『昭和天皇独白録』の書評1:アジア太平洋戦争と“立憲君主”としての天皇の役割

戦後の昭和21年(1946年)3~4月にかけて、昭和天皇が大東亜戦争の原因と経過、終戦についてご自分の記憶だけを元に語られた独白を、外交官(書記官)の寺崎英成(てらさきひでなり)が書き留めて記録していたものである。

遠慮なく話せる極めて近しい側近だけを集めた非公開の場での昭和天皇の発言であり、ここだけの話の“内輪の述懐”として語った本音が含められているだけに、主権者とされた天皇自身が先の大戦をどのように認識していたかだけではなく、個別の政治家・軍人の判断や行動についてどう思っていたのかという『戦時中には決して語られなかった対人評価の思考・感情(率直にいえば人物に対する好き嫌いも含む)』が残されているのは興味深い。

本書第1巻の冒頭では、『合計五回、前后八時間余に亘り大東亜戦争の遠因、近因、経過及終戦の事情等に付、聖上陛下の御記憶を松平宮内大臣(慶民)、木下侍従次長(道雄,藤田侍従長は病気引篭中)、松平宗秩寮総裁(康昌)、稲田内記部長(周一)、及寺崎御用係の五人が承りたる処の記録である、陛下は何も「メモ」を持たせられなかった』と本書が作成された昭和天皇へのインタビューの由来が記されてある。

大日本帝国憲法下における天皇は主権者(軍統帥権の総覧者)であり、人間を超越した宗教的な現人神(神聖不可侵の血統者)として国民に教育されていたため、現代からの印象としては政治家であろうと軍人であろうと天皇が命令を下せば簡単に服属させられるようにも思う。

だが、国家の政情を支える根本が『国民感情・国民教育・世論』であること(国民の大多数が好戦性・軍礼賛・反米意識・現状の不満を持っていれば天皇であってさえもその国内世論に反対することは不可能なこと)を天皇は知悉していた。

それもあって、日独伊の三国軍事同盟+日米開戦に対して天皇はそれに全面的賛同はしかねるといった懸念・注意・示唆を臣下に幾度か示しながらも、はっきりとした戦争反対の意思表明を敢えてしなかったのではないかと感じられる。

1930年代からは特に国家が総力を上げて、“国民皆兵・富国強兵・滅私奉公・アジア進出”を可能とする『戦争・戦死に適応可能な国民の愛国教育』を続けてきたのだから、天皇がいくら現人神としてのオーラをまとっていても個人として急に『アメリカやイギリスとの戦争は回避すべき(ドイツやイタリアに接近し過ぎてアメリカとの不可避な決戦図式を強調することは危険である)・軍や内閣が行おうとしている軍事政策は朕の意思に背いているので阻止したい』と発言すれば、国内情勢をクーデターが起こりかねない非常に不穏な空気にする危険性が十二分にあった。

無論、昭和天皇が対話重視の協調主義的な外交戦略(特に英米との戦争の回避・日中戦争の早期講和)をすべきと本心では思っていたのに、どうしてそれを実際の政治に反映させる強い意思を示さなかったのかの最大の理由は、戦時中にあっても明治維新以来の天皇の位置づけは『専制君主・君主親政』ではなく『立憲君主・内閣と議会の決定の正当性を担保する権威』であったからである。

昭和天皇は東条英機内閣が日米開戦の決定(真珠湾攻撃の追認)をした時にそれを速やかに裁可したが、このことについて立憲君主である天皇の承認・裁可の作業が原則として『拒否権を持たない事務的作業』であることを訴えてやむを得なかったのだと語っている。

現代日本の日本国憲法下の立憲君主的な天皇制に置き換えても明らかだが、天皇が首相・内閣・国政・議会の決定などに対して、『それは朕の意思に沿わないから改めよ』と命令する権限は戦前の天皇であっても基本的にはないのである。

一方、戦前の天皇は絶対権威者としての『現人神』に位置づけられており、政治家・軍人の上層部であってもそのご発言に対して軽々に否定・批判することはできなかったし、天皇が本気で『お前の政策や行動は絶対に許されない』と言えば、前近代的な宣旨・綸旨としての効力を持ち得た可能性はある。天皇自身は『現人神のフィクション』について拒絶的であり、私は普通の人間と同じ解剖学的構造を持っているのだから神などではなく人間であるという科学的(常識的)な自己認識についても語られている。

昭和天皇は前近代的・人治的な専制君主としての像・力を自ら否定して(現神としての宗教的な神聖君主像の流布にも冷ややかな態度であり)、近代的な立憲君主としての権威・責任の役割を果たさなければならないという意識を強く持っていたことが本書の複数のエピソードから伺われるのは趣き深いところではないかと思う。


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