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前回の記事に書いた心理学的アプローチの効果測定に関する技術的な問題とは別に、臨床心理学のEBM化と逆行する『心(魂)の領域を特別視する人間心理』も、実証科学を目指す心理学の流れに対する防波堤となっている面があります。 心の領域を特別視する場合に人は、科学的な精神現象の解明に対して一般的に無関心になりやすくなり、化学物質で精神状態をコントロールする薬物療法や構造化された認知行動療法よりも、物語化されたフロイトの精神分析やユングの分析心理学を好む傾向が出てきます。 『心の世界の魅力的な物語性』『人間心理の文学的な描写や理解』『主体的な善悪の価値判断の信頼・自律的な言動のコントロールの自明性』『良好な人間関係の価値』といった内観的な心理学を志向しやすい人間の選好判断は社会では非常に強い影響力を持っています。 脳の解剖学的構造や生理学的機能に心理現象を還元する『唯物論的な心の理解』に説得力を感じやすい人は、医師の指導に基づく精神医学的な薬物療法に適性が強く、科学的根拠に基づく医療(EBM)に信頼感を抱きやすいでしょう。 抗うつ薬や抗不安薬を用いた薬物療法には、統計学的な有意性のエビデンスが積み重ねられていますが、その効果は、過去の心因を含めた心理的問題の除去といった根本治療の意味ではないことに注意が必要です。 薬物療法の効果は、観察可能な心身症状を軽減させる対症療法であり、身体や脳の生理学的異常を化学的に改善する作用を及ぼします。あるいは、生体のホメオスタシスによる自然治癒力を促進する作用を及ぼしたり、日常生活を障害する不快な症状を緩和してQOL(生活の質)を向上させます。 生理学的状態を変化させる薬理機序には、患者の健康や利益につながる効果がある一方で、同時に副作用の危険もあります。ある患者に対してお薬を処方するかどうかは、病態の深刻度の診断やお薬の作用がもたらす有益性と不利益の比較に依拠しています。 精神病理の診断項目に当てはまらない人間関係などの心理的な悩みや対象喪失の反応としての悲哀に対しては薬物療法は余り奏効しませんので、心因性の不安や苦痛が強く疑われる場合には心理学的アプローチのほうが効果的であることが多いでしょう。 ■心理学の科学性の認知や関心の低さ 『心理学分野の科学性』が、あまり一般社会で取り沙汰されないのは、『心の世界の魅力的な物語性』『対人スキルの向上や人間関係の改善』『文学的要素や哲学的思惟の多い精神分析』を前提とした臨床系の心理学の意識が強くなり過ぎていることも影響していると思います。 実験法や調査法のデータ解析を行うようなアカデミズムとしての心理学は、一般社会では余り認知されておらず、マスコミや雑誌などから植えつけられる心理学のイメージといえば、恋愛などの人間関係で実際的な利益を得られるようなコミュニケーション指南だったり、相手の心をすぐに知ることが出来る読心術のようなものだったりします。 そういった心理学に対する認識のズレの典型的な例としては、大学で心理学を専攻していた人に対して『じゃあ、今、私が何を考えているか分かる?何故、心理学の専門家で人の気持ちが分かるはずなのに、相手を楽しませるコミュニケーションを取れないの?異性を確実に落とすような話し方やテクニックを教えて欲しいんだけど。やっぱり、心理学者だったら、自分の感情や気分をうまくコントロール出来るから悩みも少ないんでしょう?』というような発言をする例などがあります。 心理学の研究者、特に臨床系以外の心理学研究者にとっては悪い冗談のように思えても、意外に、一般社会ではそういった実利的で技術的な心理学理解が多く見られるものだと思います。 動物実験を行って外部刺激に対する知覚・感覚・行動の反応の研究をしたりするのも基礎心理学の研究法の一つですが、こういった動物を用いた心理実験も心理学的ではないイメージが強いでしょう。 一般的に、人間関係やコミュニケーション、精神病理学(異常心理学)、犯罪心理、自己啓発、能力開発、対人操作、対人援助などの分野や技術を心理学だとする認知が強く持たれている為に、臨床心理学は応用心理学の一分野であるにも関わらず最も心理学らしい雰囲気を持った学問だという認識をされることが多くなっています。 