|
仕事・学問といった『本業』に対する意欲(やる気)が大幅に低下しているのに、趣味・アルバイトといった『副業』に対してだけは活動的に振る舞えるという“選択的退却”の問題があります。退却神経症とアパシーについては『仕事中だけ鬱になる“新型うつ病”』の記事で詳しく考察しましたが、退却神経症は発達段階(年齢・社会的役割)によって『青年期のモラトリアム(スチューデントアパシー)』と『中年期の危機(自己アイデンティティの回顧と人生への懐疑)』に分けることができます。 選択的退却の特徴を示すアパシー・シンドローム(意欲減退症候群)や退却神経症というのは、『適応障害やアイデンティティ拡散の結果』であり、統合失調症やうつ病、解離性障害(離人症)といった精神疾患とは異なります。出社拒否・登校拒否・職場放棄(学業放棄)など“アブセンティズム(欠席・欠勤の常態化)”の問題が起こってくると、外見的な状態像としてはひきこもりやニートに近くなってくることもありますが、本業以外の適応能力やコミュニケーション能力、遊びに出かける活力は維持されていることが多いため、単なる怠けや無気力、生活習慣の乱れの問題と見なされることも多いでしょう。 成人でも未成年でも、アパシーや選択的退却の問題の中核は『今まで学校・職場にそれなりに適応できているように見えた人(ある程度優れた成績や勤務実績を上げているように見えた人)』が突然、大きな理由もなく本業に対する意欲(やる気)や責任感を失ってしまうということにあります。ひきこもりでは不適応状態が長期的に遷延していて外向的な活動性・他者との係わり合いを失っていることが多いですが、退却神経症(アパシー)では不適応状態の領域は限定的であり、本業以外の活動やコミュニケーションに対しては積極的に取り組んだりもします。 少し前までは学業や仕事にも熱心に取り組んでいてある程度の結果も残せていたことから、『本気でやればできる・一時的にやる気を無くしているだけ』という認識を周囲から持たれていることが多く、何となく本業を疎かにして放置しているままに数年以上の時間が過ぎ去っていくことも少なくありません。学生ではスチューデント・アパシーの結果として『モラトリアムの長期化・留年・中退』などの不適応が起こってくることがあり、社会人やサラリーマンでは退却神経症の結果として『休職‐自発的失業‐求職意欲の低下・生活圏からの失踪(遁走)』などの深刻な問題が起こってくることがあります。 退却神経症のアパシーには『理由が分かりにくい適応状態から不適応状態の転換』が目立ちやすいという特徴がありますが、本業への関心や意欲、責任意識を無くす理由には大きく分けて『環境適応の障害(過剰な精神的ストレスや自己批判的な責任感)』と『自己アイデンティティの拡散(自己承認と役割意識のバランスの失調)』があります。社会適応上の挫折(自尊心の傷つき・本業を頑張る意味の喪失)やストレス耐性の限界からくる『逃避願望(ストレス回避行動)』によって、『学校の欠席・職場の欠勤』が起こりやすくなり、『逃避する安心感・ストレスの無い気楽さ』の経験を重ねることによって選択的退却(本業からの遠ざかり)が固着してきます。 表向きは普通に問題なく働いているように見えた新入社員(新規のアルバイト・パート)が、翌日、急に無断欠勤してそのまま仕事を辞めてしまうケースなどでは、『ストレス耐性や環境適応の限界』が原因になっていることが多いのですが、『無理している素振り・不満を抱えている様子』を職場の同僚の前では見せないというのが退却神経症やアパシーの特徴でもあります。無理してギリギリのレベルで何とか適応していることや、仕事を辞めたいと考えていることを過度に恥ずかしい(自分は仕事が続かないダメな人間である証拠)と感じて隠し通そうとすることで、『精神的ストレスが蓄積していくプロセス・仕事を辞めたいと思うほどの悩んでいる様子』が周囲にいる他人からは殆ど見えないことが多いのです。 事情が飲み込めない周囲の人からすると『何で急に辞めてしまったのか分からない・なぜ欠勤して電話にさえ出ないのかが分からない』ということになってきますが、勤務期間の短い社員・アルバイトが突然、何の前触れもなく辞職してしまう不適応問題では『建前として見せる意欲(採用段階でのやる気の演出とアピール)』と『内面における意欲(日常的なやる気の実践と持続)』とのギャップの大きさも関係しています。 