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前回の記事で、RSSリーダによる情報収集や情報処理に費やす一日の時間配分について書きました。私は紙の日刊新聞をほとんど読まなくなって二年以上が経つのですが、『日々のニュースの概略』を理解するという目的に絞るのであれば、『ウェブ上の新聞のRSS』をざっと見て興味を惹かれた項目だけをクリックするほうが効率的だと感じています。実際問題として、全国紙の新聞を丁寧に隅々まで読んでいないと世間の話題についていけないとか政治経済の流れが分からなくなるということがないので、『読まないなら読まないで済むニュース』を視覚的に回避しやすいウェブは便利ではあります。 紙の新聞の魅力というか面白さというのは『各ジャンルの特集や評論など(ニュースではない)読み物の部分』に移っているようにも感じるので、読む時間がある時には興味のあるジャンルの評論や雑記などを読むこともありますが。各社の『社説』に関しては、ウェブで習慣的に数社の社説を流し読みしていますが、『政治経済的・社会的に大きな影響を持つトピック』は社説に取り上げられやすいので、ニュースを深く読み込む時間がないという人は、二社くらい読みやすい社説を決めてウェブで読むというのも一つの方法です。特定分野の専門家や評論家、投資家などでない限りは、『自分の仕事や生活と直接的な関係のないニュース全て』に深く精通する必要は通常ありませんから、大多数の人は社会で起きた出来事の概略とそれに対する複数のスタンス(批評)を知る程度の理解で十分ではないかと思います。 新聞の役割として、小中学生などの若年層が、社会の仕組みの基礎知識や読み書きの範型を大まかに理解するための『教育的用途を持つ紙媒体』としての役割もあると思いますが、この試みは一部の新聞社で『子ども向け新聞』の形をとって行われていますね。マスメディアには新聞社によって思想的な色づけがあるから中立客観的な評価を得ることができないという意見も多くありますが、大まかに社会の出来事や政治の仕組みを理解するための『紙のメディア』として新聞以上に効率的なメディアはありません。子どもが『新聞』という紙メディアを通して情報処理することが、将来の基本的教養や読み書きの技術の上達に役立つという面もあると思うので、『硬質な文体やある程度長文の活字』に慣れるという感じで読んでみるのも悪くないと思います。 子どもへの教育効果はともかくとして、日本や世界で起こった出来事(ニュース)をテキストで知るメディアとしての新聞の役割は衰退しつつあり、新聞(朝刊・夕刊)の戸別宅配のビジネスモデルも世代が下がるにつれて通用しにくくなっています。以前は、新聞を取っていない家(世帯・個人)には粘り強く拡張員が営業をかけていましたが、最近では『ネットで毎日のニュースをチェックしているから、新聞を読む必要性(時間)がなくなってきた』と言えばそれほどしつこく勧誘してくることもなくなってきました。将来的には、有料でニュースや時事評論を販売すること自体が難しくなるというか、紙媒体でニュースを読む人口が減って、時事評論(執筆者によるニュースの是非判断や分析)はウェブ上の“幅のある言論”に代替されていく可能性が高いと思います。 もちろん、数十年後にもお金を出して紙の新聞を読みたいという需要は完全にはなくならないと思いますし、駅の売店やコンビニでは紙の新聞が今と変わらずに売っていると思います。しかし、『過半数の人が戸別宅配で新聞をとっているという状況』は間違いなく変わっているでしょうし、新聞の内容も『高度な専門誌・幅広い情報誌(アグリゲータ)・知的な論評誌・大衆的なゴシップ誌』など読者のニーズに合わせて小型化し専門分化していくのではないでしょうか。つまり、日本人全員が共通して読むような数百万〜数千万部を発行する全国紙というのは存続が難しくなるということであり、将来において社名そのものは残っているとしても、ウェブに大きくビジネスの軸足を移している可能性が高いと思います。 『売上高・従業員数・発行数(読者数)』などで示される新聞社の規模は、現在よりはかなりミニマムなものになっていると思いますが、ウェブ上の新聞サイトやテレビと合わせたマスメディアが社会全体に与える影響力はそれほど変わっていないかもしれません。