ブレンダ・ボイド『アスペルガー症候群の子育て200のヒント』の書評:育児のトラブルにどう対処するか?

アスペルガー症候群(AS)の子どもを持つ親が、日常的な子育てや指導・援助で悩みやすいポイントとその対処法を、実際の育児経験の試行錯誤に基づいてまとめた本です。広汎性発達障害(PDD)の専門書ではないので難解な専門用語や理論的な解説が無くて、『実践的な子育ての方法やアドバイス』にテーマを絞っているので、アスペルガー症候群の子どもやコミュニケーションが苦手な子どもの支え方や教育方法について色々な気づきを得られます。

母親のブレンダ・ボイド氏は自分自身がアスペルガー症候群を持つ子どもの育児に悩み迷った経験から、『母親(父親)がストレスを溜め込んで追い詰められないこと』に重点を置いており、完全主義思考や先読みの不安の危険性を指摘しながら、家族や他人の助けも借りて前向きに子育てをすることの大切さを繰り返し説きます。

アスペルガー症候群による『二次障害(反社会的な逸脱傾向)』を防ぐために、問題行動や感情的葛藤に適切に対応して上げることももちろん大切なのですが、最も優先すべきこととして『子どもと家族の安らぎ・幸福』を考えることがあります。母親の心身状態がボロボロの状態で、一生懸命にアスペルガー症候群の問題行動を改善する育児法や指導法を試みてみても、いずれは心身の疲弊が蓄積して限界に達してしまいます。

ASの育児に限定される問題ではないですが、育児は十数年~二十年以上にもわたる長期戦ですので、母親が自分自身の心身の健康管理にも注意して『子どもの成長・可能性を喜べる心理状態』を準備しておくことが何より大切なのではないかと感じさせられます。
自分の子どもがアスペルガー症候群や発達障害であるという医学的診断を受けると、大半の親は『普通の子とは違う・不利益の多い障害を持っている・これから先どういう子に育つのか』という不安や落胆に囚われやすいのですが、本書では『ASの正しい理解・受容』を進めることができればASの育児にまつわる『悩む必要のない悩み』の多くが緩和するとしています。

『1 まず、基礎を固めましょう』では、ASの子ども達の問題・性格の特徴についてのアドバイスよりも、育児を実際に担当するお母さん(お父さん)の気持ちの持ち方やASの理解の仕方に記述が多く割かれており、『親が自分自身を大切にして子どもの障害や問題についてのポジティブな視点を持つこと』が語られています。精神的な余裕や生活のゆとりを持つことは難しいかもしれませんが、そういった『自分を元気にする蓄え』があることで『子育てに専念できる心理状態』が整いやすくなり、どの課題や悩みから改善していけば良いのかという『優先順位の見通し』が立ちやすくなるのです。

ASの子ども達の育児・教育においては、結果を焦らず本人の性格特性に合わせて“できるところ”から進歩していく『す・ま・あ・と・な目標設定』が基本になりますが、『す=少しずつ前進し,ま=満足できる目標を立てて、あ=焦らず必要な時間を掛けて、と=取り組みやすい課題を順番に設定し,な=何とかなるという希望的予測を忘れず落ち込まない』という気持ちや見通しを持てるようになると育児の心理的負担も和らいできます。

アスペルガー症候群の診断と特徴を受け容れるということは、自分の子どもを画一的なASの定義・診断項目に当てはめることではなくて、『現実に存在する子ども』の一つの傾向性(個性の現れ)として人間関係の困難やコミュニケーションの苦手さ、こだわり行動などの問題を抱えやすいということに過ぎません。現実に存在する自分の子どもを受け容れて愛しながら、『子どもの将来や人間関係にとって大きな問題になるポイント』をその都度、適切な態度や方法で修正して上げることが大切であり、子どもの将来や可能性に対して『(想像に基づく)ネガティブな思考』にはまり込まなければ『子どもにとって成長した部分』が見えやすくなります。

ヒント16では、ASの子どもが友達とトラブルを起こしたり感情的な興奮・パニックを起こしたりする原因を探って対処することを書いていますが、『親がどこまで許してくれるか試している・学校や友人関係での欲求不満が高まっている・AS的なこだわりや信念の強さによる欲求不満がある・規則的な生活リズムが乱されている』などの原因を優しく理解して上げることも必要です。

自閉症やASの子どもには、親の分かりやすい愛情や思いやりの表現が伝わりにくいことも多いのですが、目に見える感謝・喜びが見られないとしても『親の愛情・支持・思いやり・肯定』といったものは発達障害の子どもの性格形成や二次障害の予防に役立ちます。ASの子どもの不安や悩み、怒りに適切に寄り添おうとする親の態度・行動には、精神発達過程で『他者への信頼感・自己の受容感』を生み出しやすくするという非常に大きな価値があります。

ASは集団環境に適応しにくく他者との円滑な感情交流もしにくいので、学校で友達関係に馴染めなかったり否定的な評価(扱い)をされることで『自尊心や自己評価(セルフ・エスティーム)』が傷つきやすくなります。自尊心が低くなり過ぎるとコミュニケーションの障害が更に深刻化したり、他者や社会と関わりを持とうとする意欲が無くなったりすることもあるので、ASの子育てでは『感情的に叱るよりも、よく出来たことを褒める』ことが自尊心の保持につながります。

