バングラデシュ・ダッカのテロ事件とイスラム過激思想に感化された若者2:大学・学生と過激思想

ノース・サウス大学などバングラデシュ国内の有名大学のキャンパスが、イスラム過激思想に基づくテロ計画のリクルートに使われていたのではないかとの疑惑も出ている。日本にも過激派の日本赤軍・連合赤軍を生んだ全共闘運動(学生運動)の歴史はあるが、どこの国でも特に新興国・途上国では『政治経済・民族・国家に関心の強い学生のいる大学』が過激派思想・カルト思想の勧誘の場にされやすい。

地下鉄テロ事件を引き起こしたオウム真理教も、東大・京大・慶応・早稲田といった日本の有名大学でヨーガのサークル活動や宗教・オカルト研究会などに偽装して熱心に会員を勧誘していた。

バングラデシュ・ダッカのテロ事件で犠牲になった日本人1:JICAの援助活動の思い届かず

社会経験や生活実感のない『知識・知性が優位の学生』というのは、現実の利害調整の是々非々を受け容れない傾向があり、真面目で純粋な学生(かつ今の学校生活や人間関係に何らかの不満・矛盾・面白みのなさを抱えている学生)ほど『原理主義的な善悪二元論』に魅了されて過激思想に染まりやすいところがある。

歴史的に見ても自治権と学問の自由を持つ大学機関が、歴史・国・思想・人心の状況によっては『過激派の温床』になりかねない問題は構造的にあると思われる。学生運動の挫折と政治に対する若者のシラケが蔓延した現代日本は特殊であって、平均的な日本人からは想像が及ばないような『政治的・宗教的・民族的に過激な思想を持つ学生(イスラム過激派を典型として絶対的正義と信じるもののためなら人殺しをしてもやむを得ないという考えに洗脳された学生)』が世界の至る所に存在すると考えるべきなのだろう。

『現実と明らかに矛盾する知識・教養・世界観』を前提にして物事の善悪や人生の目的を説いてテロの必要性を訴えても、仕事や家庭を持つ一般社会人にはまず通用しないものだが(地に足のついた生活・仕事や人間関係があると理屈・思想だけで犯罪を正当化するような思考の筋道はまず拒絶される)、あるべき世界についての知識・情報を鵜呑みにして仮説演繹的に考えてくれるような頭でっかち(理屈優位で今の状況に不満もある)な学生であれば、かなり勧誘しやすくなる。

共産主義にせよイスラム過激思想にせよカルト宗教にせよ、仕事と家庭と関係に根を下ろして人生のライフスタイルが安定しそれに満足している人(現状を極端に大きく変えたくはない人)の心にはほとんど響かないのは道理である。

バングラデシュのテロ事件では襲撃犯の多くが、『高学歴・富裕層出身(政権与党幹部の子息・留学経験者など)』であったことが驚きを持って受け取られているが、上記したように思想犯としてのテロリストになるのは『低学歴(感覚優位)・貧困層(学ぶ余裕がない)・労働者層(労働と生活で地に足がつきやすい)』より、『高学歴(理屈優位)・富裕層(学ぶ余裕がある)・インテリ層(知性と理想が創作するあるべき世界と現実との矛盾・自分の不遇な状況に強い抵抗を抱きやすい)』が多いというのは不思議なことではないのである。

テロの実行犯の多くは、中流以上の裕福な家庭で育った教育水準の高い20代のバングラデシュ人とされているが、彼らはISの過激思想に感化される以前から国内のイスラム過激派組織『ジャマトゥルムジャヒディン・バングラデシュ(JMB)』の活動に参加していたという。

元々、反欧米・反近代の世界観や原理主義的なイスラム信仰を持っていた若者たちであり、インターネットを活用したISの勧誘キャンペーン(主に英語を用いて行われる国際的な宣伝広告のマーケティング)にひっかかりやすい素地を持っていたようだ。

バングラデシュ国内にはまだ潜在的にISの過激思想に共鳴しやすい『高学歴・富裕層の子弟・英語教育を受けた層』は一定数いるだろうが、中東・アフリカ・EU諸国・アジアの各地でも『現状の世界秩序・宗教信仰・社会風潮・自分の人生に強い不平不満や不正義感を覚えている層』は膨大な数いるはずで、そういった潜在的にテロリストとしてISにリクルートされる危険性をどうやって減らしていけるかも今後の各国の政治課題(テロ対応策)になってくるように思う。

ダッカのテロ事件が発生したことで、イスラム圏のインターネット上(SNS上)に拡散する『聖戦(ジハード)・非ムスリムの排除を呼びかけるイスラム過激思想』の若者に対する影響力への懸念が強まり、日本人にとっては『IS(イスラム国)が標的とする外国人』に自分たち日本人も含まれているのだという厳しく恐ろしい現実を改めて突きつけられることになった。

日本人が犠牲となったテロ事件の発生によって、『日本の安保法制・自衛隊の活動範囲・参院選後の改憲の動き・民間企業やJICAの海外活動・日本人のイスラムに対する認識』が一定の影響を受けることは避けがたい。

だが歴史的・政治的・宗教的にイスラム圏との決定的な対立や争いを抱えてこなかった日本が、イスラム過激派と直接的に戦い合う図式は何とか回避すべきで、『対イスラムの日米欧の同盟(異質で敵対的な非ムスリムである日本人)』という受け取り方をされてしまうと海外で暮らし働いている日本人のカントリーリスクは高くなってしまうだろう。

その一方で、野蛮で無法な殺戮行為(外国人・非ムスリムを誘拐・監禁・虐待・殺害するような犯罪行為)を繰り返しているIS(イスラム国)を中心とするイスラム過激派のネットワークをこのまま放置していても良いのか、日本だけ欧米と対ISの作戦で歩調を合わせずに自分たちだけ安全圏にいれば良いのかという倫理的問題も同時に存在することは確かではある。

人命・法律を軽視するわけではないムスリム全般と自由主義圏との共存共栄は一定の棲み分けを前提にすれば十分に可能であるはずだが、非ムスリムの生存権すら否定するようなIS(イスラム国)との共生は不可能に近く、『IS(その根底にある反欧米・反近代化・反人権(反男女平等)・聖戦の思想など)の段階的な縮小・消滅』に向けた非軍事的な方法論をどうにかして模索しなければならないと思う。

武力を用いた直接的なイスラム過激派との戦闘をしなくても、欧米に対する後方支援・物資支援・治安維持活動をしただけでも『IS・過激派の敵』と見られてしまう現状はどうしようもないが、直接的な戦争・戦闘を避けて怨恨と憎悪を拡大しないように配慮しながら、『イスラム過激派・テロリスト・暴力肯定者をこれ以上増やさない広報宣伝・教育支援の活動』などに日本にできることで何か協力できないのだろうか。


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