ジャン・ピアジェの発生的構造主義と思考機能の発達仮説

前回、認知療法と他の技法の異同と特性についての記事を書きましたが、認知療法の実際的な構造化面接についても少しずつ説明していこうと思います。
今回は、認知療法の具体的な内容に入る前のピアジェの理論や世界観の説明が長くなってしまったので、ジャン・ピアジェの発達段階説や構造主義の概観を示すことで、『スキーマの主体的な変容の可能性』について考えてみます。

認知療法は、認知心理学を前提とした心理療法であり、その究極的な目的は『自己否定的かつ将来悲観的なスキーマを環境適応的な方向』へと変容させることです。
ここでいうスキーマ(図式)とは、“過去の記憶・経験・知識の集積”として形成された『(行動決定・感情生起の基盤にある)知的枠組み・解釈の枠組み』とでもいうべきものです。

発達心理学の分野で著名なスイスの児童心理学者ジャン・ピアジェは、シェマ(スキーマ)を発達の各時期(ピリオド)で主体的に形成する『認識の基本枠組み・発展的な行動様式』としました。
その意味で、シェマ(スキーマ)は受動的な『環境依存の基本図式』ではなく、主体(個人)の能動的な働きかけによって発展・変化することの出来る『基本的行動図式(情報処理・知的理解の枠組み)』だということが出来ます。
外部にある情報に「万人共通の客観的真理」というものは存在せず、通常、人間は「自分固有のスキーマと社会通念などの常識感覚」を通して外部情報を取り込みます。自分のスキーマのフィルターを通過した情報を処理して、自分にとって適応的と思える行動の選択につなげていくことになります。

他人から見て、一見不合理で無意味と思える情報の解釈や行動の選択もありますが、それも本人のスキーマ(過去の成否経験や知識学習、多様な記憶の集積から形成される枠組み)による解釈では合理的で適応的な判断なのです。
その為、表層的な論理的説明や利害比較(功利)の説得によっては、なかなかその人の価値判断や行動選択を変えることは出来ません。

それは、知的な思考レベルで理解することが出来ても、過去の経験知によって成り立つスキーマの内容に『その行動(対人関係・社会活動)を取ることはリスクが高く、過去にその行動が原因となって大きな不利益(屈辱・失敗・挫折・落胆・裏切り)を受けた』というような枠組みがあり、容易にはそのスキーマ(認知傾向)を変容させることが出来ないからです。

また、ピアジェの心理発達論で用いられるシェマ概念は知能(思考)に重点が置かれたもので、情動・気分・行動と密接に関連した認知療法のスキーマ(シェマ)概念よりもやや狭義の概念といえるかもしれません。
ピアジェは子どもの精神構造を知的側面から理論化し、『子どもの世界観や因果関係の認識』をシェマ概念を用いた思考(知能)の発達段階論で分かりやすくまとめました。

未熟な自己中心的世界観を持つ子どもは、具体的な事物を取り扱うのみの反射的な行動様式から、抽象的(形式的)な思考・知識・記憶を操作して現実世界に働きかけるように発達していきます。
「感覚運動(前操作段階)→具体的操作→形式的操作」の発展過程を経て社会適応的な行動様式を獲得することが出来るというのがピアジェの思考発達段階論の基本的な発達観ということが出来ます。

以下に、ピアジェの思考発達段階説と構造主義について簡単に説明します。
また、ピアジェの発達仮説に関する概略について触れたウェブサイトの過去記事も掲載しておきますので興味のある方は読んでみてください。


ピアジェの発生構造主義の思考形態

ピアジェは、心理学領野で認知心理学へとつながっていく認識発達理論の功績が最もよく知られているが、科学的方法論を構造的に解釈した構造主義者としても知られる。
学問全体への影響という意味では“発生構造主義者としてのピアジェ”の果たした功績も無視できない。

この思考・知能の発達段階説もミクロな構造の順序性と統合性という特徴を持っているが、発生構造主義の射程はもっと壮大なもので、認識構造の発達段階の持つ「社会と個人の発生に通底する普遍性」と「その現れの多様性」を把握しようとするものである。

つまり、一般的な教育環境のもとで知的発達と言語発達を遂げる人間は、時代や個性、微細な文化や環境の違いを問わず『数概念』『空間概念』『時間概念』『主体と客体の認識機能』などの認識構造を獲得できるのである。

