フラストレーション攻撃仮説・モデリング・社会的動機と自己呈示行動:攻撃行動の発現に関する仮説

精神分析を含む心理学史を振り返ると、人間の精神や行動の基本原理として『欲求(desire)』を仮定した心理学理論(心理学派)が数多くあり、人間性心理学(ヒューマニスティック心理学)のアブラハム・マズロー(A.H.Maslow, 1908-1970)は、自己実現を最上位の欲求とする『欲求階層説』を提示しました。



  • 自己実現欲求……潜在的な可能性やありのままの自己を開発して、『十全に機能する自己』を実現しようとする欲求。生きる意味や自己の価値を自然に実感でき、『自我を超えた公益性(社会性)のある目的』を達成しようとする利己性と利他性が統合された高次の欲求を含む。

  • 承認欲求……自分の存在・能力・実績・努力などを他者(社会)に認めて欲しいという欲求で、社会的存在(政治的存在)である人間に共通する欲求である。承認欲求が満たされないと、自己肯定感や自尊心が低下し、意欲的で充実した社会生活を送ることが困難になるだけでなく、相互的な対人コミュニケーションの自信がなくなり社会的アイデンティティが揺らぎやすくなる。

  • 所属・愛の欲求……家族・恋人・友人などから親愛感情や肯定感情を寄せられ愛されたいというプライベートな承認欲求。社会的アイデンティティを獲得する為に、自己の価値を認めてくれる集団(組織・企業・機関)に所属して活動したいという欲求。

  • 安全・安定の欲求……自然災害・戦争・事件・事故などから生命(身体)の安全を守り、安定した生活を送れる周辺環境を手に入れたいとする欲求。現代社会では、物理的な身体の安全を確保できる環境だけでなく、安定した経済生活と感情生活を送る為の環境も含み、上位の『所属・愛の欲求』と密接に結びついた欲求である。(

  • 生理学的欲求(本能的欲求)……睡眠・摂食・性行動と関係した生存の維持と種の保存の欲求。食欲が過度に満たされない飢餓状態、睡眠欲が極端に抑制された睡眠不足の状態では、生理学的欲求よりも高次の欲求を満たそうとする意欲(意志)が起こり難くなってくる。




精神分析の創始者シグムンド・フロイト(Sigmund Freud, 1856-1939)は、リビドー(libido)と呼ばれる生理学的基礎を持つ『性的欲動(drive)』の発達理論を考案して、リビドーの充足(解消)と停滞(緊張)が精神病理に深く関与している事を臨床研究を通して示唆しました。

一般的に、自分がやりたいことが出来ない、欲しいものが手に入らない、性的な欲求(親和欲求)を充足できない、自尊心を維持する社会的承認(他者の評価)が得られないという状態は、『フラストレーション(frustration, 欲求不満)』を引き起こして、生理的な不快感と心理的なストレスを高めます。

フロイトは死の本能(タナトス)と生の本能(エロス)の概念を導入することによって、人間の攻撃行動や攻撃衝動を合理的に解説しました。タナトスの欲動は『自己破壊的な行動(自己への攻撃衝動)』を生み出すが、自己破壊的な帰結を回避しようとするエロスの欲動によって『他者への破壊的な攻撃行動(攻撃衝動)』へと置き換えられるというもので、他者への攻撃行動を二重本能説に基づく生理学的本能(内的衝動)で説明しています。

精神分析学の本能的欲求(エスのリビドー)が攻撃衝動(攻撃行動)を生み出すという仮説に反対して、J.ダラード(1900-1980)N.E.ミラー(1909-2002)は、自己の欲求充足を阻止されるフラストレーション状態が攻撃衝動を生み出すという『フラストレーション・攻撃仮説』を唱えました。欲求の充足を阻止する「他人の行動」や目的の達成を難しくする「困難な社会的状況」は、人間にフラストレーション(欲求不満・欲求阻止)の状況を準備します。

フラストレーションの高まりと共に、不快な生理的緊張と情動的な怒りも高まっていくのですが、その不快な緊張や怒りを解消する手段として攻撃衝動(攻撃行動)が発現するというのがフラストレーション・攻撃仮説です。フラストレーション・攻撃仮説では、不快な情動(気分)を発散し、生理学的な緊張を緩和するカタルシス効果が攻撃行動に期待されていることになります。他者の行動や環境の条件という外部刺激によって、欲求充足が阻止されると不快で苦痛なフラストレーションが高まり、そのフラストレーションを低減(解消)する適応的反応として攻撃衝動(攻撃行動)が生起するというのがフラストレーション・攻撃仮説の要諦です。

精神分析学では死の本能の『自己防衛的な置き換え』によって攻撃行動が説明されますが、フラストレーション・攻撃仮説では『フラストレーションの不快の解消』によって攻撃行動が説明されるので、フラストレーションを回避したり代理的に満足させられれば攻撃行動は起こらないことになります。

しかし、フラストレーションが高まっても攻撃衝動が発生せずに無力感や抑うつ感が発生する人が少なからずいること、特定可能なフラストレーションがない場合でも突発的な攻撃衝動を抱く人がいることなどから、フラストレーション・攻撃仮説で人間の全ての攻撃行動を解明できているわけではありません。

