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zoom RSS ユング心理学の元型(archetype)や魂(soul)の概念が持つ神秘的宗教性と臨床的応用性

<<   作成日時 : 2006/08/03 05:28   >>

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個人的無意識と性的欲動を重視するフロイトから離別したカール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung, 1875-1961)は、精神内界に自律的に生起するイメージ(表象)を重視する分析心理学(analytical psychology)を構想しました。

ユングは、フロイトが個人的な情動や記憶が抑圧される領域と考えた無意識を、人類全体に共有される元型(archetype)が創造される集合的無意識(collective unconsciousness, 普遍的無意識)として再定義しました。
正統派精神分析の局所論(自我構造論)において定義される無意識領域は、エスの原始的本能が渦巻く場所であり、自他を区別せず善悪を判断しない場所でしたが、ユングは生物学的本能に限定されない想像的で神秘的なイメージが生まれ出る領域として集合無意識を考えていました。

ユングが着想した集合無意識(集合的無意識・普遍的無意識)にせよ共時性(シンクロニシティ)にせよ、客観的にその存在を確認できる実証的概念ではなく、ユングの夢のイメージを大切にする心理臨床や内省的な思考過程をもとにして経験的に体感された概念です。
集合無意識が生み出してくる『自律的・力動的・創造的』な特徴を持つイメージとしての元型の研究に際しては、ユングは世界各地に散らばっている神話・伝説・説話を丁寧に調査して、そこに共通するモチーフや物語性を抽出する作業を行いました。

哲学・文学から宗教学までを含む数多くの文献研究の成果から、時代・地域・民族・文化に影響されにくい人類一般が生得的に持つ普遍的無意識のイメージとして『太母(グレートマザー)・アニマ・アニムス・影(シャドウ)・老賢者(オールドワイズマン)・トリックスター(道化)』などの元型が概念化されていくことになりました。
各元型はそれぞれ、複数の神話や伝承に現れでる典型的な物語性やイメージに一般名を付与したものに過ぎませんから、元型の名称の定義分類に過度にこだわる臨床的・理論的な意義はありません。

ユング派の夢や想像内容を題材とする心理療法では、それぞれの元型イメージの持っている『力動性・創造性・葛藤性・情動性の機能』を経験的に認識して、人間の内面に生起するイメージの一般共通性を自分のメンタルヘルスや日常生活の充実に役立てることがポイントになってきます。

ユングの元型論のエッセンスには、魂(soul)や叡智(nous)みたいなものが込められており、人類の悠久の歴史を継承されてきた宗教的観念や霊的なイメージとしての側面も併せ持っています。ユング派の心理臨床家の中には、心理療法の面接構造を『非日常的なイニシエーション(加入儀礼・通過儀礼)』と解釈する人もいて、歴史性や宗教性を持つ元型イメージを分析しながら取り扱う事の臨床的意義が強調されることもあります。

スイスの精神科医であるユングは、正統派の精神分析家としてのキャリアに終止符を打った後に、普遍的無意識領域を探索して分析する『魂の精神科医』としてのアイデンティティを築き始め、ユング以後は、元型的心理学を標榜するジェイムズ・ヒルマンヴォルフガング・ギーゲリッヒといった想像的イメージやシンボルに没頭するラディカルな心理学者へとそのアイデンティティが継承されていきます。

ユングは、普遍的無意識のダイレクトな現れでもある魂の領域あるいは存在を、人間が観察して操作できる対象(客体)と見なすと同時に、人間を観察して影響を及ぼしてくる環境(主体)であると考えました。
夢や幻想、白昼夢などを通して元型イメージとして表出してくる魂は、人間の意識と無意識の全体を包み込む“環境”であると同時に、魂そのものが主体的な意志や認識を持つ“主体”でもあるということです。

ユング派の分析心理学や元型的心理学の特徴として、普遍的無意識や魂の表現が重視されますが、その代表的技法であるアクティブ・イマジネーション(active imagination)では、イメージの主体性や自律性を十分に意識することが求められます。

具体的には、積極的にイメージを思い浮かべてそのイメージを味わい観察するだけではなく、その元型イメージの立場に立ってその言動や変容、自分に対する感情を想像してみることが必要であり、普遍的無意識から繰り出されるイメージは、それそのものが自律的な変化を起こす性質を持っているという事です。

