小飼弾・山路達也『弾言 成功する人生とバランスシートの使い方』の書評

ブログ『404 Blog Not Found』を書いている小飼弾氏が、現代社会を自分らしくサバイブするヒントや自分の社会的価値を高めるノウハウについて弾言(断言)している本です。いわゆる成功哲学や自己啓発の本として読める部分もありますが、人生・社会・ビジネス(事業運営)・環境問題について小飼氏の個性的な考察も所々に加えられており、ブログのように一つ一つのテーマがコンパクトな文章量にまとめられているので、『自分の興味が惹かれたタイトル』だけを拾い読みしても面白いと思います。人生・仕事の悩みや社会の問題について『カネの次元』にいったん落とし込んで数量的に考えてみることで、人それぞれの幸福や価値を意欲的に実現する大まかな道筋が見えやすくなることを狙った本のようでもあります。

本書の副題に『成功する人生とバランスシートの使い方』とあるように、本書では『個人の人生の利益と負債』を財務諸表の貸借対照表(バランスシート)になぞらえて解説しています。ここでいう『利益』とは、単純に『儲かった金銭(経済的な利潤)』という意味合いもありますが、それ以上に『自分が幸福や自尊心を感じられる結果の総体』と考えると分かりやすいと思います。人間や人生の価値が『定量的な金銭』に還元されるわけではないという道徳的次元の批判には同意しますが、とりあえずは幾ばくかの利益を得なければ、人間は自らの生存さえ維持できないというのもまた厳しい現実です。

そういった経済社会の現実の中で、私たちは『どういった働き方(稼ぎ方)をすればいいのだろう?』と考え、『お金の問題に必要以上に苦しまないためにどのような仕事を選択すべきか?』と悩むわけですが、本書ではバランスシートの『資産・負債・資本』のカテゴリーを『カネ(物事の総価値)・モノ(資源や商品)・ヒト(知的生産)』に置き換えて、自己の社会的価値の高め方について多角的に弾言しています。自己の社会的価値というのは、端的にはスキル・実績・ノウハウ(知識)・人脈・ポスト・既得権などによる『人材の市場価値』のことですが、この市場価値を突き詰めていくと『他者・企業・国が自分に報酬を支払ってくれる何か(能力・実績・所属・方法論・組織力・人脈など)』を自分が持っているか否かということに行き着くでしょう。

貸借対照表(バランスシート)は企業の財務状態・資産状況を知るための決算書ですが、これを個人の人生に当てはめると『利益(収入)を生み出す要素』『負債(支払義務)を生み出す要素』とを明確化することに役立ち、経済状況を改善するためには収入を増やすか負債を減らすかしかないというシンプルな解答が導かれます。本書は、個人が資産として利用することができる『ヒト・モノ・カネ』の三大要素を上手く組み合わせて、自分が納得できる生活状況や所得水準を手に入れるために、何を増やして何を減らすべきかという原則を色々なケースを仮定しながら述べている本だと言えます。結論としては、本の帯にあるように『“カネ”を伸ばすためには、“ヒト(能力・人脈)”を伸ばす』という常識論になるわけですが、それを踏まえて、市場経済における“ヒトの価値”を効率的に高めるためには具体的な生活の中でどうすれば良いのかを考えていこうというコンセプトになっています。

『弾言』は、『第1章 ヒト part1』『第2章 カネ』『第3章 ヒト part2』『第4章 モノ』の4章で構成されていますが、第1章では経済状況が厳しい時にはまず経費削減(支出抑制)を限界までやってみて『自分の最低生活レベル』を確認することを勧めています。人間が資本主義経済の中で利用可能な資源は、『ヒト・モノ・カネ・情報』に要約されますが、元々まとまったストック(カネ)を持っておらず、現在の仕事でのキャッシュフローが小さいヒトが『選択できる手段・方法』は限られてきます。一番簡単な方法は、毎日の支出を節約して少しずつでもストックを増やしていく『貯蓄・貯金』ですが、毎月数万円ずつストックを増やしても元々の収入が極端に少なければ生活状況を改善するのは容易ではありません。