一時期、メディア再編の文脈においてテレビとウェブが融合するとか、ウェブがテレビや新聞を駆逐するといった見方が出ていて、ウェブの映像メディアではYouTubeやニコニコ動画が大きな役割を果たしていますが、YouTubeのような動画投稿サイトのPVがいくら拡大しても、既存のマスメディアの代替になるような性格を持たないでしょう。ウェブに大手の放送局(テレビ局)が参入してきて、注目度の高い動画や音楽(娯楽)のコンテンツを配信することはあるでしょうが、世論を形成するような一極集中型のメディアがウェブ上に出現する可能性は低いと思います。また、YouTubeやニコニコ動画などの動画共有サイトに限って言えば、『著作権法上のリスクがある著作物(テレビ番組・音楽PV・アニメなど)』によって膨大なPVを集めている側面があり、既存のマスメディアを駆逐するというよりも、マスメディアをコピーしてアクセシビリティを上げるといった役割を果たしています。 今までの既得権益を侵害する革新的な新技術・新メディアが登場した時には、利益を喪失する側と利益を享受する側との間で『激しい利害対立』が起き、規制強化と規制緩和を巡って法的な綱引きが行われます。特に、情報革命(IT革命)の主要な要素であるインターネットの拡大普及は、『デジタル化可能な情報の市場価値』を限りなく引き下げるチープ革命の側面を持っており、CDやDVDといったメディアを介して販売されていた情報のコピーライト(複製権)が深刻な危機に晒されたのでした。インターネット登場以前と登場以後では著作権侵害をする技術的ハードルに格段の違いがあり、海賊版や不正コピーの流出を阻止する決定的な方策というのも見つけ難い状態にあります。単純な画像ファイルとして保存・公開できる『芸能人(著名人)の写真』の肖像権に関しては、実質的にウェブ上で保護することは極めて困難となっています。 そういった事態を受けて、文化庁・文化審議会の著作権分科会・私的録音録画小委員会では、一般ユーザがYouTubeやファイル共有ソフトで『著作権違反の音楽・映像』をダウンロードする行為を違法にしようという議論が為されているようですが、日本だけでも数千万人のユーザが利用するウェブ全体の著作物公開をリアルタイムで監視することは不可能であり、個人ユーザのダウンロード行為を特定することは更に難しいと思います。著作権団体は既存のCD・DVD・レンタルなどの市場規模や売上利益をできるだけ減らしたくないわけですから、『ウェブ上の違法な著作物の公開とダウンロード』に対しては政治に働きかけて規制を強化しようとするでしょうが、国民(消費者)が『著作権法の規制強化』にどこまで協力的になれるかというのが規制強化の有効性のポイントになりそうです。 しかし、『デジタル情報の複製・公開・頒布の技術的な容易化』を実現した情報化社会では、お金(料金)を出させて情報を買わせるというのがますます難しくなっていて、『ウェブでの無料公開に積極的な企業や作品・アーティスト』のほうが口コミの評価が高まりやすいという問題もあります。映画は劇場で見るというシチュエーション効果があるので少し異なりますが、音楽やテレビ・映像といった『情報コンテンツの市場価値』はよほどコアで熱心なファンを抱えているアーティスト(作品)以外は低減していくような感触があります。書籍に関しては『情報端末が不要な紙メディアの優位性』があるので、今ある書籍(本)が電子書籍(電子ブック)に置き換えられるということは今後も恐らくないでしょう。 ちょっとした文章であればウェブ上で読むほうが便利なのですが、数百ページ以上の書籍になると液晶ディスプレイで集中して読むのは結構疲れますし、紙の本のほうはPCや携帯電話などのデバイス(情報端末)を必要とせずに、本だけで内容を読める利点があります。その為、情報革命がもたらす『複製可能な情報商品の価値下落』の影響をもっとも強く受けるのは、本(書籍)ではなく音楽や動画といった情報コンテンツになるでしょう。音楽を聴くにはコンポや携帯電話、iPod(携帯音楽プレイヤー)といった『音楽を聴くためのデバイス』が必要なので、『紙の本』のようなそのメディア独自の優位性というものがありません。音楽というのは紙の本以上に、『情報そのもの』に商品価値の大部分を負っているので、音楽を聴けさえすればどんなメディアでも構わないという層が多いと考えられます。 紙の本であれば、デジタル化された同じ内容のデータがウェブにアップされていても、PCや携帯電話で全文を読むのは面倒くさいし書き込みも出来ないので、敢えて紙の本を購入するという人も少なくないと思います。