その為、生物学・生理学・認知科学・情報工学・コンピューター科学・人工知能・統計学などと学際的につながるような心理学の分野に対しては、一般の人たちに、あまり認知されていないか興味を持たれていないかというケースが多いように感じます。 心理療法や対人関係の心理学に人気が集まる理由としては、言語的説明や内観的洞察といった方法や感情機能・人間関係を中心とした心理学のほうが、専門知識を必要とせずに感覚的に理解できる部分が多いこと、そして、自分の実生活やメンタルヘルスとの関連性が高いということが挙げられるでしょう。 EBMの前提としてある思想は、実証主義とプラグマティズムだと思いますが、エビデンス・ベースドである事を意識した臨床心理学も、科学的な実証性と信頼性を高める為に数量的な研究のデータの蓄積を重視するようになっています。 私が興味深く考えるのは、Evidence-Based Clinical Psychologyが目指す理想的な心理療法というのが、デヴィッド・D・バーンズの著作やS.J.ラックマンの論文にあるように限りなく自己治療に近い標準的技法になるのではないかということです。 基本的な理論や方法を学習すれば、自分自身で実行してその治療効果を得られるような標準的技法の確立の大切さを指摘しているアメリカの精神科医や臨床心理学者は意外に多いようです。 これには、アメリカの医療費の高騰や心理療法の費用の高さという問題背景もあるのですが、日本でも医療制度改革で医療費の抑制が強く要請されていることなどもあり無関係な問題ではありません。 自分自身のメンタルヘルスをある程度自分の力でコントロールできるような心理療法の開発、その習得が簡単で実用性の高い標準的技法の確立は、心理療法(カウンセリング)の経済性の観点だけでなく心身の健康のセルフコントロールの観点からも重要だと言えます。 ■書籍紹介 アフォーダンス-新しい認知の理論
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DSM-Wの臨床診断と薬物療法の安全性を担保する臨床試験(治験)のエビデンスの問題
『前回の記事』で、精神分析に基づく力動精神医学から薬物療法を主力とする生物学的精神医学への移行についての概略を説明したが、勿論、薬物を用いた治療には大きなメリット(効果)がある一方で、それと拮抗するデメリット(副作用)が発生するリスクがある。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2006/11/23 19:55 |
科学的な認知心理学の誕生と情報処理システムとしての人間の精神
ウィルヘルム・ヴント(Wilhelm Max Wundt, 1832-1920)が1879年にドイツのライプチヒ大学に心理学実験室を開設したことで、科学的な実験心理学が誕生しました。実験心理学の研究手法は、『感覚・知覚の量的研究』を行うE.H.ヴェーバーやG.フェヒナーの精神物理学、『客観的な行動の法則化』を行うJ.ワトソンやB.F.スキナーの行動主義心理学を経て、脳科学(神経科学)とリンクした認知心理学(認知科学)へと発展してきました。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2008/07/09 06:14 |
村上宣寛『心理学で何がわかるか』の書評:科学的心理学のプロセスを重視した丁寧な概説書
医学・医療や健康食品、エコロジーなどの領域では、一見して正統的な科学理論を装っているが、科学的根拠に瑕疵や不備のある『疑似科学』が問題にされることがある。疑似科学にも体験談(目撃談)のみに依拠する杜撰なものから、研究データを細かく例示する精巧なものまで様々なレパートリーがあるが、自然科学と疑似科学との境界線を正確に見極めることは門外漢の素人には難しいし、研究方法・デザインが科学的であってもデータのサンプリングや統計の解釈に問題があることもある。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2010/02/18 09:28 |
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