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自然法以外には何ものにも一切の行動・思考・財産を制約されないという自由主義の極限は『無政府主義(アナキズム)』に行き着きますが、無政府主義は物理的・経済的な弱肉強食の社会を招来する恐れが強く、多くの国民は安心して日常生活を送ることが難しいと予測されます。 強制力を持つ政治権力を完全に廃棄するという無政府主義(アナキズム)は、最低限の安全保障・社会保障を要請する国民にとって非現実的なものですが、19世紀的なレッセ・フェール(自由放任主義)に基づく『最小国家(夜警国家)』に魅力を感じる自由至上主義者(リバタリアン)というのは少なからず存在します。社会主義国家において個人の自由を抑圧する官僚独裁国家を作ったマルキシズム(マルクス主義)の思想も、元々は人間(労働者)の本質的自由を実現するために資本家階級と必然的に結びつく国家機構の廃棄を目的とするものでした。 最小国家(夜警国家)はドイツの社会主義者フェルディナンド・ラサールが『労働者綱領』(1862)の中で提起した言葉で、ラサールは国民の社会保障・雇用保障の責務を放棄する近代自由主義国家を批判して『夜警国家(原語では自由主義国家)』という言葉を用いました。現代のリバタリアニズムあるいはネオリベラリズムの文脈では、財政削減(行政機構の最小化)を目指す夜警国家は肯定的に評されることもありますが、社会主義者のラサールは夜警国家は国民の最低限の生活条件や労働条件に関心を持たないのでダメだという風に考えたわけです。 夜警国家(最小国家)とは『立法・国防(安全保障)・治安維持(警察業務)』といった最小限の機能だけを果たす国家のことであり、『財・資源の分配機能』を全面的に自由市場経済に委ねる市場原理主義との整合性を持ちます。19世紀の近代国家の多くは、『国民の失業・貧困・病気・障害・事故』などを社会保険の仕組みで経済的にケアするような社会保障制度を持っていませんでしたので、基本的に夜警国家(最小国家)に近い国家でした。18世紀の医師・思想家であるバーナード・デ・マンデヴィル(Bernard de Mandeville, 1670-1733)は、自由市場経済の合理的な効率性が『個人の利己的欲求(贅沢・貪欲・見栄・虚栄心)』によって支えられていると主張しました。マンデヴィルは『蜂の寓話(1714)』の中で、一匹一匹の蜂は自由に利己的に振る舞っているのに、結果として蜂の巣の生態系を維持する『全体的な利益』が達成されていると語って、その蜂の巣のメタファーを人間社会にも当てはめようとしました。 マンデヴィルの蜂の寓話自体は自然科学的に誤った解釈(蜂は意識して利己的に振る舞うのではなく遺伝的プログラムに規定された行動を取るだけ)ですが、『私的な悪徳(欲求)は公共の利益につながる』という発想はアダム・スミスの『国富論(諸国民の富)』へと引き継がれていきます。贅沢・奢侈を追求する私利私欲を肯定するマンデヴィルの主張は、当時の“節制・禁欲・倹約・慈善・利他行為”を説くキリスト教的な道徳観の立場から強く非難されました。しかし、人間の欲望の発露である“消費行動”を刺激することが景気を拡大し社会の富を増大させるというマンデヴィルの直観は『市場経済の本質』を突いています。 “贅沢・奢侈・浪費の肯定”については地球資源を節約するエコロジー思想の視点では間違った認識ですが、19世紀の時代状況と地球環境への認識を考えると、誰かが消費して支出しなければ他の人の労働所得も生まれないという市場経済の原則を示唆した寓話でもあります。マンデヴィル自身は国家が産業振興(重商主義政策)や保護貿易を行うことに賛同していましたから近代思想で言う自由放任主義者ではありませんが、『道徳的な禁欲・節制』よりも『個人的な欲求・贅沢』のほうが社会全体の富の増進に貢献することを示したという意味で興味深い思想家だと言えます。マンデヴィルと類似した『利己的な贅沢・悪徳・恋愛』こそが資本主義(経済活動)を発展させたという思想を持つ社会学者にヴェルナー・ゾンバルト(Werner Sombart, 1863-1941)がいますが、ゾンバルトは19世紀の豪奢で贅沢な宮廷文化と異性を様々な方法で誘惑するための過剰な消費活動に資本主義成立の要因があるという論理を展開しています。 『資本主義の成立過程』を説明する社会学的な理論として日本で最も有名なのは、プロテスタンティズムの禁欲的な『貯蓄志向の倫理』と天職に盲目的に励む『ストイックな勤勉性』に着目したマックス・ヴェーバー(Max Weber,1864-1920)の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』です。マックス・ヴェーバーは『禁欲的な倫理性・民衆の勤勉性』によって経済活動が発展したと説き、ヴェルナー・ゾンバルトは『貴族的な贅沢趣味・高額消費を介在した上流階級の恋愛・背徳的な不倫や売春』によって経済活動が発展したと考えるわけですが、両者の立論と論理構成にはどちらにも一定の説得力がありどちらかが完全に正しいといった性格のものではないと思います。 ヴェーバーは『生産活動』に重点を置いてボトムアップで市場経済の生産力向上を考え、ゾンバルトは『消費活動』に重点を置いてトップダウンで流行現象の普及(有効需要の創出)を考えていますので、生産に注目するか消費に注目するかによって両者の仮説の説得力が変わってきます。