人生の再叙述を行う“ナラティブ・セラピー”と過去の物語を更新する“再決断療法”

前回の記事では、社会構成主義の思想的位置づけとカウンセリング技法への応用について書いたが、構成主義的なカウンセリングでは間主観的な共同作業によって『人生の肯定的な意味づけの生成』を行っていく。構成主義の文脈における不適応な生活とは『客観的な現実』を受動的に受け容れるだけの生き方を意味している。『変えられない客観的現実によって私は苦しんでいる』という自己認識を脱しきれないことによって主観的苦悩はより一層深まるが、『自分と他者の行動によって現実が作られている』という自己認識に近づくことで改善的な変化の可能性が生まれてくる。

『与えられた客観的現実』によって今の自分の精神病理や不適応があると考える実証主義的なスタンスから、『他者(社会)と自分との相互作用で生み出した主観的現実』によって今の自分の状況があるという構成主義的なスタンスへの転換を図ることが一つの目標となる。特に、トラウマティックセラピーでは『過去の苦痛な経験』をそのまま永遠に続く客観的現実と見なすのではなく、『現時点における解釈(記憶の想起の方法)』が加えられたものと見なすことで変化の可能性にアプローチできるようになるだろう。

カウンセラー(心理臨床家)は『自分のほうがクライエントの心理的問題について詳しく知っている』という専門家アイデンティティを抑制して、『クライエントのほうが自分自身の心理的問題について詳しく知っている』という認識を持ってクライエントの発言を自己言及的なストーリー(物語)として受け止めながら対応する。クライエントを自分の苦悩や人生についてのスペシャリストとして接遇する方法は、クライエントのリソース(心的資源)やポテンシャル(潜在能力)を積極的に開発しようとする解決志向型のブリーフセラピーとも共通している。具体的に心的リソースの発見とポテンシャルの開発を進めるには、クライエントの短所や弱点についての発言よりも長所や希望についての話題に焦点を当てて受容的にフォローしていく。

構成主義的な心理面接におけるクライアントの発言は『人生のストーリーの記述・確認行為』と見なすことができ、『自己否定的・将来悲観的なストーリー』を自分の言葉・行動で肯定的なものへと書き換えていくのだが、認知療法のワークシートを用いる『認知の歪みの変容』ほど構造化されたものではない。自分の肯定的側面や幸福の実感に焦点を当てた言語的コミュニケーションによって自己アイデンティティの再構築を促進することが出来るが、苦痛・不安・恐怖・屈辱・憂鬱など負の感情に満ちたコミュニケーションもまた『今から書き換えていく人生のストーリー』として活用することが出来る。不快な出来事や苦痛な記憶、不安な心情を中心にして話す行為は無意味なものではなく、他者に不安で苦痛な気持ちを言葉にして伝えることでカタルシス効果(感情浄化)を得ることができる。精神的ストレスを低減させる日常的なメンタルケアとしても、『自分の本当の感情や考え』を聞いてもらう機会を持つことは有効であるが、配偶者(恋人)や友人に愚痴を言う行為は『与えられた脚本(script)』のレベルを抜け出し難いという欠点がある。

『与えられた脚本』とは、自分の人生はこういう結果になるように決められていたという運命論的な確信に支えられたものであり、『書き換えていく物語』とは、自分の人生をこのようにしたいという願望を反映させていくための努力や工夫をしていくプロセスである。構成主義的なナラティブ・セラピー(物語療法)では、理想自己に近づくための肯定的な『自己の再定義』を行っていき、生きる希望や人生の面白さを感じられるような『人生の再叙述』を行っていく。『与えられた脚本』の中に登場する『決められた役割を演じる自己』を離脱することがナラティブ・セラピーの目的であり、交流分析(transactional analysis)の脚本分析とも共通した部分である。

『自分には何もする能力がない・自分の人生には価値がない・誰も自分に好意的に接してはくれない』というような悲観的な自己暗示を解除していく作業が含まれるが、ナラティブ・セラピーでは『自分で自分に語りかける真実味のある言葉が現実世界を構成する』という理論的前提を大切にしている。単純な情報や過去の経験をどのように主観的に肉付けして『特定の意味』を持たせていくのかが、その人固有の世界観を作り上げているのであり、同じような情報を受け取り類似した経験を積んでいても個々人の性格や価値観には大きな差異が生まれることがある。しかし、『何かについて語る行為』はそのまま『結果としての成長的変化・改善的変容』を約束するわけではなく、何かについて語る行為を『今までとは違う行動』をやってみるためのきっかけにしていくことが必要になってくる。構成主義的なカウンセリングの基本姿勢が『非指示的』なものであるとしても、カウンセラーは古典的精神分析家や誤解されたロジャーズ派のように『一方的な聴き役』に徹すれば良いというわけではなく、『効果的な変化が起こりやすくなるような質問や提案』をする共同作業者でなければならない。

