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人間の精神的な苦悩や葛藤の多くは、生活状況や対人関係、記憶情報に関する『悲観的な認知(pessimistic cognition)』によって生起し、実際に経験する様々な欲求の挫折や願望の途絶によって『悲観的な認知が正しい』という学習が強化されます。 自分の希望する目標へと到達する事が出来ないという挫折感や自分が心から求める異性との恋愛関係を築けないという喪失感、人生の極めて重要な転換点で失敗して取り返しがつかないという絶望感といった『不快な情動・抑うつ的な感情・悲哀の気分』は、程度や頻度の差こそあれ、殆どの人が何らかの形で経験することになります。 『無力感を伴う情動体験』が人間の心の内面に拭い去りがたく固着すると、困難な事態を打開しようとする意欲や目標を達成しようとする内発的動機付け(モチベーション)が減退します。 『無力感を伴う情動体験』が幼少期から執拗に繰り返され長期的に継続すると、人格形成過程に歪みをもたらしたり、うつ病(気分障害)の発症リスクを高める学習性無力感(learned helplessness)を醸成したりすることがあります。 しかし、不快感や無力感を感じる感情経験の多くのケースでは、精神障害や人格障害といった深刻な事態にまで至ることはなく、自然な時間経過の中で過去の思い出の一つとして処理されたり、想起不可能な記憶領域へと抑圧(忘却)されることになります。 大学生から社会人になるなどの生活環境の変化や親友や恋人、家族が出来るなどの対人関係の発展によって情動体験の質が好転すれば、人生全般に対する意欲を喪失させる学習性無力感が遷延するリスクは相当に低くなります。 『これから先の人生に、何か良いことがあるはずだ』という予測的認知を持てる出来事や転機があれば、無力感や絶望感を感じる情動体験の多くは『一過性の暫時的な不快刺激』として処理されることになります。PTSD(心的外傷後ストレス障害)の原因となるような特殊なトラウマ体験を除いて、不快な情動体験が、長期的な精神症状や生活上の不適応につながることは稀です。 ペンシルバニア大学の心理学者マーティン・セリグマンが提唱した学習性無力感(learned helplessness)理論とは、長期間にわたる挫折や失敗の経験の繰り返しによって学習される無力感であり、通常、自己効力感(self efficacy)の著しい低下を伴います。 反復する人生の挫折経験によって培われた『意図的な試行錯誤(意識的な努力)では良い結果を導く事など出来ないから何をしても無駄である』という悲観的な無力感のことですが、具体的な事例としては以下のような形で現れてきます。 欲求挫折の体験の反復(繰り返し)によって、『自分などが必死に努力しても欲しいものを手に入れることは出来ず、目標を達成することなど出来ない』という学習性無力感が強化されます。その結果、自分をかけがえのない大切な存在だと認知する自尊心を低下させ、社会的な役割を担って働くことが出来るという有能感を失わせることがあります。 好きな異性からの冷淡な拒絶や親密な友人関係の破綻など対象喪失の経験が反復すると、『自分は異性と楽しい恋愛関係を作り上げることができず、これから先も自分を愛してくれるような相手と出会えないだろう』『自分を支えてくれたかけがえのない家族・親友を失った私は、一人で生きていくことが出来ないだろう』という人生全般に対する悲哀感や孤独感、対人関係に対する不信感が強まります。 その結果、新たな人間関係の構築に消極的になってしまったり、他人の親切や好意を信頼できない人間不信から他者とのコミュニケーションを楽しめなくなってしまうことがあります。 対人コミュニケーションを行う必要のある社会的場面での緊張感や羞恥心が異常に高まり、他人との会話や交渉、食事などが不可能になると社会不安障害(対人恐怖症)という神経症水準の精神疾患を発症してしまうこともありますが、社会不安障害そのものは、他者と一切言葉を交わせないというような『全般型社会不安障害の重症例』を除いて精神疾患の中ではそれほど回復が難しい病気ではありません。 他人と一緒にいる状況で感じる過剰な対人緊張や羞恥心を克服する為のカウンセリング技法としては、頭の中で他人と会話をしているイメージを思い浮かべてどのような話題や調子で話しかければ良いかロールプレイする『イメージ療法の系統的脱感作』や実際に緊張や不安を感じる対人コミュニケーションを繰り返し経験して段階的に他人との人間関係に慣れていく『行動療法の系統的脱感作』などがあります。 現在のカウンセリングでは、上記のように、実際に対人コミュニケーション(社会的場面)を経験してみて、緊張や苦痛を感じずに他人と話をする練習を進めていく行動療法と合わせて、『他人と接する場面で緊張感や羞恥心を生む原因となっている非合理的な思考(自己意識の過剰・不適切な劣等感・他人の評価や批判への恐れ)』をセルフモニタリングして適応的な認知へと修正していく認知療法を行うことが多くなっています。 