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help RSS 生物学的精神医学の黎明期:B.A.モレルの変質概念やE.クレペリンの分類体系など

<<   作成日時 : 2007/01/29 15:04   >>

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フィリップ・ピネルの弟子であったジャン・エチエンヌ・ドミニク・エスキロール(J.E.D.Esquirol, 1772-1840)は、ピネルの疾病分類を更に精密化して『メランコリー(melancholy)』を、単極性障害(うつ病)に該当する『リペマニー(lypemanie)』と妄想症状(気分高揚)を中核とする『モノマニー(monomanie)』に分類した。

J.E.D.エスキロールの代表的な研究であるモノマニー理論(monomanie theory)とは、『興奮性・高揚性・誇大性・妄想性』を特徴とする部分的狂気(部分的デリール)としてのパラノイア(paranoia)学説である。パラノイアは偏執狂や偏執症と翻訳されるが、強迫的で侵入的な妄想症状に襲われる病気であり、具体的根拠のない信念や客観的事実のない妄想(被害妄想・関連妄想・嫉妬妄想)に取り憑かれてそれを修正(訂正)できなくなる。パラノイアで発症する各種の妄想症状が重症化すると、『現実(事実)と空想(妄想)の区別』が困難な精神病類似の症状を示し、衝動的な行動や反社会的な振る舞いを抑制できなくなることがある。

J.E.D.エスキロールは、障害されて制御困難となった精神機能及び行動パターンによって、モノマニー(部分的狂気)を詳細に分類した。代表的なモノマニーには、『殺人モノマニー・本能モノマニー・色情モノマニー・感情モノマニー・知的モノマニー・窃盗モノマニー』などがあるが、エスキロールは社会通念において反社会的な犯罪とされている行為の原因をモノマニーで説明した。その為、犯罪を起こした個人の法的な責任能力を不当に相対化(曖昧化)してしまうという精神医学者(法曹界)からの批判や、全般的に人格機能が障害される重篤な精神病を発症している犯罪者の道義的責任が重くなりすぎるのではないかという疑念があった。

しかし、エスキロールのモノマニー学説は、知的能力が正常な人間であっても『狂気(善悪の判断不能・道徳的な麻痺状態)』に陥る可能性を示唆しているのであって、モノマニーという心神耗弱者にも一定の責任能力を認めるものである。エスキロールは遺伝決定論的な生まれながらの犯罪者の存在を認めておらず、個別的に犯罪者の精神状態を鑑別して責任能力の高低を推測すべきと考えていた点で、チェザーレ・ロンブローゾの生得的犯罪者説とは対極にある研究者であった。

J.E.D.エスキロールは、P.ピネルの単純明快な精神病理学を複雑化させて細分化したが、そのことによって近代的な横断的疾病分類学の原点が構成されたのである。エスキロールの弟子に当たるE.J.ジョルジェ(E.J.Georget, 1795-1828)は、心身二元論の立場にたって、脳の器質的障害によって発症する精神病と非特異的な原因によって発症する精神病を分類した。ジョルジェの二元論的な分類法は、後の『外因性精神病・内因性精神病・心因性精神病』という原因論による分類法へとつながっていくが、心身一元論によって精神症状を説明しようとするA.L.ベイル(A.L.Bayle, 1799-1858)は、ピネルからエスキロール、ジョルジェへと引き継がれた精神病理観を否定した。

パリのシャラントン病院の内科医であったA.L.ベイルは、それまで原因不明であった進行麻痺の原因が梅毒による瀰漫性脳脊髄炎であることを発見した人物である。ベイルは、進行麻痺の経過を『モノマニー→マニー→痴呆』と定式化することで、全ての精神疾患は脳(髄膜)の慢性的な炎症の結果として説明できると考えたが、梅毒の急性期に見られる皮膚症状と末期に見られる神経症状との因果関係を明らかにしたのはパリ大学のJ.A.フルニエ(Jean Alfred Fournier, 1832-1914)である。

