エリック・バーンの交流分析と人生脚本(基本的な構え):不快なラケット感情を繰り返し受け取る“ゲーム”

アメリカの精神科医エリック・バーン(1910-1970)が創始した『交流分析(TA:Transactional Analysis)』は精神分析の簡易版といわれますが、人間の性格特性やコミュニケーション・パターンを分析するために役立つ技法です。交流分析は人間の精神構造を3つの自我状態(P・A・C)に分けて分析する性格テストの『エゴグラム(egogram)』でも有名ですが、交流分析では幼少期の親子関係や早期決断によって自分の人生の大まかな予測・計画である『人生脚本(life script)』が作成されると考えます。

エゴグラムで用いられる主な自我状態には以下の5つがありますが、この自我状態のバランスが大きく崩れると不安定な性格構造になったり他者とのコミュニケーションでトラブルが起こりやすくなったりします。

CP(Critical Parent:批判的な親):厳格性・支配的・権威的・道徳的な特徴を持つ自我状態で、社会規範への適応や他者に対するリーダーシップなどに関係する。

NP(Nurturing Parent:擁護的な親):寛容性・保護的・共感的・情緒的な特徴を持つ自我状態で、共感的な人間関係や他者に対する思いやりなどに関係する。

A(Adult:大人):客観的な現実認識や功利的な損得勘定などの特徴を持つ自我状態で、現実社会や対人関係への適応のために自我状態の葛藤を調停する。

FC(Free Child:自由な子ども):自由性・無邪気・天真爛漫・感覚的・遊戯性(享楽性)などの特徴を持つ自我状態で、自分の人生を楽しむ態度やリラックスした解放感に関係する。

AC(Adapted Child:従順な子ども):適応性・従順さ・素直さ・調和性などの特徴を持つ自我状態で、権威(上位者)やルールに忠実に従う遵法精神や社会適応(集団適応)などに関係する。

それぞれの自我状態は『状況・場合・相手』によって適応的に機能することもあれば、人間関係のトラブルや不適応な状況を引き起こすこともあり、どの自我状態が優れていてどの自我状態が劣っているというような優劣はありません。バランスの取れた性格構造やコミュニケーション形態では、自我状態は相補的に機能することになったり、相手や状況に合わせて適切に使い分けられたりすることになります。

集団組織の代表として毅然として振る舞いリーダーシップを発揮する時には、CPの自我状態で発言したり行動したりすることが重要になりますが、家族関係において子どもや配偶者と楽しくリラックスしたコミュニケーションをする時にはNPやFCの自我状態を自然に用いることが必要になります。

通常の人間関係や社会環境では、私たちは殆ど意識することなく半ば反射的にその相手や状況に合った自我状態を使い分けていますが、個別的な性格傾向の違いによってCPが弱くて厳しい指示的な態度を取りにくい人や、NPが弱くて優しい思いやりのある言動ができない人というのが出てきます。

どの自我状態が使いやすくてどの自我状態が使いにくいのかは、生得的要因(遺伝・性格の気質)によって決められる部分もありますが、自我状態の機能の多くは後天的経験(過去の親子関係や対人コミュニケーションに基づく自己認識)からも大きな影響を受けています。その為、ある程度までは役割演技的な認知転換やコミュニケーションのトレーニングをすることでその場その場に必要な自我状態を使えるようになってきます。しかし、発達早期に親から与えられる『禁止令(自己否定や人生の悲観につながる内容の命令)』などによって、人生脚本が極端にネガティブになっている場合には、固定的・不適切な自我状態でしかコミュニケーションできなくなることがあります。

人生脚本というのは簡単に言うと『自分はこういう人間であり、他人や社会とはこういう性質のものであり、自分の人生や人間関係はこのようになっていくだろう』という人生の大まかな概略図・計画構想のようなもので自己暗示効果を持っています。交流分析の目的の一つは、ネガティブで自己否定的な人生脚本をポジティブで自己実現的なものへと書き換えていくことですが、人生脚本の内容・傾向は『基本的な構え』と深く結びついています。

自己や他者に対する『基本的な構え』は以下の4つに分類されますが、円滑なコミュニケーションを行って充実した対人関係を営んでいくために、『自他肯定(I'm OK!, You're OK!)』の基本的な構えを獲得することが目標となります。