実際、ウェブ上の『青空文庫』には著作権切れの古今東西の古典や名作が多数収録されていますが、ここに掲載されている古典・作品を敢えてお金を出して買っている消費者は現代でも多数いるはずです。また、光文社古典新訳文庫では、ドストエフスキーやスタンダール、トルストイ、カント、バタイユなど歴史的評価の高い文学や哲学の巨匠の作品を新訳で復刊していますが、光文社古典新訳文庫の本を購入してもう一度これらの作品を読み直してみたいという人もきっと多くいると思います。 私自身は最新の新刊や専門書の刊行にも興味がありますが、時代の変化に左右されない不朽の名作としての読み応えを味わうことができる古典文学や哲学書を、もう一度買って読んでみたいという思いになることも少なくありません。古典作品の翻訳書は特に、現代的な文体や感覚に合わせて翻訳を新たにやり直すという『付加価値』をつけることができ、紙の本は装丁のデザインや紙質を変えるだけで『本好きの人の購買意欲』を刺激しやすいという面もあるので、時代を越えて消費者に有償で買って貰える可能性を持っています。 ■関連URL リアル経済を動かす物理的欲求とウェブ経済を動かす知的好奇心:検索エンジンと貨幣(お金)のアナロジー ジョン・バッテル『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』の書評 インターネットの普及によって“失われていくもの”と“得られるもの”1:情報発信とコミュニケーション インターネットの普及によって“失われていくもの”と“得られるもの”2:表現の自由と管理の強化 ■書籍紹介 ネットは新聞を殺すのか-変貌するマスメディア
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情報革命がもたらした“紙の新聞”の需要減少と“情報コンテンツ”のビジネスの困難:2
収穫物を貯蔵できるようにした『農業革命』は、偶然の要素に頼る部分が大きい狩猟の才能や採集の努力の価値を大幅に下落させました。機械を用いた大量生産と大規模な資本を投下するプロジェクトが可能な『産業革命(資本主義と連動した産業革命)』は、単純な肉体労働(マニュファクチュア)の需要と評価を引き下げ、専門的な頭脳労働(熟練労働)の需要を高めました。産業革命では、工場で規格化された製品や情報コンテンツ(音楽・映像)の市場は拡大し、社会全体に画一的な情報を発信できるマスメディア(新聞・ラジオ・テレビ)... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2007/09/23 00:58 |
朝日・読売・日経の記事を比較して読める“新s(あらたにす)”の感想とネット時代における新聞の需要
朝日新聞・読売新聞・日本経済新聞の一面記事(ニュース)や社説を比較して読む事ができる「新s(あらたにす)」というサイトが1月31日にオープンした。ウェブ内部での新s(あらたにす)に対する評価は好意的なものから否定的なものまで色々とあるが、「一日に起こった主要ニュースをキャッチアップするという目的」に限定するならば、今存在する他のニュースサイト(新聞社サイト)よりも利用価値の高いサイトに仕上がっているのではないかと思う。より直截に言えば、紙の新聞やテレビのニュースを見る時間のないユーザこそ、... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2008/02/03 21:16 |
情報化社会における著作権・知的財産権の問題1:著作権の排他的独占性とインターネットの影響
インターネットの普及とIT機器の発達は、個人の知的生活の効率性を加速させる一方で、グーテンベルク以降の出版印刷技術を遥かに凌駕する『複製技術の進歩』をもたらしました。パソコンを利用した“テキストのコピー&ペースト”や“音楽・映像のダウンロード(保存)&複製”は、個人の情報生活環境と知的生産効率を劇的に変化させた要因であると同時に、情報コンテンツの創作者が持つ独占的な権利であり“富の源泉”である『著作権(コピーライト)』との衝突を引き起こしました。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2008/05/20 18:10 |
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