映画『ソーシャル・ネットワーク』の感想2:Facebookに全てを賭けたマーク・ザッカーバーグ

前回の記事の続きになるが、Facebookの成功要因の一つとして、世界最高の大学機関として高い認知度と優位性を誇るハーバード大学の学生にまず普及したことが挙げられることもあり、Facebook開設の初期段階ではアメリカの中でもハイレベルとされる大学の中で使われるようになっていったようである。アメリカの大学文化や社会階層、人々の上昇志向の意識といったものが、Facebookの爆発的成長に影響を与えたとも言えるが、日本では余り普及していない『実名のSNS』がなぜアメリカから次第に広まっていったのかの理由にも、『社会的に有用な人脈への参加・職業キャリアの形成に役立つ自己プレゼン・大学生の充実しやすい現実の人間関係』といったものが関係しているのではないかと思う。

これは裏返せば、日本のSNSで『実名主義』が広まりにくい理由にもなっているのではないだろうか。日本では若年層でも他人とつながれない『無縁社会』が問題視されるように、学校を卒業して以降の現実の人間関係が狭小化しやすく、終身雇用のサラリーマンや職場に深くコミットしない非正規雇用者には、『会社の人間関係』をウェブにまで持ち込む実際的なメリットが殆ど無いということがある。専門的な職業人やポータビリティスキルを持つ人材を除いては、人脈による職業キャリアの恩恵を受けられる層がかなり小さい(ハローワークや求人サイト経由の求職者が多い)こともあり、一般的な求人のある多くの職業で、ウェブ上の自己ブランディング(自己プレゼン・記事の作成)をキャリアや収入増加につなげることが難しいということも指摘できる。

特に、製造業・サービス業を中心とした日本の中高年の一般的サラリーマンの多くは、Facebookの実名SNSに参加する動機づけが高まりにくいと思われるが、逆に、友人関係が充実しやすい10代~20代前半の学生時代から周囲の人たちがFacebookに参加しているような環境が生まれれば、そのソーシャルネットワークを長期に維持したり拡大したりするという目的で、Facebookが活用される可能性はあるように思う。学生のほうが社会人よりも実名制のSNSが受け入れられやすい要因としては、職業エリートもいれば失業者・無職者もいるような社会人よりも社会的・経済的格差が小さく、偏差値や学歴の差はあるとしても『学生の身分・ライフスタイルの均質性』によって優越感や劣等感が絡みにくいということもあるかもしれない。

リアルの友人知人の数がある程度多くて、ステータスチェックやコミュニケーションの頻度が大きくならないと、実名制のSNSを使い続けるモチベーションは維持しにくいし、リアルで何のつながりもないところからウェブ上のコミュニケーション(発言や記事を介したやり取り)だけで、新たなフレンドを開拓するという使い方はFacebookのソーシャルグラフでは推奨されていないようである。

また、mixiのニュースから記事を書くような機能も準備されていないので、『知らない他人の記事を読んでコメントしたりフレンドに登録申請をする』といった用い方もしづらく、恐らくFacebookで他人を判断するのに重要なのは『他人のウェブ上の発言・記事』というよりも『リアルの経歴・所属・人脈・実績』といったより現実社会の生活に密着した実利的な情報にあるのではないかと思う。実際、Facebookで詳細なプロフィールを書いている人には、一般社会ではエリートや成功者に分類されることが多い高学歴・大企業の所属者・専門家・大学教授や研究者・官僚・経営者など社会的な影響力のある肩書きを持つ人が多く、エリートでなくても実名を広く知られることによって、キャリアや経営上の恩恵を受けられる人が多いように感じられる。

もちろん、Facebookは匿名的な使い方ができないこともないし、ごく狭い知人関係の中だけでコミュニケーションするような使い方や他人の記事・写真などに『イイネ』をつけるだけの使い方もできるので、ユーザーの社会的属性は実際には多様ではあるが、『リアルの友人知人に向けて書く』という前提だと、書ける内容も日常生活に密着したこと(余り理屈・思想めいたことや社会経済の大きなテーマは大半の人は実際の知り合い相手には書きにくい)になりやすいというのはあるかもしれない。