1.I'm OK!, You're OK!=私も他人もOKである。『自他肯定』で、自分と他人の双方の存在価値を自然に承認できる最も生産的で望ましい行動様式。

2.I'm OK!, You're not OK! =私はOKだが、他人はOKではない。『自己肯定・他者否定』で、自分自身はアクティブに活動しやすくなるが、他人を利用する利己主義に陥ったり、他人の揚げ足取りをしたりする恐れのある行動様式。

3.I'm not OK!, You're OK! =私はOKではないが、他人はOKである。『自己否定・他者肯定』で、自己嫌悪や劣等感に基づく孤立に悩みやすく、権威・実力のある人に従属して主体性を失う恐れのある行動様式。

4.I'm not OK!, You're not OK!=私も他人もOKではない。『自他否定』で、自分にも他人にも存在価値(重要性)が無いと考え、虚無主義的な信念を持ったり希死念慮を抱いたりするリスクがある行動様式。

人間が行うコミュニケーションは、これらの基本的な構え(自己・他者に対する認知)を証明しようとする方向に偏ることがあり、『私はOKではない』という基本的な構えが出来上がっていると、他人からの否定や侮蔑、嘲笑、叱責などを引き出すような発言や態度を自ら取ってしまうことがあります。これは人生脚本とも相関する問題で、認知療法で用いる『予言の自己成就』という認知の歪みで理解することもできますが、自分が持っている『自己像(自己評価)』に見合った結論を引き出そうとする発言や行動をするわけです。

コミュニケーションは『ストローク(stroke)』と呼ばれる感情的刺激を受け取るために行われるのですが、ストロークというのは相手の存在や価値を認める刺激あるいは働きかけのことを意味します。人間にはどのような形であれ、他人に自分の存在や価値を認められたいというかなり普遍的な欲求があり、きちんとした会話の形式ではなくても『挨拶・冗談・社交辞令・雑談・スキンシップ・名前の呼びかけ・ジェスチャー』などで相互的なストロークを得ようとする傾向があります。

しかし、ストロークには承認・愛情・評価・賞賛・親密といった『正のストローク』だけではなく、否定・非難・侮辱・罵倒・中傷といった『負のストローク』もあり、負のストロークと関係する不愉快で後味の悪い感情のことを交流分析では『ラケット』といいます。常識的に考えれば、誰もがラケット(負のストローク)を他人から受け取りたくないはずなのですが、上で書いた『基本的な構えの自己証明』のためにパターン化されたコミュニケーション形態を通して、いつもラケットを受け取ってしまうケースがあります。

基本的な構えを確認するために相手を無意識的にコントロールしようとして、いつも不快で苦痛なラケットを受け取ってしまうコミュニケーション・パターンのことを『ゲーム(game)』といいます。特定の相手とコミュニケーションすると、いつも決まって同じようなパターンに陥り、お互いに不愉快な思いをしたり腹を立てて激昂してしまうというようなケースではゲームが展開していることが多いのです。ゲームとは言い換えれば自分の基本的な構えを立証するために『固定的な結論(ラケット)』に向かって役割演技をするということですが、ゲームで演じられる典型的な役割として『加害者(支配者)・被害者(犠牲者)・救援者(支持者)』の3つがあります。

ゲームは二者関係でも三者関係でも集団関係でも演じられる可能性がありますが、『加害者(支配者)・被害者(犠牲者)・救援者(支持者)』の役割は可変的(流動的)であり、相手を強く罵倒して攻撃した加害者が、病気になった被害者を見て罪悪感を抱き、被害者に転じるというようなコミュニケーションが展開することがあります。役割の交替には様々なパターンがありますが、非生産的なゲームが行われている場合には、関係者の役割交替が『症状・問題の形成維持』を支えていて悪循環のループを生み出すことになります。

基本的な役割交替の仕組みは、加害者(支配者)が他者をコントロールして傷つけているように見えて、被害者(犠牲者)が周囲の救援者(支持者)の同情を集めて、加害者(支配者)に道徳的な反省・自己批判を迫るというものであり、『加害者‐被害者の力関係の道徳的逆転』によって問題や症状がそのまま手付かずで維持されることになりやすいわけです。物理的・現実的な力関係における優位者がまず『加害者』として振る舞うことになりますが、その後で『被害者』になっていた人が、道徳的・同情的な力関係で優位に立って加害者を心理的に責めるというパターンが形成されますが、こういった役割演技は『過去の加害・虐待・過失を巡る終わりの無い賠償要求(責任追及)』といった形を取ることもあります。