故に、『第1章 ヒトpart1』では『貯蓄・貯金』『時間コストを買う資金』として位置づけており、『カネ以上に時間を節約すべし』の弾言において、人間が利用できる資源の中で『時間』を最も価値が高いものであると評価しています。小飼氏はワーキングプアの問題の本質は『自分の時間を安売り』して『自己価値を向上させるための時間』を持てなくなることであると喝破していますが、所得に不足を感じている被雇用者が『まとまった貯金』をする意義の大半は、『不本意な時給で働く時間』を『将来の所得向上に役立つ時間』に置き換えられることにあると言えます。つまり、カネの蓄積と支出の削減によって『自分のために使える時間』を買うことで、『資格取得・スキルアップ・読書・勉強・転職・人脈形成』といった所得の単価を高めるための行動を選択しやすくなるということです。

特に、フリーターや契約社員などで『労働時間(出勤日数)の裁量』が働かせやすい職場であれば、100万円単位の貯蓄ができてくれば週6日出ていたバイトを3~4日に減らすなどして『自分のために時間を有効に使う(資格を取ったり転職の準備をしたり他業種の下調べをする)』という選択をしやすくなります。他のことが何もできないくらいに長時間働いたとしても所得が増える見込みがなく、昇進による職位(ポスト)を得られる可能性がないのであれば、何とかして『自由に使える時間(所得増加・転職・スキルアップについてしっかり考えて有効な対策を取るための時間)』を確保することが優先課題になってきます。本書では、自分の問題意識や仕事の目的に引き寄せて読む『読書』が最強の自己投資であるとしていますが、それぞれの職業キャリアや目的課題によって何が最も効果のある自己投資になるかは変わってくると思います。

受動的にマスメディア(テレビ・新聞・雑誌)の情報を受け取って時間を浪費することが好ましくないという話が何度かでてきますが、無限の情報・知識・ニュースが氾濫している現代社会ではメディア・リテラシーを高め、『自分にとって本当に必要な情報』を効率的にフィルタリングすることが大切です。『一定量の自由時間』を作り出すという課題もなかなか難しいことですが、本当に困難なのは『自由時間を自己資産(他者が認めてくれる何か)に転換するプロセス』であり、自分の能力やモチベーション、技術を高めるために今、何をすることが一番効果的なのかを迅速に判断していかなければならないでしょう。情報や知識の獲得についても、ただ膨大な数の情報・知識を収集して理解(記憶)するだけでは自己価値の向上にまでは結びつかないので、『獲得した情報・知識・資格が実際に活用できるビジネス場面(職場環境)』をシミュレーションしていく必要があると思います。

『第2章 カネ』では、カネを人間の共同幻想が生み出した『価値交換のツール(他者と共有可能な価値測定のモノサシ)』と位置づけて、複雑なモノの価値を一元化(簡単化)していくカネの利便性について語り、個々人の経済状況を分析するためのバランスシートの見方を説明しています。『バランスシートで重要なのは、“サイズ”ではなく“質”』という弾言では、個人でも企業でも質の良いバランスシートでは継続的なキャッシュフロー(収入)があり、負債が少ないことを示しています。バランスシート全体のサイズが小さくても、『利益』が安定的に生み出される仕組みが確立していれば、非常に質の良いバランスシートであり安定した経済生活を送れることになります。

では、単純に『負債(借金)』がまったくないコンパクトなバランスシートを持つ人生が最も望ましいのかというと、そうとばかりは断言できないわけで、小飼氏は借金の本質を『自分の未来を担保に入れて現在の自由を手に入れること』と解釈して、住宅ローンや自動車ローンが本人の働く意味・理由になることもあると指摘しています。つまり、一切の借金をしない人生というのは『未来を何ものにも拘束されない自由な人生(最低ラインの所得か資産のみがあれば良い人生)』のことですが、人によってはある程度の負債を負って『家族や自分のために絶対に支払わなければならないローン(債務)』があったほうが『つらくても仕事をする意味』や『家族に対する責任意識』を実感しやすくなることもあるわけです。

