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zoom RSS 自我・欲望の肥大(幸福追求の執念)によって苦悩する人:A.マズローの欲求階層説と仏教の知足

<<   作成日時 : 2015/10/21 18:51   >>

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仏教の創始者の釈迦(ゴータマ・シッダールタ)は、人間社会の真理を示す四法印で『一切皆苦』『諸法無我』という苦悩の原因と対処を説きましたが、これはトランスパーソナル心理学的(あるいは実存療法的)な苦悩に対する解決法とも似通った部分があると感じます。

生老病死をはじめとして、人の人生のすべては苦に満ちているという『一切皆苦』はかなり悲観的な人生観ですが、『自我の持つ煩悩(私の持つ欲望)』だけを中心にして生きていると、『仕事が上手くいかない・満足な生活ができない・お金が足りない・恋愛や結婚の人間関係で悩ませられる・子供が順調に成長してくれない』など自分の欲求が満たされないための苦しみや不平不満で人生が満たされやすくなるというのはあります。

仏教は『自我・煩悩(欲望)』に囚われることによって、苦しみが生まれるという因果を強調する宗教思想を持っていて、これは一般的な処世訓としても一理あるのですが、現実社会を生き抜いていくためには『私(自我)の幸福追求や経済生活のための欲求・計画と努力・お金・家族・異性』なども完全に無視することはできません。

仏教は究極的にはこの世に自我(私)という実在・主体などは存在せず、自我(我)は知覚的な仮象に過ぎないという『諸法無我』を悟ることによって、煩悩を消尽させて苦しみから救済されるとします。しかし、出家しているわけでもない私たち一般人にできることは『自我・煩悩(欲望)だけに過度に執着し過ぎないこと』くらいでしょう。

これは砕けた表現で言い換えれば、『自分の欲望をどこまでも非現実的な高いレベルで満たそうとし過ぎない(もっともっとと欲望を追い続けない)』や『今ある状況や人間関係を味わって満足できるようにする』といった処世術にもつながっていますが、仏教の『知足の精神(足ることを知る精神)』でもあります。

成功欲求や上昇志向の強い人からすれば物足りない考え方かもしれませんが、自分の実力・意欲・気迫などで『高く登れる所までは登れば良い・得られるものであれば得れば良い』のであり、問題は『自分の存在を否定するような渇望や貪欲に絡め取られること・こんなんじゃダメ、もっともっと欲しいという欲望に追い立てられて疲弊してしまうこと』なのです。

仕事で一定の地位や所得を得られるようになっても、自分よりも上位の役職・企業や高所得の人は無数にいる、300万円の新車を買っても、上を見れば500万や1000万以上の車もいくらでもある、綺麗で優しい奥さんと結婚しても、外を見ればもっと若くて綺麗で魅力的な人もいるかもしれない、こういったもっともっとという終わりのない欲望の拡張と上昇志向を追求していけば、人は永遠に満足できないだけでなく、どこかで挫折・欲深さの自己否定や無限の欲望に溺れる虚しさに行き着かざるを得ません。

ヒューマニスティック心理学に分類されるアブラハム・マズロー(Abraham Harold Maslow,1908-1970)の欲求階層説では、『生理的欲求・安全安心の欲求・所属と愛の欲求・承認の欲求・自己実現の欲求』を取り上げていますが、これらの階層的な欲求もそれぞれの段階で満たせるだけの欲求を満たせば良いというものではありません。

ある程度満たされれば『次の段階(より上位の階層)の欲求』へと移行していき、最終的には知足の要素(十分に能力を発揮して満たされているという状態)も併せ持った『自己実現』に辿り着くとしています。

アブラハム・マズローの人間性心理学では『潜在的な可能性を開花させて創造的かつ有意義に生きる』という“自己実現のベクトル”が強調されますが、著作の『完全なる人間―魂のめざすもの』に示されているような個人(自我)の心理・生活の範囲を超越した高揚・法悦の“至高体験(神秘体験)のベクトル”というものもあります。

『自己実現(self-actualization)』は自分の個人的な可能性を追求するものですが、『至高体験(peak experience)』は自我(自己)の欲求への執着から解放されたより普遍的・神秘的な次元(俗世の損得や快楽とは異なる世界との一体感・調和感を感じる次元)での恍惚・満足という意味では、仏教の『諸法無我と知足』の考え方にも相通じるものがあるように感じます。

人間を結果的に“苦悩・不平不満”に追いやりやすい自我の主体的な欲求充足の終わりなき追求というのは、S.フロイトの『快楽への意志』を行動原理とする人間観、初期のA.アドラーの『優越への意志』を行動原理とする人間観とも重なってきます。

一方、著作『夜と霧』で知られる実存療法のV.E.フランクル『意味への意志』は、フロイトの快楽への意志やアドラーの優越への意志と比較すると、『自我の主体的な欲望の充足(自分の側から世界・他者に何かを期待して求めていこうとする態度)』とは切り離された意志の概念です。

ユダヤ人のV.E.フランクルは、ナチスの強制収容所における極限状況の中で生きる意味を探索し、『生き残れた人と死んでしまった人の差異』を経験的に知っていた人物ですから、ぎりぎりの所まで追い詰められた人間が何を支えにして生きる意志を持ち続けられるかといった部分の記述には説得力があります。

実存療法で重要視される意味への意志は、どちらかというと『世界・他者の側からの呼びかけに頑張って応答しようとする意志』を指していますから、自我・欲望への執着とその肥大によって苦しめられている時は、『人生の側からの期待・他者の側からの呼びかけ』に自分なりに応えていくことに意味を実感して満足するという知足の考え方が、『自我中心(欲求充足=幸福実現)の発想・意識の転換』に役立つかもしれません。


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