職業相談からキャリアカウンセリング(キャリアガイダンス)への移行:キャリア概念とは何か?

産業カウンセリングの分野では就職・転職・解雇・昇進降格・職場適応・人間関係(ストレス)などを巡って『キャリア(career)』というものが問題視されることがあるが、雇用情勢や人生設計が不安定になる中で、キャリアを主要な研究テーマとするキャリア・カウンセリングの必要性は高まっているように感じる。

キャリア・カウンセリングの歴史的な前身である『職業相談(進路相談)』というコンセプトや相談形態そのものは、終身雇用を前提とする高度経済成長の時代にも存在していたし、現在の新卒者向けの就職支援のガイダンスも進路指導(進路相談)に位置づけられる。

日本では一般の労働者がキャリアという概念を用いて会話・相談をすることは少ないし、失業者・中途採用の就業支援においてもキャリア・カウンセリングという心理学的アプローチの要請があることは殆どない。非正規雇用者の増加(雇用・所得の不安定化)や女性の社会進出が進んでいる現在の日本では、誰もが職業活動(稼得能力)や人間関係と結びついた人生設計全般としての“キャリア”と無縁でいることが難しくなっている。

行政が職業紹介をしてくれる『ハローワーク』では、応募者の“職歴・条件・資格・年齢・体力”などを考慮して『この仕事なら採用される可能性がありますよ』といった結論に落ち着く職業相談が日常業務として行われているが、こういった『求職者の条件・希望』と『雇用主の条件』とをすり合わせる“情報提供+マッチング”が職業相談の中心である。

日本で職業相談と個人カウンセリングが統合された“キャリア・カウンセリング”の必要性がこれまで認識されてこなかった最大の理由は、被雇用者(正規雇用)の大部分が終身雇用・年功序列賃金によって守られていたことにある。学卒後に初めに就職した企業に約40年間勤めて、そのまま安定した年金生活に移行できるというサラリーマンにとって、キャリアとはそのまま特定企業における職業人生であり、『所属企業と離れた自分固有のキャリア』について考える必要がそもそも無かった。

『職業・職歴』『キャリア』とは時々、完全に同一の概念として用いられることもあるが、職業というのは個人(自分)の外部にある仕事・役務の種類であり、キャリアというのは職業を包摂する自分固有の人生・仕事・活動や人間関係のプロセスであり、必ずしも就職して従事する職業のみに限定されるわけではない。

更に言えば、職業には企業に雇われていない『失業・無職』の状態が想定可能であるが、キャリアというのは『個人の人生・職業・対人関係のプロセスの総体』なので、カウンセリング心理学でいう広義のキャリアには“断絶・喪失・挫折”という状態は有り得ないということになる。狭義のキャリアの定義として、『出世・上昇志向の職歴や企業生活』を意味することもあり、その場合には企業内の出世路線から逸脱した時やリストラによって次の仕事が見つからない時に『キャリア(キャリアパス)が途絶えた』というような表現をすることもある。

キャリア・カウンセリングでは通常、キャリアに特別な『出世の目標・上昇志向』だけを含意しているわけではないが、日本ではキャリアという概念から『エリートの出世路線・職業的地位のステップアップ』がイメージされやすい。国家公務員1種試験に合格した幹部候補の公務員(官僚)を“キャリア”と呼ぶ日本の慣習も、エリートに特化されたキャリア概念の現れであるが、ここでいうキャリアは平たく言えば『職業選択・職業生活を含む個人の生き方の全体的プロセス』であり、誰もが自分だけのキャリアを生きていかざるを得ないということになる。

自らの意志決定や自己選択によって個人のキャリアは形成され絶えず変化するのであり、『職業・所属先』のみを指示するスタティック(静的)な概念ではないのだが、就職時から定年までの終身雇用を保障してくれる企業・官庁であれば、『固定的な職業+組織内の職位階層』『キャリア』と限りなく重複することになるだろう。ここで一つ言えるのは、キャリアというのは一義的な概念ではなく多義的な概念であるということであり、産業カウンセリングやキャリア・カウンセリングに従事する専門家であっても、キャリアとは何かという単一的な定義を掲げるのは難しいということである。

クライアントがカウンセラーに要求する『支援・助言・情報の方向性や内容』によって、キャリアの持つ意味は変動するし、キャリア・カウンセリングとは一体何をすることなのかというのも、ケースバイケースでかなり流動的な側面を持っている。端的には、『新卒の就業支援・職業選択・転職の成功・失業者の再就職』だけに焦点を当てるキャリア・カウンセリングであれば、職業相談・進路ガイダンス(進路指導)などとほぼ同一の相談形態になるだろうし、『クライエントの人生・心理・家族・対人関係の側面』にまで焦点を広く合わせていけば健常者に対する個人カウンセリングに類似したものになってくる。

キャリア・カウンセリングが職業カウンセリング(進路相談・職業ガイダンス)と呼ばれていた1960~80年代には、『学生生活から職業生活への移行=学校卒業時点の就職支援・職業選択』がメインであり、『個別的な生き方としてのキャリア』ではなく『属性としての職場・職業の選択』に重点が置かれていたのである。アメリカのカウンセリングの歴史を遡れば、20世紀前半までは、フランク・パーソンズ『職業相談モデル』に準拠して、職業適性検査をベースにした求職者と雇用主との条件のマッチングが行われていた。

その後、1950~60年代にカール・ロジャーズのクライエント中心療法(来談者中心療法)の影響を受けることになり、職業相談モデルにカウンセリング的なラポール(相互信頼関係)や共感的理解の有効性が持ち込まれ、キャリア発達論や能力開発、職業設計などを踏まえたキャリアガイダンス(キャリアの教育指導)のプログラムが開発されていくのである。キャリアカウンセリングとキャリアガイダンスは区別されないこともあるが、どちらかといえばキャリアガイダンスのほうがマクロ的な包括性・体系性を備えた教育プログラムといった意味合いを帯びており、キャリアカウンセリングはそのキャリア設計のための教育プログラムの推進に役立つ技法・人間関係という位置づけに当たる。

キャリアガイダンスの守備範囲は相当に広く、一般的な『就職支援(転職支援)・職業選択(職歴の継続)』のみではなく、『人生設計・対人関係調整・能力開発・自己啓発・職能や適性のアセスメント・教育訓練・就業体験(研修設計)』を含むキャリアプランニング全般に関わる援助活動をサポートしている。経済のグローバリゼーションや職業スキルのIT化、女性の社会進出(キャリア上の不公正の排除)、各業界の専門家教育などによってキャリアガイダンスの目的や方法は更に細分化・個別化してきている。その普遍的な目標は『職業活動・社会参加を経験する個人の自己実現及び人生の充実』にあり、その目標を達成するプロセスで障害になる悪条件やメンタルヘルスの悪化を改善・修正することに力点が置かれ始めているようである。






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