カウンセリングルーム:Es Discovery

アクセスカウンタ

zoom RSS 世界と他者に対する“親密性”と生きる為に働くという事

<<   作成日時 : 2005/07/01 22:15   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 2 / コメント 0


「知の創出のコモディティ化への戸惑い」

世の中は日に日に複雑化し、「勉強能力」「学習能力」が仕事上ますます大切になっているのは事実である。ただその一方で、それだけで飯が食える場(チャンス)が確実に減っている気がしている。インターネットのおかげで。あるいはインターネットのせいで。

それで一つの仮説として、「飯を食うための仕事」と「人生を豊かにする趣味」はきっちり分けて考え、「勉強好き」な部分というのは「音楽好き」「野球好き」「将棋好き」と同じ意味で後者に位置づけて生きるものなのだ、と考えるってのはアリなのかもしれないなと思い始めているのである。文学や哲学が好きで文学部に進んだ人なんかの場合は、「最初から就職先あんまりないぞ」みたいな覚悟があって、ほんの一握りの才能を持った人以外は、「勉強好き」(自分が楽しめると思える領域の勉強)の部分を仕事で活かせるなんて、はなから諦めていた。そしてその部分を「人生を豊かにする趣味」と位置づけて生きるのは、これまでも当たり前の流れだったのだろうと思う。その感じが、文系世界では経済学部や法学部のほうまで、そしてさらに理系にまで、どんどん侵食してくるイメージ。そう言ったらわかりやすいだろうか。同意できる仮説かどうかは別として。

では「飯を食うための仕事」という部分では純粋に何が大切なの? という話になるとやはり「対人能力」なんだろうな。そこをきちんと意識しておかないと、つぶしが利かないんじゃないかなぁ。そんなことが言いたかったのである。ここでいう「対人能力」は前エントリーで述べた「村の中での対人能力」ではない。組織の外に向かって開かれた「対人能力」のことだ。



自負心や存在意義を包含する自我アイデンティティには、『私は、私以外の何者でもない』という実存的価値の側面と『私は、社会環境において○○としての役割を担っている』という社会適応的な側面とがありますが、前者が過剰になれば唯我独尊的な孤立の恐れがあり、後者が過剰になればシステマティックな労働環境に機械的に取り込まれる恐れがあります。

後者は、厳密には既存の社会体制への適応性や社会からの受容性とも密接に関わっていて、決定的に社会的アイデンティティの確立に失敗すれば、非社会的問題行動が遷延したり、特異な反社会的行動・組織に魅惑を覚えたりすることもあるかもしれません。

前者の実存的価値の側面は、独我論的な存在そのものの価値であると同時に、経済的利害から切り離された情緒的価値の充実でもあります。
例えば、収入を若干犠牲にする代わりに拘束時間の短い仕事に就いて、家族・恋人と過ごす時間を増やしたり、趣味の合う仲間や友人とくつろぐ時間を充実させたりといった形の幸福追求の形もあるのではないかと考える事も出来るというような事です。

エリクソンは、青年期後期の発達課題に、“親密性の獲得”を置き、それと対置するものに“孤独”を置きましたが、これは、『社会環境における役割遂行』と相補的な『密接な人間関係の確立』を意味するものです。
勿論、孤独な時間でしか出来ない行為や楽しみもありますが、誰とも関わることのない徹底的な孤独は、多くの人を憂鬱にし現実感覚を希薄化させるのではないでしょうか。誰からも好意や興味を寄せられないという孤独の悲哀は、時に、社会への嫌悪や否定の感情をも呼び起こします。

精神的な健康や安定の為には、一定以上の社会的交流や他者とのコミュニケーションが必要なわけであり、私は『仕事の為の対人スキル』と合わせて『継続的な人間関係を結ぶ為の対人スキル』も現代社会には求められるのではないかと考えます。

うまく説明できないのですが、単純に、結婚をして夫・妻・子どもを持つほうが良いというような意味での親密性の獲得ではなくて、『(本人が不本意であるような)飯を食うための仕事』が虚しくならないような、言い換えればただ自己の生存の為だけに働くのではないことを信じられるような『親密性=安らぎや幸福感を得られるような継続的な人間関係』が人間には必要なのではないかと思うのです。

親密性の概念を更に拡張するならば、『この世界への親密性』としてもよく、その場合には『人間関係だけに留まらず、飯を食うための仕事をする以上の見返りを得られる対象・事物の獲得』ということになりますが、こういった世界や他者への親密性を心底から信じられなくならない限りは、人はそれなりに社会生活に適応して、自分固有の生の面白さや楽しみを発見し続けていけるものだとも思います。