スチューデント・アパシーでも、基礎学力が高くて一回限りの『入学試験』に合格することには何の問題もないが、大学の講義を毎日受けることには上手く適応できないという学生がいますが、新卒者の職場不適応の問題でも、その場限りの試験・面接を上手くやり過ごす『採用面接』では高い評価を得られるものの、実際の仕事になると遅刻・欠勤などを繰り返して意欲が無くなっていき、サラリーマン生活に上手く適応できないという人がいます。 『本業の入り口(選別採用段階・能力試験)』をパスする能力を持っていても、『本業の持続性(日常の業務遂行・生活規律)』に何らかの困難や障害を抱えているということですが、アパシーや退却神経症の問題では『本業への意欲を持続できないようにする自己アイデンティティや価値認識の拡散』が起こっていることが多いのです。本業(仕事・職業)に対する意欲・関心を失う退却神経症を持つ人の中には、平均よりも優れた特定分野の才能や短期的な課題達成の能力、センスの持ち主も少なからずいますが、仕事が安定しない原因として『持続的な意欲・規則正しい生活リズム・長い拘束時間・階層的な人間関係』などに対しての適応能力を欠くという問題が指摘されます。 こういった不適応に陥りやすい性格行動パターンの類型は、難関資格をいくつも取得しているのに職場適応が難しいという資格マニアの問題や、学生時代の『学校適応(学業成績)』は良かったのに社会人になってからの『職場適応(経済生活)』が困難になっているペーパーテスト(一時的な試験)に特化した能力の問題にも見ることができます。これらの性格行動パターンでは、自己完結型の課題解決(学習活動)に過度に偏っている問題があり、十分な準備をしてから他人に干渉されずスムーズに結果(成果)を出してしまいたいという自尊心の高さ(ミスや面倒・時間拘束を嫌う完全主義)があるので、職場で他人と協調して仕事を進めることが困難になりやすいのです。 ただし、退却神経症やアパシーの問題に共通する特徴として、『主観的苦悩や迷いが意識化されにくい(何となく意欲や気力が起きないという自覚に留まる)』ということがあるので、こういった本業に対する適応困難の問題を抱えているとしても、本人は十分な苦悩や葛藤を感じていないケースも多いと言えます。アパシー・シンドロームによって『本業への不適応・無気力』を起こしやすい性格行動パターンの主な特徴としては以下の5つを考えることができます。 1.完全主義欲求と要求水準(目標設定)の高さ……わずかなミスや失敗も許せない潔癖な完全主義によって、自分の思い通りに状況が推移しなかったり理想的な計画の変更を余儀なくされた場合には挫折しやすくなる。自分の能力を大きく超えた高度な要求水準を持つことによって、実際に取り掛かる前から敗北感や挫折感が強まりやすい。 2.持続性・耐久力・ストレス対処の弱さ……一つの物事や課題に対して粘り強く集中力を注いで取り組むことが苦手で、規則正しい生活や職務を持続することが困難である。長時間の作業によって持続力・耐久力が限界に近づきやすく、小さなストレス状況にも上手く対処することができなくなる。 3.自尊心(プライド)と自己愛の強さ……自尊心(プライド)の過剰によって分からないことを他人に質問したり教えてもらったりすることが難しく、自己完結的な学習課題以外の遂行が難しくなる。他人に批判されて傷つけられることや他人が自分の上位に立つことが許せない自己愛の強さによって、協調性を求められる集団生活や序列のある職場の人間関係に適応しにくい。 4.非社交的な内向性・孤立性……他人とコミュニケーションしたり触れ合ったりすることを基本的に好まないので、学校・職場の人間関係から孤立しやすくなり、内向的な能力・活動が高く評価される場面(分野)でないと実力を発揮しにくい。 5.感情表現と協調性(相互扶助)の乏しさ……他人から支援してもらったりフォローしてもらうことを好まず、自分ひとりで何でもやり終えようとするので、相互扶助のチームワークを上手く機能させることができず仕事に支障を来たしやすい。率直な意思疎通や感情表現を行うことが苦手で、内面に不満や葛藤を静かに溜め込むことによって、フラストレーションが不適切な形(職場放棄・攻撃的言動・突然の辞職)で爆発する恐れがある。 