ポリュビオスの『政体循環論』と貴族制から民主制へのアテナイの政治体制の変遷

■様々な政治形態を経験したギリシア世界とポリュビオスの政体循環論

哲学以外にも、アルファベットなどの言語の基盤となったギリシア語、世界のあらゆる叙情的物語に強い影響を与えた悲劇や喜劇、絵画、彫刻といった芸術などギリシア文明社会が後世に与えた影響は計り知れないものがある。

ギリシア神話における主神ゼウスの祭礼の時に行われた平和とスポーツの祭典としてのオリンピア競技は、現在のオリンピックの起源であり、『均整の取れた肉体美』を志向する人間の心性を端的に表現したものでもあった。

また、多種多様な価値観を持つ市民の集合体である国家(共同体)をどのように統治すれば良いのかという“政治体制のあり方”を意識し始めたのも古代ギリシア人達であった。

古代ギリシアの小規模な都市国家には、現在の民主主義の原形となる特権階級である市民が行う民主政治があった。同時に、絶対権力者である王が支配する独裁政治の王政があり、市民から圧倒的な支持を得た権力者が王のような圧倒的権力を委譲される僭主制という政治形態もあった。
古代ギリシア世界では、紀元前2世紀にポリュビオスという稀代の歴史家が登場し、『歴史』全40巻を著述してその中で政体循環史観を唱える。

政体循環論では、共同体を統治する政治体制には『王政・貴族政・民主政』の3つがあるとし、同じ政治体制が長期間継続すると、権力機構が腐敗したり社会制度が老朽化したりすることで必然的に堕落するとされる。

王政は、王を僭称する“僭主政”へと堕落し、貴族政は少数の貴族が独裁する“寡頭政”へと堕落し、民主政は市民が詭弁家に扇動される“衆愚政”へと堕落することで異なる政治形態に移り変わり、3つの政治形態はぐるぐると相互に循環を繰り返すというのがポリュビオスの政体循環史観である。

英邁な君主がいなくなり暴政を行うようになった王政は、やがて人々を抑圧する僭主政治へと転落する。腐敗した僭主政治は、少数の有力な貴族階級によって打倒されて、貴族政治が開始される。有能な貴族達が行う貴族政治も、次第に、自分達の利益だけを優先する寡頭政治へと堕落してしまう。そして、少数の貴族が政治権力を独占する貴族政治は、その政治に不満と憎悪を持ち出した圧倒的多数の大衆の反乱蜂起によって打倒される。

しかし、大衆はやがて遊興と怠惰に流され始め、主体的に政治問題を思考する事に疲れてしまう。大衆の政治離れが加速するにつれて民主政治は衆愚政治へと堕落し、再びカリスマ的な指導力を持つ王(独裁者)による一括統治を待望するようになる。

自分たちの頭で考えて意思決定することを放棄した大衆は、英雄的な人物へと権力を委譲して王政が再び始まる。このように、3つの政治形態は絶えずぐるぐると変遷し循環するという歴史観を、ポリュビオスはギリシアの歴史的推移を見ながら構想したのである。

古代ギリシアの各地域にある都市国家は、ありとあらゆる政治形態を経験していく中で生成消滅を繰り返し、より良い政治形態は何かを模索していく。そして、様々な政治体制の中で生活し思索する古代ギリシアの哲学者たちが、西欧哲学の基盤を構築していったのである。

一神教のキリスト教が西欧世界を席巻する前の古代のヨーロッパは、個性的な神々が活躍する多神教の宗教が主流であり、ギリシア神話の伝統を受け継いだ古代ギリシアの都市の宗教もその例外ではなかった。

ギリシア神話の神々の系譜は、カオスという空隙(混沌)から誕生した。人間的な感情を持つゼウスを主神として、嫉妬深いヘラ、美しく強靭なアポロ、酒神で陶酔と狂喜をもたらすディオニュソス、永遠の処女で都市国家アテナイを守護するアテネなど、ギリシア神話の神々は超越的な能力を持つだけではなく実に人間的な個性を併せ持った神々なのである。ギリシア神話の詳細については、宗教学の項目でまた新たに書いていきたいと考えている。

『現在に至るまでの西洋哲学史は、プラトンの注釈である』と述懐した数理哲学者のホワイトヘッド、『プラトンには全てがある』と喝破した近代哲学の脱構築を推進したジャック・デリダなどを引用するまでもなく、世界や人間の基本的原理を探求しようとする哲学的エッセンスが古代ギリシア世界には満ち満ちている。

時間が許すならば、ギリシアの神話や悲劇を再読して、現代的な意味づけや解釈を自分の言葉で行っていければ良いなと思っている。今回は、哲学の歴史について触れられなかったので、哲学史の文脈におけるソクラテス以前と以後の哲学者の思想とエピソードについても色々考えてみたい。

