近代社会が求める“個人の自立・貨幣経済の自由・自己責任”は人間関係や相互扶助をどう変えるか:3

前回の記事では、ゲゼルシャフト(機能的・利害関係的な共同体)における現代の個人ベースのライフスタイルについて書きました。それと合わせて、生活保護者数の増加だったり芸能人の生活保護不正受給疑惑だったりも、『親族の扶養義務(相互扶助の負債感)』を弱めた“個人単位(世帯単位)の近代的な社会保障制度・自己責任原理”と無関係ではないでしょう。

現代では未成年の子どもに対する親の扶養・保護を除いては、親子・兄弟姉妹であっても直接的なお金の支援は難しいケースが増えていますが、戦前戦後の多世代家族のように、家計を一にする『大きな家(相互扶助の絡み合い,持ちつ持たれつの役割分担)』の中に個人がいて助け合っているという認識は、既に一部の農村地域を除いて無くなりつつあります。

個人が配偶者を見つけて結婚し『小さな家族(親世帯とは別の核家族)』を作り、子供を自立するまで育て上げてから、老後も子に頼らずに自分の貯金・公的年金(社会保障)で生活するというのが一般的な人生設計になってきたからです。そういった血縁者にも経済的には頼らなくて良い人生設計こそが、『自立的な近代人(個人)』の模範的な生き方とされるようになり、近年では男女共同参画社会やジェンダーフリーをラディカルに解釈して『夫婦間の相互扶助(夫の妻に対する扶養)』さえも批判的に見る人が増え、性別を問わず全ての個人に『他者に頼らなくて良い自立性』が求められる向きもあります。

しかし、この『全個人のフラットな自立性の強調(それぞれの個人が直接に誰かを頼らなくても良いようにする事を理想とする教育・人間観)』は、現代の晩婚化・未婚化・少子化とも相関しており、男女間に相補性が働きにくくなることによって『ライフイベントとしての結婚の必要性』が格段に落ちてしまう事にもなりました。欧米先進国においても、女性の社会進出の増加や平均賃金の上昇によって、結婚制度の利用率は低下しており、社会福祉的な支援もあってシングルマザー率も高まっています。

誰にも頼らずに自己責任を貫徹する『個人の自立性・男女のスタンスのフラット化』を突き詰めると、人生(生き方)が自己完結的になり、(絶対にそれがなければ生活が成り立たないという意味での)他者・婚姻の必要性が落ちるという側面はやはりあります。そういった社会変動には、不本意な婚姻の継続や苦痛を感じ始めた(やり直せない)配偶者に縛り付けられにくくなったという良い側面もありますが、個人の自立性やフラットな責任の意識化によって、男女の結びつき(相補的・役割的な生活共有)の必然性が弱まってしまい、未婚率・離婚率が高まったという側面もあります。

地縁・血縁のゲマインシャフトを前提とする前近代社会から、経済的機能性(利害関係)のゲゼルシャフトを前提とする近代社会への移行過程において、『個人の自立性・貨幣経済の精算性』が重要視されるようになりました。そして、多くの人々は外観的には企業・官庁・組織に所属して働いて給料を受け取るようになり、『直接的な相互扶助・お金や労力を出し合っての助け合い』を意識する機会が殆ど無くなりました。

基本的には近代経済社会のエートス(道徳的行動様式)は、誰かに何かを頼んだりお互いに助け合ったりすることよりも、『産業経済・国力の成長』に貢献する企業に所属して働き、その働いたお金で自立的な生活をすることにあります。『勤労所得・貯蓄・社会保障』などによって、他者に直接(対人関係的)に頼らなくても良い生活設計が成り立つような社会構造が整えられていったのですが、社会的な動物である人間は一人では生きていけない精神的特性を抱えていますから、家族愛・恋愛・友情などの関係性においては『贈与‐返報の原理』を求めることになります。

『お金が無くなれば何もできなくなる合理的な社会』であればこそ、無償の贈与(何かをして上げる行為)とその贈与に対する返報(何かをして返す行為)の希少価値が高まっており、異性関係や友人関係においては自然な贈与と返報による関係の持続性が志向されやすいと言えます。スナックやクラブ、バーといった『何気ない会話』を楽しむための夜の飲食業でも、商売でありながらそこに商売(金銭のやり取り)で清算され尽くされない人間関係が求められている部分はあり、常連客がお店に対して“ツケ”をするのも一回で清算されない継続的な関係性への欲求なのかもしれません。

現代人には『他者と関わりたい欲求』と『他者と関わりたくない欲求(他者から束縛・干渉されたくない欲求)』とのアンビバレンツ(両価性)がありますが、そういった葛藤する感情の先には、安心して継続的な関係性を築ける『相互的信頼感のある他者の表象』があることが少なくないのではないかと思います。相手の欲求に応える言動、相手のプラスになる反応をする『贈与』は、贈与を受け取る側の利益だけが大きいようにも感じられますが、心理学的には『贈与をする側』にもかなり大きな心理的メリットがあります。

『個人のフラットな自立(直接に誰の世話にもならない物心両面の自立)』というのは他者や社会・財政に負担(迷惑)をかけないという意味で、現代社会で誰もが目指すべき黄金則のようになっています。その一方で、全国民が市場経済の構成要素としての自立(自分単独での稼得・納税による生活可能性)を促進される中で、すべての物事が労働とその成果による金銭(社会保険)によって解決されるべきという価値観が根付き、『人と人との原初的な共助・協働の感覚(運命共同体的な必然の助け合いと結びつきの連続性)』が失われやすくなった面もあるように感じます。






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  • 自己中心的自我⇔近代社会

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