新田次郎『栄光の岩壁 上下』の書評4:マッターホルン北壁に登頂した岳彦の強さと弱さ

岳彦と大五郎より少し前に登り始めたパーティーは、晴天の気象に恵まれたお陰でアイガー北壁を制覇することができたが、ほんの僅か登り始める日が遅くなっただけで、登攀が不可能な気象になってしまうのである。そして、岳彦らの横を急いで通り抜けていったスペインの遠征隊は、悪天候になっても退却せずに無理をして(日本へのライバル意識を出して)強行軍で突き進んだため、頂上付近で吹雪に埋もれて帰らぬ人になってしまった。

岳彦は高校時代に八ヶ岳で友人の河本峯吉を失い自分も死にかけた遭難や、その後の日本の冬の岩壁登攀での際どいビバーク(野営)の経験によって、山で天候が悪化しはじめた時に無理をしてそのまま登り続けることの危険性を嫌と言うほどに熟知していた。自身も一流のクライマーである片倉大五郎は、リーダーである岳彦の状況判断とその技術力を全面的に信頼しており、(簡単には登る機会をつかめない)アイガー北壁においても岳彦がこれ以上の登攀は無理であり速やかに撤退すべきだと言えば、その判断を尊重して従ったのである。

日本人が登っていないヨーロッパアルプスの岩壁を何としても登りたいという夢は、翌年以降に持ち越されるが、岳彦らのアイガー北壁への挑戦が報道されたことで、翌年からは一気にアイガーを目指そうとする日本人の登山隊が増加してしまった。次に岳彦がザイルを組むことになった相手は大五郎ではなく、昔からの登山仲間で強靭な体力を持っている吉田広であった。ヘルス商会の梅坂社長は来年もヨーロッパ遠征のスポンサーになりたいという意向を持っていたのだが、結果的にアイガー北壁に登頂できなかった実績が役員会には評価されず、ヘルス商会は片倉らのスポンサーから下りてしまったのである。

岳彦も大五郎も自力で遠征費用を準備して渡欧しなければならなくなったが、旧友の吉田広が親の遺産を活用してヨーロッパに向かうという話を聴き、岳彦は妻の恭子から資金を用立ててもらって吉田と共にアイガーを目指す。しかし、その年はあいにく天候に恵まれずに落石が滝のように落ちているアイガー北壁に登れる日があるかどうかさえ分からなかった。そんな時に、ヨーロッパアルプスの登山と気象に詳しいホテルの支配人のシュトイリが、『ベルナーオーバーランドのアイガー北壁がどうにもならない条件の時には、ヴァリスのマッターホルン北壁のほうは天候に恵まれやすい』というアドバイスをしてくれ、岳彦はアイガー北壁と並んで日本人未踏峰だったマッターホルン北壁へと即座に目標を切り替えるのである。

当時はヨーロッパ三大北壁とされる『アイガー北壁・マッターホルン北壁・グランドジョラス北壁』の全てに日本人は登頂したことがなく、天候が悪くて登れそうにもないアイガー北壁だけにこだわる必要性もなかったのであり、結果としてマッターホルン北壁に目標の岩壁を変えた岳彦の判断(シュトイリのアドバイス)は正しかった事になる。ヴァリス山群の主峰であるマッターホルンに、暫くは続くと見られる『晴天の期間(登攀に適した気象条件)』が訪れたのである。

天に向かって垂直にそそり立ち、人の侵入を寄せ付けないような峻険なマッターホルン北壁を登攀していく二人の行動と感覚の描写は、過酷な限界状況(不安・期待の入り混じった心理状態)のリアリティに富んでいて、剥き出しの自然に立ち向かっていく人の弱さと強さの両面を的確に書ききっている。重量のあるザックと自分の体重を支える足に負担がかかって苦しむ岳彦は、足のない足から大量に出血して、靴の中を血で満たしながらも登攀を継続し、遂に日本人初となるマッターホルン北壁の登頂に成功する。

体力が抜きん出ている友人の吉田広はずっときついトップ(先頭)を務めてきたが、日本人で初めてマッターホルンの頂上を踏むべきなのは竹井岳彦であるとの敬意・確信の気持ちから、頂上まで後わずかの地点で『僕は疲れた。とても最後の詰めをやりきれない。トップを替わって下さい。』と岳彦に申し出る、いつもであればこういった好意を決して受け取らない岳彦も、吉田のその熱い思いを断りきれずにトップを取ってマッターホルンの頂上を先に力強く踏む。

凍傷で両足の殆どを切断した竹井岳彦(芳野満彦)のマッターホルン北壁の登攀成功は、『不可能を可能とする驚異的な努力の成果』であり『あらゆる困難に打ち勝てるとする人間の意志の証明』でもあるが、小説の『栄光の岩壁』を読むことで登山・登攀に興味のない人でも勇気づけられるだろう。

それは身体に障害のある者がハンディキャップを乗り越えて努力した感動物語というよりは、“足のない足”というハンディそのものを意識から消し去るほどの岳彦の執念・意志・覚悟の怖いほどの強さの物語である。そして、マッターホルン北壁登頂という一つの明確な区切りを成し遂げたことで、その山への取りつかれたような執念をもうなくしても良いのだという『岳彦の自分への許し(劣等コンプレックスの自然な雲散霧消)』が巧みに記されている。

最後の最後で竹井岳彦は、マッターホルン北壁を制覇して更にアイガー北壁へと野心を滾らせている吉田広に対して、もう自分は燃え尽きた、やるべきことはやってしまったとでもいうような寂しげな述懐をする。そこで岳彦は初めて『等身大の自分』と向き合い、過去には決して受け付けなかった自分への同情や悲しみへの感情を自ら進んで露わにしてもいる。『へんかも知れないな。しかし、今のおれには栄光の岩壁がまぶし過ぎてならないのだ。あのマッターホルン頂上の十字架の下に立つまでの長い年月の間、ひと筋に山に賭けてきた自分自身が可哀想でならないのだ。』と……。

この記事は、「新田次郎『栄光の岩壁 上下』の書評3:アイガー北壁を目指す岩壁登攀と仕事・結婚との両立」の続きの内容になっています。






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