人格・社会の発達に通底する構造(一定の枠組み)、そして、誰もが共通理解することが可能な構造があるというのが、ピアジェの発生構造主義的な世界観であり、この必然的な構造の発生変化に全て(個人・社会・世界)は準拠するという思考形態が構造主義なのである。
そのため、ピアジェの発達段階説は普遍性と必然性を強調するもので、発達の早さに個人差はあっても発達によって獲得される認識構造の順序は変わる事がなく、「前段階の構造に後段階の構造が積み重なる形で」発展すると考えられているのである。

このピアジェの構造主義の思考形態の重要な点は、『誰もが辿る普遍的な認識の発達段階』が存在し、『共通理解が可能な定義された概念と検証された法則によって世界を解釈できる』という点である。
この構造主義の思考形態を突き詰めていくと、自然現象や社会事象を科学的な方法論によって説明することができるという自然科学主義に行き着く可能性がある。

元々、この世界はそういった普遍的一般性のある必然的な構造によって組み立てられているとするピアジェの構造主義は、世界の偶然性と権力の恣意性を前提とするミシェル・フーコーなどの構造主義とはかなり色合いの違うものである。
しかし、異なる文化圏(位相)にある伝統・言語・習慣・宗教・倫理を「同一構造のバリエーション」として説明する思考形態は、ピアジェにもフーコーにもソシュールにも見られるものである。
一見、無関係に見える精神現象と社会事象に『共通する構造』を探し出し、歴史的に変遷する価値規範などに『共通する構造』を見つけ出そうとする態度は構造主義に特徴的なものである。
異なる領域にある複数の事象に共通する構造を、文献学的・文化人類学的・科学的・論理的に指摘する調査研究方法を重視するという意味で、ピアジェもフーコーも紛うことなき構造主義者といえるだろう。

ピアジェの思考の発達段階説


ピアジェの発達段階説には、以下の4つの時期(period)がある。
スキーマは、図式・枠組みという意味だが、ここではピアジェの発達理論の概念的理解を容易にするために基本的行動様式という訳語を採用することにする。

1.感覚運動期(sensory-moter period)0-2歳

自己と他者の区別が未分離な乳児は、対象の認知を感覚と運動に頼って体感的に行う発達段階にある。
この段階の「自己中心性」とは、外界の事物の認知を刺激として感じるほかなく、自己の身体と外部の事物との関係の中でしか認知できないという意味である。
自分の身体こそがあらゆる活動と認識の根拠なのであり、この段階の発達で課題となってくるのは「脱中心化」即ち「主体・客体の分化」であるといえよう。

1歳頃(8-12ヶ月頃)になってくると、単純な快刺激を求めるような目標を設定して、目標達成の為の手段としてシェマ(基本的行動様式)を利用するようになる。

2歳に近づく段階では、不完全ではあるが、対象恒常性の獲得も行われ、実際に眼の前に存在しない事物についても記憶やイメージをもてるようになる。
これは、次の発達段階である表象期(前操作期と操作期といった内面心理に形成する心像・概念・イメージ・記憶を利用する段階)の準備でもある


2.前操作期(preoperational period)2-7歳

前操作期は、表象期の前半期であり、心の内面に表象(イメージ・概念・言語の意味・記憶)を思い浮かべることはできるが、それらを十分に操作することができず自己中心性(身体性による認知)を完全には脱却できていない段階である。

この時期には、外部の事物や出来事を内面化する機能(同化)が発達し、実際に眼の前にはない対象と内面的な関係をもったり、言語的な表現を行ったりすることが出来るようになる。
この時期によく見られる遊びである、社会的な役割イメージを再現する『ごっこ遊び(ままごと・お医者さんごっこ・買い物ごっこ)』は、前操作期で獲得した概念化と同化の心理機能をうまく活用した遊びだといえる。
言語機能も急速に発達してきて、大人と通常の日常会話を交わすことも可能になってくるが、抽象的な思考や実際的に具体的な効果を現す思考を持つことはまだ難しい段階である。

事物や状況に即応した心理機能の発達が中心で、内面操作もシンボル(イメージ)の再現などに限定されるため、記憶の長期保存や可逆性のある論理思考などといった操作的な思考がまだできないために「前操作期」といった呼称になっている。
一般性と論理性のある操作的な「シェマ」が獲得できていないために、この段階の子どもは個別的で経験的な一般性の乏しい「シェマ」に活動を依存していると考えられる。


