小保方晴子『あの日』の書評3:若山照彦氏のキメラ作製の手技とストーリーありきの研究

バカンティ教授は初期の仮説では、スフェア細胞(スポアライク・ステム・セル)は全身の組織に初めから存在しているとしていたが、その後に『スフェア細胞は体内のストレスなどによって後で作られる』というものに発想を変えているが、この初めから存在するのではなく何らかのストレスなどの要因で作られるという仮説は、STAP細胞作製のメカニズムの原点でもあるのだろう。

STAP細胞の発表会見の時に話題になった『割烹着(かっぽうぎ)』についての記述も出てくるが、若山研究所でキメラマウス作製をしている時に寝泊りしていた祖母の家で、古い割烹着を譲り受けたことが発端になっているようだ。

小保方晴子『あの日』の書評2:チャールズ・バカンティのスポアライク・ステム・セルの仮説

前が開かない割烹着のほうが下のスカートや服が汚れず、白衣よりも機能性が高いというのが理由のようだ。この場面では祖母の言葉として『心正しく、一日一日頑張りなさい』も出てきていて、意識的な研究不正・論文捏造はやっていないという小保方さんの意思表示(そういった正直さの信念を持って研究に取り組んだのにという思い)も暗黙裡に込められているようにも読める。

本書を読むことによって、再生医療の概略や幹細胞、スフェア細胞の大まかな知識を学ぶことができる構成になっている。小保方さんがどういった研究者のキャリアや研究内容・知的興味のベクトルを経てSTAP細胞に至ったのかというプロセスが分かるような流れになっているのだが、『科学的・客観的な説明の部分』と『小保方さんの人生・考え方・情緒の部分』とが交互に入り組んでいるが、それは研究不正や論文捏造などに対するある種の自己弁護(その説得力の受け止め方は各人各様のものになるとしても)として機能してもいる。

STAP細胞の実在性が疑われ始めた頃には、小保方さんの博士論文のコピペや写真の使い回しなどが問題視されて叩かれていたが、その博士論文執筆時の様子についても書かれている。病床の母親の隣で正月・休日返上で必死に書き上げたという努力と情趣に訴え掛ける形で書かれているが、結果として、『最終でないバージョン(間違え・不完全な部分の残ったバージョン)』を博士論文として製本・提出してしまったことが取り返しのつかない過ちになったということである。

若山照彦先生からの誘いもあり、実験設備と研究環境が充実した理研CDBでスフェア細胞を初期胚に注入してキメラマウスを作製する実験を続けるのだが、この若山先生と小保方さんの共同研究のあり方が『STAP細胞の実在性の疑惑・誰がSTAP細胞を作製できる技能を持つかの曖昧性』に大きな影響を与えたということになるのだろう。

本書『あの日』では、若山先生の発言内容がかなり詳しく再現されているのだが(その発言内容の正確さの度合い及び本当にそういった発言をしたか若山氏本人が認めるかは分からないが)、2011年10月頃に、若山先生も顕微鏡を覗いて多能性を示すOct4が強く発現している『明るく緑色に光る細胞塊』を『うん、ちゃんと光ってるね』と確認したことになっている。

ちゃんと光る細胞塊を確認してから、若山先生がキメラマウス作製の実験に力を入れてくれるようになったという流れがあるのだが、小保方さんには『マウスの卵・初期胚にスフェア細胞を注入してキメラマウスを作製する実際の手技の技術』がなく、スフェア細胞を抽出・作製することしかやっていないという話になっている。

どうやってキメラマウスを作製できたかの具体的な手技やプロセスについてはブラックボックスであり、本書の内容では“ゴッドハンド”の若山照彦氏にしかできない手技といった書き方になっているのである。スフェア細胞とSTAP細胞の違いは、スフェアは多能性を潜在的に持つが増殖しないということであり、STAP細胞のほうはiPS細胞と同じように無限増殖する実質的な多能性を発現していて、そのまま再生医療などの応用可能性を持っているということである。