共同作業を通して自己の人生の物語を再叙述するナラティブ・セラピーでは、『どんな情報や知識を話すのか』は大して重要なことではなく、『どのような視点(質問)から新たな解釈を伝えるか』ということが重要になってくる。今までとは違う単語(表現)や言い回しで自分の性格や人生を肯定的に語れるようになる事が当面の課題となり、そこから『解決を構成できる新たな行動』を段階的に計画していくことになるだろう。自分で自分を悪い方向に定義して未来を悲観的に語ることには『自虐的な快楽・病者アイデンティティへの依存』があってなかなか簡単にはやめられないものであるが、それらが好ましくない理由として『否定的予言の自己成就』がある。長い年月にわたって自己否定的なメッセージを内面で語っていると、自分で自分の可能性(潜在能力)を抑圧する『自己暗示的な行動パターン』に嵌まり込んでしまい、『与えられた脚本』に無意識的に従って破滅的な結果になってしまう恐れがある。社会構成主義の思想では、所与の社会構造や政治活動など環境要因による個人への影響も無視できないが、カウンセリングでは基本的に個人の『自分の人生に対する責任性』を中心にして思考や行動の変化の可能性を模索していくことになる。

ここまで書いてきた構成主義的なカウンセリング(ナラティブ・セラピー)の内容では、『人生の再叙述』は現在から未来へのベクトルに従って行われるように思われるかもしれないが、構成主義的なカウンセリングにも『過去の記憶・幼少期の親子関係・発達早期の出来事』を取り扱う技法は存在している。前回の記事に書いたように、構成主義的なカウンセリング及び心理療法にはゲシュタルト療法的な再決断療法も含まれるが、この再決断療法では『過去の記憶(出来事)の意図的な想起』が活用されることがある。ゲシュタルト療法には、元々、エンプティ・チェア(空椅子技法)や役割交換技法があり、『過去の人間関係』をリアルに再現したロールプレイング(役割試行)によって自分の人生や人間関係へ新たな意味づけをしようとする。再決断療法というのは、ゲシュタルト療法の『未完の行為(過去に完成できなかった重要な課題を改めて達成しようとする)』『句の繰り返し(心の中で繰り返している言葉から自分にとって有用なものを選択する)』をベースにしたもので、過去に両親や生活環境から与えられた『非適応的な脚本』を毅然とした再決断で書き換えていくということを意味している。

幼少期の体験や偏った躾(教育)によって与えられる『非適応的な脚本』とは、自分自身に無力感(自虐感)を感じさせ自滅的な人生を歩ませるような脚本(筋書き)であり、交流分析では『禁止令』という用語を用いて非適応的な脚本について語っている。禁止令というのは、命令者(親・養育者・教育者)の偏った価値観や道徳観を反映した行為規範のことであり、『楽しんではいけない・遊んではいけない・生存してはいけない・自分の頭で考えてはいけない・成長してはいけない・信用してはいけない・参加してはいけない・生存してはいけない・性的な存在であってはいけない』というような過度に抑圧的なメッセージを無意識的に内在化したものである。禁止令は、極端に偏った家族内ルールであり、自分の楽しみや喜びを否定して誰かのために生きることを強制するように仕向ける洗脳的なルールであるとも言える。

幼少期から無意識的に信じ込まされてきた禁止令には通常の生活の範囲内で気づくことは難しく、『他の人とは違うようなルールに縛られている』という自覚はあっても、自分(自分の両親)のほうが正しく他人のほうが間違っていると思ってしまうことが多い。再決断療法の最終的な目的は『幼少期に与えられた非適応的なルール』を相対化して、『自分の人生にとって本当に役立つルール』を再決断していくことであり、誰かに不当に縛られた人生ではなく、自分が決断した人生を後悔を少なくして歩んでいくことである。自分の言動に対する『禁止・許可のバランス』を自分自身の自律的な意志で決断していくことになるが、その決断が『自分の幸福や達成に役立つ心的リソース』を引き出す物語(ナラティブ)につながっていることが最も望ましい。自分が必要とする人生の物語やルールは誰かに与えて貰うものではなく、苦痛を伴う『再決断』を繰り返しながら再記述していくものであり、連続的な物語性を持つ人生は、自己定義と世界解釈(他者認識)の絶えざる更新の中にあるのである。


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カウンセリング理論(心理療法理論)の実践と異常心理学(精神病理学)の発展の相補性

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■書籍紹介
社会構成主義のプラグマティズム―臨床心理学の新たなる基礎

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