フラストレーションによって喚起される『生理的な緊張』や『情動的な怒り』を、どのような手がかり(原因)に帰属させるのかによって攻撃行動の発現が変化してくるというバーコウィッツ『攻撃・手がかり説(手がかり・喚起説)』であれば、フラストレーションによって攻撃衝動が発生する場合と発生しない場合の違いをとりあえず論理整合的に説明することが出来ます。自己にとって攻撃する必要性(身体・生命の危険や感情的・実際的利益)があるという手がかりがあれば、フラストレーション状況の緊張や怒りを解消する為の攻撃行動が発現しやすくなるという事になります。

人間の全ての行動を後天的な学習と環境によって説明しようとするアルバート・バンデューラの社会的学習理論で攻撃衝動(攻撃行動)を解釈する場合には、マスメディアの暴力的な映像や漫画の攻撃的な場面、他人の攻撃的な言動のモデリング(観察学習)によって攻撃行動を学習すると考えます。他者の攻撃行動や暴力行為を観察することによって攻撃行動を学習するというバンデューラのモデリング仮説は、幾つかの比較対照実験によって検証されています。

その一方で、暴力や性に関係する映像(画面)にはフラストレーション状況を緩和するカタルシス効果もあるので、一概に暴力的映像(性関連映像)の全てが悪い結果(犯罪や暴力)を生み出すとは断定できない部分があります。仮想空間における暴力的な映像や作品が、モデリング(観察学習)効果を発揮して「攻撃行動」を動機付ける可能性はありますが、その暴力的な映像や漫画の内容(物語性・視覚効果・倫理性)と暴力行為を見る環境(一人なのか複数なのか)によっても動機付けの作用の大きさは変わってくるでしょう。また、個人のフラストレーションやストレスの耐性(トレランス)も攻撃行動の発現・抑制に大きく関係していますし、個人の性格特性や性的嗜好(性的指向=セクシャリティ)、生活状況、認知傾向なども無視できない影響を及ぼしています。

『他者への印象・影響』を形成する自己呈示行動とは、『自己の能力・特性・性格・価値観・魅力』を意識的(意図的)あるいは無意識的(自動的)に相手に示す行動のことです。自己呈示行動の目的・効果としては、『報酬の獲得(損失の回避)・自尊心の維持向上・自我アイデンティティの確立』などが考えられますが、攻撃行動を自己呈示行動の一種として解釈することも可能です。

自己呈示行動によって、感情的な報酬(支持・援助・共感・尊敬)を得たい場合には、通常、自分の能力の高さや貢献心の強さを示したり、相手への優しさや共感性をアピールしたりしますが、攻撃的になっている人は、相手を屈服(恐怖)させて何らかの利益を得る為に攻撃行動を自己呈示行動として選択することがあります。そういった形で自己呈示する場合には、自尊心は一般に傷つけられて低下しますが、自尊心の低下や社会環境からの疎外感によって『自分はまともな礼儀正しい対応を取ったとしても、社会(他者)から尊敬されたり評価されることはない』という自暴自棄に陥ることもあります。

自己呈示行動は『自分がどのような人間であるのか?』という自己概念(自己規定)を他者に明示的・暗示的に表現することにつながりますから、粗暴な攻撃行動や威嚇行為で自己呈示をしている場合には、『反社会的な組織の一員であるというアイデンティティ・平和的問題解決が不可能な非理性的人間としてのアイデンティティ』を周囲に示していることになります。

一般常識的な感覚ではそのような自己呈示は社会的不利益や自己評価の低下を招くだけではないかと思われますが、通常の社会的アイデンティティから逸脱した自己概念を持っている人物の場合には、反社会的組織の一員であることに『栄光浴(重要な人物・組織との関係を示すことで自尊心を高めている状態)』の効果を見出したり、威圧的な振る舞いから何らかの不正な利益を引き出そうと目論んでいることがあります。攻撃行動は、防衛的自己呈示ではなく主張的自己呈示の性格を持っていて、場面や相手によっては違法性のない攻撃行動(攻撃的な態度や対抗的な姿勢)が有効なこともあります。

自己呈示行動の分類研究を行ったテダスキは、『自己宣伝・師範・哀願・賞賛付与』などの主張的自己呈示と並べて「威嚇」を上げていますが、攻撃行動を喚起する社会的動機として『社会的制御・社会的正義(社会秩序の維持)・自尊心の回復』などを想定していました。

『社会的制御(社会的コントロール)』というのは、他者へ威嚇行為を取ることで他者の行動や態度を思った方向へコントロールしようとする動機づけです。『社会的正義(社会秩序の維持)』というのは、法規範に基づく裁判のように不正・不当な行為をした人物に対する制裁(懲罰)としての攻撃をしようという動機づけです。『自尊心の回復』というのは、相手の不当な侮辱や権利侵害に対して『反撃(抗議)としての攻撃』で痛撃を与えることで、傷つけられた自尊心を回復しようという動機付けだと言えます。


■書籍紹介
臨床心理アセスメントハンドブック

攻撃行動とP‐Fスタディ

ロールシャッハ・テストとTATの解釈読本―臨床的理解を深めるために




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 10

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
ナイス ナイス

この記事へのトラックバック