それと合わせて、『企業の借金』が必ずしも悪くないことの解説も為されていますが、基本的には『借金をした資金でそれ以上の利益を上げられるビジネスの仕組み』を持っていれば借金をすること自体は大きなリスクではなく、むしろ借金をしないことで失う『生産効率性・機会コストのマイナス』のほうが大きくなってしまいます。大規模に生産すれば生産するほど売れることが確実な商品開発力や企業のブランド力・販売流通網を持っている場合、借金をせずに少量生産するよりも借金をして大量生産したほうが儲かることは自明だからです。『第2章 カネ』では『カネは、ヒト=ファンタジーとモノ=リアリティでできている』という弾言において、『「お金」崩壊 青木秀和 集英社』の図解を引用して、実体経済よりもマネー経済が巨大化する理由を『有限のモノ(資源)』と『無限のコト(情報)』の量的差異の観点から分かりやすく解説しています。

『第4章 モノ』では、熱力学第二法則や情報理論で用いられるエントロピー(乱雑性)の概念を用いて地球環境問題やエネルギー問題の解決法について考えていますが、エネルギーの初期形態である『太陽エネルギー・地熱エネルギー』を有効活用する循環型社会を一つのモデルに据えているようです。ベーシック・インカムと社会相続(100%の相続税)を結びつけた継続可能な社会のアイデアもなかなか斬新で面白いものだと感じますが、本書を個人の社会的価値を高めるために読みたいという人が真っ先に読むべきなのは『第3章 ヒト』の章かもしれません。『第3章 ヒト』では、ヒトのネットワークであるコネクション(コネ)がなぜ直接的に経済的な利益(カネ)に結びつくことが多いのかを、ネットワーク理論やコミュニケーションコストを参照しながらロジカルに語っています。

『第3章 ヒト』では、人間関係において最も貴重なリソースは『時間』であるとして、『友人1人あたりから得られる利益=相手の単価-付き合いに必要な時間』という方程式を機械的に当てはめているので、『友人関係というのは利益を得るためのものではない』という反発もでてきやすいと思います。しかし、『人生の有限の時間』をどのヒトに対してより多く配分していくのかという判断から私たちは自由になれず、人生の途上で出会うすべての友人知人と十分に長い時間をかけて付き合い続けることは現実的に不可能です。

個人的にはその友人知人と付き合うこと、コミュニケーションすることが『物理的に得か損か』という利益判断を意識することはありませんが、その相手と付き合うことが『楽しいか楽しくないか・有意義か無益か・一緒の時間を過ごしたいか過ごしたくないか』という判断軸はやはり重要だと思います。そして、幾ら好きなヒトや魅力的なヒトが無数に居るとしても、一日の時間が24時間(活動時間が約15~16時間程度)と決まっている以上、一日の間に実際に付き合える(話をできる)相手はどんなに頑張っても数人~10人程度になってしまうでしょう。異性であればどんなに魅力的で性格の合うヒトが数多くいても、固定の恋人・配偶者・家族ができると、他の異性と親密な時間のかかる交流を頻繁にすることは必然的に難しくなりますし、過去の友人関係のすべてを現在の生活の中に多く持ち込むことも基本的に難しいでしょう。そのため、どうしても現実の人間関係においては、『時間的・地理的・情緒的コスト』によって人間関係のプライオリティが生まれてくることになり、一緒に居て楽しめる魅力的な相手(話題・性格・嗜好の合う相手)や何らかの利益(刺激)を与え合える相手と付き合う頻度が多くなりやすいと言えます。

少数の他者と時間コストの大きい『深いコミュニケーション』をするほうが良いのか、多数の他者と時間コストの小さい『浅いコミュニケーション』をするほうが良いのかという、人間関係の効率的選択の話題などもでてきますが、結局、本書を通して語られている人生のテーゼは『有限の時間の有効活用・相互の価値を最適化できる人付き合い』ということに行き着くように思えます。

『弾言』を総体的に見ると、すべての物事をカネで可視化して数量的に比較しているところがドライ過ぎるようにも感じますが、人生をバランスシートの観点から合理的に客観化することで、今まで見えてこなかった『時間の無駄遣い・人間関係の問題点・職業キャリアの方向性』が見えてくることもあるかもしれません。一つ一つのタイトルに続く文章が平易な日常の言葉で綴られているので、空き時間に気軽な気持ちで次々と読み進めていくような読み方に向いた本に仕上がっています。仕事や人生、人間関係を『自己の主観的な感情・思い込み』からちょっと距離を置いて冷静に見つめ直してみたい時に、自分の読みたいと感じた『弾言』の言葉をピックアップして読んでみてはどうでしょうか。






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■書籍紹介

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