ウェブで語られる“プライベートな問題”と“メンタルヘルスの悩み”:共感的なコミュニティの可能性と影響

前回の記事では、『社会的に不利な属性を持つ人』でもウェブであれば各種のコミュニティに参加しやすいというメリットについて触れました。これをメンタルヘルスの文脈で考えると、精神疾患(心的外傷・不安障害・うつ病)や社会不適応(対人恐怖・非社会性・失業)などの問題を抱えた人たちの『セラピューティック(治療的)なコミュニティ空間』を準備できるということにもつながってきます。

ウェブ内部の匿名性を生かしたコミュニケーションの中には、集団療法的な自己開示と共感的支持ができるコミュニティ(掲示板)の存在も指摘することができ、『現実社会では本人が話しにくい内容(差別や批判に晒されやすい心理的・性的・家族的な問題)』をリスクなく話せるという大きな利点があります。リアル社会では、物事への興味が減退して生きる気力(意欲)が失われる『うつ病(気分障害)』や他者に対する衝動性(怒り)と自己破壊願望が強まる『境界性人格障害』などの非適応的な問題について、他人にカミングアウトして心理的な苦悩や思いを語るまでには相当な障壁があります。そういった臨床的な精神疾患や人格障害の問題を抱えていなくても、『日常生活のつらい気持ち・心理的な苦しみや不満の内容・過去の親子関係の悩み・性機能や性嗜好の問題』について現実の友人知人にありのままに話せるという人はそう多くないでしょう。

『現時点での社会適応』が良くて外見的には健康で明るい性格に見える人ほど、『自分のネガティブな要素(暗い過去・悲観的な考え・心理的な弱さ)』を他人に見せたくないという気持ちは強くなります。また、『いつもと違う弱気でネガティブな自分』を毎日顔を合わせる家族や友人にそのまま見せると、必要以上に心配を掛けて周囲に迷惑になるのではないかという遠慮も働いてしまいます。

実名を晒したウェブのコミュニケーションでは、精神障害に対する予期せぬ攻撃的(差別的)な発言によって深く傷ついたり、「日常で隠している内面心理(過去の記憶)」を語ることで現実の人間関係(社会生活)で不利益を蒙る恐れもあります。その為、心理的な悩みや対人的な問題、セクシャリティ(性的指向性)の葛藤を抱えた人たちの共感的なコミュニティを、安定的に運営するためには匿名のほうが適している部分があります。代替不可能なリアルのアイデンティティを持ったまま、不特定多数が閲覧可能なスペースで『精神的な苦悩(過去の人間関係や傷つき)』を開示することには、『知られたくない秘密(極めてプライベートな内容)』を現実の家族・知人に知られてしまうというリスクがあります。しかし、現在では、SNS(ソーシャル・ネットワーキングサービス)やクローズドなコミュニティサイトの利用が容易になってきたので「メンバーの認可制」を取ることで『プライバシー保護の問題』は解決できるかもしれません。

『不安や緊張・強迫観念・性格上の問題・家族関係の問題・性的アイデンティティ・自殺願望・被虐待体験』などのメンタルヘルスの問題について、気軽にオープンに語り合えるようなコミュニティがリアル社会には殆どないので、ストレス社会の重圧や生きづらさを感じている人ほど『ウェブ内部のコミュニティ』に魅力を感じることが多いのではないかと思います。一般に、『自分が誰であるかを明らかにせずに、内面的・対人的・性的な問題について相談(自己開示)したい』という需要はかなりあると推測されますが、現実社会ではその需要を満たすことが困難であり、リアルとウェブは『精神的な欲求』を相補的に満たしていると考えられます。

