豊かな先進国でなぜ少子化が進むのか?:子供が自立するまでにかかるお金・時間と準備期間による晩婚化

移民政策や婚姻の束縛緩和(未婚カップルの法的承認)などの弥縫策によって若干の出生率の上昇はあるが、近代化を体験して発展した先進国は概ね少子化に陥る。日本もドイツやイタリア、韓国と並んで特に女性特殊出生率が下がっている先進国だが、それはなぜなのだろうか。

子供の少ない先進国を、アジア・アフリカ・中東の出生率の高い農業国・途上国と比較すると、『乳幼児死亡率の低さ・子供を自立させるまでに年月とお金がかかる(児童労働の禁止・子供の人権保護)・男女平等(性別役割規範の衰退・女性の人権保護)・核家族の増加(多世代の直系家族の減少)・地縁血縁のゲマインシャフトの衰退(結婚・出産を自明の義務とする同調圧力の減少)・庶民が持つ知識情報の増加と合理的な未来予測・恋愛結婚の増加(さまざまな条件での配偶者の選り好み)』などの違いが分かってくる。

現代の先進国の人々に対して、結婚・出産育児に関する意識調査のアンケートを実施すれば、『子供を持たない理由』として上がってくる答えには、『適当な相手(配偶者)が見つからない・経済的に子育てが困難である』が多いが、これに対して『昔はもっと貧しくても沢山の子供を産んでいたではないか』という反論をする人もいる。

しかし、上記したように貧しい国で子沢山になるのは、学校教育が十分に普及しておらず、庶民がはじめから高学歴を望まずに子供をすぐに働かせた(あるいは小さい頃に丁稚奉公に出すなどして親元から離して負担がなくなった)からである。

階級社会(生まれながらの身分の違い)を前提にして、一般庶民は就業前の専門的な教育・訓練・資格を必要としない肉体労働・単純労働(農業・工場作業・炭鉱・建設など)に就業することが当たり前とされ、仕事をしながらOJT(現場での指導・訓練・上下関係)で新たな知識や技術、ノウハウを身につけていければいいという考え方であった。

そのため、子供の教育に多額のお金がかかるとか子供が自分のやりたい仕事をできるように応援するという発想自体が殆どなく、『産めば何とかなる・少し大きくなれば子供が家(親)の助けになる・貧しいなら貧しいなりに分相応で生きるしかない』と思いやすかったのである。

戦後間もなくまで社会全体が貧しくて大勢の人が低学歴であり、産業も発達していなくて高度な知識・技能・資格を必要とする仕事も少なかったため、大多数の庶民は『子供を健康・働き者に育てて分相応に学ばせて働かせれば何とか暮らしていける(特別な学歴・職業・親の援助などなくても真面目に働けば何とかなる、家庭くらい持てるはず)』という考え方をしていたことが推測される。

また国策・世間体・家族制度・地域の集団圧力が非常に強く、個人の生き方の自由な選択肢(特に女性が結婚・出産をしない選択肢)が実質的に無い『皆婚の時代(結婚・出産が義務や常識に近い時代)』でもあった。

近代化が進展した先進国で少子化が起こる主要な原因を整理すると、『子供を自立させるまでにかかる年月とお金が大きく増加したこと(かつて資産であった子供の負債化)』『一定の年齢で結婚や出産をしなければならないという社会の同調圧力が減少したこと(結婚・出産が社会的な義務ではなく個人の選択になってきて他者が干渉しづらくなった)』『仕事・恋愛・情報・娯楽の増大によって結婚や子供の相対的価値が減少しやすくなったこと(自分の人生の時間・労力の大半を特定のパートナーと子供に捧げる、それ以外の選択肢を捨てる人生の運命享受が困難になるか年齢的に遅くなって晩婚化したこと)』などを考えることができるだろう。

少子化対策の難しさは、少子化を引き起こしている主要な原因の多くが、『近代化の成果と個人の自由(個人がメリットと感じるもの)の裏面』になっているからである。

近代が成熟した現代の先進国は、非常に高度な文明・文化・娯楽が発達した豊かな楽しい社会(経済的・心理的・対人的に大きな問題がなければ刺激・娯楽・変化の多い楽しい社会)である。だがその複雑で豊かな社会を維持発展していくための仕事やテクノロジーもまた『複雑化・高度化』しているため、一人前の職業人として自立するまでのコストがかなり大きくなってしまい、学業・就業のキャリアの途中で挫折する人も増える。

『子供を自立させるまでにかかる年月とお金が大きく増加したこと』は少子化の一因であるが、これは近代以前の第一次産業が中心の単純な産業構造(健康でやる気があれば誰でも稼げる仕事がある+余計な知識や自意識がなくて仕事を選ばない子供)ではなくなったということを意味している。

