代理母(代理出産)の『想定外のケース』によって浮かび上がった問題点2:過度の欲求とビジネス化

日本人の20代男性のケースでは『個人の特異な希望・過剰な欲求』だけに基づいて、経済的負担をする以外には自分自身が直接関わって育てるつもりがない子供(安定的な親子関係のある家庭を築くつもりがない前提での子供)を大量に出産させていること、『どうしても子供ができないカップル』の最後の手段としての代理出産ではないことなどが問題になっている。

代理母(代理出産)の『想定外のケース』によって浮かび上がった問題点1:子供の授受を巡る争い

シングルファザーであっても、自分が産まれてきた子供の父親として物心両面の養育責任を果たす覚悟がある(自分が子供と情緒的関わりを持って家庭的な環境を作ろうと努力する)のであれば良いようにも思うが、10人も20人も子供を作れるだけ作って『出産後の養育責任』を経済面以外では殆ど果たさないというのでは、『子供の心身発達・価値観の形成・社会や人間関係への適応』に対して育児放棄に近い無責任な対応であるとの謗りは免れにくいだろう。

規制のない代理母(代理出産)の完全な自由化、金銭と子供を交換するビジネス化が行き着く先として、富裕層の女性が自分の身体を使わずに(出産の各種のリスクを負わずに)『貧困層(途上国)の女性の借り腹』で子供を産むことが当たり前になること、富裕層の男性が夫婦関係や家庭をつくらずにただ自分の好みの外見の女性の卵子だけを選んで大量に自分の子供(遺伝子)を残そうとすることが想定される。

代理母(代理出産)と経済格差の相関による倫理的疑義は以前から指摘されてはいたが、それは『どうしても子供が欲しいが、病気・年齢・不妊などで自分たちでは子供を作ることができない先進国の夫婦(特別な富裕層ではないカップルも含む)』が『経産婦だったり育児経験があったりする途上国の女性』にお願いして代わりに産んでもらうというケースが前提になっていた。

そこには先進国が途上国の女性を代理母にする、富裕層(中流層)が貧困層の女性を代理母として利用するといった『経済格差に基づく出産の負担やリスクの押し付け』の構造があるが、『代理母のドライなビジネス化』を抑制する心理的要素として『どうしても子供ができずに悩んでいる夫婦を手助けして上げたいという代理母の善意・応援・奉仕の気持ち』も少なからず含まれていた。

仏教国であるタイでは、代理母をする女性の目的の第一はもちろん、タイ国内においては大金になる報酬(お金)であるが、それだけではなく『子供が持てずに苦しんでいる人を助けて上げたい・自分の身体を多少犠牲にしてでも善行を積む・代理母で出産して依頼者がものすごく喜んで感謝してくれた事が自分も嬉しい』といった仏教的な価値観に基づく慈善・奉仕の動機づけもあると言われている。

しかし、代理母が完全に自由化あるいはビジネス化されてしまうと、『本当は自分の身体を使って妊娠・出産できるのに代理母に依頼する女性』や『既に何人も子供がいるのにもっと子供が欲しいといって代理母に頼む男性』、『もっと優れた容姿や能力のポテンシャルを求めて様々な配偶子の組み合わせを試そうとするデザイナー・ベイビーの価値観』が出てきてしまう。

こうなると代理母の持つ『子供が欲しくてもできないカップルに対する慈善・奉仕の精神』が通用しづらい依頼者が増えてきて、希望するお金は支払うからとにかく黙って赤ちゃんを産んでくれという『母体の経済的搾取・過剰な欲望による妊娠出産の道具化』という醜悪な側面ばかりが強くなりすぎてしまうだろう。

やはり、代理母は『子供を希望するお金を支払う依頼者であれば誰でも簡単に利用できる制度』であるべきではなく、『子供が欲しいけれどどうしても自分たちでは産むことができないカップルの最後の救済策になる制度』として定義されるべきものではないかと思う。

例えば、外見の衰えが気になるとか太って体型が崩れるとかいう理由で、セレブ層の女性が途上国の代理母を使って子供を産むこと、個別のパートナー(子供の母親)はいらないし家庭を作るつもりもないという金持ちの男性が、とにかく自分の好みの外見・能力を潜在的に持っている子供が沢山欲しい(子育ても全部ベビーシッターに一任したい)と思って卵子を選別して代理母に依頼すること、こういった『過剰な欲望・他人の道具的な利用・子供の人生や人格の軽視』を前提にした代理母・代理出産については、国際的な合意の元に一定の法的規制をかけるべきだろう。

一方、日本では厚生労働省の厚生科学審議会生殖補助医療部会が、代理出産を『人を生殖の手段として扱うものであり、子どもの福祉の点からも望ましくない』として禁止するような通達を出しながら、法的な処遇が曖昧なまま放置されているという行政の不作為も問題の原因になっている。

代理母(代理出産)そのものは全面的に禁止されるべきものというよりも、『どうしても子供が欲しいが自分たちでは作れない夫婦・カップル+子供が欲しいだけではなく物心両面の養育責任を果たせるだけの能力と意思がある夫婦・カップル』に限定して容認すべきものだとは思うが、出産後の子供の人生や発達、心身の健康が関わる問題なだけに、完全な自由化や市場原理(ビジネス化)はそぐわないと考える。






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