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help RSS 将軍(後継者)を確保するための徳川幕府の御三家と御三卿のシステム:徳川将軍家と公家の形式的な婚姻

<<   作成日時 : 2008/11/25 01:32   >>

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『前回の記事』の続きになるが、徳川宗家においては将軍の正室・側室・愛妾を集積させて世継ぎを確保しようとする『大奥』を整備したにも関わらず、たびたび血統断絶(後嗣断絶)の危機に晒された。しかし、徳川将軍家は宗家に継ぐ家格を持つ『御三家(ごさんけ)・御三卿(ごさんきょう)』の分家から必要に応じて養子を取ることで、徳川の血統を継ぐ将軍を立て続けることができた。

御三家のうち、徳川宗家に男子がいない非常時に後嗣(将軍)を輩出する役割を負っていたのは尾張徳川家と紀州徳川家であり、水戸徳川家は京都・朝廷に次期将軍を奏聞するなど朝廷との連絡役としての位置づけが大きかったとされる。

現代日本でも、天皇家の直系男子による皇位継承が断絶するのではないかということが言われることがあるが、徳川将軍家の歴史や近代以前の皇室の歴史を見ても一夫一婦制を採用する場合には、直系男子のみによる地位継承の継続は極めて難しいと言える。


徳川氏の御三家

尾張徳川家……徳川義直(よしなお,徳川家康の9男)より始まる

紀州徳川家……徳川頼宣(よりのぶ,徳川家康の10男)より始まる

水戸徳川家……徳川頼房(よりふさ,徳川家康の11男)より始まる


徳川氏の御三卿

田安徳川家(田安家)……徳川宗武(むねたけ,8代将軍・徳川吉宗の次男)より始まる

一橋徳川家(一橋家)……徳川宗尹(むねただ,8代将軍・徳川吉宗の四男)より始まる

清水徳川家(清水家)……徳川重好(しげよし,9代将軍・徳川家重の次男)より始まる


大奥や後宮のような前近代的な一夫多妻制においても、男性側に生殖機能の問題や想定外の早逝(夭折)があれば直系男子の相続は簡単に途絶えるのであり、江戸幕府や皇室はそういった後嗣断絶のリスクを回避するために分家や宮家を複数並立させる方策を講じた。近代以降の民主社会では『血統の正統性(神話伝承の権威性)』に依拠して身分・立場の正統性を強調する必要性が殆どないので、よほど由緒のある旧家(名家)でもなければ直系・傍系男子の後継ぎにこだわることがなくなっている。しかし、身分間の競争原理が働かない封建主義社会では『権力・地位の正統性』のほぼすべてが『先祖から続く血筋の正統性』にかかっているので、将軍・天皇・藩主を頂点として地位や財産のある者ほど血統の継承に強くこだわった部分がある。

何より、江戸時代の初期は藩主の死後に跡取りを決める『末期養子(まつごようし)』が認められていなかったので、後継ぎを決めていない状況で藩主が死去すれば所領・身分(官位)を幕府に没収される『改易』の処分が為されていた。そのため、藩主にとっては自分の存命中に後継ぎを決めることが重要な仕事となっており、家臣も自らの雇用・身分を守るために早い段階で自藩の後嗣が決まることを歓迎したのである。

しかし、江戸幕府が大名統制策として用いた『末期養子の禁止』によって継嗣断絶によるお家取り潰し(改易)が相次ぎ、雇用・俸禄(奉公先)を失った武士が浪人化して治安が悪化するという問題が大きくなる。そして慶安4年(1651年)に、主君と俸禄を失った浪人たちが幕府転覆を計画した『慶安の変(由井正雪の乱)』が起こると、幕府は末期養子を条件つきで認可するようになっていくのである。

徳川将軍家と公家(皇室・宮家・五摂家)の婚姻を見ていくと、鷹司孝子(関白・鷹司信房の娘)を娶った3代将軍・徳川家光の時代から公家との婚姻が行われていくが、徳川将軍家の婚姻政策は相互的な安全保障(同盟関係)を目的とする『政略結婚』というよりも『家格・格式のための結婚』という側面を強く持っていた。初代将軍・家康と2代将軍・秀忠の時代までは、豊臣政権下における『秀吉との政略結婚(主従関係の確認)』という意味合いが大きかったが、秀忠とお江与の間に多くの子が産まれたように『実質的な夫婦関係』と婚姻関係が結合しているという特徴も残っていた。

しかし、3代将軍・徳川家光が鷹司孝子と結婚し(家光は孝子に対して冷淡で正室としての地位を与えなかったとされるが)、4代将軍・徳川家綱が浅宮顕子(伏見宮貞清親王の娘)を正室に迎えると、徳川将軍家の婚姻は天皇家・摂家と家格を釣り合わせるための『形式的な婚姻関係』『実質的な夫婦関係(寵愛する側室)』との間の分離が大きくなっていく。そのため、家光以降の将軍では『先代将軍の正室の子』が1人もいないという状況になるのだが、将軍家が天皇家・摂家を『家格の権威づけ』のために一方的に利用したという見かたは一面的であり、17世紀半ば以降の徳川将軍家では『軍事的脅威となる敵対勢力』がいなくなったこともあり婚姻の政治的な利用価値は著しく低下していた。

皇室・公家の伝統的権威の力を借りなければ、将軍の正統性を立証できないというような江戸幕府の政治基盤の不安定さもなく、18世紀以降になると財政危機に陥っていた京都の皇室・公家のほうが徳川家との縁組を積極的に望むようになっていたのである。伝統的権威を強化する目的を明確にもって婚姻をしていたのであれば、徳川将軍家は皇女との継続的な婚姻を奏請するはずであるが、幕府は将軍の正室に対して皇女であることにこだわっておらず、ほとんどの正室は摂家の娘から出されている。

天皇家の皇女降嫁の事例は、7代・徳川家継の許婚となった八十宮吉子(霊元天皇の皇女)と14代・徳川家茂の正室となった和宮親子(仁孝天皇の皇女)の2例だけである。また、徳川家継は8歳で死去しているので形式的な婚約の儀式が行われただけで、八十宮内親王が正式な正室としての地位を得たわけではなかった。徳川家茂(松田翔太)と和宮(堀北真希)との婚姻はNHK大河ドラマ『篤姫』(宮崎あおい主演)でも詳細に描かれていたが、ドラマのメインである薩摩藩・島津家の娘と徳川将軍家との婚姻関係や大奥についても時間があれば書いてみたいと思う。

無論、武家の最高位の家格である徳川家の正室であるということで、最低限の家格の釣り合いとして摂家以上の娘を求めていたということはあるが、国内に敵のいない興隆期の幕府にとって皇室の権威を政治的に利用する実質的意義は乏しく、『武家と公家の婚姻』によって公武の家格における形式的・相互的な調和をとっていったという以上の意味は無かったようにも思える。ただ、14代・家茂に和宮が将軍家に降嫁した幕末の時代には、三つ葉葵を戴く徳川将軍家の威信は薩長の台頭によって大きな揺らぎを見せており、武家の棟梁として外交問題に毅然と対処できる決断力も無く、国内の諸大名に対して武力で統制を効かせるだけの旗本の実力を既に失っていた。そのため、幕末動乱の時代においては、徳川家のほうが急進的な尊皇攘夷・王政復古の標的から外れるために『天皇家との縁組』を望んだという政略的意味が大きくなっていたのであり、『公武合体』とは佐幕派が採用した最後の抵抗手段の一つ(朝廷と幕府とが不可分のものであるという諸侯への顕示)と見なすことができるだろう。






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徳川将軍家の結婚 (文春新書)
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