現代の市場経済では、『需要のない商品・サービス』を幾ら生産しても過剰在庫(売れ残り)やデフレリスクを抱え込むだけなので、基本的には『消費活動・有効需要の増大』のほうが市場経済に占める重要度が高いと言えますが、需要(消費)が供給(生産)を大きく上回り過ぎると“モノ不足”でインフレが起こる懸念が出てきます。生産力・購買力が大幅に増大した現代社会では、基本的にコモディティと呼ばれる付加価値の低い生活必需品(食糧・衣服・日用品)の供給が不足することは考えにくいのですが、最近は投機マネーがコモディティ(食糧・石油・原材料など一次産品)の先物取引に流れ込むことで食料高騰の問題などが起こってきています。 長期的には、世界人口の増大によって食糧・エネルギーの供給が不足するのではないかという心配も囁かれており、『国内自給率の向上』が議論されたりもしますが、世界規模での『食糧の需要−供給バランスの維持』というのは引き続き重要な先進各国の課題となるでしょう。自国の気候や土壌、産業構造に適さない食糧を無理やりに生産してもコスト対効果が見合わないと思いますが、農業自給率の問題というのは自由貿易か保護貿易(関税障壁による農業保護)かという対立にもつながっており政治的な議論になることも多いですね。食糧自給率や食糧の自由貿易の問題は、投機マネーの過剰流入による貧困国の食糧危機への対処(投資規制の是非)なども含め、単純に需要−供給による『将来的な食糧不足のリスク』のみの論点では語れないと思いますし、途上国の経済構造が農業から工業・サービス業に変化したときに『世界の台所(食糧生産地)』をどこに置くのか、『バイオテクノロジーによる食糧増産』にどこまで期待できるのかという問題にもなってきます。 華やかで贅沢な消費と異性への欲求が如何にして経済活動(消費文明社会)を牽引してきたのかを知りたい方は、講談社学術文庫が出版しているヴェルナー・ゾンバルトの『恋愛と贅沢と資本主義』を読んでみると面白い発見があると思います。古典的自由主義の夜警国家(最小国家)の話題から資本主義の成立過程を解釈する古典に逸れましたが、マンデヴィルの蜂の寓話は『経済学の父』と称されるアダム・スミス(Adam Smith,1723-1790)にもインスピレーションを与えました。国民の基本的人権の保護を国家に求める最小国家(古典的自由主義)から福祉国家(リベラリズム)への発展、行政コストや財政赤字の増加によって福祉国家から最小国家に回帰しようとする自由主義の揺り戻しについてまた補足的な考察をしたいと思います。 ■関連URI “政府(強制)からの自由”を目指す古典的自由主義と“貧困からの自由”を目指すリベラリズムについて:2 国家財政の基本機能と構造改革:あなたが望む政府の規模と機能とは? 総中流社会と格差社会の違いとは何だったのか?:所得の再分配・機会の平等・労働意欲・セーフティネット 石油高騰による生活コストの増大と労働市場・教育機会から取り残されるワーキングプアの問題 ■書籍紹介 恋愛と贅沢と資本主義 (講談社学術文庫) 講談社 ヴェルナー ゾンバルト ユーザレビュー: 資本主義を考える時の ... 『経済論戦は甦る』の ... オートクチュールと不 ...Amazonアソシエイト by ウェブリブログ |
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近代的な労働規範・社会保障制度とホームレスやニートに対する排除意識の問題:ファシズムと民主主義
社会保障制度を備えた資本主義社会において、ホームレスやニート(NEET)といった働いていないように見える人たちに対する偏見や差別の感情は一定の割合で起こり得る。そのネガティブな感情は、労働を苦役を伴う義務とする認識や税金の負担者と受益者が異なるという不公正感、国家財政を逼迫する福祉予算に対する危機感などに根ざしているものと考えることができるが、ホームレスや無職者を非難せざるを得ない経済生活の苦境や精神的ストレスの大きさなどとも相関しているだろう。他者に対する強制力を持つ労働規範の意識は、す... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2008/09/12 09:39 |
19世紀的な古典的自由主義に基づく“夜警国家”と20世紀的なリベラリズムに基づく“福祉国家”
資本主義に関する記事の続きになりますが、『(神の)見えざる手』が市場経済に働いて個人の利益(利己的欲求)の追求が社会公共の利益を増進させるというアダム・スミスが用いた『資本論』のメタファーはマンデヴィルの影響を受けていると言われます。古典派経済学の祖とされるアダム・スミスは、『市場経済の効率性』を主張して『国家(政府)の市場経済への介入』を否定し経済的なレッセフェール(自由放任主義)を体系化しましたが、国家の役割を完全に否定したわけではありませんでした。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2008/09/15 09:03 |
資本主義(自由主義経済)と社会主義における労働観と『努力−結果』の因果応報を求める規範意識
