資本主義の発展に果たした“贅沢・利己心・恋愛”と“禁欲・勤勉”の役割:ヴェーバーとゾンバルトの視点

自然法以外には何ものにも一切の行動・思考・財産を制約されないという自由主義の極限は『無政府主義(アナキズム)』に行き着きますが、無政府主義は物理的・経済的な弱肉強食の社会を招来する恐れが強く、多くの国民は安心して日常生活を送ることが難しいと予測されます。 強制力を持つ政治権力を完全に廃棄するという無政府主義(アナキズム)は、最低限…
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“政府(強制)からの自由”を目指す古典的自由主義と“貧困からの自由”を目指すリベラリズムについて:2

リベラリズム(liberalism)は、すべての国民の最低限度の文化的な生活(生存の保障・義務教育の享受・医療による健康・基本的労働権)を実質的に保障する『社会権』を守ろうとする思想になっており、自由主義本来の『他者(国家)に干渉されない放任の自由』とは全く性質の異なる思想になっています。近代史を振り返ると、リベラルな社会権を近代国家が…
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“政府(強制)からの自由”を目指す古典的自由主義と“貧困からの自由”を目指すリベラリズムについて:1

個人主義と自由主義のイデオロギーは極めて強い親和性を持ち、通常、『他者(権力)からの強制』を排除する自由主義から個人主義的側面を切り離して考えることは難しい。自由主義とは個人の意志決定と選択の自由を重視する思想ですが、『個人の自由』というものはあっても、複数の異なる欲求や意志を持つ個人から構成される『集団の自由』というものは想定できず『…
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北京オリンピックの閉幕と国際社会が注ぐ中国への厳しい視線:スポーツと政治

中国の首都北京で開催された北京オリンピックが24日に閉幕しましたが、『スポーツの祭典』としての華やかさと『平和の祭典』としての欺瞞性の双方を感じさせられるオリンピックでした。スポーツと政治的な思惑を切り離して、純粋に一流のアスリートたちのハイレベルな技術や勝負のみに注目すれば、エキサイティングな試合の多い良いオリンピックだったとは思いま…
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子どもの気質と母親の養育態度から形成される“愛着の質”:愛着行動と抗ストレスホルモンの分泌

乳幼児の精神発達では、生後5ヶ月頃から母親と知らない他人を区別して『人見知り不安(stranger anxiety)』を見せるようになり、人見知り不安は生後8ヶ月頃に最も強くなる。人見知り不安は『母親との愛着形成』や『シャイネス(回避的な恥ずかしがり)の強さ』と関係する心理反応であり、安定した愛着(attachment)が形成されていて…
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不合理な人間を前提にする行動経済学と“利得・損失・リスク”に対する曖昧な価値判断

経済学の前提には、完全情報下において合理的に自己利益を最大化しようとする『ホモ・エコノミクス(経済人)』がありますが、実際の人間は経済学が想定するほどに合理的な利害判断をするわけではありません。需給均衡の市場を取り扱う新古典派経済学では人間の合理的判断の前提を疑うことがそもそもなく、『人間の感情』よりも『結果としての効用』を重視します。…
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ロシアとグルジアの南オセチア自治州を巡る対立とアメリカの世界覇権の衰退:石油利権とロシア経済の構造

停戦に合意した後もロシア軍がグルジア領内からなかなか撤退する動きを見せない。8月12日にロシアのメドベージェフ大統領が署名した6項目の『停戦・和平合意案』では、ロシアに『追加的安全措置』を取ることが認められていると報道されているが詳細は公開されていない。いずれにしても、ロシア軍はこの追加的安全措置の条項を根拠にして南オセチア自治州近郊の…
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重松清『疾走』の書評

重松清の小説の多くは『家族の愛情』や『人間関係の喪失』をテーマにしているが、この『疾走』という作品では『家族的なものの徹底的な剥奪』がテーマとなっており、今までの小説とはやや異質である。『疾走』では、社会構造の暗部にダイレクトに晒された少年少女の苦悩と絶望が生々しく描かれているが、未熟な少年の人生を保護してくれる『家族的なもの』をすべて…
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豊臣秀吉の明征服を目指した朝鮮出兵(文禄・慶長の役):スペイン帝国の布教活動と征服事業

羽柴の名字を持つ“羽柴秀吉”は“豊臣”という関白家の姓を手に入れて、藤原氏を凌ぐ『(天皇由来の)律令的権威』を手中にしましたが、秀吉の最終目標は名実共に日本の最高権力者となることであり、その為には日本の伝統的権威の源泉である天皇家を何らかの手段で超越する必要性がありました。権威・権力の源となる血統も官職もない農民(百姓)の子として生まれ…
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早期母子関係の発達プロセスと“愛着行動・探索行動”のバランス:ハーローの代理母実験