職場不適応の問題は仕事や人間関係に慣れていない『新入社員(勤続年数の短い人材)』だけではなくて、既に一定以上の職務キャリアを積んでいる『中堅以上の社員(勤続年数の長い人材)』にも起こることがあります。学生から社会人になるプロセスでは、自分の社会的アイデンティティ(進路・職業)を選択せずに曖昧な立場を維持する『青年期のモラトリアム』の問題がありますが、長い期間にわたって社会人(サラリーマン)として働いてきた人にも、自分の人生のプロセスや仕事の意味に疑念を感じて、今まで安定して築いていた自己アイデンティティが拡散する『中年期の危機』の問題があります。 同じアパシー・シンドローム(意欲減退症候群)や選択的退却(本業への無気力)の問題を呈していても、青年期のモラトリアムでは『何も選択しないことによる“選択肢の確保(何ものにも成り得るという万能感の幻想)”』に重点があり、中年期の危機では『既に選択してしまった自己アイデンティティに対する“方向転換の欲求・逃避願望”』に重点があります。 青年期のモラトリアムでは『社会的アイデンティティが確定することへの不安・抵抗』が根底にあるので、自分の興味関心・適性・能力を現実的に把握しながら『理想自我』と『現実自我』のギャップを段階的に埋めていくことが課題となります。まずは、何かの職業や仕事にチャレンジしてみないことには自己アイデンティティの拡散を改善できないのですが、その為には優勝劣敗(勝ち負け・自己防衛)にこだわり過ぎずに、実際の職業活動や対人関係の中で改めて自尊心(自信)や自己肯定感を積み上げていくという意識の転換が必要です。 中年期の危機は『自分の人生の全体像・職業キャリアの最終的な到達点』が大まかに見えてくることによって起こりやすくなりますが、過去の人生設計や仕事のマイナスの部分(後悔している部分)ばかりに注意を向けるのではなく、『自分で自分を評価できるポイント・仕事と家庭生活で満足できる事柄・現実状況に見合った向上心(方向転換の可能性)』に注意を向けることが大切になってきます。中年期以降に人生の方向性(意義)を見失って現実の生活(家庭)や仕事から反射的に逃避(退却)しても、新たな自己アイデンティティを望ましい形で再構築することは困難ですから、『今ある人間関係・現実的なチャンス』を生かしながらアイデンティティの再構築を進められるか否かが現実適応のキーになります。 青年期においても中年期においても、本業から逃避するアパシー・シンドロームや選択的退却を経験した後には、いずれ『主観的な苦悩・葛藤』を伴う自己選択(自己決断)の試練に直面せざるを得ない状況が訪れると推測されます。そこに至って、適応的レベルの『本業に対する意欲・気力・関心』を取り戻していくためには、自尊心や現実認識(人生設計)、対人関係(協調的な社会性)に対応する『段階的な自己アイデンティティの修正・再編』が求められますが、そこで重要になってくるのが『失敗や批判を過度に恐れないメンタルタフネス・完全主義思考の抑制による実現可能な目標設定』であると言えます。 ■関連URI 青年期危機説と青年期平穏説:学校・企業・家庭の環境への適応と社会的自立の問題 ユングの『人生の正午』概念に内包される『中年期の危機』:中年期におけるアイデンティティ拡散と再体制化 中年期の『体力の低下・人生の有限性』の意識変化:心身機能の低下を予防する柔軟な認知・適度な運動 生涯発達の前提に立つ中年期の発達課題とアイデンティティ・ステイタスの変化に対する適応 ■書籍紹介 |
| << 前記事(2009/02/20) | ブログのトップへ | 後記事(2009/02/25) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
優劣判断される“能力面の個性”と価値判断されない“人格面の個性”:理想自我と現実認識のバランス
『個性教育・個性尊重』と『社会適応・職業選択』のバランスについては、「過去の記事」で掘り下げて書いたことがあるのですが、『個性』に関連したエントリーについて読んだので個性と適応性について補足的に考えてみたいと思います。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/02/28 10:45 |
