村上春樹『1Q84 BOOK3<10月‐12月>』の書評1:一人の孤独な少年と一人の孤独な少女の再会

村上春樹の『1Q84』のハードカバー全3巻のうち、“BOOK2<7‐9月>”までは一気呵成に読み終えていたのだが、その後に間が空いてしまい、最後の“BOOK3<10月‐12月>”をようやく何年かぶりかで読み終えた。

BOOK2では、インストラクターで殺し屋稼業も営む青豆雅美が、オウム真理教をイメージさせるような新興宗教『あけぼの』の教祖を、極細の針を首筋に突き刺す職人技で暗殺するというサスペンスタッチのスピーディーな物語が展開される。青豆は教祖暗殺の使命感だけではなく、教祖本人からの“耐えがたい激痛からの解放(安らかな死)の訴え”も受け入れた形で、安楽死にも似たある種の慈悲としての瞬時の死を教祖の身の上にもたらした。

塾講師をしながら作家を目指す川奈天吾は、ふかえりの小説『空気さなぎ』をゴーストライターとしてリライトしたことで、武闘派のカルト宗教としての顔も持つ『あけぼの』のグループから秘密を知る可能性があるものとしてマークされ、“福助頭”と呼ばれる奇怪な容貌をした短躯の牛河からその行動を監視され続けている。

ある嵐の晩、非現実的な表象のような存在である高校生のふかえりと天吾は、儀式・宿命のような性交をしてしまうのだが、“声を聴くもの(パシヴァ)”として教団から重要視されているふかえりは『天吾と青豆の運命の結びつき』をつなぐ媒体のような不可思議な少女として機能する。

ふかえりとの儀式的性交における射精は、時空を越えて『青豆の無性交妊娠(処女懐胎の擬制)』をもたらすのだが、『1Q84 BOOK3』はお互いに20年も求め続けていながら会うことができなかった青豆と天吾のロマンティックな運命の恋愛と未来の希望の予感(その希望を押し潰そうとする現実・幻想)が中心となっている。

キリスト教の聖母マリアのモチーフを彷彿させる青豆の無性交妊娠は、究極のプラトニックラブへの昇華でもあるのだが、青豆はその一方で不特定多数の男性と関係を持つ娼婦として過ごしていた時期もあるアンビバレンツな存在である。青豆は、男性にまなざされる女性が免れることが難しい『聖女と娼婦の両義性』を象徴するような主人公なのだが、天吾は『青豆の過去の一切』を問うことなくその存在をまるごと受け容れ、それは天吾に対する青豆の受容的・融合的な態度にしても同じなのである。

天吾と青豆の二人が会えなかった20年間には、お互いにとっての様々な困難や苦悩、葛藤、不安があったはずだが、タマルの仲介を受けて児童公園で念願の再会を果たした二人は、一瞬にして『お互いにとっての20年間の空白(自分の知らない相手の時間)』を了解して受け容れ、それまでとは違う世界の開示の高揚・期待に包まれる。

児童公園の滑り台の上に一度だけ姿を現した天吾の姿を見て、もう一度現れるはずと信じて延々とアパートの一室で待ち続ける青豆、異世界めいた『猫の町』へと足を踏み入れ、嫌いだったNHKの元集金人の父親のお見舞いに通い続け、『父親の死と遺品』によって過去の呪縛を振り払おうとする天吾。生まれてからずっと孤独だった一人の少女と一人の少年は、20年越しの再会によって、二つの月が浮かぶ不気味で危険なパラレルワールドとしての“1Q84年”の世界を離脱し始めることになる。

青豆は子供を布教活動に連れ歩き、学校でも特殊な戒律を守らせるカルトじみた宗教の『証人会』の熱心な信者だった両親に育てられ、学校では異質な存在として疎外されたため、『子供らしい子供時代の楽しみ・安心・遊び』を経験することができなかった。天吾もまた幼くして母親を亡くして、頑固でユーモアも趣味もないNHKの集金人だった父親一人に育てられ、休日の日曜日には一緒に住民から嫌がられる集金活動に連れ回されたため、『子供らしい子供時代の楽しみ・安心・遊び』を経験することができなかった。

青豆と天吾はそれぞれに『孤独感・疎外感・空虚感』のようなものを抱えていて、それを無意識的にお互いが察している。二人が抱えているそれまでの人生で積み重ねられた『マイナスの属性・ネガティブな認識』が、二人が出会って共に生きていこうとすることで打ち消されていくという大きな運命の流れがこの作品にはある。






■書籍紹介

1Q84 BOOK 3
新潮社
2010-04-16
村上 春樹

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