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前回の記事の続きになるが、特性論(特性因子論)では性格特性を表現する『形容詞・副詞』を抽出して因子分析を行っていくが、どれくらい多くの特性を抽出すれば十分な網羅性が得られるのかというのも判断しにくい。キャッテルの特性因子論では外部から観察できない内面的な特性である『根源的特性(source trait)』を分類して、『キャッテル16因子質問紙(Cattell Sixteen Personality Factor Questionnaire)』を作成したことによって特性論と類型論が接近した。特性論の提唱者としてG.W.オルポート、因子分析を用いた特性因子論の考案者としてR.B.キャッテルがいますが、特性論についての詳細は『客観的分析を志向したキャッテルの特性因子論:量的な性格理解の有効性とその限界』を参照してみてください。 人間の身体成長や精神発達の最大の特徴は『可塑性(変化可能性)が大きいこと』であり、精神発達や性格傾向については成人期以降にも『経験・知識・決断・人間関係』に即応した変化が続き、認知行動療法などのカウンセリング技法によって行動・思考パターンを効果的に変容させることもできる。どうして人間は、他の動物と比較して極端に『行動・認知の可塑性(変化可能性)』が高いのかについては幾つかの仮説があるが、『大脳皮質が大きいこと(学習能力・言語能力が高く学習期間も長期にわたって持続すること)』と『未熟な状態で産まれてくること』が可塑性を支えていると言われる。 新生児の頭部が身体と比較して大きいことや自立能力をほとんど持たない未熟な状態で産まれてくることが『後天的な学習可能性の大きさ』を生み出しているが、人間は『遺伝的・本能的に決められた特定の行動パターン』にはまり込みすぎないことで行動・思考の自由度を極端に高めることに成功したのである。人間以外の生物(動物植物)の行動パターンのほとんどは『自己遺伝子の複製(遺伝子保存欲求の充足)』に最適化されており、言語能力も貧弱であることから『遺伝的本能によって規定された行動パターン』の外部にある好奇心・遊び・娯楽・道具作成の領域に大きく踏み出すことが原理的にできない。 人間は巨大な脳と言語的コミュニケーションが生み出した『自我(自己言及能力)』を持つことによって、遺伝子保存に直結しない『個体の遊び・好奇心・趣味』へと逸脱できるようになった。しかし、他の動物は自己の存在意義と遺伝子保存が大きく重なり合っており、『生存・生殖以外の遊びの自由度』が極端に狭くなっているので、遺伝情報でプログラムされた基本的な行動パターンから外れることが難しいのである。メタレベルでは人間の行動のすべても遺伝子に支配されているという見方ができるが、日常的な私たちの実感では『遺伝子複製を存在意義(至上命題)にして生きている』という行動の制限・不自由感は他の動物ほど強くはない。リチャード・ドーキンスの利己的遺伝子のメタファーでは『人間の個体は遺伝子の乗り物に過ぎない』などとも言われるが、そういった科学的事実は人間の日常生活における判断・感情・気分・人間関係を決定的に支配しているわけでは当然ない。 人間の性格・知性・情動の可塑性を生み出している大きな要因の一つは、人間は『生物としての遺伝的規則(固定された行動パターン)』をある程度踏み外すことができる(踏み外すことができると実感的・経験的に信じることができる)という事実である。それに対して、自我を持たない動物の多くは『生物としての遺伝的規則(生存・生殖に最適化された行動パターン)』にほぼ忠実に従っているので、個体として自己中心的に好奇心・知識・技術・芸術を追求するという選択肢が初めから用意されていない。そして、自我と可塑性(学習可能性)の存在が、ホモ・サピエンス・サピエンス(知恵ある人)としての人間の『強み(学習による可塑性・適応性)』であり『弱み(心理的な苦悩の原因)』でもあるように思える。 ヒトの新生児(赤ちゃん)は自分ひとりでは歩けず食べることもできない非常に未熟な状態で産まれるが、スイスの動物学者アドルフ・ポルトマンは人間の出産を本来の出産時期よりも早く産まれているという意味で『生理的早産』と呼んだ。生理的早産によって産まれる新生児は『子宮外の胎児』と呼ばれるほど未熟であり、最低限の感覚−運動機能を獲得するまでにどんなに短くても1年間はかかり、高度な文明社会・経済活動において子どもが自立するためには平均して約20年間程度の歳月が必要となる(学生期間の長期化や社会の高学歴化・モラトリアム化などにより自立に要する年数は先進国では更に延長される傾向にある)。 