産まれたばかりの赤ちゃんは『泣き』によって『自分の不快(飢え)・不満(排泄)・淋しさ(孤独)』を母親に訴えて適切な世話や保護をしてもらうが、『泣き』と同様に重要な赤ちゃんのコミュニケーション行動が、新生児微笑や自発的微笑(生理的微笑)と呼ばれる『笑い』である。産まれたばかりの赤ちゃんが見せる『新生児微笑』は外界の刺激とは無関係に発生する…
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日本経済の景気後退と福田内閣の景気対策2:資本主義経済における技術革新と経済成長

『前回の記事』の続きですが、福田内閣が打ち出している予算規模の大きな景気対策は、景気を浮揚させる『景気対策』というよりも生活に困窮している労働者層を救済する『経済生活支援(社会保障)』というべきものです。そのため、事業総額745億円にものぼる漁業関係者への原油高対策にしても『一時的な支援策』であるという認識を持つことが大切になってきます…
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日本経済の景気後退と福田内閣の景気対策1:国内消費の低迷と雇用格差の問題

トヨタやソニーといった大企業の業績も振るわず、戦後最長と言われた輸出産業を中軸とした『景気拡大局面』が終わりを迎えようとしていますが、グローバルな規模の外需を鈍化させるきっかけになったのはアメリカ発のサブプライムローン問題でした。住宅バブルによる債権回収を前提に置いた低所得者向け住宅ローン(サブプライムローン)を、無数に金融商品化して世…
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児童虐待の問題から考える『家庭(家族)の養育機能・教育機能』と『外部の相談機関・支援制度』の重要性

児童虐待(child abuse)とは『無力な子どもに対する心身両面の暴力・育児放棄・性的搾取』のことであり、児童虐待は子どもの生命・身体の安全を脅かすだけではなく、人間(他者)に対する基本的信頼感を破壊したり自分に対する自尊感情を傷つけたりする。児童虐待の心理的な悪影響は非常に大きなものであり、境界性人格障害や心因性のうつ病、PTSD…
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『不登校』の小中学生児童の増加と義務教育段階で習得しておくべき最低限の能力・知識

全国の国公私立の小中学校3万3680校を対象にした不登校調査で、小中学生の不登校児童は06年度より2360人多い12万9254人になったという。統計的に不登校児童の推移を見ると、2001年度に過去最多の13万8722人を記録して以降は目立った変化は無いのだが、ここ二年間は連続して増加傾向を示したためにニュースで取り上げられたようだ。 …
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本能寺の変後の羽柴秀吉の地政学的優位と朝廷工作による『豊臣姓』の授与

過去の記事で『刀狩』について書きましたが、天皇家・摂関家・将軍家の血縁と無関係であるだけでなく、朝廷・幕府の官位官職とも無縁な農民(足軽)出身の豊臣秀吉(羽柴秀吉・木下藤吉郎)が天下を掌握して、人臣としての最高位である関白・太政大臣の地位に上り詰めたことは、近代以前の歴史においては類例のないことでした。羽柴秀吉が主君の織田信長から“サル…
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乳幼児期の心身発達のプロセスと『モノ・他者とのかかわり方(関係性)』の変化:他者認知から自己認知へ

前回の記事の続きになるが、赤ちゃん(乳幼児)が他者とかかわろうとする社会的行動の発達は『微笑』や『泣き』などの本能的動作から始まり、段階的に『言語的コミュニケーション』へと移行していく。人間(ヒト)の赤ちゃんが極めて簡単な『単語(マンマ・ねんね等)』を話し始めるのは生後10ヶ月~1歳前後であり、それ以前の発達段階では『クーリング(生後2…
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“他者の心(内面)”を推測する『心の理論』と“自己の心”に関心を向けるヒト固有の知性(自意識)

乳幼児(赤ちゃん)の精神発達とは、母親や養親を『安全基地』として外部世界への関わりを増やしていくプロセスだと考えることができる。人間に限らず哺乳類や鳥類、爬虫類といった動物も、外部世界を構成する『他者(仲間・外敵)』の存在を認識できるが、鏡像となって映る統合的な自己像を『自己』として認識できるのはヒトと高等類人猿(ホミノイド)に限定され…
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重松清『カシオペアの丘で 上・下』の書評

“シュン・トシ・ミッチョ・ユウちゃん”の4人の幼馴染みが、人工衛星ボイジャーを見るために親に内緒で夜中に抜け出しカシオペアの丘にのぼった。1977年に小学校4年生だった彼らの頭上に広がる北海道・北都市の夜空は、雲ひとつない見渡す限りの満点の星空……4人はこのカシオペアの丘に遊園地ができればいいと声を揃えて語り、その夢は十年以上あとに赤字…
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