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『ロールシャッハ・テストとTATに代表される投影法の心理テストの有用性と問題点』では、結果の再現性や鑑別の正確性といった科学的客観性に焦点を合わせて投影法の利点と限界を考えてみました。ロールシャッハ・テストに限らず、無意識領域(意識化されていない区域)にある感情や性格傾向を探る投影法の最大のメリットというのは、心理テストそのものに治療効果が期待でき、通常の対話では得られにくい情報が手に入るということです。 投影法に期待できる治療効果(改善作用)というのは、端的には、クライエント自身が見えていなかった自分の感情や記憶、考え方に対する洞察を深めやすいということです。自分の感情や対人関係、性格特徴を言語化することが苦手なクライエントの場合には、ある程度構造化された投影法の性格テストを通して、『心理臨床家に伝えたい内容』を比較的正確に伝達できるという特長もあります。 また、心理テストの枠組みを設定した構造化面接は、一般的に、クライエントの心理面接(カウンセリング)に対する動機付けを高めて、自己の心理状態と自分の周囲の生活環境や人間関係への意識を強めてくれるので、臨床家とクライエントのラポール形成にも寄与する部分があります。専門家の側からは心理アセスメントの手段として心理テストを実施するという思いが強いですが、クライエントの側からは、心理テストを介在した双方向のコミュニケーションがラポール(相互的な信頼感)形成の上で重要な役割を果たすことがあります。 EBM(Evidence Based Medicine)を重要視するアメリカの精神医療(心理臨床)で投影法が不振になってきているのは、精神障害を診断する臨床的アセスメントや司法分野の精神鑑定として利用し難いということもありますが、医療経済上のコストパフォーマンスに関係する医療費抑制の問題の影響も大きいと思われます。アメリカなど国民皆保険制度を採用していない国では、心理テストを実施する場合に、そのテストがクライエントの加入している民間の健康保険の適用に含まれているか否かが重要になってくることがあり、長い時間と手間がかかるテストほど管理医療(マネージド・ケア)上の不利益が大きいとして敬遠される傾向があります。 『TAT(主題統覚検査)を開発したH.A.マレーの心理的欲求の分類と行動原理としての欲望』の記事では、投影法であるH.A.マレーとC.D.モーガンのTATとその基礎理論である『欲求(要求)―圧力理論』について概略を説明しましたが、TATは、『内発的な欲求(生理的・精神的欲求)』と『外部的な圧力(欲求充足を阻害する対人関係や社会的条件などの要因)』がせめぎ合う力動心理学的(精神分析的)な精神構造を前提として成り立つ性格検査です。 投影法(projective method, projective technique)という心理検査技法は、『顕在的な欲求・表面的な言動・日常的な振る舞い』からは把握できない『潜在的な欲求・深層的な人格・本当の精神状態』を明らかにしようとする意図を持っているので、基本的に無意識領域や前意識領域という精神構造を前提とする精神分析学(広義の深層心理学)の影響を受けていると言えます。 マレーも、フロイトの精神構造論(意識・前意識・無意識)のように人間の精神を『外層(第三層)・中間層(第二層)・無意識層(第一層)』という三層構造のモデルで了解していて、TATの実施によって、主に第二層である中間層の欲求や葛藤、コンプレックスを明らかに出来ると考えていたようです。 自己の内面にある無意識的な情動や欲求を、外部にある他者や事物に投げかけてしまうというのが、精神分析の自我防衛機制の一つである『投影(projection)』ですが、投影法という名称はそこから取られています。 開発者であるH.A.マレーの定めたTATの解釈方法のマニュアルは複雑で煩瑣なので、TATの標準的な解釈法は未だ確立されておらず、(問題児童・非行少年を対象とした児童相談所や少年鑑別所での利用以外では)実施事例が少ないこともあって、検査者それぞれの主観的な解釈が反映されやすくなっています。客観的な状態把握の為の心理アセスメントというよりも、クライエントの欲求やフラストレーションを共感的に理解してラポールを深める為の一手段として利用されている状況があります。 TATで用いられる刺激図版は31枚(30枚)あり、その中から被検者の年齢・性別に合わせて20枚をセレクトして提示しますが、図版には1人もしくは2人の人物が描かれていて、その絵を見て自由な想像を巡らせて簡単な物語を構成することが求められます。具体的には、男女が描かれていて、女性が男性の肩を抱いているが、女性が男性から遠ざかろうとしている絵が描かれていたり、若い女性がソファーに腰掛けてぼんやり遠くを見ている絵が描かれていたりします。TAT実施の際には、『これらの図版から、面白い物語を想像して聞かせてください』というように被検者がリラックスして課題に取り組める教示内容を工夫しますが、TATの問題点は上記したように、標準化された実施方法や結果の解釈方法が確立されていないので主観的な解釈を脱することが出来ない点にあります。 