疑者とリンさんが車に同乗している記録(前後の車のドライブレコーダーの記録)』かのいずれかがある可能性が示唆されているが、仮に後者のリンさんと同乗しているような映像が顔が確認できる形で残されているのであれば、連れ去ったという決定的な証拠にはなるだろう。

当初は、通学路や遺棄現場が田畑の多い場所で固定の防犯カメラが少ないために、捜査難航や未解決化が懸念されていたが、遺棄現場の周辺(どのくらいの近さかは不明)にある防犯カメラに容疑者の軽自動車が映りこんでいたが、容疑者が『その日は遺棄現場方面には車で行っていない』と証言していて、証言とカメラ映像との矛盾が生じて容疑が深まったという話もあるようだ。

遺棄現場の遺留物のDNA型と容疑者のDNA型が一致(酷似)したというのが科学的に事実なのであれば更に容疑は確固としたものになるが、この事件の解決には『通学路周辺・近隣住民の聞き込み捜査』も大きな役割を果たしていた。

出勤するわけでもない容疑者は、普段は朝の時間帯に軽自動車に乗って出かけることはなく、ほぼ毎日のように小学生たちの通学や道路横断を見守る『見守り隊』に参加していたが、リンさんが行方不明になった日に限って、見守り隊のボランティアに出ておらず、いつも止まっているはずの軽自動車がなかったと近隣住民が証言している。

これは警察の聞き込み調査では相当に重視される情報で、リンさんが行方不明になった日時に限って『普段と異なる行動を取って自宅にも見守り隊にもいなかった渋谷容疑者』がその時間帯に車に乗ってどこに出かけて誰と一緒にいて何をしていたのかというのは、かなり詳しく掘り下げて質問されたはずである。恐らく容疑者はその質問に警察が納得のいく返答、アリバイを証明してくれる第三者の存在を示せなかったのではないかと推測されるが、更に捜査範囲を広げて防犯カメラを調べた結果、どこかのカメラに容疑者の軽自動車が映っていたのかもしれない。

ベトナムから来日して日本の学校や友達に馴染んで元気に通学していたリンさんの写真やご両親(ベトナムにいる親族の方たち)の悲しみ・怒りの深さを見ると、許されない卑劣で残酷な殺人事件であることは疑いないが、何の罪もない無邪気な子供を殺すことまでしなくても良かったのではないかとの思いは残る。

容疑者は事件に関与したか否かの認否すら明らかにせず、ひたすら何もしゃべらない黙秘を貫いているが、この真相解明を妨害するような態度も『自らの卑劣な犯罪に対する反省も後悔も何もないのではないか(自分がとりかえしのつかない悪事をしたという自覚がないのではないか)』『自分の罪・悪やリンさんの死の重みと向き合わずに全てを曖昧にして逃げるような形で裁判まで雪崩込むのではないか』との不信感を強めている。

容疑者の段階なのだから本当にしていないならしていないと根拠・証拠を当てて否認すべきなのだが、やったともやっていないとも言わずに仏頂面で黙秘を続けるというのは無反省であると同時に卑怯・愚劣・横柄な犯罪者という認識を否応無しに強めてしまう。

保護者会会長のような立場で子供達の身近にいる大人が、子供を性犯罪・殺人のターゲットにするような事件をどうすれば未然に防げるのかという課題は残るが、殺人は極めてレアなケースであり現実的に同じような属性を持つ大人が再び同種の殺人を起こす可能性は低いだろう。

盗撮なども含めた広義の性犯罪の予防は『できるだけ二名以上の大人で子供の見守り活動を行う』や『過度のスキンシップ(異性・特定の子供への偏った干渉)や自宅への勧誘など普段の怪しげな行動に少し意識して気をつける』『子供に日常的に関わる職業や役割に参加する場合は過去の性犯罪の履歴などを簡易チェックできる仕組みを法整備する』くらいしかないが、この事件の容疑者にしても犯罪が発覚してから後付けで『そういえばあの行動はおかしかったという証言』こそ多いが、その場にいて容疑者の振る舞いを見ていた場合には特別に犯罪につながる予兆・挙動とは認識できない恐れは高い。

子供相手の悪質・凶悪な犯罪を犯しそうなペドフィリアに代表される潜在的な趣味・関心・欲求を持っている人も、『敢えて子供と日常的に接するような職業・仕事・ボランティアに就かないようにする(子供との接点をできるだけ減らして大人の世界での活動や目的、家庭などに集中する)』や『家族・恋人・職業・社会的信用などを常に意識して考え(そういった犯罪をしてしまったら自分や家族、大切な人にどれだけの不利益が及び人に迷惑をかけるかを考え)、刹那的な性衝動や反社会的な欲望に流されないようにする』といった心がけも子供の人権を守るため、自分の人生を台無しにしない自衛のために大切だろう。

今回の事件では、実質的な仕事をしていない容疑者に『自由時間がありすぎたこと』や『見守り隊などで好みの子供と接する時間(ポルノ的メディアに触れる時間)を増やしてペドフィリアの衝動が刺激されて制御できなくなったこと』も事件のトリガーになってしまった恐れもある。

自分自身の仕事が非常に忙しかったり生活のためにしなければならないことが多かったり、労力のいる職業上の目的があったり、犯罪的でない興味関心への没頭があったりすれば、リンさんの殺害事件から自発的に遠ざかることができた可能性もあるが、仕事に拘束されていない『時間・体力の余裕』が悪い意味で『性的な欲求や妄想・犯罪行為(快楽的な異性関連)の想像の方面ばかり』に費やされてしまったことも根本にあるように感じた。

儒教の小人閑居して不善を為すではないが、自分のやるべきことややりたいことに熱中できていないと、どうしても犯罪でないとしても異性・性・遊びの方面ばかりのイマジネーションや衝動性が刺激されてしまうタイプの人もいる……この事件のことだけに限らない一般論としても、仕事でも家族や趣味でも学術でも社交でも何でも良いが、自分が道を踏み外さずに真剣に人生を生きるだけの何かを見つけ、生き甲斐や自己実現を得るために努力を継続して時間・労力を注ぎ込めることが、『他者を傷つける悪事(反社会的な犯罪欲求・暴力性・性衝動・浪費癖・依存症など)』から自発的に己の意志を遠ざけることにもなる。事件の真相解明や犠牲者のリンさんへの償いに資するような嘘偽りのない真摯な供述を容疑者には望みたい。


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