ゲームの表層的な目的は『私はOKではないという基本的な構え』『相手(他人)はOKではないという基本的な構え』を証明することにありますが、最終的な結末としては『問題の悪循環(何も変わらない現状維持)』に行き着くようになっています。その為、現時点における自己認識や他者評価を変えなくて良いということが心理的な報酬(インセンティブ)として機能することになるのですが、具体的には『自分が失敗する・自分が否定される・相手が拒絶する(今までの愛情を断ち切って態度を変える)・相手の短所を引き出す』ようなゲームによって基本的な構え(悪循環の現状維持)を確認してしまうわけです。

最も分かりやすいケースでは、『自分は他人に好かれない(私はOKではない)』や『他人の好意は見せ掛けだけで信用できない(他人はOKではない)』という基本的な構えを証明するために、優しく好意を寄せてくれる相手が自分に愛想を尽かして怒り出すまで、執拗に挑発や試し行為を続けたりするようなことがあります。

どうして不愉快な怒りや損失を生じる『ゲーム』を繰り返してしまうのかの理由には、『人生脚本(基本的な構え)の確認・履行』『過去の未解決の問題(ストローク不足の影響)』が関係しており、無意識的にゲームを繰り返すことには必ず何らかの『心理的報酬』が準備されています。自分の実際の人生や対人関係(コミュニケーション)のプロセスが『人生脚本の筋書き』通りに進んでいくことには、それがたとえ好ましくないトラブルや不利益を引き起こすものであっても、予言の自己成就という心理的報酬があると考えられています。

自己否定(私はOKではない)と他者否定(相手はOKではない)を確認するゲームには以下のようなものがあります。


自己否定的なゲーム

1.ことさら劣った行動をとって他人から笑われるもの

2.「盗人に追い銭」式に、金銭的に損ばかりしているもの

3.何らかの不正を行って、罰を受ける立場に自らを追い込むもの

4.自分の不幸にかこつけて、自己憐憫の感情に浸るもの

5.自分を劣った者と見なして、上手く責任や罰を逃れるもの

6.マゾヒズム(被虐)的に自分の心や体を痛めつけるもの

7.くり返し相手の拒絶を誘い、嫌われたり、見捨てられたりするもの


他者否定的なゲーム

1.相手の誤ちを見つけるや、執拗に責めたて大騒ぎをするもの

2.責任を他に転嫁することで、自分の立場を擁護するもの

3.自分の不安や自信のなさを、不平不満をかこって被い隠しているもの

4.異性と関わった後、決まって相手を傷つけたり、見捨てたりするもの

5.自分が援助を頼んだ人を、かえって窮地に追い込んで責めたてるもの

6.二人以上の人々と関わる間に、必ずそこに仲間割れを起こすもの

7.「飼い犬から手を噛まれる」式に、助けた相手から裏切られ、腹を立てるもの


杉田峰康著『こじれる人間関係 創元社』のP141とP175-176から引用


『ゲーム分析』を行って非建設的で破滅的なコミュニケーション・パターンに気づくことで、『自分の仕掛け(相手への挑発)』を減らしていくための自我状態の調整がしやすくなりますが、根本的なコミュニケーション改善のためには『人生脚本の書き換え(今・ここにおける再決断&禁止令の束縛からの自己解放)』が重要になってきます。

不快なラケット感情を回避して『相互的な満足・楽しさ・肯定感』が得られる共感的コミュニケーションをするためには、『自己否定・他者否定』ではなく『自己肯定・他者肯定』を確認するための動機づけが生成される必要があります。その前段階として、対人関係や社会適応を悪化させる『ゲームのパターン』『人生脚本(人生に対する自己規定)の暗示効果』を自分の問題行動(対人トラブル)に引き寄せて正しく理解することが役に立ってきます。






■関連URI
コミュニケーションで満たされる“4つの対人欲求”と対人評価を高める“5つの性格行動特性”

“シャイネスの心理”と社会生活・コミュニケーションへの適応:社会不安障害・ひきこもりとの相関

“プライベートな人間関係”の親密度を推量する基準としての『応答可能性・援助可能性・価値基準の親和性』

好きな相手との関係を終わらせないために『相手から欲望される』ということ:双方向の“贈与”の反復

■書籍紹介

人生ドラマの自己分析―交流分析の実際
創元社
杉田 峰康

ユーザレビュー:
人生は脚本に従う、と ...
脚本分析を中心に・・ ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ





自己と他者の社会学 (有斐閣アルマ)
有斐閣

ユーザレビュー:
お粗末すぎる自己と他 ...
普段の読書にもお勧め ...

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 15

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた
面白い
ナイス ナイス ナイス

この記事へのトラックバック