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help リーダーに追加 RSS ピエール・ジャネの精神衰弱概念と不安障害・強迫性障害につながるパーソナリティ特性

<<   作成日時 : 2008/09/11 06:00   >>

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S.フロイト(1867-1939)が創始した精神分析は神経症(neurosis)を主要な研究対象とし、“不安・恐怖・強迫観念・ヒステリー”という感情の病理性を自我防衛機制との相関で考えました。特定の対象に対する明確な恐れを感じる“恐怖”と不特定の対象に対する曖昧な恐れを感じる“不安”の大きな違いの一つは、『将来に対する不安・自分の能力に対する不信』にあります。

全般性不安障害(GAD)パニック障害(PD)における不安症状とは、幾ら考えても仕方のない将来の出来事に対する不安であったり、『自分にはできない・自分は失敗するだろう』という未来の問題を先回りして失敗を予言する自己成就的な認知だったりします。パニック障害における予期不安では、外出したり電車に乗ったりする以前から『自分はひとりで外出すると呼吸が苦しくなったり心臓がドキドキしたりする』という不安感があります。その予期不安が精神交互作用(特定器官への意識・感覚の集中)によって、自律神経系を興奮させる生理学的フィードバックを形成することでパニック発作が誘発されます。

フランスの精神科医ピエール・ジャネ(1859-1947)は心理的要因を重視するフロイトとは異なり、精神自動症という概念で精神障害の内因的・体質的発症を主張しましたが、過剰な不安感や自信喪失の症状を示す一群の精神障害を『精神衰弱』という概念で整理しました。古典的な精神医学概念である精神衰弱という用語は現在ではほとんど使われる機会がありませんが、不安感・自己不確実感の症状に焦点を当てており、素因・ストレスモデルの原型的な発症機序が採用された初めての疾病概念でした。ジャネは精神衰弱的な不安障害の発症について、素因としての性格要因(病前性格)に注目していたようですが、『完全主義傾向のある内向型性格』において精神衰弱のリスクが高くなると推測しました。不安症状や自己不確実感(自信喪失感)が強まりやすい性格類型の特徴として以下のようなものを考えることができます。



1.外界に対する刺激過敏性

2.他者に対する過剰反応性

3.自分の問題解決能力や健康に対する自信の欠如

4.過度に内省的・自罰的な態度

5.完全な成功か無意味な失敗かという完全主義思考(二分法思考)

6.慢性的な劣等感による実際の行動・発言の抑制



外界に対する刺激過敏性によって日常生活や仕事の中で“シグナル(必要なもの)”“ノイズ(取るに足りないもの)”の区別ができなくなり、すべてを自分にとって重要な意味づけを持つ“シグナル”と解釈することで、自分の情報処理能力や遂行能力(対人折衝能力)の限界を超えた仕事や付き合いを抱え込んでしまう恐れがでてきます。他者に対する過剰反応性では、自分の人生の主体性や決定権を喪失して、『他人が自分をどう評価しているか・自分のことをどのように見ているか』ばかりが気になり、他者の反応や評価が少しでも悪いと思い込んでしまうと、強い不安感を感じ現実的な行動力が抑制されてしまいます。

『外界に対する刺激過敏性』『他者に対する過剰反応性』が不安障害の発症リスクを高めますが、この性格類型の問題点は自分にとって本質的にどうでも良い問題や人間関係に振り回されることで、自分の本当の目標を見失ったり本来持っている能力を発揮できなくなってしまったりすることにあります。周囲・他者に対する刺激過敏性は、自分に対する自信の低下や劣等コンプレックスの定着とも相関しており、『自分にとって本当に重要な課題・相手』を見極めながら、些細な状況の変化や他人の一言一句に過敏に反応し過ぎないことが対処法略の一つになります。

健康なパーソナリティと不安の強いパーソナリティの間にある違いとして、既に終わった問題についていつまでもこだわり続けるか否か、自分と他人の言動を必要以上に反省して検証しなおし続けるかどうか(相手の内面・感情を主観的に推測し続けるか否か)といったことがあります。『過去の失敗・落胆・いざこざ』を長期間引きずって、何とか『過去の失点』を取り戻せないだろうかなどと延々と悩み続けます。その結果、一度起こした失敗や人間関係の確執はもう回復できないと思い込む完全主義思考によって、『現在の課題・人間関係』も上手くいかなくなることがありますので、『過去の負債・失敗の烙印』といった悲観的な認知傾向から離脱する必要がでてきます。健康状態に対する自信の欠如によって、自分が重篤な病気ではないかと思い込むヒポコンドリー(心気症)が発生しやすくなりますが、ヒポコンドリーはパニック障害にも見られる精神交互作用や自己暗示作用によって症状が悪化する傾向があります。

