河野稠果『人口学への招待 少子・高齢化はどこまで解明されたか』の書評2:人口モメンタムの加速度

『第2章 生命表とその応用』では、形式人口学の始祖のグラントとハレー彗星の発見者ハリーが作成した『生命表(死亡表)』の読み方と意味合いについて書かれているが、生命表とは人口減少の直接的原因となる『死亡モデル(死亡率の年齢別推移の統計データ)』のことである。生命表には『年齢別・男女別・年次別の生存率・死亡率・平均余命』がまとめて記載されているが、生命表はコーホート(同じ年次に産まれた出生集団)の10万人の死亡データとして統計的に処理されている。

本書には2005年の女子の生命表が掲げられているが65~69歳の年齢で生存率が93.1%であり、現代に生きる女性では65歳以上になっても9割以上の人が生存することを示しており、長寿社会(高齢化社会)を統計的にも証明している。医療水準・栄養状況・公衆衛生・社会福祉に恵まれた現代人は、特別な致命的疾患や偶発的な事件・事故に遭遇しない限りは、60代以下で死去するリスクがほとんどないのである。そのため、よほど極端に出生率が上がらない限りは、現代の先進社会はほぼ必然的に高齢化する傾向にあると言って良く、いったん高齢化の流れが生まれると人口ピラミッドの逆三角形化(若年層・出産可能な女性人口の急減)を抑制することは極めて困難である。

少子高齢化社会が急速に進展している理由は、新たに子どもが生まれないことと平均余命が非常に高くなっていることの二つであり、大正時代の1920年代には65歳の女性の生存率は約35%(20歳でも約70%しか生存率がない)であったので、仮に生まれる子どもの数が少なくても高齢化は殆ど進展しなかったと推測される。第2章では、平均寿命(0歳時点の平均余命)についても正確な解説が為されており、1935~36年の平均寿命である男性・46.9年、女性・49.6年というのは平均的に男性が46.9歳で死に、女性が49.6年で死ぬという意味ではなく、現代の高齢者が昭和初期の高齢者よりも30年長生きするようになったわけではない。明治~昭和初期の平均寿命の低さの要因の多くは、乳幼児死亡率の高さと若年層の結核・感染症などによる死亡率の高さに由来するもので、いったん大人になったものが平均して40代くらいで死んでいたわけでは全くない。各年代の総生存延べ年数を出生児数で割った平均余命は、高齢者が長生きすることだけで伸びるわけではなく、乳幼児期・青年期・壮年期の死亡率が低下することで大幅に引き上げられるのである。

生命表を見ても分かるように最も理想的な人口動態は、死亡率が下がって高齢者が増えた時に、高齢者の社会保障を支える若年者(乳幼児)も同時に増えるということであるが、世界のどの地域を見ても『死亡率が下がって出生率が上がるという現象の持続』は全く見られない。日本の戦後の高度経済成長期のように、一時的に死亡率が低下して出生率が上昇し『団塊の世代』のような人口の多い世代が生まれることもあるが、結果的には『一時的な人口増大+人口再生産の停滞』が高齢化社会の問題を生み出すことになってしまう。先進国で出生率が上がって途上国で出生率が下がることが望ましく、『死亡率の低下』と『出生率の上昇』が同時進行して一定の人口規模(年齢別人口比率)で均衡することが望ましいわけだが……現実に発生する人口動態の現象はその正反対の現象(先進国で出生率低下・途上国で出生率上昇・死亡率が低下すると出生率が減少)であり、死亡率の低い先進国が少子化になるのは法則的な現象でもある。この先進国の人口動態の法則性については、『第4章 人口転換』で実証的に詳述されている。

『第3章 少子化をめぐる人口学』では、同じ年次に出生した集団であるコーホート(同時出生集団)の統計調査について解説が為されており、スウェーデンとスイスの『コーホート出生率(同年に生まれた女性の出生率)』のデータが示されている。スウェーデンでは1980年代から1990年初頭にかけて出生率が上昇し1993年から再び下落して、最近はやや出生率が回復傾向にあることから、『スウェーデンのローラーコースター出生率』と呼ばれている。スウェーデンでは『景気回復と若者の失業率低下・第2子以降の出産に対する福祉的インセンティブ・将来の社会設計への希望』が出生率の回復と相関しているが、スウェーデンではかなり前から相当に手厚い家族支援政策(育児手当・育児休暇と休業手当)が実施されているので、現状以上の出生率の底上げは景気回復以外には難しい状況にある。