(注記:精神分析的に解釈するならば、『親密性』には性的成熟と生殖成功(子孫の継承)の意味が強く含まれるが、ここでは主張の文脈に合わせて『人間関係の親密性・継続的な人間関係・意味を感じる事象全般』という意味合いに重点を置きました)

エリクソンは、社会的アイデンティティについて、以下のように述べています。



各個人の神経症の克服は、彼(彼女)を今のような彼(彼女)にした歴史的必然を受け容れるところから始まるのである。各個人が自己自身の自我同一性(アイデンティティ)との同一化を選択することができるとき、そして、また与えられたものを為さねばならないことへの転換をすることができるとき、人間は自由を体験するからである。

エリクソン『自我の強さと社会病理学』より






■前投稿『社会における職業選択と自己アイデンティティの確立の問題』の補遺

『プラグマティックな勉強』『非プラグマティックな勉強』で分類した場合に、学問や技芸で収入や生計につながる目的的なものが『プラグマティックな勉強』となります。

また、プラグマティックな勉強においても、大学・企業・研究所に所属しないと勉強(学問の研究)そのものが出来ない分野、つまり、大規模施設や高価な実験器具・実験材料などを要する自然科学分野のほうが、実利や職業につながりやすい傾向があります。純粋に勉強のみで生計を立てようとすれば理系分野のほうが有利であるようにも思えます。

何故、理系分野の勉強(研究)のほうが、市場価値を生み出しやすく、専門研究職の枠も大きいのかを考えると、『文系分野が“言語・観念・解釈”を用いて研究を行う為にモノの開発・生産につながりにくいこと、理系分野が“物質・実験・検証”を用いて研究を行う為にモノの開発・生産につながりやすこと』が最大の要因であるように思えます。

人間は、通常、抽象的な観念や主観的な解釈、言語としての知識には対価を支払うことを渋る傾向がありますし、その傾向は、『無数の情報が無料公開されているインターネットの発達と普及』によってますます強化される可能性があります。
反対に、人は、具体的な商品や真新しいサービス、快適で便利な技術が応用された新商品に対しては、相対的に対価を支払い易い傾向を持ちますから、産学連携という意味では、文系よりも理系に大きな期待が集まり、専門的研究に従事する学者の人件費を賄える予算がつけられやすくなります。

一般社会では、大学の学術研究活動にも、経済的な実利性や技術への応用性を求める人が大多数であり、アメリカに典型的な産学連携の流れもそういった社会的経済的要請が強く働いていると思われます。
哲学・倫理学、心理学(自然科学的心理学を除く)、文学・古典、歴史などの経済に貢献しにくい文系分野に、政府が大きな予算をつぎ込んで大勢の専門家を公費で扶養する事は、これからますます困難になる一方でしょうし、独立行政法人としての大学では、市場の競争原理に基づく学問分野の選択的淘汰が起こりやすくなることが想定されます。

それらのことを考え合わせて、梅田望夫さんの


http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20050618/p1

でも勉強が好きな少年は、何だかずっと勉強みたいなことをする仕事をして一生を送れるのではないかとこれまでは思ったし、ここ数十年はそういう仕事がけっこうたくさんあった。そういう状況自体が今後厳しくなって、勉強が好きな少年も、野球好きの少年や将棋好きの少年や音楽好きの少年と同じような「人生の厳しさ」に直面するようになる。


という文章を読むと、勉強好きな少年が、ずっと勉強みたいなことをする仕事に従事し続ける為には、どのような分野や領域にその勉強能力を向けていくべきなのかがぼんやりと見えてくる気もします。

しかし、前の記事で述べたように、大企業であっても中小零細企業や専門職、自営業であっても実社会での事業や職務を的確に遂行し、一定以上の評価を得たり業績を上げる為には、『勉強能力』よりも『対人能力』のほうが重要だとは思います。

仕事上の成果や社会的な評価以外の人生における幸福や精神的な充実も、多くの人の場合、対人能力による関係性、即ち、他者からの認知・関心・愛情によってもたらされますが、一人で孤独な環境下にないと、十分に楽しめない趣味や行為も幾つかありますね。

(“勉強好きな少年”というのは、『勉強による快楽や知る喜び』を人並み以上に満喫できる少年なのでしょう。知ることや思索すること、想像することによる快楽のようなものは、他者の存在がなくても湧き起こってくる事があるという意味で『趣味・娯楽としての勉強は、他の趣味とは異なり、お金がかからず、他者を必要とせず、何処でもできる』といった特異的な性質を備えているように思えます。ゲームやインターネットも一人で出来る娯楽ですが、ゲームは、ゲームのハードとソフト、映像を映すパソコンやテレビが必要で一定の費用がかりますし、思索や知ることを楽しむというよりも仮想世界に向けての想像や決められたルールや枠組みの中での得点などを競う楽しみみたいな要素が強いように思えます。インターネットの面白さや利用目的は、人によって様々ですから、一義的に、何が魅力的なのかを断定することは出来ませんが)

