近代社会が求める“個人の自立・貨幣経済の自由・自己責任”は人間関係や相互扶助をどう変えるか:1

人間は他者と全く関係しない『自分自身の利益・快楽』だけでは十分な幸福感・安心感を得られにくい存在であり、その意味において人間は古代ギリシアのアリストテレスが示唆したように『政治的な動物』であり『社会的な動物』と言えます。構造主義の精神分析家として知られるジャック・ラカンは、人間の欲望(desire)の定義を『他者の欲望を欲望すること』として、人は他者の持っている欲望をイメージしてそれを求める事でしか真の充足・満足を得られないとしました。

『他者の自我・内面』というのは、“私(自我)”にとっては未知の領域であると同時に、必ずしも自分の思い通りにならないという障害(対抗してくる対象)でもあるのですが、家族・恋愛・友人との関係に典型的に現れるように『他者の欲望(承認)が自分に向けられる事の満足』というのはかなり強いものです。雑多な人間関係(他者の自我との直面)は一般的にはストレスや不快感、気遣いと完全に無縁ではいられないものであり、『私(自我)の自由性・万能性』を挫いて阻害するものではありますが、人間は他者からの愛情・共感・承認をどうしても求めてしまう社会的存在としての一面も持っています。

世捨て人や隠遁者、ひきこもりといった『他者・社会とできるだけ関わらない生き方(他者・社会の存在を絶対的に疎ましく感じて拒絶する生き方)』を自ら好む人もいないわけではないですが、そういった非社会的で人間関係から深く断絶した生き方(原理的・感情的な自給自足)を望む人が人間の多数派になることは恐らくないでしょう。そう言い切れる程度には、人間の承認欲求・親愛欲求を含む『他者の欲望を欲望してしまう心理構造(自分の発言・行動・事績に対して他者からの何らかの反応を求めてしまう心理形式)』は遺伝的かつ普遍的な強さを持っており、どの時代においても人は自分を認めたり自分に共感してくれたりする他者(その心像)を求め続けてきました。

神・仏がいつも私を見守っていて下さるというような敬虔な宗教の信仰心でさえも、『永遠不変の他者の表象・心像(自分とは異なる他者から永続的に見守られて愛される事への希望のイメージ)』にその原点があると推測することができます。『自己と他者との関係性』にはネガティブで面倒くさい部分があったり、その交際(関係)を持続するために時間・お金がかかったりもしますが、それでも社会的・政治的動物である人は『誰とも関わらない自由(孤独)・感情的な自給自足』だけでは飽き足らずに、『誰かと関わることによる苦楽(ストレス対満足感のバランス)・双方向的な感情の交流』を選んでしまったりもします。

精神疾患の発症・維持には身近な対人関係で起こったトラブルやトラウマ(心的外傷)が関与していることも多いのですが、それ以上に『他者との双方向的なコミュニケーション』『自己と他者との欲望の交錯(重なり合い)』は、人が色々なつらいことがあってもまだ生き続けていこうとする存在の根拠になっており、“生きる意志(人生を楽しもうとする動機づけ)の原動力”になっていることも多いのです。

現代の価値観では、自分と他者との人間関係において“フラットな自立性・責任感(お互いに一切の迷惑・負担を相手にかけず、それぞれ自分のことは自分でするという原則)”のほうが重視されやすく、その事が男女の恋愛関係や結婚生活のミスマッチにつながっていたりもしますが、人間関係の持続には『相互の自立性』だけではなく『相互の相補性』も重要になってきます。

現代の対人関係で理想とされる『他者に頼らなくて良い全てを自分でこなせる自立的な人間像』も行き過ぎると、他者との関わりや他者の必要性のきっかけを見出し難い『自己完結的な人間』になってしまい、そこに合理主義的な価値判断が刷り込まれると『他者との関係=負担・迷惑・煩わしさ』にも成りかねない問題も出てきます。『何かをして上げる・何かをして貰うという関係のバランス(損得の割合)』にセンシティブになると人間関係はぎこちなくなったり不満・不信が募りやすくなったりもします。

人間関係の基本原理の一つとして『贈与‐返報の原理(何かをして貰ったらそれに応えなければならないという心理的負債感)』があり、家族・恋人・親友のような“近い距離感(頻繁に会うような形)”で良好な関係を持続させていく上では、お互いがお互いに対して言葉や行動、態度などを相手のために贈与したり、その贈与を受け取って返報する必要性も出てきます。

親密な人間関係や互助的なコミュニティを支えて継続させる効果を持つ『贈与‐返報の原理』については過去の記事でも何度か詳しく取り上げてきましたが、現代の都市環境(市場経済で動く経済社会)で相互扶助の人間関係(血縁関係)が希薄化して地域コミュニティ(情緒的な関心に支えられる共同体)が解体している要因の一つも、『贈与の機会を減らす貨幣経済の清算性』にあると考えることができます。






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