A.ポルトマンは哺乳動物を産まれてすぐから一定の巣立ち能力(身体的な運動能力)を持っている『離巣性(りそうせい)』の動物と、産まれてから暫くは巣(親元)に留まって養育してもらう『留巣性(りゅうそうせい)・就巣性(しゅうそうせい)』の動物とに分類した。離巣性と留巣性の分類は、『巣』という言葉が含まれているように本来は『鳥類』に用いられた分類である。 離巣性の代表的な動物は、ウマ・シカ・ウシなどの有蹄類やチンパンジー・ニホンザルなどの猿類、クジラ・イルカ・アザラシである。一般的に妊娠期間が長く出産頭数が少ない『大型動物』に離巣性の動物が多い傾向がある(猿類は完全に親元を離れるわけではないが運動機能の発達速度は速い)。留巣性の代表的な動物は、ハツカネズミ・ハムスターなどのげっ歯類や犬・猫など小型の哺乳類(小型肉食獣)である。一般的に妊娠期間が短く出産頭数が多い『小型動物』に留巣性の動物が多い傾向が見られる。『離巣性の動物』と『留巣性の動物』の生物学的な違いは、どれくらい母胎内にいる胎児期間の間に身体器官・感覚神経系の構造を発達させるかということであり、産まれてすぐに立ったり食べたりできる感覚−運動能力を持っている離巣性の動物は母胎内での身体発達がより速く進んでいるのである。 『離巣性』に分類される高等哺乳類(ヒトも含む)は成熟までの期間が長いので、妊娠期間を長くして母胎内で身体構造・感覚器官(神経系)の発達を進めているが、人間は他の高等哺乳類と比べると『親の養育・世話』に依存する部分が大きくとても未熟な状態で産まれてくる。妊娠期間(約10ヶ月)の長い人間(ヒト)も『離巣性の動物』に分類されるが、『未熟性・無能力』の程度が極めて高い特殊な離巣性という意味でポルトマンは人間を『二次的離巣性』に分類した。二次的離巣性の人間は、本来産まれてくるべき時期よりも約1年間早く産まれてくる(相対的な未熟児で生まれてくる)という状態が常態化しているが、ポルトマンはこの人間の出産形態を『生理的早産』と定義したのである。 離巣性の動物の特徴は、産まれてすぐの赤ちゃんが『成体に近い身体機能(運動−感覚系の発達)』を備えていることであるが、二次的離巣性を持つヒトの赤ちゃんは成体に近い身体機能も言語機能も備えていない。ヒトの赤ちゃんは、産まれてすぐに直立二足歩行をすることはできないし自発的に摂食行動を取ることもできず、ヒトが文明社会・科学技術を構築するための最大の道具となった言語的コミュニケーション能力も備えていない。人間が生理的早産によって生まれてくる原因は大きく分けて『産道を通れない脳(頭部)の巨大化』と『能力発達・人格形成の可塑性(変化可能性)』にあるが、より根本的な理由は人間の基本的能力(言語・知能・コミュニケーション・感情)の発達が閉鎖的な母胎内(他者のいない母胎内)では完結できないことにある。 人間(ヒト)が外部世界に適応するためには、単純に動き回って自然界の食料を手に入れれば良いというだけではないので、他の離巣性動物と比べて『母胎内での発達の完成度』はそれほど重要ではなく、逆に発達が進みすぎて『出産後の発達・成長の可塑性(学習能力)』が小さくなる方が不利益になってしまう。精神機能・身体機能の発達の可能性(伸びしろ)をできるだけ多く確保するためには、できるだけ能力・素質が固まっていない未熟な状態(出産後に新たな知識・行動を柔軟に習得できる状態)で産まれるほうが都合が良い。ポルトマンの言う生理的早産とは『先天的・遺伝的な規定性の影響力』をできるだけ小さく留めようとする出産形態であり、『後天的・経験的な学習の可能性』を最大化するための合理的な発達速度になっている。 人間社会が複雑な言語体系とコミュニケーション方法を持っていることも『早期の発達の完成(発達の可塑性の縮小)』を拒絶する大きな理由であり、人間は早期で発達を完成させてしまうには、余りにも複雑な社会と膨大な知識(情報)を持ちすぎてしまったと見ることができる。言語・自我・巨大な脳を獲得したから生理的早産になったのか否かという問題は、鶏が先か卵が先かという議論になって答えはでないが、少なくとも言語獲得を母胎内で完成させることは現実的に考えて不可能であることだけは間違いない。 人間の精神発達や性格形成の大部分は『母胎の内部(出生前)』ではなく『外部の社会(出生後)』において展開していくことになるが、順調な心身発達・性格形成のために極めて重要な役割を果たすのが『親子関係・家庭環境』であり『学校教育・社会経験(家庭外部の人間関係と社会活動)』である。