男性原理と女性原理が拮抗する“過渡期”としての現代:個人を制約する規範としての“性・家”と“貨幣”

『女性の身体・性愛・生殖』が女性自身のもの、女性に自己決定権があるものになるのは、20世紀後半の1960~1970年代以降の性の解放を通してのことでした。“男性の性”と“女性の性”が道徳的に均等化した歴史は古代社会を除けば短いのですが、18世紀以前は女性の身体は『神の所有物』とされ、19世紀~20世紀初頭は『家・夫の所有物』とされたという男性社会における女性性の抑圧の長い歴史がありました。“宗教規範・家父長制・性のダブルスタンダード”による女性ジェンダーの規定については、『前回の記事』を読んでみてください。

女性性の抑圧の歴史に終止符が打たれた最大の要因は、『先進国における国家戦争(民族主義)の終焉・資本主義の発展(=女性の雇用増加と政治経済的な社会進出)』に求めることができます。男性性の持つ有無を言わせぬ強制力である『暴力・戦争=強制権力の発動』『自由主義(個人主義)・言論と人権の優位』によってほぼ絶対的な悪に近いかたちで禁圧されてきたということが大きいでしょう。

男性社会(家父長的な共同体)の命令や規範に従わなければ、『厳しい懲罰=物理的な暴力・排除』を与えるという強制力が揺らぎ、女性が“男性・父系家族・性別役割”に従うという伝統的な婚姻の意味合いも『両性の合意による個人間の契約(離婚の選択肢が含まれた結婚)』へと変質していきます。

『貨幣(所得・資産)』さえあれば、誰もが人並みの経済生活を送れるようになる物質的な豊かさが高まり、女性の学歴の上昇や雇用の増加で女性が自力で貨幣を得る手段が増えたことで、『経済力を掌握した男性原理』の強度が低下したとも言えます。人権保障を重視する近代社会と貨幣経済の成熟によって、男性であれ女性であれ他者を『集団共有の価値・信念』で束縛することが非常に困難になりました。

“良妻賢母(貞節のある淑女)”“娼婦(淫奔な悪女)”かという男権社会を支えていたジェンダーの押し付けも、『未婚化・晩婚化・少子化・恋愛の市場化』によって困難になり、結婚せずに自由恋愛をしている若い女性が社会から偏見・差別のまなざしで見られることもかなり減ってきています。

資本主義経済の成熟によって国民の生活水準が向上し、他人や地域に干渉されたくないという個人主義・プライベート空間が一般化したことで、相互監視(他者への干渉)の強いゲマインシャフトが急速に衰退し、経済的な利害関係で結びつくゲゼルシャフトになったことで、社会全体からの圧力(世間体・体裁の圧力)というものも感じる機会が減少しています。女性の性的身体や快楽を『社会・男性・宗教』がコントロールするどころか、現在では最もプライベートな他者・社会が干渉してはならない領域となっており、女性本人の意志に背く形でセクシャリティや妊娠出産を強制することは不法行為(犯罪)と近似の行為になっています。

1960年代以降、西欧社会を皮切りとして避妊技術の発達とセクシャリティの変質に基づいて『女性の性的身体・自由恋愛の解放』が進んでいき、女性たちはキリスト教道徳に由来する『家庭の中の天使・淑女(献身的な補助的役割の担い手)』のアイデンティティを生まれながらに負うことも無くなりました。『家庭の中の天使・淑女』というのは現代では余りに大袈裟ですが、今でもそういった献身的で従順な属性・性格を持つ女性を好む男性は少なくなく、性別役割分担による『女性の家庭性・癒しと労わり』は男女平等社会においても社会的には評価されやすい属性(女性も生活習慣から内面化しやすい属性)ではあるのかもしれません。

ピル(経口避妊薬)や人工妊娠中絶によって『生殖の人為的コントロール権』も男性から女性へと移行しつつありますが、男女平等な社会や女性原理への社会風潮の転換を促進した最も決定的な始点は、やはり『共同体から分離した個人の誕生』に求められると考えられます。

共同体(ゲマインシャフト)と個人が一体化している時代には、『結婚・性愛・快楽』のすべてが社会的・伝統的・宗教的な男女の役割関係(ジェンダー)に押し込められており、自分の自由意志によって結婚するかしないかを決めることはできず、生殖(子作り)のための性行為から大幅に逸脱することは、特に女性にとっての禁忌(タブー)となっていました。性的な身体や行為は極めてプライベートで個人的なものではあるのですが、現代社会にも公然わいせつ罪や身体を見せるセクハラなどが残っているように、ソーシャルで公共的なものとして『性(個人のセクシャリティ)』が解釈される場面は非常に多いと言えます。