また、不安感や緊張感がかなり強い社会不安障害(対人恐怖症)の場合には、リラクセーションと自信回復の為の催眠や自律訓練法を実施することもあります。 しかし、認知行動療法や催眠療法と同等以上に効果的なのは、批判や否定をされる心配が要らないカウンセリング場面を生かして、自分が話したいと思っているのに話せない社会的場面のロールプレイングを繰り返し行って対人関係への自信を高めることです。 それまで人前で感じていた過剰な緊張感や羞恥心が、実際には感じる必要のなかった感情であることに気づき、人前で意見を主張することの充実感や他人と自由闊達に会話を楽しむことの面白さを数多く経験していくことが大切になってきます。 社会技能訓練(SST)のような体系的なステップを踏んで親しくない相手との会話や人前で主張する練習を重ねていけば、自分がリラックスして話せる話し方のスタイルが自然に身についてきます。 人間はそれぞれ個性的な話し方のスタイルを持っていますから、自分なりにやりやすい方法で、『視線の合わせ方・話題の選び方・話の進め方・話の切り上げ方・初対面の人への話し掛け方・大勢の前で話す時の話の切り出し方』を経験的に習得していけば良いですし、多少の言い間違いや緊張しながら話す姿もその人の話し方やコミュニケーションの個性として持ち味になってくるものです。 認知療法の創始者であるペンシルバニア大学の精神科医アーロン・ベックは、人間の病理的な抑うつ気分や憂鬱感の根底には、本人も意識的に気づくことが難しい『抑うつスキーマ』という認知の枠組み(無意識領域の中核的信念)があると仮定しました。 深刻度の高い精神症状や生存欲求の著しい低下、人生に対する極端な悲観の根底には、抑うつスキーマに近似した『悲観的な認知・絶望的な価値観・冷笑的な達観・否定的な人間観・自滅的な人生観・厭世的な諦観』があると推測できます。 通常、これらの自己や世界、他者に対して否定的なスキーマは、人生の過程における『個人と環境(他者)の複雑な相互作用』によって段階的に形成されるため、本人は自分の行動や思考、感情のパターンを無意識的に決定する自己否定的スキーマに対して無自覚であることが多くなります。 哲学的な思惟や宗教的な信念、突発的な啓示、科学的な客観視によって苦悩・不快・悲哀を伴わない形で、上記のような『諦観の境地に達したスキーマ(仏教思想でいえば涅槃寂静・即身成仏などの境地)』が確立されることもありますが、この場合には本人自身が自分の達観・諦観・客観視のスキーマに違和感や苦痛を感じていないのでカウンセリングや医学的治療の対象にすることは妥当でないケースが多いでしょう。 私が生きている人生は本質的に無意味であり全ての価値は虚構であるとする虚無主義(ニヒリズム)や経済的な生活規範や俗世的な人間関係から離脱したいとする厭世観に関しては、自殺衝動や自殺企図、希死念慮などを包摂するものであれば精神医学やカウンセリングの対象になることもありますが、観念的な価値規範の次元であればそういった思想や信念を持つ自由というものは認められるべきでしょう。 日々の生活行動や思索活動で起こってくる物事をどのような方向に意味づけ解釈するかによって、苦悩の強度と持続時間、症状の発現頻度が変化してくるというのが認知療法の治療機序ですが、認知療法で精神疾患を完全に治癒することの困難は、クライエントの持つ中核的信念の強度や悲観的認知の根拠の確からしさに比例します。 それ故に、認知療法の祖型ともいえるアルバート・エリスの論理情動行動療法(REBT)では、イラショナル・ビリーフ(irrational belief:精神症状や不適応の原因となる非合理的思考)を論破する論理的根拠の対立の側面が強調されて説得療法という呼び方をされることもあります。 心理的な抑うつ感や不安感を緩和したいという目的を持って自発的にカウンセリングを受けたいとするクライエントであれば、やや強引に相手の非合理的な信念を論駁する論理療法を適用しても奏効する場合が多いですが、無理やりにカウンセリングを勧められたクライエントには積極的に相手の悲観的な信念を反駁していく技法はかえって相手の防衛機制や警戒感を強める恐れがあります。 精神分析では、抑うつ気分にも関係する長時間持続する感情機能である『気分(mood)』をリビドーの全体的な発散過程として解釈することがあります。行動や態度、情緒を規定する無意識的な原因となり、意識的な記憶や現実的な状況からの影響も強く受けると考えられます。 人間の一次過程の行動原理として快楽原則を提起したフロイトは、何かが欲しい何かをしたいという『快楽を求める欲求の高まり』を生理学的なエネルギーである『リビドーの緊張』として定義し、その欲求が充足されると緊張状態が弛緩して快の情緒が得られると考えました。 