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福田康夫首相が中国訪問から帰国したが、今回の日中外交の基本路線は『対話可能な場の整備』という一点に尽きると言え、利害の対立の大きい「東シナ海の天然ガス田開発問題」や東アジアの安全保障上の重要争点である「台湾海峡問題(一つの中国問題)」に踏み込むことはなかった。歴史問題などに焦点づけすると日中関係は急速に緊張の度合いを深めることになるが、「話題の焦点」をどこに持っていくかで交渉のスムーズさや相互の感情をある程度コントロールすることは可能である。福田首相の想定するリアリズムは日本と中国の民族感情を波立てないコミュニケーションによって議論を停滞させないことにあり、慎重な言葉の選定によって中国に付け入る隙を与えにくくすることにあるのかもしれない。少なくとも、相手の発言や事象の理解を全面的に否定せずに淡々と実際的な交渉を進めれば、口角泡を飛ばして相手を誹謗したり交渉を打ち切る態度を取ることは難しくなる。来春、胡錦濤国家主席が来日する時までに、東シナ海の油田問題をどこまで具体的な利益配分でつめられるのかで福田政権の真価が問われると思うが、中国・ロシアといった領土国家が提示する妥協ラインは日本にとってはのみづらいものであることが多い。 日中関係の対立の本質には、確かに近代以降の日中の歴史解釈や中国の反日的教育という現象面の問題があるが、日本・中国の内政の過失やグローバリゼーションによる格差拡大(日常生活に不満を持つ層の増大)によって、国民各層に現状(政治)への不満や未来への閉塞感が高まっていることもナショナリズム再燃に関係しているだろう。経済・内政・国民生活が順調にいっているかどうかが他国(他民族)に対する国民の意識に影響してくるという視点を為政者は欠かしてはならないと思う。毎日の生活に喜びや安心を感じられなくなり将来に対する暗澹たる失望感が漂うような状況では、国民の意識が「日々の生活という小さな物語」から「国家・民族という大きな物語」へと転嫁されやすくなる。日本ではひと時のような北朝鮮含む東アジア情勢に対する関心が衰えているようにも感じるが、日中の経済の相互依存的な関係をどう政治的な協調の促進に結び付けていくかが今後の課題になる。 日中に限らず各国の政府は政治・経済が上手くいかず国民の不安が高まっている時にこそ、「分かりやすい敵」を作り出して政府批判を弱めたいという有史以来の誘惑に屈さない良識が求められる。「分かりやすい敵」というのは、外国や異民族・他宗教に限らず、自国内部の特定の経済階層や年齢階層、価値観の持ち主などを含むが、「分かりやすい敵(一部の人の利益のための敵)」と「真に不正な既得権益者」とを見分けられず感情的に暴走した時に歴史の悲劇は繰り返されてきたように思う。特定の階層や属性を持つ他者(集団)を敵視して責任を追及するような排他的な風潮というのは、社会心理学でいう「裏切り者発見モジュール(自分達の利益を不当に搾取している敵を反射的に見つけ出す認知機構)」によって作られる。これは人間の生存本能に関わる認知スキーマなので、「敵か味方か」という二元論の枠組みで相手を見てしまう傾向は如何(いかん)ともしがたいものがあるが、誰か(何か)を許しがたい敵と感じる時にはふと立ち止まってその理由を考える冷静さが必要となる。21世紀は、中国の国力が米国に比肩する世紀になると言われチャイナ・クライシスが喧伝されることもあるが、中国の拡大志向の外交戦略の範囲・目的に対して効果的な対応をその都度心がけていく他はない。21世紀半ば以降に、アメリカの覇権が現状以上に縮小している場合には、日中関係の重要性は飛躍的に大きくなるだろうし、地政学的な位置づけから中国との利害が絡む外交関係を巧みに調整していく必要性は高まるだろう。 安倍前首相の突然の辞任の一因にもなり、民主党・小沢一郎代表の「自民・民主の大連立構想」の引き金にもなった「対テロ特措法(自衛隊給油法)」であるが、政府与党は、自衛隊の海外派遣を随時可能とする「恒久法の制定」に踏み切る方針のようだ。日本の自衛隊の軍事活動に対する世論は憲法9条との兼ね合いを問題視しやすいが、「自衛活動(国防)のための戦闘」ではない「国際貢献のための自衛隊派遣」は憲法9条と切り離して考える風潮が出来上がりつつある。軍事活動の優先度では国際貢献よりも国防のほうが優先度が高いはずだが、国際世論の承認を受けたボランティア活動としての側面が強い「国際貢献のための自衛隊の海外派遣」のほうが世論の反発が弱いということもあるのだろう。しかし、アメリカ主導のイラク戦争のように「国際世論の実態」が世界各国の意見の平均とかけ離れているようなケースでは、「国際貢献とは何なのか?」