精神疾患の経過や予後(転帰)を重視した精神医学者には、J.P.Falret(1794-1870)がいるが、彼は進行麻痺やアルコール精神病、循環狂疾(後の躁鬱病)の基本症状となる自然型を仮定し、全ての精神疾患を自然型の変化の過程(状態)として把握しようとした。J.P.ファーレ(J.P.Falret)の弟子には、ロンブローゾの遺伝決定論的な犯罪学説との相関を指摘されるB.A.モレル(B.A.Morel, 1809-1873)がいるが、B.A.モレルの残した業績としては、『変質』概念の提唱と『早発性痴呆(dementia praecox)』の診断名の考案(1852)が有名である。

体系化された近代精神医学の確立者といわれるエミール・クレペリン(Emile Kraepelin 1856-1926)は、自身の著述した精神医学の教科書の中で早発性痴呆躁鬱病を二大内因性精神病としている。E.クレペリンの精神病理学の分類体系では、早発性痴呆の下位分類として『緊張病・破瓜病・妄想病』の3つの疾患形態が考えられていたが、現在の精神医学では陽性症状と陰性症状の2つの精神症状と異常行動(不適応行動)によって病態が理解されている。

クレペリンはB.A.モレルの早発性痴呆という疾患単位を採用した(1898)が、モレル以外にも、ドイツのE.ヘッカー『破瓜病(Hebephrenie ,1871)』という概念を提唱し、ドイツのK.L.カールバウム『緊張病 (Katatonie, 1874)』という診断名を考案している。早発性痴呆は、オイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler 1857-1939)によってスキゾフレニー(schizophrenie)という疾患名に変更され、現在では統合失調症という訳語が日本では使用されている。

モレルの定義した『変質』とは、精神疾患の原因となる『正常(標準的)な人間の原型からの病的な偏り・歪み・変性』であり、モレルは変質が遺伝的に規定され親から子へと継承されると考えていた。人相や外観から未来の犯罪者を特定できるとしたロンブローゾとモレルの変質概念は非常に近似している。モレルも『身体的特徴(非対称性・部分の歪み)』や『精神的特性(攻撃性・気分の激しい変化)』などによってその人間が変質を持つか否かを判断できると主張していたからである。現代医学では、『変質』は病気の発病を決定する因子とは考えられておらず、ある遺伝性疾患の発症リスクを高める『遺伝的負因・家族因(発病可能性)』という形に解釈されている。

モレルやロンブローゾのような遺伝・変質を重要視する精神医学は、A.L.ベイルの心脳一元論に基づく解剖学的研究方法の限界によって人気を高めたが、生得的な発病因子としての『変質(degenerescence)』は現在においても『精神疾患の遺伝要因(遺伝負因)』という形で残っている。モレルの後に出て『変質』概念を体系的・論理的な疾病分類学に取り入れた精神科医に、V.マグナン(V.Magnan, 1835-1916)がいるが、ここで論理的といっているのは『二元論的』ということである。

V.マグナンは、『遺伝的素因』があるかないかによって精神疾患を分類し、更に『遺伝的素因がある精神疾患』を『変質のある疾患』と『変質のない疾患』に分けて、二分法的なカテゴリー・モデルの疾病分類を行った。しかし、V.マグナンの病理学では、『変質(正常な人間の特徴からの遺伝性の偏り・歪み)』の有無は、精神疾患の重症度(重篤性)とは直接的な相関関係がないことには注意が必要である。マグナンは、『変質のない妄想病(パラノイア)』『系統的かつ進行的経過をたどる慢性妄想病(マグナンの慢性妄想病)』と定義して、痴呆の予後を取ることが多い重症の精神疾患と考えていた。

精神症状と神経症状を区別せずに、全てを脳髄膜の炎症の結果として説明しようとしたA.L.ベイルは、ドイツの精神科医ウィルヘルム・グリージンガー(Wilhelm Griesinger, 1817-1868)の単一精神病説と極めて近い精神病理学を構想していたと言える。フランスのベイルもドイツのグリージンガーも、『精神病は脳疾患(身体疾患)である』という単一精神病説の前提を確信し、『精神病は単一の疾患単位(疾病類型)の多様な表現形態である』と考えていたことから、現代の生物学的精神医学へとつながる理論的な先駆者であったと言えるだろう。


■書籍紹介
臨床精神病理学序説

精神科ポケット辞典[新訂版]

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精神病理学の歴史と『鎖からの開放』を企図したフィリップ・ピネルの疾病分類学
臨床精神病理学序説

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