それなりに経済生活が安定した現代の中流階層とされる大企業のサラリーマンや有資格の専門家、公務員などになるためには、『一定以上の教育費・教育年数(学校に通う年数)』がどうしてもかかるようになっていて、中卒高卒ですぐに働けて長続きする(キャリア・収入の積み上げのある)仕事が大幅に減っている。

社会全体の学歴が上昇して職業が多様化したことで、ご飯を食べさせて義務教育だけ受けさせれば親としての義務は果たせる(後は子供が自己責任でどうにかやっていけば良い)と思える親が減った面もあり、かつては子供を高校まで出させるのが最低限の子育てのハードルだったのが、今では高卒以後の大学・専門学校辺りまでの進路支援を意識する親が過半になっているのである。

それなりの学歴を得られるように親が支援してもなお、子供が経済的に自立できなかったり社会生活・職業活動に上手く適応できないリスク(早期離職・長期無職・ひきこもり・精神疾患など)もあるので、かつてと比べると子育てに金銭・時間のコストがかかるだけではなく、子供の将来の進路(経済・精神の自立度)にある不確実性も意識されやすい時代背景がある。

特に自分自身がスムーズに社会生活や職業活動に適応できなかったり、非正規雇用の待遇で厳しい経済生活水準を余儀なくされたり、高学歴ワーキングプアの悲嘆を味わったりした(現代社会の雇用・所得・恋愛結婚・人生設計の仕組みとすんなり馴染めなくなった)大人世代が増えて、より子供世代の将来の進路や職業、自立、社会適応に対して懐疑的になりやすくなっていることも少子化の要因になっているかもしれない。

『一定の年齢で結婚や出産をしなければならないという社会の同調圧力が減少したこと』は、男女の性別役割分担の否定や男女雇用機会の均等化などに代表される近代の男女同権思想の成果を反映した結果でもあり、(集団的・政治的な意思決定に生き方・異性関係を強制されない)個人の自由や幸福追求における多様性・選択肢が消極的であっても認められやすくなったことを示唆している。

個人の自由や男女の人権、多様な幸福追求が『個人のプライバシー』と合わせて保護されるようになると、『結婚・出産してこそ一人前(正常な人であれば結婚・出産することは義務であり常識である)』といった旧来の数の論理を伴う『共同体的な規範・社会的な慣習』は人権侵害やプライバシー侵害、不当な差別感情の発露として拒絶されるようになる。

その結果、結婚・出産は『社会的な義務』ではなく『個人的な選択』へと変わり、恋愛・経済・世間体・親への配慮などさまざまな理由があるとしても本当に結婚・出産をしたいという人しかそれをしなくなることで、少子化が起こりやすくなってしまう。

『仕事・恋愛・情報・娯楽の増大によって結婚や子供の相対的価値が減少しやすくなったこと』に示されるように、現代は結婚・子供以外の選択肢にも一定の魅力や楽しさが感じられやすく、敢えて人生・関係をがっちり固定せず人格を老熟させないモラトリアムやネオテニーといった『子供心・遊び心・好奇心を背景に持つ選択肢の確保(あれもこれもの結果としての晩婚化・未婚化・子供を持たない)』をする人たちも多く出てくる。

それは結婚や出産の人生における優先順位が必ずしもトップではなくなるということであり、『いつかは結婚したい・いつかは子供を持ちたい』という曖昧な希望を持っている人の一定の割合が、最終的には結婚・出産(育児)をしないままということにもなる。

なぜなら、結婚や出産(子供を持つこと)は中途半端な決意・努力では継続できないからで、殆どの人にとっては人生を賭けるにも等しい非常に大きなライフイベント(特に育児は通常途中でやめることはできないもの)になるからである。『なんとなくしたいな・向こうから来れば結婚してもいい・機会があれば子供が欲しいな』くらいの気持ちだと、結局はそれを選ばないままになりやすく、相当な意欲・目的意識に裏打ちされた行動力(自分があまり積極的でなければ相手側の熱意や働きかけ)がないと進まないからである。

少子化は『晩婚化(子供の自立にかかる年数の長期化)』とも分かちがたく結びついているが、川北稔さんの『イギリス近代史講義』によると、この晩婚化自体は既に17世紀の時点で、近世のイギリスでも発生していた(平均初婚年齢が当時としては異例に遅い20代後半であった)という。

近世イギリス社会は『単婚の核家族(家族成員は約3~4人で17世紀では少ない)』で構成されており、現代と同じく多世代の直系家族(祖父母以上の世代と一緒に住む大家族)は殆ど見られなかった。

