ドナルド・トランプかヒラリー・クリントン、バーニー・サンダースか:アメリカ大統領選の混迷

『排外主義(移民排斥)・人種差別・反イスラム』の攻撃的な主張を繰り返す共和党のドナルド・トランプ氏が、大統領選の山場となるスーパーチューズデーの指名選挙で過半数の州で勝利した。

エンターテイメント性の強い『劇場型政治』を駆使するトランプ氏は、外交・内政・経済の現状に大きな不満を持っているアメリカの有権者の感情を巧みに扇動している。『偉大なるアメリカの復権』を日本・中国・メキシコ・イスラム諸国などを含む“仮想敵”を叩くこと(アメリカの利益のために諸外国をねじ伏せること)によって実現してみせると豪語しているが、その主張と手法はあまりにエゴイスティックで国際協調の姿勢に欠けている。

アメリカ大統領選の趨勢を決めるとされるスーパーチューズデーで、共和党ではドナルド・トランプ、民主党ではヒラリー・クリントンが台頭してきた。トランプと並ぶ共和党の有力候補と目されていたテッド・クルーズ氏やマルコ・ルビオ氏は支持率が低下して失速した感じだが、クルーズ議員に関しては思想信条・政策の過激さや攻撃性ではトランプに勝るとも劣らないものだった。

クルーズ氏は『銃規制』に反対である(アメリカ人にとって銃の武装権は合衆国憲法が保障する不可侵の権利の一つである)ということを、マシンガンを連続射撃して銃身に巻いたベーコンを焼く、『全米ライフル協会』に迎合するパフォーマンスで示した。ちょっと日本では考えられない過激な思想信条の訴え方だが、クルーズ氏は『キリスト教福音派(キリスト教右派)』で、人工妊娠中絶に反対したり進化論を否定したり(聖書に書いてあることを科学的事実とする)するなど、宗教的にも原理主義的な考え方を持っている政治家である。

共和党は概ねティーパーティー(茶会)に象徴される『市場主義者・自由貿易論者』の党でもあるが、クルーズ氏もルビオ氏も社会保障費を削る『小さな政府』を目指し、市場原理の需給と投資によって財の配分をすべきとする『新自由主義』を推進しようとしている。共和党の経済政策や政治思想は市場主義の競争を重視するという意味で富裕層に有利であり、累進課税・社会福祉による社会的弱者への再配分に対しても消極的であるが、それでも低所得層のトランプ支持率はかなり高いとされている。

東アジアの外交問題に対する姿勢では、ルビオ氏は尖閣諸島に対する日本の領有権を認めて、中国の漁船・軍艦の領域侵犯を批判しており、どちらかといえば日本寄りであったが、現在有力なトランプ氏とクリントン氏はいずれも日本に対する外交姿勢がかなり厳しいことでも知られる。ルビオ氏はキューバ移民の両親を持つヒスパニック系の政治家であり、共和党はヒスパニック系の支持率が低いとされるので、その点で期待されていたがトランプ旋風の前に存在感を薄れさせてしまった。

共和党の支持者も民主党の支持者も『アメリカの現状』や『自分の経済生活(格差の拡大)』に大きな不満を抱いていて、アメリカと自分の生活・雇用を良い方向に変えて欲しいという思いは共通しているはずだが、ドナルド・トランプ氏はリアリティー・ショーのような本音をぶちまける暴言・失言を恐れないトークによって支持を高め、内政に対する不満・怒りを『外国・移民・異民族(異教徒)』に向け変えようとしている。

保守(右翼)とリベラル(左翼)の政治スタンスの分かりやすい違いとして、保守(右翼)は『外部の敵(外国)の危険』を強調するが、リベラル(左翼)は『内部の不公平・格差の問題』を強調するということがあり、アメリカ大統領選における共和党(保守派)と民主党(リベラル)の対立軸もそれに近いものがある。

共和党のドナルド・トランプは『イスラム諸国のテロリズム・メキシコの不法移民や麻薬密輸・中国の覇権主義・日本の為替操作(不公平な貿易)』を激しく叩くことによって、アメリカの危機や凋落の原因の多くを『外部要因(不逞外国人)』に押し付けている。なぜか、独裁者的なロシアのプーチン大統領に対してはシンパシーを感じているようだが、トランプ氏の気質・信条と相通じるものがあるのかもしれない。