3.具体的操作期(concrete operational period)7-12歳

表象期の後半期が操作期であり、その操作期は更に「具体的操作期」と「形式的操作期」に分類される。
具体的な外界の物質を利用することで、操作的な精神活動をする時期が具体的操作期で、外部の事物の助けを借りずに「頭の中で執り行う論理的(数理的)かつ抽象的な思考」はまだ十分に行うことができない。

対象恒常性が確立することで、表象の保存(比較的長期の保存)ができるようになり、自分の思考を可逆的(ある思考をもったり、それを考えるのをやめたりする思考)に柔軟性をもって操作できるようになる。

脱中心化によって自己中心性も大方脱してくる段階で、自分の活動が他者に与える影響を考慮することも可能になり、社会的な相互作用を理解する基礎が形成されてくる。
この「社会的な相互作用を実際の集団生活の中で経験的に深く理解していく」のが、学校教育の現場であり、多様な他者と取り結ぶ友人関係である。
故に、基礎的な学校教育(7-12,15歳)を受ける時期は、『規範意識や道徳観念といった社会適応の心理機能を獲得する社会化の過程』と考えることができる。

フーコーなどはこの近代的な学校教育の社会化の過程を個人の多様性の疎外や社会的価値観の普及につながると批判的に考察したわけだが、一般に常識的感覚のある人間というのはこの学校教育や家庭の躾(過度に歪んでいない虐待ではない躾)が与える価値観を素直に受容してきた人間であるといえる。

この時期には思考内容を具体的な事物に応じて操作することができるし、それを簡単な行動に移すこともできるが、複雑な思考や抽象的な論理展開を行うことができず、具体的な対象へ与える作用は非常に弱いものである。


4.形式的操作期(formal operational period)12歳以降

ピアジェの理論で、人の思考・知能の発達段階としての到達地点が、形式的操作期である。およそ12歳でその形式的操作の精神機能を獲得するとされている。
人間は、個別的な知識や経験を一生涯積み重ねていくことはできるが、基本的な思考方法や認識構造として「形式的操作期以上の超越的な枠組み」から物事を考察したり計算したりすることは出来ない。
その発達段階の構造に人間の精神機能は従属するというのが、ピアジェの発生構造論的な思考方法でもある。

この思春期前期に完成する思考の発達段階は、他者と共通理解可能な形式的操作と抽象的な論理的思考の操作を特徴とするものである。
極端に言えば、自然科学的な世界観に基づく合理的な思考の遂行が可能になる発達段階といえば分かり易いかもしれない。

自然科学とは実験や観察に基づいて仮説の妥当性を検証することによって確からしい知見を積み重ねていく学問であるが、この形式的操作期では、現実に観察される出来事以外に「もし~であれば、どうなるだろうか?」という仮説を立てる思考形態が確立される。
科学的思考方法に欠かすことのできない、「仮説を打ち立てて、それを現実の出来事に当てはめて確認する」という仮説演繹法の思考が可能になる。
それと同時に「現実の個別の出来事を経験しながら、そこに共通する特徴を取り上げ法則性を明らかにする」という妥当な推論に基づく帰納法の思考も可能になってくる。

形式的操作期の特徴は、『自由に概念・知識・イメージを頭の中で操作して創造的活動を行うことが可能になること』であり、『現実的な事柄の正しさを仮説演繹的に検証することが可能になること』である。
形式的操作期に獲得する精神機能によって、私たちはいつも『現在よりも前へと成長・発展・進歩を遂げていくことができる』とするのがピアジェの必然的でポジティブな世界観だといえるが、やや科学的な理論や技術の進歩に偏った発達観だという批判もあるかもしれない。




発達段階と発達理論

ピアジェ(Piaget.J. 1896-1980)という心理学者は、認知主義の立場から、個人の持つ認知的な枠組みシェーマ(スキーマ)を用いて、人間が外界と心理的にどのように相互作用し合うかを考えました。

ピアジェの発達論は、内的世界と外的世界の相互的作用を中核として考えられていて、発達は『内界と外界の同化と調節の作用による均衡化』の過程として定義されます。これを『均衡化説』といいます。

『同化』とは、内界にある認知の枠組みシェーマを使用して外界にあるものを取り入れる心的作用を意味しています。『調節』とは、外界の条件や制約に適応する形で内界にある認知の枠組みシェーマを変容させていく心的作用を意味します。