ミシェル・フーコー『性の歴史』で生権力と性愛・快楽の管理を結び付けているように、1970年代以降のポストモダンより前の男女関係は『個人の幸福・快楽の目的』のためにあるのではなく、国家社会や共同体を強化するために『生殖による人間の再生産』を促進することに重点がありました。近代社会が成立した初期には、特に生殖や国力増強に寄与しない『ホモセクシャリティ(同性愛者)』に対する差別・排斥が強まり、異性愛の『ヘテロセクシャリティ・婚姻下のセックス』のみが健全で正常とする性愛観が人々に深く浸透していきました。

『身体の快楽』は婚姻内に留めておくべき性行為を外部に漏れ出させて、男女関係にまつわる一夫一妻(モノガミー)の社会秩序を乱すということで、基本的に罪深いこと(快楽を得るための行為はしてはならない)とされたのでした。ホモセクシャリティに対する差別・蔑視というのも『生殖』と『感情・快楽』が完全に分離した性を象徴化していることと無関係ではないですし、『男らしさ・女らしさ』が婚姻を経由して性的に結合するという『近代的な男女のモデル』は、現在に至るまで一般的・正常なものとして人々の意識に強く刷り込まれています。

宗教教義に裏書きされた『婚姻による性愛の許可(結婚して初めて合法的なセックスができる)』というのは、16世紀以降に段階的に強化されてきた共同体(国家)の秩序形成原理であり、この婚姻の規範の抜け道は男性の買春にしか許されていなかったので、特に女性の身体とセクシャリティが『婚姻(婚前・婚外交渉の禁止)』によって厳密にコントロールされたと見ることができます。

男性原理に基づく社会は、『理不尽な厳格さ』を持つが強制的な秩序と社会的な役割を保っている社会であり、基本的には地縁血縁共同体であるゲマインシャフトとの親和性を持っています。女性原理に基づく社会は、『相対主義の寛容さ』を持つが個人を服従させる規範や強制の乏しい社会であり、基本的には経済的共同体であるゲゼルシャフトとの親和性を持っています。ジェレミー・ベンサムやJ.S.ミルが開いた『他人に危害を加えない限り、何をしても良い基本的自由を人間は持つ』という自由主義の禁断の扉は、男性原理のメインロードから女性原理のメインロードへの路線転換を行う扉であったと解釈することもできるでしょう。

先進国の現代社会とは、他者・伝統権威による“他律的強制・理不尽さ”を許さない社会であり、『金銭・経済・労働問題』以外の制約のほとんどが解除された社会ですが、欧米を中心にして『婚姻家族の規範性』が衰退して『性と恋愛の自由化・女性の所得の上昇』が進んだことで、家父長制のような男性優位社会を形成する原動力の多くが失われました。

男性が男性であるだけで得られていた『父親・家長・社会人(勤労者)のポジション』が上記してきた様々な社会変動の要因で揺らぎ、女性が女性であるだけで押し付けられていた『母親・妻(夫の補助者)・娼婦のポジション』が自由化したことで、男女の恋愛における相手選び(性選択)が自由市場に近づいたのでした。

現代の日本では『草食男子・肉食女子』といったキーワードで女性原理社会の到来が表現されたりもしますが、性道徳や婚姻規範、職場の男性優遇による援助が乏しい『現代の恋愛の自由市場』では、基本的には性的魅力が高いことが多い若い女性のほうが優位に立ちやすいということはあるかもしれません。

平和な社会も消費文明社会も自由主義(個人主義)も、何らかの基準を強制して厳格な秩序体系を形成しようとする『男性原理』との相性が悪く、どちらかというとあらゆる価値や選択の相対性を優しく承認しようとする『女性原理』との相性が良いので、現代には女性のほうが元気になりやすい素地はあるのだろうと思います。

とはいえ、今の日本のように、男性原理(保守主義)と女性原理の双方が中途半端に拮抗しているような過渡期の社会では、男性にとっても女性にとっても満足しにくい男女関係・仕事状況(保守的な男女の役割の枠組みが残りつつも男性の経済力が落ちていきやすいなど)が多くなるという問題もあります。










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