専門的なカウンセリングや心理療法を受けるという選択もありますが、それらは比較的大きなコストがかかりますので、誰もが気軽に受けられるというほどの利便性や汎用性がありません。匿名性を維持したまま面談形式のカウンセリングを受けることも難しいので、ウェブの匿名コミュニティとリアルのカウンセリングには『経済的コスト・参加する目的・参加するまでの簡便性・話し相手として求める相手』などの面に違いが見られます。ウェブの『相互扶助的な相談コミュニティ(対話コミュニティ)』に参加する人(非臨床的な対人的・人生上の問題含む)の需要には、ウェブでないと満たされない特異的な親和欲求や承認欲求、共感意識が働いていると考えられます。

非社会的な問題(ひきこもり)や対人恐怖(社会不安)を抱える人の場合には、自発的に心理臨床的な対人援助を求めることは殆どありませんから、ウェブの共感的なコミュニティ活動には、リアルの精神医療やカウンセリングとはまた違った役割が期待できる部分もあります。精神医学的治療との違いでいえば、中枢神経系を化学的に制御する薬物療法では本人が希望している『低コストの持続的な共感的コミュニケーション』を得ることが出来ない可能性が高いでしょう。参加と離脱が簡単なコミュニティへの所属欲求という点でいえば、現在の日本社会には、メンタルヘルスの問題や社会適応上のハンディキャップを持った人たちが匿名で集まるような自助グループは極めて限定的にしか存在していません。

日本人の同調性の高い民族性や対外的な世間体の強さなどを考えると、今後も、現実社会で精神的な問題や社会的な不適応感を抱えた人たちが集まって語り合うような自助グループは余り活発になりそうにはありません。自分が何らかの精神疾患や依存症を持っているという自己アイデンティティを宣言することはウェブではそれほど難しくありませんが、リアルでは『社会的・職業的な責任感』を強く感じている人ほどメンタル面の弱さや社会生活への不適応を他人に伝えることが出来ないという厳しい状況があります。そう考えると、現代社会では『精神の病気・対人的な悩み・過去の苦痛な記憶・日常生活への不満』などについて、気兼ねなくオープンに話せる場所や相手というのは極めて限定されていることが分かります。

即ち、一人暮らしをしていて、家族関係や友人関係(恋人との関係)が希薄な人の場合には、自分の内面的な事柄や精神的な苦しみについて話せる人が誰もいないという状況も少なくないわけです。家族や恋人と一緒に生活していても、精神疾患や社会不適応などの問題について適切な理解や協力をしてくれる家族(恋人)ばかりではありませんし、『他者の内面の複雑な変化・病理・悩み』について熱心に耳を傾けるほどの精神的・時間的な余裕があるかどうかも分かりません。例えば、精神的に深刻な無力感や憂鬱感を経験したことのない周囲の人たちに話しても、自分が期待しているようなしっかりとした共感や返答が返ってこない場合も多くあり、ウェブ・コミュニケーションの利点として『自分の性格や心情にフィットした話し相手(コミュニティ)』を見つけやすいということを指摘できます。

ウェブが一般大衆を惹きつける『アイデンティティの複数性&匿名性』の要素とは、言い換えれば、社会的文脈からの脱却によって生まれる『発言者のフラット性(水平的対等性)』『バーチャルな対人関係(生活領域や対人関係の二重性)』への欲求であると言えます。このバーチャルな対人関係(コミュニティ形成)への欲求には、上記したような『セラピューティック(治療的)で共感的なコミュニティ形成』という長所もありますが、反対に、反社会的な目的(犯罪・テロ)や意図(詐欺・自殺・誹謗中傷)を持った人間を結びつけるという好ましくない副作用もあります。


■関連URL
“言語的表現(意味内容)が優位のウェブ世界”と“社会的属性(役割規範)が優位のリアル世界”

インターネットが可能にした不特定多数の表現活動とネットイナゴ問題:心理的コストの技術的・意識的な調整

“音声言語による電話のコミュニケーション”と“文字言語によるウェブのコミュニケーション”


■書籍紹介
インターネット・セラピーへの招待―心理療法の新しい世界

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