ピアジェによると、2歳頃までを感覚と運動の機能によって外界と相互的に関わる『感覚運動期』といい、2歳以降になると、直接目で見る対象だけでなく過去に見た内容をイメージとして保持する表象(イメージ)や象徴を用いて外界と相互作用するようになるので『表象期』と呼びます。

表象期は、7歳以降になると、表象をある程度自由に操作できるようになるので『操作期』といい、それ以前を表象の内容や影響を操作できない自己中心的な段階として『前操作期』といいます。

自己中心的という言葉は、我がままで他人のことを考えず利己的に振る舞うという意味で一般的には用いられますが、ピアジェがここで『前操作期の自己中心性』という場合にはそういった悪い価値判断はされていません。

ピアジェの考えた自己中心性は、自己と他者の境界線が曖昧であり、内界と外界が未分離である為に、自分だけの考えである主観と、他者にも共通する考えである客観の区別がうまくできず混沌としている状態のことを意味します。

こういった自己中心性は乳幼児期に顕著に見られる世界観で、無機的な自然世界に生命や魂の存在を認めるアニミズム、考えや観念そのものが実在しているとする実念論などとも密接な関係のある世界観であると言えます。

自己中心性を発達的に乗り越えることを、脱中心化といい、前操作期に続く操作期で脱中心化が起こります。

また、操作期は大きく二つに分けられます。一つは、7~12歳頃の具体的な物質の助けを借りて表象を操作する『具体的操作期』であり、もう一つは、12歳以降からの抽象的な思考が発展して、論理的な考え方も出来るようになる『形式的操作期』です。

成長的な認知システムやスキーマの構造は、固定的で普遍的なものではなく、絶えず経験的に修正されていくものです。過去の経験や記憶を適切に利用して、認知構造を変容できるならば、適応度を高めるだけでなく生活世界を彩り豊かなものへと変えていくことが可能です。


今回は、認知療法の実際場面でのテクニカルな事柄について書こうと思ったのですが、上記に敢えて古典的なピアジェの思考発達段階論を挙げたのは、スキーマは受動的に形成されるものではなく、能動的な働きかけによって段階的に形成されていくものだということの理論的根拠を示したかったからです。
ピアジェの一般性のあるシェマは、思考形態の枠組みそのものを指すので、認知療法のスキーマや認知傾向とはやや概念が指示する内容が異なりますが、能動的に形成していくことのできるものという意味では共通性があります。

認知の図式や情報処理の枠組みとして人間の行動選択を自動的に規定するスキーマは、主体が能動的に構成し変容させるものですから、適切な方法論に基づいて意欲的にスキーマを変容させようとすれば、後天的な性格要因なども含めてある程度の変容を達成することが出来ます。

『物事の考え方や価値観を変えることは出来ない』という過去から継続している固定観念や先入観を適応的に変容させることは生易しいことではありませんが、意識して認知改善の試みを継続すれば必ず一定以上の抑うつ改善や悲観的な人生観の変更といった効果を得ることが出来ます。

カウンセリングの基本の一つは確かに『ありのままの自分を受け容れること(無条件の肯定的受容)』ではありますが、もう一つの軸は『困難・苦痛・悲哀を緩和する方向へ自分を変化させること(意欲的な適応的変容)』です。

変わらない現在のままの自分や生活の中で将来もこのままで良いと思える部分と、現在の自分や生活状況の中で将来的にはここを変えていきたいと考える部分を区別して、自分の出来る範囲で段階的な目標を立てて自己の認知傾向やスキーマの変容を促進していくことが認知療法の実際だと言えるでしょう。
『自己・世界・他者』を率直に肯定できる認知を獲得し、自己の内面的考察と外界の他者や環境との相互交渉から幸福感や安心感、程よい刺激による精神的高揚や興奮を得られるようになるというのが認知療法の理想的な着地点といえるかもしれません。

それ以前と比べて、格段に気分が明るく改善し、不快な感情の起伏が小さくなり、肯定的で受容的な気分や感情を「適応的な行動」へと反映させることが出来るようになった時には、意識的に認知療法を行う必要性もなくなってきますが、認知が気分や感情に大きな影響を与えることを経験的に理解することが出来ればその後の人生にとっても大きな精神的財産となるでしょう。


■書籍紹介
構造主義科学論の冒険




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