吉本隆明『老いの流儀』の書評:老年期における心身の健康と高齢化社会の展望について語る
『円熟』と『老化』という言葉の語感はかなり異なるし、最近では『老人』という言い方を嫌って『高齢者』という風に表現することが多くなった。『後期高齢者』という言葉は『人生の末期』をイメージさせるものとして随分と不評だったし、老いの不安や肉体の劣化を緩和するための『アンチエイジング』をコンセプトとした各種のビジネスはかなり隆盛しているようだ。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/10/20 13:32 |
“親子間のコミュニケーション”と“子どもの心理的な発達プロセス”を巡る精神分析的な社会化の課題
『コミュニケーションスキルの向上』に合わせて社会適応性も高くなっていくが、精神分析の発達論ではコミュニケーションに障害が起こりやすい時期として、エディプス期(oedipal stage)と青年期(adolescence stage)が想定されている。コミュニケーション(communication)とは、外部にある他者や社会の仕組みと『双方向的な意思疎通』を行う試みであり、このコミュニケーション機能が障害された病態像(発達像)として統合失調症や広汎性発達障害(PDD)、社会性不安障害(対人恐... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/10/23 08:07 |
“働かない・働けない子ども”に親はどう向き合い、どのようなメッセージを伝えるべきか?:就業困難の要因
12日の深夜、北海道北見市で23歳の青年が、両親を刃物で殺傷する事件が起こった。両親を殺傷した理由について青年は『日ごろから親から働けと言われ、うっぷんがたまっていた』と供述しており、現代社会における『ニート・働かない若者(働けない若者)の問題』が事件になってしまった事例であるが、この種の『働いていない子の就労を巡る親子間の殺傷事件』は子の年齢を問わず時折発生している。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2010/04/14 05:31 |
ひきこもり70万人・親和群155万人の内閣府推計2:経済的報酬と社会的承認による仕事の動機づけ
前回の記事の続きになるが、毎日会社(官庁)に通勤して働いていない人をひきこもりとする『広義のひきこもり』は、自室(自宅)から出られない人をひきこもりとする『狭義のひきこもり』よりもその数が必然的に大きくなるし、比較的健常なパーソナリティ(主観的苦悩の小さい心理状態)を持つひきこもりの人の比率が増えてくる。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2010/07/26 19:54 |
アパシーシンドロームによる無気力化・無関心化と自己アイデンティティ拡散:ウェブサイトの更新
大学生の『学業・進路選択=本業』に関する無気力や意欲減退が持続する状態を、ハーバード大学の心理学者P.A.ウォルターズはスチューデント・アパシー(student apathy)という概念で表現しましたが、アパシー(意欲減退)の問題は青年期の大学生に限らずさまざまな年代や状況で起こる可能性があります。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2010/12/11 00:24 |
“依存の極”と相関するパーソナリティ障害・人格特性とアパシー1:依存性パーソナリティ障害
アパシーシンドローム(意欲減退症候群)と関係する悩みの一つに、『自分のやりたいこと・好きなこと』が見つからないという事があり、何もやりたい事がないから意欲・やる気が大きく低下して、モラトリアム(社会職業上の不決断)が長く続きやすくなります。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2011/01/18 21:53 |
| << 前記事(2009/02/20) | ブログのトップへ | 後記事(2009/02/25) >> |