第3章では、実際の人口集団に固定された『年齢別出生率』を当てはめた場合のシミュレーションについても書かれており、出生率が高くても低くても一定の出生率が続けば『安定人口』に行き着くことが理論的・数理的に証明されているのである。安定人口というのは『人口が同じ』という意味ではなく、人口が減少傾向にあっても『年代別人口構造比率が同じ』という意味であるが、仮に日本で1.20台の低い女性特殊出生率が長く続いても、最終的には人口ピラミッドのラインは安定人口で落ち着くことになる。現在の日本は、50代以上の中高年の人口が大きくなっているので、少子高齢化社会における現役世代の負担率がどこまで上がるか分からないという不安があるが、外国人の移民政策を採らないとした場合の長期的予測では『一定の負担率の高齢社会』に行き着くという可能性も高い。

その場合にも、『人口減少』という経済生産力低下の問題は依然として残るわけだが、現在の日本の少子化問題が深刻なのは『新たな子どもが産まれない』ということもあるが、それと同程度に『高齢者に対する現役世代が少なくなる』という相対的な年齢別人口格差の問題が大きいのである。高齢者と現役世代の人口比率が一定に安定した『安定人口』の条件下では持続可能な制度設計が行いやすいというメリットもある。当然、現役世代よりも高齢者が多いので高負担社会にはなるであろうが、現在の少子高齢化の進展過程よりも社会の混乱や不安は小さくなるという可能性がないわけではない。

そう考えると、無理のある少子化対策(ペナルティ付きの出産奨励など)を強引に推し進めて一時的に出生率の高い世代を生み出すというやり方は余り賢明ではなく、『世代間の出生率の格差』をできるだけ小さくして安定した出生率が長期間にわたって続くようにすることが大切である。どこかの時点で安定人口にソフトランディングするのが現実的な解決策の一つということになるが、人口減少のスピードを減速させて『人口置き換え水準』に近い出生率にまで引き上げることが課題になってくるだろう。本章では、人口の増減に影響する『人口モメンタム(惰性)』という概念が出てくる。長期的に人口増加が続くと『プラスの人口モメンタム』が発生してその後に多少出生率が低下しても人口増加が続くことになり、反対に長期的に人口減少が続くと『マイナスの人口モメンタム』が発生してその後に多少出生率が回復しても人口減少が続くことになる。

プラスの人口モメンタムは一見好ましいように思えるが、どんな人間も必ず年老いて高齢者になることを考えると、プラスの人口モメンタムを掛ければ掛けるほど高齢社会の問題が深刻化するリスクも出てくる。プラスの人口モメンタムが大きくなると、その後の世代が産まなければならない子どもの数のハードルが高くなるという問題が出てくる。仮に現在の日本で2.07以上の女性特殊出生率を実現できても、1億5千万や2億といった人口を日本列島で安定的に養うことが困難であることから、どこかの時点で人口減少に転じなければならなくなる。

特に、ある年代の人口のパイだけが一時的に大きくなると社会保障のコストが非常に大きくなるので、医療が発達した長寿社会における『急激な人口増加』は『急激な人口減少』以上に長期的リスクを押し上げる作用がある。人口爆発と呼ばれる途上国の多くで社会保障問題がそれほど深刻化しないのは、社会保障制度の未整備(家族単位の自己責任による老後保障)や若年人口の大きさがあるからだが、一番大きな理由は高齢者になる前の段階での死亡率が先進国とは比較にならないほどに高いからである(日本でさえ1950年代までは半数以上の人が70歳まで生存できなかったが、生活水準の向上と医療制度の整備は比較的短期間で実現するケースが少なくなく、経済成長期の過程で年代別の人口に大きな落差が生まれやすい)。

永遠に人口を増やし続けることが物理的にもマインド的にも不可能な以上、『無理のない現役世代の負担率』で社会保障制度・社会福祉制度を維持できる人口規模と年齢別人口比率を実現できるかが大きな問題になってくる。人口が極端に減少しないレベルでの『人口置き換え水準への近似』を実現して、年代別人口比率が一定になる『安定人口』に到達することが最終的な目標になってくるのかもしれない。女性特殊出生率が大きく上がったり下がったりという変化がなければ、高齢者と若年者の人口比率が一定の安定人口に落ち着くことになるが、現在の日本の60代以上の人口の大きさや平均寿命の延長傾向などを考えると短期的には現役世代の負担は非常に大きくなる。日本の人口問題における喫緊の課題としては、今後数十年のスパンの高負担社会の期間をどのようにして乗り越えられるか、人口減少社会における新たな制度設計・コミュニティやライフスタイルを再構築できるのかという点に集約してくる。






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■書籍紹介

人口学への招待―少子・高齢化はどこまで解明されたか (中公新書 1910)
中央公論新社
河野 稠果

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