精神分析のエディプス・コンプレックスやエレクトラ・コンプレックスという用語だけが有名になってしまった感があるが、『オイディプス王』だけでなく古代ギリシア世界で紡がれた喜怒哀楽が渦巻く無数の物語と伝承には、現代の感情的葛藤や情動的問題と通底する部分が多くあって興味深い。






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『オイディプス王』の悲劇と家父長的な家族神話の観念的葛藤




■古代ギリシアの文明と政治の略年表

B.C.2600頃 小アジアにトロイ文明が誕生。神話と歴史が渾然一体となっている混沌とした時代(~B.C.1200頃)

B.C.2000頃 前期エーゲ文明の時代。クレタ島にクレタ文明が誕生(~B.C.1400頃)。青銅器文明の発達。

B.C.1400頃 後期エーゲ文明の時代。ペロポネソス半島にミケーネ文明が誕生(~B.C.1200頃)。ドーリア人の南下で壊滅。

B.C.1250頃 『イリアス』に記録されたトロイ戦争の推定年代

B.C.1200頃 鉄器の武器を持ったドーリア人が南下してエーゲ文明を崩壊させる。この事件をきっかけに文字による歴史記録のないギリシアの暗黒時代が開始。

B.C.8~7世紀頃 ホメロスやヘシオドスによる歴史的書物作成の時代。

B.C.776頃 第一回オリンピック大会が開催される。

B.C.750頃 ギリシア各地に点在するポリス(都市国家)が、個別に運命共同体としてのまとまりをもってくる。アテナイも紀元前8世紀あたりに、王政が廃止され貴族政が採用されるようになる。

B.C.624~623年 アテナイでドラコンが、『ドラコンの法』を制定。ギリシア世界初の成文法が成立したが、未だ貴族階級が法の独占をしていた。
アリストテレスによると『ドラコンの法は、刑罰の厳しさ以外に何の取り柄もない』と記されている。

慣習法による貴族の恣意的な法運用を阻止し、厳格な刑罰規定をした法である。しかし、貴族階級を優遇する法で、債務奴隷の規定などが残存していた為、旧態的な貴族政治を前提としている事に変わりはなかった。民衆層の不満が高まり、ソロンの改革が起こり、その結果として財産政治の開始に至る。

B.C.594年 ソロンの改革 アテネ民主政治の端緒となる財産政治(戦争に参加できる財産を持つ民衆に参政権を付与する政治形態)の開始。
債務奴隷の禁止と借金の帳消しによって、貧困層の民衆の不満を緩和し、貴族・富裕な民衆・貧しい民衆の政治的調停を行った改革である。

B.C.561 貧困層の民衆を扇動して圧倒的支持を取り付けたペイシストラトスの僭主政治(独裁政治)が開始。

B.C.508 クレイステネスの改革 貴族階級の権力基盤である「旧来の部族制」を解体することで、アテネに民主政治が成立。大衆の支持を得ても僭主が擁立されない政治制度として『陶片追放(オストラシズム)』を考案。

B.C.492~479年 ペルシア戦争 まとまりのなかった群雄割拠のギリシア世界が大同団結してアケメネス朝ペルシア帝国を撃退。

B.C.443~429年 ペリクレスの民主制時代 アテネの民主政治の黄金期

B.C.433年 アテネの聖地アクロポリスの丘にパルテノン神殿が建設される。

B.C.431年~404年 ペロポネソス戦争でスパルタがアテネを下す。

B.C.338 カイロネイアの戦いでマケドニアのアレクサンドロス大王がギリシア世界を制圧し、広大な版図を持つ大帝国を成立。

B.C.323 アレキサンドロス大王が、バビロンで熱病に冒され急死。世界帝国拡大の為の遠征の終焉とディアドコイ(後継者)闘争によるマケドニア王国の分裂。

セレウコス朝シリア(旧ペルシア帝国領土含む)、プトレマイオス朝エジプト、アンティゴノス朝マケドニア(ギリシア本土も含む)の3国に分裂する。3つの王国は、紀元前2~1世紀の時期に、ローマ帝国との戦争に敗れて属州となる。



■書籍紹介

目次

序章 アジアに乗り出すまでのアレクサンドロス
第1章 征服の諸段階(前三三四年~前三二三年)
第2章 征服の起源と目的
第3章 征服に対する抵抗運動
第4章 征服地の統治、防衛、開発
第5章 マケドニア人、ギリシア人、イラン人とアレクサンドロス
終章 不安定な事業継承

アレクサンドロス大王 文庫クセジュ

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