一般に、気分とは感情よりも広範な自我領域を含む情緒の発散過程であり、『怒りや悲しみの感情』の対象が恋人や父親など特定個人に限定されやすいのと比較すると、『怒りや悲しみの気分』は特定の対象や観念と結びつき難いのが特徴だと言えます。 気分の特性は、精神状態を広範にカバーして人間の行動や発言を自然にコントロールする遍在性と網羅性にあると言えますが、気分は精神分析学理論が基盤におく『快・不快の原初的な情動』には収まりきらず、『落ち込んだ憂鬱と高揚した躁状態という気分の浮沈』以外にもさまざまな表現形態を持っています。 双極性障害(躁鬱病)では、快活で陽気な気分が高まりすぎた躁病相と陰鬱で落胆した気分が強くなりすぎた鬱病相で気分の異常な変調と精神症状を現象学的に記述しますが、精神分析の古典である『悲哀とメランコリー(S.Freud, 1917)』では自我構造であるエス・自我・超自我の葛藤や自罰的な攻撃的欲動による罪悪感の生起などから抑うつ気分を説明します。 また、フロイトが対象喪失体験による悲哀反応からの回復過程と考えた『喪の仕事(mourning work)』などと共に、精神分析的抑うつ理解をもう少し考えてみようと思います。 ■関連URL うつ病の意欲の減退と動機付けの低下を促す“学習性無力感”の関係:1 うつ病の意欲の減退と動機付けの低下を促す“学習性無力感”の関係:2 精神障害の診断・統計マニュアルDSM-Wと実践的カウンセリングの関係 ■書籍紹介 気分障害治療ガイドライン
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学校環境でのいじめや対人関係で追い詰められた子どものクライシスコール:遺書を作成する行為と心理
前回の記事が長くなりすぎたので記事を分けたが、福岡県筑前町の三輪中学校と北海道滝川市の江部乙小学校のいじめ問題において生徒が遺書を書き残していたという事が気にかかっていたので、いじめを苦にして遺書を書き残す生徒児童の心理について思考のメモを書いておきたい。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2006/10/17 18:22 |
認知療法の『認知の歪み(思考の誤り)』とアーロン・ベックの『認知的三角形』
自分を苦しめる不適応(否定的)な思考パターンや行動パターンの適応的変容を合理的に目指す認知療法(cognitive therapy)では、『なぜ、そのような不適応な感情・気分・行動が生起したのか?』という問題状況や心理状態の形成機序(メカニズム)に焦点を合わせます。広範な適応症と対象事例を持つ認知療法は、『認知の傾向・思考の内容』によって『感情・気分・行動・生理』が決定されるという認知理論(認知モデル)を前提としています。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2007/03/13 15:02 |
A.エリスのABCDE理論のモデルと“不快な気分・苦痛な感情”を改善する合理的信念の効果・特徴
認知療法を参照した『怒りの感情』のコントロールでは、『怒りの発生原因』と『他者への要求・報復』に着目して自分の情動的な怒りを自発的にコントロールすることを目標にしました。アルバート・エリスの論理情動行動療法(REBT)の『ABCDEモデル』やアーロン・ベックのうつ病の心理療法に応用される『認知理論(抑うつスキーマ・モデル)』では、『客観的な出来事(A)』と『結果としての感情・気分(C)』が直接的に結びついているとは考えないところに特徴があります。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2009/02/11 13:43 |
努力する事で得られるものと要求水準の高さ・幸福の実感2:苦しまない努力をするための方法
『成果のでにくい努力の繰り返し』で問題になるのは、自己評価が下がって自己価値を実感できなくなるため、強迫的・義務的に何かに急き立てられてする努力が過剰になりやすいということです。その努力の過剰(努力による疲弊・燃え尽き)の背景にあるのは、現代社会のアノミーや格差感が生み出した『普通の幸福のハードルの高さ』です。普通の幸福とは何なのかについて、厳密な掘り下げをしていたら切りがないですが、一般的にはそれなりの企業に就職して安定した給料を貰い、一定の年齢で結婚・出産育児などを経験し、『仕事の充実... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2011/04/02 22:01 |
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