常識的な表象機能(イメージ機能)や内観行為の理解では、人間の側が意識的にイメージ(表象)を内面に生み出していると考えますが、ユング派では普遍的無意識の内容が自律的に向こうから人間の意識に侵入してくると考えます。

ユングは幼少期の頃から、父性的なイメージよりも母性的なイメージに強い影響を受けていたと言われ、母親の記憶にある『包み込むような優しさ(昼の世界の属性)と呑みこむような恐ろしさ(夜の世界の属性)の二面性』からグレートマザー(太母)の元型の着想を得たといいます。

ユングの体感した母性原理に内在する『社交的な温かさ・子を守る優しさ』『神秘的な能力・不可解な恐ろしさ』という情緒的イメージは、ユングの個人的な内面だけではなく世界各地の宗教神話や地域伝承にも見られるものであり、ユングはこの元型イメージを人類共通の太母(グレートマザー)と考えました。

何故、ユングが発案した多くの元型の中で、グレートマザー(太母)が重視されるのかというと、それがユングの個人的経験に根ざしている母性的なイメージであるということもありますが、それ以上に、グレートマザーがあらゆる人間の精神活動の原初形態と見られる『善悪・美醜の二元論的構造』を持っているからです。

善悪を明瞭に区別する二元論的構造は、ゾロアスター教やユダヤ教、キリスト教など宗教教義の神と悪魔の概念につながってくる構造であり、フロイトの精神分析で人間の精神力動の基本原則とされた『快感原則』も快感・不快の二元論によって規定されています。

母親の表象(経験に基づくイメージ)や元型(集合無意識のイメージ)がユング自身とその心理学理論に与えた影響は絶大なものがありますが、にルーテル派プロテスタントの牧師であった父親からの影響もなかったわけではありません。その1つの現れとして、ユングの神聖なイメージの復古を求める宗教的感性があり、人間の精神の生命力を活性化させる偶像崇拝(シンボル)を排除しようとした質朴敬虔なプロテスタントへの抵抗感があります。

ユングは、太古から連綿とミーム(情報遺伝子)として語り継がれてきた豊饒で躍動感に満ちたシンボルやイメージを否定しようとするプロテスタンティズムやユダヤ教・イスラム教の偶像崇拝禁止の教義は、人間の精神活動の生命力や創造性を低減させるものと考えました。
しかし、その一方で、ユングは『神の表象』の持つ完全性や永続性への憧憬を捨て切れておらず、現象界の向こうに理想的な原型を想定するプラトンのイデア論に非常に強く感嘆したといいます。

ユングにとってこの世界の根本原因である『神の表象』は、ルネ・デカルトが独我論を抜け出してこの世界の実在を信じるために必要とした『誠実な神の存在証明』と同じくらいに自明で確実なものでした。

普遍的無意識の起源は自然科学的に考えれば、思考・想像・創造の精神機能を生み出す脳器官(高次脳機能を生み出す大脳新皮質)にあると言えますが、その脳の情報伝達活動によって生み出されるイメージ(表象)に何故特定の意味や影響力が宿られるのかについて、ユングは個人の領域を包み込み神・魂の超越的な力のようなものを想定していたのではないかと思います。

ユング以上にラディカルに想像力を重視した心理学を構想したギーゲリッヒやヒルマンは、明らかに人間の精神活動と切り離された外部にある壮大な精神(魂)の存在を前提として理論を考えていますので、その学術活動は宗教と心理学の中間領域にあると言えるのではないでしょうか。

ユング心理学のイメージ性や元型は『心理療法への応用性』を持っていますが、それら内面世界の観念や表象の材料に臨床的効果を持たせるには、分析家(カウンセラー)とクライエントが、人生や精神活動を1つの物語として捉える共通認識を持っていなければならず、現代的な心理学タームに直せばナラティブ・セラピーのような面接構造を持っていなければならないということになります。


■関連URL
『ユングの類型的な性格理論』の思考形態と『価値判断のスキーマの複層化』の心理的効果

■書籍紹介
魂と歴史性
魂と歴史性 (ユング心理学の展開―ギーゲリッヒ論集)

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ユング心理学の元型(archetype)や魂(soul)の概念が持つ神秘的--教性と臨床的応"性
nice.. ...続きを見る
lucky-432us
2006/08/04 08:00
C.G.ユングの集合無意識とドイツロマン主義の思想潮流に投射された『普遍性・永続性への願望』
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