国境に物理的な壁を築いてメキシコ移民(ヒスパニック系の不法移民)を追い出し、日本や中国に外交的圧力をかけて経済・安保の利益を得て、イスラム原理主義者を軍事力で脅してテロを抑止すれば、アメリカの繁栄・安全は約束されるといったシンプルな勇ましい論調が受けているのである。

しかし、『壁』によるメキシコ移民の排斥は、『パレスチナ問題』でパレスチナ人を締め出して閉じ込めているイスラエルの悪名高いヨルダン川西岸地区の『分離壁』をイメージさせるものでもあり、自由世界のリーダーである移民国家アメリカのリベラルなイメージを大きく損なうものである。移民はアメリカ経済の成長の原動力であり、移民の負の側面だけを過剰に強調するのは、トータルで見て得策ではない側面もある。

こういった排外的な右傾化とも言える動きは、シリア問題で大量流入したイスラム系移民との文化衝突(カルチャーショック)の不調和に悩むEU先進国とも共通しているが、超大国としての絶対的優位に陰りが見えてきたアメリカの不安心理に呼応する形で、トランプ氏の『やられたらやり返す・力の論理で敵を制圧する』という分かりやすい単純な政治哲学が支持を集めやすくなっているのである。

市場原理やウォール街(金融資本主義)の強欲に批判的な社会民主主義者として知られる民主党のバーニー・サンダースも、アメリカの格差拡大や機会の不平等に不満を溜め込んだ若年層から支持を集めている。だが、サンダース氏はトランプ氏やヒラリー・クリントン氏と比較すると『リベラルで理性的な理論家』としての強み・見識はあるが、『個人のパーソナリティーの押し出しの弱さ』があり、いまいち票を集めきれないように思う。

アメリカ経済が直面している問題の一つは、資本主義経済の閉塞感と関係した『格差拡大・貧困増加・雇用の質の悪化・若年層の低所得化』であり、バーニー・サンダースの累進課税や社会保障の強化による社会民主主義的な政策は『過剰な市場原理主義に対する良識的な処方箋』とも言えるのだが……現在のお祭り化したアメリカの大統領選挙では、リアリティー・ショーさながらの大衆の感情を煽るトークで魅了するドナルド・トランプ、アメリカ史上初のリベラルな女性大統領の可能性が注目されるヒラリー・クリントンのほうが有利だろう。

無論、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズに代表されるアメリカのクオリティー・ペーパーは『トランプ旋風・反知性主義の高まり』に対して、本当にこれでいいのかという“ストップ・トランプ”の警鐘を鳴らしてもいる。

今回のアメリカ大統領選の混迷と脅威は『アメリカの政治信条としての寛容性・多様性・チャレンジに支えられた自由主義と人権意識』が揺らぐかもしれないということであり、ヘイトスピーチさながらの常識外れな発言を繰り返すトランプ氏がアメリカの最高権力者になるかもしれないということである。

日米外交においてもトランプ氏は『日米安保条約はアメリカだけが日本を助けなければならないという片務的で不公平なものだ』『TPP(環太平洋経済連携協定)はアメリカの富を日本・中国に不当に奪われる恐れが強い』などの敵対的な発言をしており、トランプ氏が大統領になればかなり厳しい対日外交・貿易措置を打ってくる恐れがある。

更に、日本の安倍政権の『憲法改正論議(集団的自衛権の立憲主義的な制限の解除)』がトランプ氏の『日米安保条約の片務性批判(日本もアメリカの世界戦略における軍事負担・人的損失を分担せよ)』によって後押しされてしまう可能性も出てくるだろう。

しかし、ヒラリー・クリントン氏も日本・中国に対してはトランプ氏と同程度に厳しい姿勢・立場であり、『TPP(環太平洋経済連携協定)には反対・日米安保は不公平・日本と中国は為替操作をしてアメリカから不当に貿易競争力を奪っている』などと語り、日中には厳しい対抗措置を取る必要があるとしているので、共和党のトランプ、民主党のクリントンのいずれが大統領になっても、日米関係の緊張感は高まりそうである。

ポピュリズムを感じさせるトランプ旋風で混乱を見せるアメリカ大統領選の根底には、米国の有権者の『現状に対する強い不満・スーパーパワー(超大国)の影響力の陰り・内政と外交による局面打開と生活改善の願い・国際政治情勢の不安定化・欧米における移民難民の流入増加』などがあるが、アメリカ国民がどのような選択をして、アジア・日本にどのような影響が起こり得るのかを注視したい。


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