現実社会とウェブ世界におけるコミュニケーションの特性と差異:ウェブ・リテラシー教育の必要性

過去の記事では、「ウェブだけのコミュニティへの所属」「リアルの環境(立場)に制限されない自由な意見の公開」という観点から匿名性のウェブの特徴を考えてみました。ウェブにおける誹謗中傷の問題を起こす個人を大きく分類すると、『“現実の相手の属性・容姿・業績・行動”などを理由にして相手を中傷しようとする個人』『“ウェブ内部だけの言説内容や意見対立”を理由にして相手を中傷しようとする個人』に分けることが出来ます。

『現実社会で生活(労働)する個人』に実際の不利益を与える名誉毀損や信頼失墜などに直結するのは『前者(実名とリンクした中傷)』と考えられます。『後者(実名とリンクしない中傷)』の場合にも精神的な不快感はありますが、『現実的な不利益』『相手と関係を続ける必然性』がないので、匿名コミュニケーションに無意味さ(限界)を感じればその相手との対話を一方的に打ち切ることが可能です。現実社会におけるモラル・ハラスメント(精神的な嫌がらせ)パワー・ハラスメント(力関係による嫌がらせ)の問題が深刻化しやすく容易に解決できない原因の一つは、『その相手と関係を続けなければならない必然性(学校や職場など帰属組織の一致・ビジネス的な利害関係・過去の恋愛関係や友人関係)』があるので、不愉快な嫌がらせをしてくる相手から一方的に距離を置くことがなかなか出来ないからです。

一方で、匿名性のウェブにおける最大のリスクは『匿名者と実名者の非対称性を利用した嫌がらせ(悪口雑言)』にあります。極端な事例で言えば、『私人である相手の顔写真・(見られたくない)プライベート写真・詳細な個人情報』をセットにしてウェブに無許可で公開し、それに事実無根な誹謗中傷の文言を添えて大量にコピペでばら撒くなどの犯罪行為を想像することが出来ます。実際には、そういった私人の個人情報漏洩と絡んだ名誉毀損は殆ど起きていないように感じますが、それは、『特定の私人の悪口(中傷)』を実名入りで意図的に頒布すれば、その個人情報漏洩や名誉毀損に該当する情報の発信者が容易に特定されてしまうからでしょう。

特定の人しか知り得ない『個人的な事由・リアル社会の言動』によって実名者を誹謗中傷すれば、実名者の『実際の交友範囲』の中にその違法な情報発信者が限定されますから、こういった中傷行為は自縄自縛に陥る愚かな行為と言えます。故に、特別な知名度や公的立場のある著名人(芸能人・政治家・企業家など)を除く私人は、自分自身でウェブ上に個人情報(実名・所属)を掲載しない限り、実際的不利益を蒙る『実名とリンクした中傷』の被害を受けることはほぼないと考えられます。自分自身で実名を公表している人や現実社会で一定以上の知名度のある人は『実名とリンクした中傷』を受けるリスクはありますが、その中傷あるいは反論が『ウェブ内部の言論活動(対立意見)』に向けられたものなのか、『言説内容と無関係な人格の尊厳(名誉)』に向けられたものなのかによって悪口雑言の悪質度は変わってくるように思います。

ウェブで実名を公表していない私人にとっての最大のリスクは『個人情報を伴う実生活に悪影響のある書き込み(リアルの人間関係とウェブの人間関係の不本意な連結)』であり、ウェブで実名を公表している(実社会で知名度のある)個人にとってのリスクは『言説内容と無関係な誹謗中傷による名誉毀損(経済的損害)』『粘着質な人格攻撃や大人数での暴言による精神的ダメージ』ということになります。自分の言説内容と無関係な執拗な中傷があれば法的対処を取っても良いと思いますが、粘着質な人格攻撃や大人数での暴言に発展しやすい『テーマの選択・発言のスタンス・否定感情を誘発する言葉遣い』には一定のパターンを想定できますので、『対立意見を予期した自己主張(周到な記述)』で事前予防のラインを張ることはある程度可能かもしれません。

具体的には、『自分の思考の筋道を明らかにした丁寧な記述』『主張Aと主張Bを両論併記してメリットの比較考量をした公平性のある記述』『感情的表現や攻撃的スタンスを排除した客観的な記述』『自己の主張を一般論化した説明的な記述』を意識するだけでも、不特定多数の人の怒りや不満の集中を和らげることができ、『自己の意見(記述内容)と人格(他者への態度)の分離』を読者に明示化することができます。

現実社会にある多くの友人関係では、自民党が好きな人でも共産党が好きな人でも、あるいは死刑存置論者でも死刑廃止論者でも、成人の喫煙行為の肯定者と反対者でも、『政治的意見(理性的・感情的判断)』『人格的態度(個別的な人間関係)』を切り離してコミュニケーションできるので、相手に対して執拗な人格攻撃や悪口雑言に陥ることは余りありません(個人の性格や信念、話す場によっては対立・憎悪が激化することがあるかもしれませんが)。リアルにおいては、『なるほど、あなたの言い分も確かに分かるけど、俺(私)はやっぱりこう考える』という風に相互のスタンスを承認することが出来なければ、細かい価値観や意見の対立が続いて、良好な友人関係や異性関係を維持できなくなってしまいます。