『前回の記事』の続きになるが、自己責任論者にとって『過保護・甘やかし』と映る弱者救済の社会福祉に対する否定感情は、人間の水平的な平等感(応益負担原則)に基づく反応であると同時に、個別的な生活の困窮や将来不安の現れでもある。近代産業社会における『労働と道徳的義務の結合』は極めて強固なものであり、ミシェル・フーコーの規律訓練システムを持ち出すまでもなく、『学校・工場・企業における規則正しい生活リズム』は今でもまっとうな社会人であるか否かの指標として認識されることが少なくない。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/01/17 11:56 |
なぜ人は“性”と“金銭”に対して特別な『両価性(尊重・侮蔑)』を感じるのか?銭ゲバと売買春の道徳判断
まなめはうすのニュースで、『売春がいけない理由』という記事を読んだが、売買春がどうして道徳的に否定されやすいかの理由には大きく分けて4つの観点があると考える。いずれにしても売春は被害者のない犯罪と称されることがあるように、個人対個人の関係性においては『道徳的な悪性・生理的な嫌悪』を必ずしも生じさせるものではなく、“社会的な評価・他者のまなざし・内面の規範意識”がそこに加わることによって初めて善悪の価値判断が下されることになる。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/02/15 22:29 |
トマス・ロバート・マルサスの『人口論』による人口動態と道徳的反発:食料資源と人口増加の限界
人口が増え続けることの問題は、『食糧・エネルギー資源の不足』や『地球環境の破壊・汚染』、『資源を奪い合う戦争・紛争のリスク』などにまとめることができる。経済的・文化的な生活水準などを度外視すれば、人口増加の限界は『居住可能な土地面積・食糧と水の資源』によって求められるが、地球の土地も食糧も水も有限なので、地球上で現状レベルで生活可能な人口は100億人前後ではないかと推算されている。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/06/18 03:25 |
近代社会における国民の“強制的服従”と“自発的服従”の原理2:近代市民社会とマルクスの思想
近代社会の構成員である人間は、互いに武力を用いて争い奪い合うという『暴力の覇権ゲーム』から離脱して、自然権を委譲した政府(国家権力)に自発的服従をするようになるが、それは人間が利得や報酬を奪い合うゲームが『暴力ゲーム(軍事覇権の原理)』から『経済+倫理(人権)ゲーム』へと移行したということも同時に意味した。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/09/04 19:27 |
人間はどうして働くのか?2:自発的に働くモチベーションや意味を規定するパースペクティブ
過去の戦争の勝者の血筋や宗教的権威の利用者である『労働しない貴族・僧侶・武装階級が支配する旧体制(アンシャンレジーム)』は労働者・ブルジョワを含む新興市民階級によって転覆されることになり、豊かな商品市場経済や消費文明を生産活動(労働現場)の土台で支える『労働する者が主役になる社会』が近代において突如として出現したのである。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/12/20 05:09 |
恋愛心理と“市場経済・進化心理学”の視点による異性関係の解釈1:恋愛の選択は自由市場に似ているか?
恋愛論議や社会学では、現代の恋愛・結婚の相手選びを“市場の需給”になぞらえて考える『恋愛資本主義』という見方がありますが、恋愛資本主義の背景には生殖適応度を重視する『進化生物学』の知見が働いています。恋愛資本主義では、男女が自由競争で好きな相手を探して選ぶという『恋愛市場』を仮定しており、それぞれの男女が持つ魅力・能力・潜在力を元に相手を誘ってアプローチしたり、そのアプローチを受け容れるか否かを選択するわけですが、進化生物学ではそういった相手選びの仕組みを『性選択(性淘汰)』と呼びます。 ... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2011/08/31 02:11 |
世界経済を揺らがせた欧州債務危機と反資本主義的・反格差的なデモ活動の増大:2011年のニュース回顧6
欧州債務危機(南欧発のソブリンリスク)とユーロ信用低下は『世界経済の危機と混乱の要因』であるだけではなく、間接的に日本経済の貿易利益と成長率を阻害する要因にもなっており、ただでさえ高い水準にある円が更なる『円高』に誘導されてしまう状況も生まれている。EUの経済力とユーロの信用を回復するためには、何よりEU加盟国の人々がプライマリーバランスを維持して財政規律を高めるという意識を持たなければならず、EUの経済大国であるドイツやフランスに経済・財政の責任を転嫁して実質的に依存してしまうような状況... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2012/01/06 17:01 |
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