子供の多くが14~15歳(その年齢以下)で生まれ育った家を出るという意味では『親世帯からの自立』は早かったが、その後、庶民階層の子供はライフサイクル・サーヴァントと呼ばれる『別の家(生家よりも生活水準が上位の家)での住み込みの修行期間』を約7~10年も送るので、結婚は当時としてはかなり遅かった。

10代の早くから生家を出て別の家で住み込みで奉公(職業的な修行)をするようになるため、17世紀のイギリスの血縁上の親子関係は一般に希薄であった。住み込みで働くようになった家・親方の子供として扱われることが多く、子供は一度ライフサイクル・サーヴァントで家を出ると、そのまま実家には帰らず(新たな家の子・その後は独立した個人となり)、血縁上の親子関係は早くに断絶することも多かったようである。

この辺は、親子の密接な人間関係(特に女性は友達親子のような母親とのパートナーシップ・被援助が続きやすい)が長期にわたって続きやすい現代日本とはかなり違っている。当時の庶民階層の子供たちは、独身前提のライフサイクル・サーヴァントの年季を終えた20代半ば以降に結婚するのが通例だったので、イギリス社会は早婚文化の多い17世紀の段階としては、かなり晩婚化した社会だったと推測されている。

『早婚文化』が学生期間(修行期間)が短いか存在せず、とにかく早く結婚する文化(多くが結婚後も親・祖父母の世代と同居する大家族の文化)だとすれば、『晩婚文化』は結婚後の生活・育児が十分に成り立つような準備をしてからでないと結婚しない核家族の文化であり、17世紀のイギリス社会はライフサイクル・サーヴァントで奉公して一人前の営業権・市民権を持つ大人になってから結婚する晩婚の慣例が出来上がっていたのである。

17世紀のイギリスの晩婚化と現代の先進国の晩婚化では、その背景と要因が大きく異なってはいるが、『一人前になるまでは(十分な結婚生活の準備ができるまでは)結婚してはならないという社会規範』が機能していたという共通点はあり、その一人前になるまでのプロセスとして『ライフサイクル・サーヴァントの修行期間』があったのである。

現代でいえばこのサーヴァントとしての修行期間は、『高校以上の学生期間(学習期間)』に相当する。当時のイギリスで『サーヴァント期間は結婚すべきではないという規範』があったように、現代の先進国でも『学生期間は結婚すべきではないという暗黙の慣習的・現実的なルール』は機能しているので、いずれもそもそもが晩婚化(十分な準備をしてから結婚すべき)を前提とした社会設計になっていると考えることができる。

現代では、雇用の安定や所得の水準において『結婚・出産の十分な準備』ができないから晩婚化・少子化が進む面も確かにあるのだが、かつてと違って『結婚・出産(子供)以外の分野に資金や労力を割いてしまい後回しにされやすいという優先順位の問題』もある。

近世イギリスでは、概ね14歳くらいまでに子供が実家を出て親元を離れたというと、『親世帯からの自立』が早くて『子育てにかかるコスト』が小さいというメリットが意識されやすいのだが、このライフサイクルでは『親子関係の希薄化』が必然に起こってしまい(サーヴァントで奉公した先の別の家の子供の意識になってしまい)、『子供による老後の生活支援・介護』がほとんど全く期待できないというデメリットもあった。

平均寿命は今と比べれば相当短かったと思われるが、子供が10代で出て行ってそれから帰ってこないことも多い実家には、高齢者夫婦か単身の高齢者だけが取り残されたため、現在の社会保障制度・生活保護に該当する『救貧法』が強く求められるようになった。

これは現代の先進国とは異なる角度から『高齢者の単身化・介護の責任』を考えさせられる歴史的事例だと思うが、自立が早くて親子関係の結びつきが弱い17世紀のイギリスでは、元々子供が老親の面倒を見るべきという社会道徳の規範がなかったために、教会の教区ごとの公助の実現手段としてエリザベス救貧法(現代でいえば施設介護)が実施されていくことになるのである。

日本では現代でも『家族間介護の社会道徳的な要請・親孝行の義務感』はかなり強く残っている。

17世紀の英国との類似点としては『早くに自立して実家を出てしまった子・早くに遠くに行って完全に生活拠点を移してしまった子(里帰りもなくその後の親子関係の情的な結びつきも希薄化した子)』ほど、やはりイギリスの事例と同じように老親の直接的な介護・支援の義務意識を感じにくくなる傾向はある。例外はあるとしても、老親と同居している子(生活面で直接間接の恩恵・支援を受けた子)や近くに住んでいて交流があった子ほど、老親の介護・支援をしなければならないという本人および周囲の意識が強くなりやすいのはやはりあるだろう。


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