『勉強が好きな少年』が、それを職業につなげていこうとするならば、まず考えるべきなのは、『純粋に勉強だけで生計を立てる事と勉強を知的好奇心に応じて楽しむ事との差異』であり、そういった差異を経験的にあるいは合理的に知ってもなおそれで生計を立てたいかどうかを自問することでしょう。
更には、『現代社会で“純粋な勉強”に対価が支払われる可能性』が、自らの興味ある分野(専攻分野)と自らの知的能力・勉強意欲を考えた場合に、どのくらいあるのかなどを現実的に検討していく必要もあるかもしれませんね。

しかし、そういった賢しらな計算や思惑を抜きにして『ただ好きだから、時を忘れて懸命に勉強し続けられる人』こそが、本当に、勉強好きな少年の精神を、大人になっても保ち続けている人なのでしょう。
『無垢なる子どもの精神』は、ニーチェが至上価値を見出した精神性ですが、現代社会では、既存の価値体系や経済的制約に捉われない少年の自由な精神を、社会的アイデンティティと共に持ち続ける事は困難です。

しかし、勉強好きと結びついた社会的アイデンティティの確立が困難である一方で、情報化された現代社会では、知的好奇心を刺激する膨大な情報が氾濫していて、誰もが比較的簡単に『興味ある情報を即時的に消費する快楽』『興味ある情報を題材に対話する喜び』『フローな情報を知識としてストックする充足』を得ることが出来ます。
そのことから、社会的属性と結び付けずに、精神的な満足を得る目的で勉強(知的営為)を楽しもうとするならば、現代の情報社会には、十分に整備されたアクセシブルな環境が用意されているとも言い換えられるでしょう。

無限とも言える情報に開かれた先進国のアクセシブルなネット環境では、自分が何を知りたいのか、何を行いたいのかを明確にして、膨大な情報に対するリテラシーを高めなければ、無意味な情報や悪意ある他者に翻弄されたり、間違った知識や危険な知識を得てしまう恐れもあります
しかし、メディア・リテラシーやネット・リテラシーを高める過程において、多様な論者や数多くの情報に曝されることで情報の取捨選択能力が鍛錬される面は否定できませんし、その情報の取捨選択の過程こそが、ネットの大きな楽しみの一つではないかと思います。
RSSリーダーの隆盛の原因の一つも、一方的にコンテンツが送られてくるマス・メディアと違って、自分の趣味や価値観に基づいて取捨選択したコンテンツを、更新通知を受けてすぐに読める満足感であると思います。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
梅田望夫『ウェブ時代をゆく ―いかに働き、いかに学ぶか』の書評2:好きを貫く事と知的に生きる事
前回の記事では、ウェブ経済圏の最大規模について考えたが、マスメディアや財界の有力企業、ベンチャーキャピタルの主要な関心事は確かに『ウェブビジネスの成長可能性』だった。しかし、大多数の個人にとってウェブは元々大金を稼いだり事業を起業したりするような場所ではなかったのだから、梅田氏が言うように『経済のゲーム』よりも『知と情報のゲーム』にもっと興味を持ってウェブを有効活用することで、ウェブとリアルの中間領域に新たな価値を見出すことが出来るかもしれない。新たな価値とは、自分の新しい生き方のフレーミ... ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2007/11/15 13:39
仕事を通した社会的アイデンティティ確立の問題と子どもの労働意欲・職業選択を促進する家族関係
茨城県土浦市で起きた事件では、フリーターの加害者が父親から『仕事(正社員の定職)に就け』と責められていたことが“逆切れ”につながったという報道がありましたが、20〜30代で職業選択・就職活動で躓いた場合の就労サポートや仕事に対するモチベーション(勤労意欲)の向上は、非常に困難の多い課題になっています。加害者の男性は、バイトではなく定職に就けという父親の就労刺激に対して、頻繁に家の中のモノに当たる家庭内暴力をしていたようです。しかし、思春期以降も小動物に対する虐待や対人コミュニケーションの困... ...続きを見る
カウンセリングルーム:Es Discov...
2008/04/01 14:50

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コンテンツ&本の紹介

Es Discovery's Encyclopedia(百科事典的なアーカイブ)

心理学の事典や臨床心理学の概説書

S.フロイトとC.G.ユングの書籍
スポンサーリンク


ブログアーカイヴ
2005年
3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2006年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2007年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2008年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2009年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2010年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2011年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2012年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2013年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2014年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2015年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2016年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
世界と他者に対する“親密性”と生きる為に働くという事 カウンセリングルーム:Es Discovery/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる