違法ダウンロードの刑事罰化についてどう考えるか?1:違法なアップロードとダウンロードの法的責任

インターネットには著作権を侵害しているコンテンツが数多くあるが、これまではコンテンツ(音楽・映像・文書など)をネット上にアップロードした人だけに対して刑事罰が科されていたが、6月の著作権法改正によって、ネット上の違法コンテンツをダウンロードした人にも刑事罰が科されることになった。この『私的違法ダウンロード刑罰化法案』は初期の政府案には含まれておらず、自民党・公明党が主導した修正案の形で提出されたもので、以前からあった著作権者・権利者団体(特に音楽業界)からの『刑罰化の要請』を受け容れた内容になっている。

2012年10月1日から違法ダウンロードの刑事罰化の法律が施行され、著作権者が警察に訴え出て捜査が始まる親告罪ではあるが、刑罰は“2年以下の懲役又は200万円以下の罰金”と相対的に重い量刑に設定されている。著作権侵害のコンテンツをアップロードした場合の刑事罰は、“10年以下の懲役又は、1000万円以下の罰金”であり、当然ながらダウンロードよりも重い刑罰である。

著作権侵害のコンテンツのダウンロードは、平成21年の著作権法改正の時から既に『違法行為』ではあったのだが、ネット上の違法ダウンロードの数があまりに多く、『違法コンテンツが初めにアップロードされなければダウンロードもできない』という常識的な因果関係・法的責任感覚から、『ダウンロードに対する刑罰』は制定されていなかった。

個人が誰でも情報を公開・発信できるというインターネットの仕組みそのものが、そもそも『著作物を独占的に囲い込んで他人に絶対に使わせないようにする』という事に向いていないという事もあり、今までのネットは“コンテンツのシェア(共有)・フリー化(無料化)”のコンセプトに基づいて動いてきた側面もある。

ネット以前の著作物は『書籍・CD・DVD』などの物理的パッケージの商品として販売されてきたので、著作権を侵害するというのは万引き(窃盗)をして商品を盗んだり、購入した商品を物理的にコピーして販売したりという行為に象徴されるように、その違法行為のためのコストやハードルは一般的には高く、大半の人は普通に生活していれば著作権に関係する違法行為とは無縁でいられた。

しかし、ネットが普及してからは著作物は物としての形を持たない『デジタルデータ』に置き換えられるようになり、『時間・空間』を簡単に飛び越えて不特定多数の人たちに閲覧させたり頒布したりすることが出来るようになった。今までは北海道に住む人が、東京に住む人から違法コンテンツを頒布してもらうには、郵送と届くまでの日数など大きなコストがかかっていたが、インターネットの登場によって国内の遠隔地に限らずどこに住んでいても、『時間・空間の制約』を排除してコンテンツを頒布したり共有することが可能になったのだ。

そういった著作権で保護されているデジタルデータ(パッケージの商品として有償で売られているような情報)を意図的にネットにアップロードする人は殆どいないにしても、『既にアップロードされている著作権違反のコンテンツ』をワンクリックでダウンロードできてしまうネット環境は、普段遵法意識が高い人をも犯罪者にしてしまうかなり強い誘惑になる恐れがある。違法ダウンロードをリアルの実店舗での万引きと同じだというJASRACや著作権者の主張もあるが、『店員・他の客がいて物理的な商品を購入するために作られた店舗』で万引きする行為の心理的ハードルは、違法ダウンロードよりも圧倒的に高くその罪悪感も強くなる。

他者の実在感がなく一人でディスプレイに向き合って、自分がアップしたわけではない違法コンテンツをワンクリックでダウンロードできる環境が、『商品を売るために設計された実店舗』と同等というのは法律的・利害的にはそうであっても、心理的・意識的には相当に異なると考えられるのである。

著作物を権利者に無断でアップロードした人物が逮捕されて刑罰を科されるというのは『アップロードする時間的なコスト・心理的ハードル・アップロードによる権利者の経済的損失』を考えれば妥当であるが、ダウンロードした人物を逮捕して刑罰を科すというのは『ダウンロードする時間的なコスト・心理的ハードル(罪悪感のリアリティ)』を考えれば過剰規制になってしまう恐れがある。『犯罪を誘発しやすい環境』を作っているのはアップロードをした人物である事を考えても(アップロードされていなければダウンロードのしようがないという因果関係からも)、私的ダウンロードの範囲にまで刑罰化の作用を及ぼすことが妥当なのかはもっと慎重な議論が必要だったのではないかと思う。






■書籍紹介







この記事へのトラックバック