健常者が感じることのない漠然とした強い不安感が続く不安障害では、ゲシュタルト心理学でいう“図(意識の前景で認知される事象)”“地(前意識に退いて認知されない事象)”の転倒・交代が見られることが多く、日常生活で意識する必要性の乏しい“地(背景的事象)”に継続的に注意が向いてしまうわけです。『精神の健康性』を維持するには、『知覚・認知される事象』に対して最低限のフィルタリング(取捨選択)が行われなければならず、日常生活で体験する事象やコミュニケーションのすべてに対して真剣な解釈や反省を試みれば、誰でも精神の混乱や神経の疲弊を招いて不安感が強まりやすくなります。

強迫性障害(OCD)では、馬鹿馬鹿しい無意味な思考(アイデア)や観念(イメージ)が頭に浮かんできて、その考えやイメージを振り払うことができないという焦燥感や不安感を感じますが、強迫性障害の根底にあるのも自己不確実感に基づく完全主義欲求だと言えます。精神分析理論では強迫性障害の原因を、自分が容認できない罪悪感・自責感の抑圧に求めたり、肛門期へのリビドー固着によるサディズム(嗜虐衝動)の反動形成に求めたりしましたが、現在の科学的な精神病理学では既に理論的有効性を失っており、強迫性障害に対してはSSRIなどを用いた薬物療法やエクスポージャー(曝露)を伴う認知行動療法が主要な選択肢になっています。

強迫性障害で見られる『強迫観念・強迫行為』の症状には、行為の結果や周囲の環境を的確にコントロールしたいという秩序志向性の強い完全主義欲求が反映されていることが多く、何度も何度も同じ内容を確認し直さなければ不安が収まらない『過剰な確認行為』はその典型的な現れであると言えます。内面心理への『侵入性・反復性』が強い強迫観念ですが、強迫性障害には明白な病識(病気としての自覚)があり、強迫観念や強迫行為に対して不快感や違和感を感じています。

強迫症状の内容となっている観念や衝動を排除できるのであれば排除したいと考えている点において、精神病の統合失調症に見られる自己帰属性の乏しい『思考・観念の障害』とは異なります。陽性症状の見られる統合失調症では『自己と他者の境界線』が曖昧化していることが多く、『自分の思考・区別』と『他者の思考・観念』を明確に区別できない『思考吹入(他人の思考が自分の精神に組み入れられる)・思考奪取(自分の思考や観念が盗聴されたり抜き取られたりする)・思考化声(自分の観念が他者の声として聞こえる)』などの妄想症状がでてくることがあります。

強迫性障害ではどんなに不快で違和感を感じる強迫観念・強迫衝動であっても、その『思考・観念の内容』が自分のものであることに疑いを抱くことはないのですが、時に自己破壊的な衝動や希死念慮を含むイメージが強迫観念として現れることがあるので、強迫症状の内容には注意が必要です。精神分析理論では『不安性障害・強迫性障害・パニック障害』の原因として、自分で受け容れたくない感情や願望の抑圧(repression)を重視しますが、抑圧された強い感情が身体症状に転換されることでかつてヒステリーと呼ばれた転換性障害の心因性のけいれんや自律神経症状が発症すると考えられます。






■関連URI
J.バビンスキーの“無意識的な観念”の作用と認知療法の“認知の歪み”の変容:抑圧による病理形成

広場恐怖をともなうパニック障害の病理学と過換気症候群の症状との類似性

過労状態によって発症する神経衰弱と仕事(勉強)の効率性:睡眠を取れないマウスの脳下垂体の損傷

精神病理学の歴史と『鎖からの開放』を企図したフィリップ・ピネルの疾病分類学

■書籍紹介

パニック障害―心の不安はとり除ける (健康ライブラリー イラスト版)
講談社
渡辺 登

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