という本質論に陥って判断が割れる恐れもある。いずれにしても、大国の世界戦略の思惑に強引に巻き込まれて自衛隊を海外派遣させられるような事態に陥らないように、派遣する日本側の主導権を十分に確保できるような法的仕組みを作り上げていなければならないだろう。 自衛隊の海外派遣は、PKO(国連平和維持活動)やイラクの人道復興支援などでなし崩し的に既成事実を積み重ねてきた歴史があるが、海外における戦闘可能性と憲法9条1項との整合性を抜きにして「自衛隊派遣の恒久法」を制定するというのは法手続き上の問題がないのだろうか。そもそも自衛隊の公認によって憲法9条2項そのものが空文化しているので、多少ルーズに考えても良いという判断なのかもしれないが……恒久法を成立させて国連の判断とも無関係にいつでも政府の判断で自衛隊を海外派遣できるようにするとなれば「解釈改憲の行き過ぎ」という謗りを免れないだろう。来年提出される予定の恒久法案は国連決議のある場合に限らず、「国際法上認められる範囲内での活動」に自衛隊が参加できるようにするという曖昧な文言になっているようだが、国際貢献としての海外派遣を前面に出すのであれば国連決議のある場合に限った方が抑制が効いて良いようにも感じる。 その意味では、民主党の小沢一郎代表の国連中心主義的な草案のほうが「自衛隊活動と国際貢献のつながり」が見えやすいと言えるし、「何を目的(大義名分)として自衛隊を派遣するのか」がより国民に伝わりやすい面がある。恒久法制定ありきの議論に傾いていることには疑念もあるが、既にインド洋での補給活動やイラクでの人道支援などをかなりの期間行ってしまっているので、国民の中に自衛隊の海外支援そのものを疑問視する姿勢が無くなってきている。各回の自衛隊の海外派遣が日本にとってどのような国益につながったのかを説明する責任が今まで十分に果たされなかったことや、派遣された自衛隊員の死傷者数(事故・自殺含む)の情報が伝わってきにくいことなどが気にかかるが、恒久法を制定するのであればそういった細かな説明責任についても規定することが望ましい。 自民党も民主党も恒久法制定に前向きなようなので、海外派遣そのものに慎重であるべしという護憲的な意見が法案に活かされる見通しは低いが、立憲主義の観点からはなし崩し的に憲法条文を無効化するよりも一度正式に民意を問う機会を設ける必要があるように思う。大多数の人は自分自身に直結する問題ではないので、「自衛隊の海外派遣の法認」への関心は低いかもしれないが、日本が世界の政治・テロ・国際貢献にどのような形で関わっていくのかというグランドデザインについての問題なのでそれぞれが自分なりの意見を持つべきとも言える。 日本と直接的な敵対関係のないテロ組織(反政府勢力)との戦争に何処まで踏み込んで行くのか、テロ戦争と民族・部族・宗教紛争・独立戦争との境界が曖昧になりがちな中東・中央アジア諸国に対する援助方針を的確に立てることができるのか、集団的自衛権にも関係する「駆け付け警護(同盟国が攻撃された場合に戦闘を支援するのか)」をどう規定するのかなどの問題も残っているが、積極的な国際貢献に伴う犠牲の可能性(それを受け容れるか否かの国民世論)も考慮に入れなければならない。自民党小委が策定した案は、活動内容について「人道復興支援」「停戦監視」「安全確保」「警護」「船舶検査」「後方支援」などを上げているが、この恒久法が通れば事実上、直接的な戦闘行為以外のすべての支援活動・海外派遣が法的に承認されることになる。衆参のねじれもあり国民のコンセンサスも十分でないので、衆院選挙前に恒久法が通る可能性は低いと思うが、解釈改憲の行き過ぎというのは立憲主義の前提を骨抜きにするので(慣例重視の日本的ではあるが)あまり好ましいことではないだろう。 ■関連URI 自民・民主の大連立の失敗と二大政党制、小沢一郎の国連中心主義的な外交理念の問題:1 自民・民主の大連立の失敗と二大政党制、小沢一郎の国連中心主義的な外交理念の問題:2 戦後日本の政党政治と二院制における参議院の存在意義 ■書籍紹介 憲法本41―改憲・護憲をいうまえに学んでおくべきこと (Best Selection)
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【天然ガス】の情報を最新ブログで検索してみると…
天然ガス に関する情報を最新ブログやユーチューブ、通販商品から検索してマッシュアップしてみました。 ...続きを見る |
マッシュアップサーチラボ 2007/12/31 17:41 |
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