Facebookの創始者といえば一般的にはマーク・ザッカーバーグだけがイメージされやすいが、立ち上げの時期にはマークの親友だったエドゥアルド・サベリンも資金面で全面的な援助をしており、成長してからもCFO(最高財務責任者)の職務に当たるはずだった。しかし、サベリンにはビジネスを拡大していく才覚やCFOとして企業財務を担う経験が乏しく、Facebookの収益モデル構築に悩んでいた時期に突如現れた、Napsterの開発者ショーン・パーカーにナンバー2としての地位を次第に奪われていくことになる。“The Facebook”というサイト名から、“The”を取り去ってシンプルな名前にしたほうがクールだとアドバイスしたのもパーカーであり、クラブでパーカーがザッカーバーグにFacebookの途轍もない成功のビジョンを熱に浮かされたように語るシーンが、この映画で強く印象に残る場面にもなっている。

エドゥアルドがショーン・パーカーを指して『パラノイア(妄想症)』と揶揄したように、パーカーは常識的見地からは誇大妄想とも受け取られかねない規模の大きなビジョンとFacebookのSNSとしての可能性をパフォーマティブに語り、マーク・ザッカーバーグの若々しい野心と希望に燃料を投下していく。ハーバードに残って地道にスポンサーとなってくる地元企業に営業を掛け続けるエドゥアルドに対し、ビジネス拡大のノウハウを持つパーカーのほうは、ベンチャー・キャピタル(VC)や大企業から一挙に数十万ドル以上の高額の融資を引き出そうとする。ザッカーバーグにとってビジネスパートナーに相応しいのはどちらか、親友で付き合いの長いエドゥアルトか、山師のように夢を語りつつも実際の行動力もあるパーカーかの間で揺れる葛藤が各種のエピソードと共に再現される。

ナンパした女性とのベッドシーンから映画に登場するショーン・パーカーは、その巧みな話術とエキセントリックな人柄に独特のカリスマ性を備えているが、どこか軽薄で遊び人や山師の雰囲気を漂わせている人物でもある。パーカーは、P2Pのファイル交換で音楽を自由に共有できる“Napster”でその名を知られるようになったが、著作権侵害で音楽事務所から賠償請求の訴訟を起こされており実際の財産を築くようなビジネスに成功していたわけではなかった。しかし、どのようにすればIT企業を巨大化していけるかの具体的なノウハウを知っており、SNSという分野における未来の壮大なビジョンを語り行動できる能力を持っており、ザッカーバーグにとってエドゥアルドよりも役に立ちそうな人物ではあった。

Facebookの成長に人生の全てを賭けようとするマークは、結果としてパーカーと組んでエドゥアルドをFacebookから追い出すことになり、これが映画のポスターに掲げられている『裏切り』のテーマにかかっている。インテリジェンスビルに洗練されたオフィスを構えられるほどに成長したFacebook、輝かしい未来を感じながらCFOとして出社してきたエドゥアルドは一張羅のスーツをまとっているのだが、その時にはマークとパーカーの共謀によってエドゥアルドの社内での地位と居場所が奪われていたのだった。

人間関係やコミュニケーションが上手いとは言えないマーク・ザッカーバーグが、リアルの人間関係(人脈)を拡張するツールとしてFacebookを立ち上げ、何億人ものユーザーを集めてアクセス数でGoogleを抜き去るほどの驚異的な成長を成し遂げたのだが、そのプロセスでは恋愛の挫折や友情の破綻、訴訟トラブルなどさまざまな出来事があった。それでも、世界最大のSNSとしてFacebookを成長させ続け、グローバルなコミュニケーションや人とのつながりを加速させたいとするザッカーバーグの夢は挫かれることが無かった……チュニジアのベンアリ独裁政権を倒した『ジャスミン革命』にも影響力を振るったというFacebookが、今後どのように現実社会との接点を深めていくのか、ウェブ全体におけるソーシャルメディアの位置づけがどうシフトするのかなど、ウェブに関心を持つ人であれば色々なことを考えさせられる映画に仕上がっている。






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