人間の精神(性格・人格)や能力(知性・感情)の可塑性を最大限に発揮するためには、『広義の教育・愛情(信頼感の基盤)・人間関係』が必要不可欠であり、親や社会が積極的に子どもと関わって広義の教育や保護を実施しないのであれば、人間の精神発達・知的活動のレベルは自ずから低いレベルに留まることになる。 人間の持つ最も驚異的な潜在能力は、本人に学ぼうとする意志があれば(脳疾患や認知症・学習困難となる各種障害などがなければ)何歳からでも新たに学ぶことができるという『学習能力』であり、先天的に規定される遺伝・気質の性格類型に対してある程度行動・認知面での変化を加えられるという『行動・認知パターンの可塑性』である。進化生物学でいう『進化(evolution)』とは自然選択・突然変異を介した環境適応のための『変化(change)』であるが、精神(自我に基づく心理)を獲得した人類は『自己を変化させること』によってより多様な社会環境や対人関係に適応できる可能性を高めている。 ドイツの心理学者シュテルンは、人間の精神発達(性格形成)は遺伝的要因と環境的要因の相互作用によって進むという『輻輳説』を提起したが、環境要因のうちで家庭環境(親子関係・教育方針)が性格形成に与える影響についてもまた考えてみたい。 ■関連URI 自己愛障害(自己愛性人格障害)に見られる“自己中心性・承認欲求・脱価値化・カリスマ性” ピエール・ジャネの精神衰弱概念と不安障害・強迫性障害につながるパーソナリティ特性 ユング心理学の元型(archetype)や魂(soul)の概念が持つ神秘的宗教性と臨床的応用性 “自己愛性・強迫性・依存性”を特徴とする摂食障害と精神の退行を伴う自己愛障害 ■書籍紹介 幼児化するヒト - 「永遠のコドモ」進化論 河出書房新社 クライブ・ブロムホール ユーザレビュー: 進化というより変化? ... すべては子孫繁栄のた ... 「子どものような」の ...Amazonアソシエイト by ウェブリブログ |
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家庭環境(親子関係)が性格形成に与える影響と“社会性”の始点としてのエディプス・コンプレックス
A.ポルトマンの生理的早産の記事では、人間の行動・認知パターンの可塑性(変化可能性)の高さの要因として『未熟な状態で産まれてくること・自立までの期間が長いこと』を上げた。人間(ヒト)は身体的・精神的に極めて未熟な状態で産まれ、他者(親)の世話や保護を長期間にわたって必要とすることで『生得的な遺伝的要因』よりも『後天的な環境的要因』の影響を強く受ける余地(伸びしろ)を備えている。同一の遺伝情報を持ち外観的な差異が乏しい一卵性双生児でも、成育される環境や与えられる情緒体験・教育の内容によって『... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/01/07 21:09 |
子どもに対する“遊戯療法”と“自由な遊び”によるカタルシス効果・内的世界の投影
霊長類である人間は『知恵ある人』や『言葉(概念)を用いる人』であると同時に、『遊ぶ人(ホモ・ルーデンス)』でもあります。チンパンジーやボノボ、ニホンザルなどのサル類も遊びますが、人間の『遊び』ほどレパートリーやルールの深さがなく、人間以外の動物は成体(大人)になると生活上の必要性が薄い『遊び』の頻度が大きく減少します。サル類以外の各種の哺乳類も、『生存維持(食料確保)・繁殖行動』に役立つ知識や技術、コミュニケーションを『遊び』の中で学習する傾向はありますが、いったんそれらの適応能力を身に付... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/04/01 13:53 |
チップ・ウォルター『この6つのおかげでヒトは進化した』の書評1:直立二足歩行を可能にした親指
チップ・ウォルターの『この6つのおかげでヒトは進化した』はほんわかするサルのイラストが入ったポップな黄色い表紙の本ですが、人類の進化の歴史を解き明かしていく内容は、古人類学や進化生物学・遺伝学などの本格的な知見に基づいていて読み応えがあります。『進化の過程でどのようにして、人類が今のような形態と機能を手に入れたのか?』という疑問や『なぜ、人間だけが知性と感情を複雑な言語(ことば・ジェスチャー)として伝達できるようになったのか?』という謎を、“つま先・親指・のど・笑い・涙・キス”という6つの... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/04/18 08:53 |
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