小保方さんがやったことは赤ちゃんマウスから『スフェア細胞』を作製する段階で留まっており、そのスフェア細胞を若山先生に渡してから若山先生にしかできない手技でキメラマウスの作製を行うというプロセスになっていたと説明している。何回やってもキメラが作製できなかったのだが、ある日、若山先生が『スフェア細胞をマイクロナイフで切って小さくした細胞塊を初期胚に注入する新たな方法』を試したところ、初めてスフェア細胞からのキメラマウス作製に成功したという。

しかも、残ったスフェアの細胞をES細胞樹立用の培養液で培養すると、ES細胞のように増殖し始めたというが、小保方さんはスフェア細胞が増える気配すら感じなかったので大変驚いたとしている。本書では、スフェア細胞が増殖して組織・器官を形成できるSTAP細胞に変化した瞬間を初めて認識したのは、小保方さんではなく若山先生ということになっていて、更に『特殊な手技を使って作製しているから、僕がいなければなかなか再現がとれないよ』という自分にしかできない手技の存在や技術水準についてはっきり述べたとまでいうのである。

培養を見せてください、手伝わせてくださいと小保方さんがお願いしても、若山先生は自分ひとりだけで培養を続けて、スフェア細胞が増えた状態になって初めて細胞を見せてくれたとある。

これが仮に事実であるとするなら、『STAP細胞の作製の成功・存在の証明』についてのキーは若山先生が一人で行っていた自分にしかできないとする手技・ノウハウにあるということになるが、研究不正とも関わる重要な論点だけにはっきりとした客観的事実の確定は困難になるだろう。ニンジンなどの植物が切断されても再生機能を持つ細胞塊のカルスを形成することがあるということから、スフェア細胞は『アニマル カルス』と名付けられたのだという。

若山先生の指示によって論文作成が急がされたが、小保方さんは『マウスの胚操作の技術』を持っておらず、若山研の研究員に代わりに実験系を担当してもらうことから、『若山先生の判断に一任する旨の変事』をしていたという。iPS細胞に対抗する意味合いもあって、有名雑誌にSTAP細胞の関連論文をできるだけ多く掲載させたいという野心を持っていたのは小保方さんではなくむしろ若山先生だったともある。

2012年春から着手した論文(体細胞にストレスを与えるとOct4陽性の細胞塊=STAP細胞ができ、その細胞塊からキメラマウスが作成できるという論文)も、若山先生の指示を受けて書き始めたものとされている。研究の主導権は常に若山先生にあり、論文のストーリーに合わせた実験結果とそれを得るための具体的な実験計画がメールで送られてきていたのだという。

研究不正の土壌になり得た若山研の研究方法の問題の指摘として、『若山先生が作成したキメラマウスという結論ありきのストーリーに合わせたデータを取るやり方』があるが、仮説のストーリーに合わないデータが出た場合にはそのデータは採用されない(やり直してデータを取り直すかどうしてもストーリーに合わなければ無視する)ということである。

これはマスメディアのニュースには出てこなかった一種の内部告発というか、小保方さんが自分一人だけに研究不正や不適切な論文内容の責任をかぶせられたことへの釈明・反抗のようなものでもあるのだろう。現実問題として、これだけ大規模なSTAP細胞関連の実験を若い小保方さんが一人で計画して主導したとは考えにくいとは思うが、実際の研究プロセスにおける実験計画と論文作成の主導権が小保方さんにあったのか若山氏にあったのかという問題になってくるのだろうか。

本書では『若山研における若山先生の主導性+論文作成の指示(結果のストーリーに合わせたデータが取れるまでの実験・若山先生が希望する内容の論文作成)』が強調されていて、(胚操作の技術そのものを持っていないことを根拠にして)小保方さん個人の責任やできたことの範囲はかなり小さくなっている。

『STAP細胞というものは実在しないのではないか』という疑惑が深まった時に、研究方法のミスや混乱として指摘されたのは『STAP細胞は実は単なるES細胞だったのではないか』ということだったが、若山先生が指導した論文執筆ではそういったES細胞混入の疑惑を初めから回避するために『ES細胞は同時に培養していなかった』という記述をネイチャーに投稿する原稿に敢えて加えたのだという。