ASの子どもの効果的な褒め方についてもアドバイスされていますが、『大袈裟に感情的に褒めること』をASの子どもは強く嫌って自分がバカにされているように感じてしまうので、『自然な態度で本心から分かりやすい表現で褒めること』が大切です。自分が実際に見た『子どもの言動』を指摘して褒めてあげたり、自分が本当に感じた感想や喜びを『あなたが○○ができてお母さんはとても誇らしくて嬉しかったよ』というように伝えて上げたり、『適切な好ましい行動・会話』に名前をつけて整理したりすると、ASの子ども達は自分が本心から褒められたことを理解して自己評価を高められるといいます。

アスペルガー症候群の育児マニュアルとして本書を活用したいという時には、ASの子ども達が実際に起こしやすい『コミュニケーションの問題・友達関係や学校生活のトラブル・感情処理(怒りや興奮への対処)の困難・完全主義や頑固さの性格傾向』についてまとめた2章と3章が役立つと思います。『2. ベストをつくしましょう』では心の理論の障害で他人の気持ちを上手く推測できず、コミュニケーションの衝突や不快が多くなってしまうアスペルガー症候群の問題に、どのように対処して教育していけば良いのかのヒントが多く上げられています。

社会性の障害を持つASの子どもは、『集団生活の状況・他人との関係性』に応じて自分の言動を適切に調整することができなかったり、暗黙の了解となっている『社会的なマナーやルール』を理解できずに一般的に考えて失礼な発言や無神経な行動をしてしまうことがあります。そのため、ある程度学校生活や対人関係に適応していこうとすれば、意識的なソーシャルスキルのトレーニング(SST)を行ったり、ロールプレイ(社会的学習)によって他者の立場を想像できるようにしていく必要もでてきます。

社会的な文脈や他者の気持ち・立場を、少しずつでも想像したり推測できるようになってくれば、ASに特有の硬直的なバカ正直さや他人の気持ちに配慮しない自己中心性、強迫的なこだわりが改善してくる可能性はあるので、『子どもに合った教え方・説明の方法・気づきの促し』を進めていければ良いと思います。どこまで状況に合わせられる社会性の獲得や他者の感情の読み取りが進むのかには、広汎性発達障害の知的水準と同じく大きな個人差がありますが、『感情に名前をつけて言語化する練習・お手本を見せて真似させる観察学習・イラストや図表を用いて視覚的な理解を進める方法』には教育効果のエビデンス(根拠)があります。

アスペルガー症候群の非適応的(暴力的)な二次障害の原因になりやすいのは、感情を言語化して伝えられないことによるフラストレーションの蓄積があるからで、幼児期の段階から少しずつ『こういう風にされたら悲しいよね・怒ってしまうよね』というような感じで感情に名前をつける練習をしていくと、大きくなってからフラストレーションの緩和をしやすくなります。

発達障害に限らずとも、『自分の感情・考えを表現する語彙』が余りに少なすぎると、言語的コミュニケーションによって不快な感情を処理することが難しくなり、不適切な直接的行動によって、自分の欲求不満を解消しようとする二次障害のような問題が起こりやすくなります。言葉の発達の遅れや他人に関心を全く持たない自閉性の問題がある時には、イラストやお手本行動のロールプレイを通して『しても良いこと・してはいけないことの区別』を分かりやすい視覚刺激によって伝えていくというのが一つの方法になるかと思います。

つらくて苦しい時や怒りの感情が強まっている時にも、それを『直接の行動(暴力暴言)』に変えてしまうのではなくて、『言語的な表現・訴え』によって相手に伝えて相手の態度の変化を促していく習慣を身に付けさせることが必要になります。

本書では、家族それぞれが『楽しいこと・悲しいこと・怒ったこと・驚いたこと』についてイラストつきで日記をつけていく『感情ノートの作成』を勧めていますが、これは幼児期~児童期の子どもには非常に効果的な方法です。感情ノートを家族で一緒に作成していくことで、『自分以外の他人・家族』にも自分と同じように楽しかったり怒ったりする感情があるという経験的な自覚を促進することができ、『お母さんはあなたがこういう風にしてくれるととても嬉しいな(悲しくて落ち込んじゃうな)』といった感情を巡る対話のきっかけにもなってくれます。

本書にはトラブルや気苦労の多いASの子どもの育児を、できるだけポジティブに楽しいものにしていけるヒントやアイデアが数多く収載されていますが、ASの子どもを持っている親や関係者だけに役立つという内容ではなくて、『子どもを教育的な指示に従わせるにはどうすれば良いの?子どもを叱る時にはどういった言葉や態度を選べば良いの?子どもの感情制御や自尊心形成の育児にはどんな具体的方法があるの?』といった子育てをしている母親の抱きやすい疑問にも応えてくれる内容になっています。

ASの子育て・教育法についてのアドバイスがメインになっていますが、子どもの育児に対する基本的態度を身に付けたいという方、『子どものコミュニケーションの苦手さ・感情の問題』に対する対処法を知りたいという方は、一度手にとって見られると良いと思います。










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■書籍紹介

アスペルガー症候群の子育て200のヒント
東京書籍
ブレンダ ボイド

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