また、クライエントの潜在的な欲求やフラストレーションを感じている状況(対人関係)をより簡便に分析するための心理検査として、精神分析家・ローゼンツヴァイク(Rosenzweig)が開発した半投影法(semi-projective technique)のP-Fスタディ(Picture-Frustration Study)があります。 P-Fスタディでは、日常的なフラストレーション(欲求不満)場面を示す絵画(漫画)を用いて、その登場人物の台詞を被検者に考えて貰うので、被検者の性格傾向を“攻撃性の内容とベクトル(方向)・ストレス対処の方法”を通して直接的(あるいは現実的)に理解することが出来ます。半投影法に分類されるP-FスタディとSCT(Sentence Completion Test:文章完成法)を解釈する場合には、精神分析的な無意識概念や力動的な葛藤を特別に意識する必要がないので、ロールシャッハやTATと比べると精神分析理論から受けている影響は小さくなっています。 樹木を自由に描かせるコッホのバウム・テストや家屋・樹木・人物を描かせるHTPテスト(Home-Tree-Person Test)も広義の投影法に含まれますが、絵画の解釈の主観性と独自性が強いので、言語能力が未発達な子供向けの心理テストとして重宝する部分はありますが、エビデンス・ベースドな心理アセスメントとしての客観性や有効性は余りないと考えられます。少なくとも、正確な性格傾向や内的葛藤、精神障害を知る為のアセスメントとして描画法を用いることは不適切だと言えるでしょう。 バウムテストは、筆跡学による性格鑑定の影響を受けて開発され、その後に、フロイトの精神分析による無意識的願望の力動的解釈が持ち込まれましたが、バウムテストの妥当性や信頼性を検証する実証研究は殆ど進められておらず、被検者が描いた樹木の絵から具体的に何を分析して明らかにできるのかがはっきりしていない部分があります。 企業・官庁の採用面接(適性検査)で実施されることの多い内田‐クレペリン精神作業検査も、作業曲線と環境適応度・性格傾向の間にあまり有意な相関が見られないという意味で妥当性が低く、内田‐クレペリン精神作業検査の結果から被検者の勤勉性・忍耐力・適応能力などの性格傾向を記述することには注意が必要です。 横に並んだ2つの数字の単純加算の作業を繰り返し行っていくクレペリン検査では、『意志緊張・興奮・疲労・慣れ・練習効果』の因子を作業曲線から解釈することによって、被検者の職業適性とパーソナリティを理解することが出来るとされていますが、作業曲線から分かるのは『誤答率・開始時・終了直前の作業率・休憩の影響・作業の効率性』だけであって、単純な作業の処理速度や作業パターン以上の性格内容(職業活動への適性・適応)まで分析することは基本的に出来ないのです。 臨床的有効性や科学的客観性といったエビデンス・ベースドな心理アセスメントの要素を重視する場合には、信頼性・妥当性が十分に確立された質問紙法の心理検査を中心にテスト・バッテリーを組んでいくことになります。DSM-Wの統計学的根拠のある診断に応用可能な『包括的なパーソナリティ理解』に役立つ性格検査として“信頼性・妥当性”が実証されているものとしては、550個の質問項目から構成される古典的なMMPI(Minnesota Multiphasic Personality Inventory:ミネソタ多面人格目録)をはじめとする質問紙法があります。 MMPIは、エミール・クレペリンの記述精神医学の疾病分類に強い影響を受けていてやや古典的な部分がありますが、質問項目が多いのでパーソナリティ特性や気分障害・統合失調症・人格障害・身体表現性障害・心気症・パラノイアなどの病理性を査定する際の網羅性と客観性が高くなっています。 MMPIは開発過程において、「精神障害のグループ」と「正常者のグループ」に繰り返し質問紙を実施し、『回答に有意な差が見られた質問項目』を評価尺度にしているので、精神疾患の診断と関係する『基準関連妥当性(criterion-related validity)』が高く保たれているのも利点です。ただ、パーソナリティ特性の網羅性を高める為の質問項目が余りに多すぎるので、心理テストの実施に時間が罹りすぎるのが難点ですね。 現在では、BDI(ベック抑うつ質問紙)のような簡易で質問項目の少ない質問紙法がかなりの数開発されていますので、クライエントの改善や利益に役立てるための目的と心理テストの持つ適用範囲に合わせて『適切な使いやすい質問紙』を選択すれば良いと思います。効果的なテスト・バッテリーとは、機械的に知能検査と性格検査を組み合わせたり適当に質問紙法と投影法を組み合わせるものではなく、増分妥当性(incrimental validity)を考慮しながら、『適切な技法選択(面接計画)・クライエントの性格や問題の把握・定期的な面接の効果測定』といった心理アセスメントの目的を達成できるバッテリーを組むことなのです。 ■書籍紹介 診断と見立て―心理アセスメント (単行本) 投映描画法の解釈―家・木・人・動物 (単行本) 心理アセスメントハンドブック (単行本) バウムテスト活用マニュアル―精神症状と問題行動の評価 (単行本) ロールシャッハの解釈 (単行本) |
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