(どんなに親しい相手であっても)それぞれの個人に、思考(論理)の筋道や利害関係(損得勘定)の判断、知識(情報)の質・量の違い、倫理的な感受性の高低があるのですから、『全ての人間が同じ見解(もっともらしい見解)に帰着することはない』というのがコミュニケーションの大前提です。多様性に満ちたリアル世界の鏡像であるウェブ上では、『自分にとって絶対に同意できない意見(許せない意見)』を他人が持つことは常に想定内ですから、『他者の自尊心や人格性を不当に傷つけずに、相手の意見内容に反論する“対人的な書き込みスキル”』を初等教育段階でのウェブ・リテラシー教育で丁寧に教えることが大切だと思います。

『実名』『継続的なペンネーム』は他者がウェブ上の個人を特定し得る『固有名』という意味では同じものですが、実名の場合は現実社会での評価や対人関係に直接的な影響を及ぼすので、『現実社会の適応的(無難)な振る舞いを裏切るアイデンティティ・キャラクタ・思想信条』で気軽なコミュニケーション(他害の意図・悪意のないコミュニケーション)を楽しむことが困難になるという制限が生じてきます。

その為、仮に何らかの実名制に近い制度を構想するとしたら、『ペンネーム(ハンドルネーム)』の利用可能性を担保した実名登録制(法的問題の発生時点で実名を照合するシステム)で、行き過ぎた暴言に法的対処を取りたい場合に「一定の構成要件」を満たしていればプロバイダなどが即時的に個人情報を開示するというシステムが良いのではないかと思います。実名制に反対する人の抵抗感や反発感の根拠の多くは、ウェブ内部でのプライバシーが保護できない実名の常時表示にあり、絶対に実名を確認できないことを求めているわけではないので、妥協点(法的問題の発生時に、一定の要件に基づいて実名がすぐに確認できる)は恐らくあるでしょう。

そして、実名の常時表示を拒否する人の大半も、誹謗や暴言を書き込みたいから匿名を希望しているというよりも、ウェブ内部の人間関係(コミュニティ)が複数化していたり、その場限りの気軽なコミュニケーションの機会を持ちたかったり、名前を変えてブログを書き直ししたかったり、匿名的な出会いの場を求めていたりといったことで一元的アイデンティティへ実際的な窮屈さを感じているのだと思われます。ウェブが大衆やマイノリティを核として隆盛した主要原因の一つが、現実の自己の属性や人間関係から離れた『ヴァーチャル・リアリティの体験』『自己アイデンティティの可変性』にあったのですから、リアルと同じ『ウェブ上の単一アイデンティティ』に対して、窮屈さや抵抗感を感じるのは半ば必然と言えます。現状の匿名性のメリットは、『ウェブの匿名的なコミュニケーション(リアルと切り離したアイデンティティ確立)』『ウェブのコミュニティへの専従的帰属性』にありますが、その本質は『ウェブ内アイデンティティをゼロから確立し直す可能性』や『現実的制約からの離脱』にあると解釈できます。

その為、ふだんは今まで通りの匿名が利用可能で、問題発生時に実名を確認するための制度(見かけの匿名性が保たれたバックエンドの実名登録制)であれば、基本的には犯罪に関係している人以外への不利益はほぼないということになります。あるいは、いざという時に書き込みをした個人の実名を確認できるようになればいいという意味では、プロバイダへの法的な個人情報開示請求の要件を緩和したり、ネットカフェでの身分証提示を義務付けるなどの対処も有効でしょう。アクセス解析の内容を見る限りでは、日本人ユーザで既存のプロバイダを介して接続していないユーザ(IPアドレスを意図的に偽装しているユーザ)というのは殆どいないように思えます。

『常時的な個人の確定(監視)』『非常時のみの個人の確定(監視)』には大きな違いがありますので、ウェブに(非常時に)実名が特定可能なシステムを持ち込むとしても、日常的なウェブ・エクスペリエンス(ウェブ体験)の中で、「現実のアイデンティティ」と「ウェブのアイデンティティ」が見かけ上で区分できていれば反発はそれほど強くないでしょう。商店街に監視カメラを設置していても、それを犯罪発生時にしか確認しないという前提があるのであれば、大抵の人は監視カメラがあってもなくてもそれほど気にしないと思いますが、24時間体制で誰かがそのカメラの映像を確認しているとなれば、プライバシーが侵害されるとして強い反発を感じる人がやはり増えます。暴力的な発言へのセキュリティを確保しながらウェブを快適に利用する場合にも、プライバシーを守って商店街を歩ける心理と同じように『被監視状況の無意識化(人間が監視システムに常時関与していないことを明示化するシステム構築)』というのは重要な条件だと思われます。

また、ウェブ・コミュニケーションの特性を考える場合、『娯楽・遊び・出会いとしてのコミュニケーション要素』をどのように考えていくのかも大きなポイントとなりますが、そういった(他害的な悪口雑言の問題などとは離れた)『不特定多数が遊戯して楽しむ場としてのウェブ』についても少し掘り下げてみるかもしれません。






■関連URL
インターネットが可能にした不特定多数の表現活動とネットイナゴ問題:心理的コストの技術的・意識的な調整

ウェブ上のコンテンツを閲覧(活用)される喜びとブログの情報価値のストック化

インターネットの普及によって“失われていくもの”と“得られるもの”1:情報発信とコミュニケーション

インターネットの普及によって“失われていくもの”と“得られるもの”2:表現の自由と管理の強化

■書籍紹介
ネットワーク社会の情報倫理―被害者・加害者にならないためのメディアリテラシー

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた

この記事へのトラックバック