若山先生の精神状態の不安定さやパーソナリティーの偏りなどについての記述もあり、全体的な論調として伝わってくるのは『STAP細胞研究に伴う世俗的な野心・名声・競争心』に激しく駆り立てられていたのは小保方さんではなく若山先生のほうだったということであり、この事実性は(若山氏本人の口から反論や容認の意見が語られる可能性は低いとしても)STAP細胞研究の不正問題の肝といえば肝なのだろう。

理研の組織構造の問題点として、トップダウンの組織であり研究室の主催者(PI)に絶対的な権力が集まることが上げられており、敢えてこの組織問題を指摘したというのは、やはり自分よりも研究室の権力を握っていた若山氏のほうにより大きな権限と責任があった(自分はそれに付き合うという補助的な役割を担うに過ぎない存在だった+自分自身で再現実験ができないという不安も抱えていて他の共著者に相談もしたことがある)というニュアンスの主張になってくる。

端的にいえば、自らが主宰する研究室で絶対的な権限と影響力を持っている若山先生に誰も意見を言えなかったことがSTAP細胞問題の根底にあったという暴露の意味合いがある記述になっている。『胚操作(スフェアの幹細胞化・STAP化とキメラマウス作製)』において特殊な優れた手技を持つとされる若山先生の実際の手技の内容やそのノウハウについて、誰も詳しいところが分からないという書き方になっていて、若山先生の予算や名声・論文掲載に対する野心が異常に強まっていることに違和感を感じ、好きな分野の研究のためにアメリカに戻ろうと考えたのだという。

若山氏の野心と自分のやりたい研究とが乖離していた時に、理研の西川先生から研究室のPIのユニットリーダーに応募しないかとの誘いを受けて、『分化した細胞の柔軟性と幹細胞性の関連・ストレスを受けた後の細胞の変化過程の生物学的意義』についてのプレゼンを行って採用が決まり、その後のSTAP細胞論文を指導してくれることになる笹井芳樹先生と出会うことになるのである。

『あの日』の第五章までを読むと、マスメディア報道を通して作られていた女性らしさばかりを無闇に強調したリケジョ・小保方晴子という虚像が良い意味でも悪い意味でもかなり崩れてくる。

STAP細胞問題でひとり悪者にされて叩かれる格好になった小保方さんが必死に自分だけの責任ではない(とはいえ自分の名前で書いた論文の不手際や捏造疑惑などについてまったく責任がないわけでもないだろう)と抗弁したい気持ちにも共感できる部分はあるし、実際チームとして科学研究を行う以上、小保方さんのやれたことと責任を取るべきことには一定の限界があってしかるべき(研究室や理研の構造的な問題にも影響を受けているはず)という話にはなるだろう。

再生医療やスフェア細胞の幹細胞化(STAP化)などに関連する生物学の説明部分はかなり専門的な内容が多くて、よほどSTAP細胞問題に興味を持っている人でないと細部まで読み進めることは困難かもしれない。

だが、小保方さんの文章は理系的というか論理的な展開に配慮されているので(その分、文章表現としての遊びというか修辞の装飾性には乏しいが)、丁寧に順を追って読めば生物学の門外漢でもそれなりに内容を把握して読むことができ、また再生医学研究の概略について勉強にもなる。

雑誌『ネイチャー』などに掲載される水準の論文を多く執筆した経験がある理研CDBの指導者・笹井芳樹先生と知り合ってから、小保方さんは次第に科学者共同体の範疇を超えて世の中の表舞台に出る大きな流れに乗っていくことになるのだが……発表後に世間を大きく騒がせた後、研究不正疑惑によって小保方さんの名誉・信用を失墜させることになる『STAP細胞(Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency cells:刺激惹起性多能性獲得細胞)』という名前の命名をしたのは笹井先生であった。


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