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いずれにしてもホリエモンの夢である『世界一の時価総額を持つ企業を作り上げる夢』は、この逮捕によってとりあえず終焉してしまったと見ていいのだろう。もしかしたら、違うビジネスで再起を図ってくるかもしれないが、ライブドアグループの社長として華々しい舞台に復帰することはもうないだろう。 あるいは、ライブドアの崩壊とホリエモンの挫折は、グレーゾーンの「時間外取引」や錬金術的な「株式分割」のマネーゲーム戦略を駆使するお金の集め方の段階で将来の挫折が規定されてしまっていたのだろうか……実態のない企業を核とする倍々ゲームの規模拡大に対する一罰百戒を検察は下したのだろうか。 社会にある好ましくない風潮や秩序を紊乱する流行を抑止する為の『一罰百戒の見せしめ逮捕』であるならば、マスコミへの露出が多く知名度の高いライブドアを実態のないマネーゲーム非難の為に叩いたというのは合理的なことのように思えるが、その事に対する賛否両論はあって然るべきだろう。 ただ、そういった社会利益や経済秩序の実現という目的の為の見せしめ逮捕であったとしても、検察はライブドアやライブドア幹部陣が行ったとされる違法行為の事実を慎重に捜査し、その行為が証券取引法のどの条項に違背しているのかを明確に公表していかなければならないと思う。 金融・株式などの市場経済の秩序や規範のあり方については、何が望ましいあり方なのかは十分に議論されていないし法整備も不十分であるように思えるので、グレーゾーンの手法が数多くあるならばそれを容認するのか禁止にするのか明確化したほうがいいのではないかと思える。 法律に違反しなければ何をしても良いという倫理規範軽視の言説には抵抗感を感じるが、かといって法律に明示されていない社会秩序を乱す行為によって拘留されたり逮捕されるようなことがあってはならない。 「悪法も法なり」が法治国家の原則であるならば、成文法で明示されていない違反行為について罰してはいけないという原則も重視すべきだろう。 ライブドア事件に関しては、幾つかの粉飾決算やマネーライフ買収に関する偽計取引という明確な違法性のある行為が行われた可能性が高いので上記のような法の未整備の事は当てはまらないかもしれないが、合法(グレーゾーン)な行為の組み合わせの解釈によって違法性が発生してくるという「合わせ技の逮捕」というような事があるのならば問題があると考える。 ホリエモンは、既存の権威やシステムにしがみつく人を軽んじるかのような発言をしながらも、一部の野心的な若年層にベンチャービジネスの夢実現の模範を示し、株で一攫千金を狙う層には射幸心をそそる情報と話題を振りまいていた。 刺激的な話題や大袈裟な演出で人気と知名度を高めることと市場で資金を集めることが一体化していたライブドアの錬金術の手法は、額に汗してお金を稼ぐべしといった労働道徳に違背し、年功序列の秩序を蹂躙するものであった。 お金と労働・性・秩序にまつわる「禁欲謙譲を是とする伝統的道徳観」というものを、ライブドアやホリエモンは余りにも軽んじて、全ての価値を物理的なものに還元し過ぎたのではないか?ライブドアは、時価総額で世界一になるというある種幻想的な野望の実現に突き動かされ続け、脱法的なマネーゲームで成功を収め続けてきたために、現実的なコンプライアンスや金銭感覚を喪失してしまった状況だったのではないかと思う。 時価総額8,000億円、全盛期には1兆円にも届こうとした飛ぶ鳥を落とす勢いだったライブドアグループが、その虚業の実態と違法性が暴露されると同時に、企業価値を急速に減退させている。 それと同時に、ライブドアや堀江貴文をあれほど持てはやして宣伝効果や視聴率稼ぎの道具として利用したマスコミや政党(政治家)が手のひらを返したように彼の経営手法を卑劣な許されざる行為であるように揶揄し非難する様子は少々見苦しいものを感じる。 ライブドアに投資した投資家やホリエモンを支持していた人々の信頼や期待を裏切った罪や日本の株式市場の信頼性や健全性を乱したことについては反省すべきだとは思うが、彼の過去の営為全てをゴミ箱に捨て去って自分は無関係だと装うマスコミや政治家の態度には辟易するものがある。 最終的には、ライブドアの株は紙くず同然になるか、巨大な資金力を持つ外資の投資会社に買収される恐れがあるとも伝えられている。 市場での弱肉強食の買い叩きを得意としてきたライブドアが今度は、強者に買い取られてしまう立場に立たされてしまうのは皮肉だが、その市場原理の非情についてはその仕組みを正しいとしてきたホリエモンに異論はないだろう。 ライブドアの強制捜査から堀江貴文社長らの逮捕の流れは、人の欲望と期待というマインドに支えられている株式市場の流動性の怖さをリアルに感じさせるような事件だった。 一見、難攻不落の城と思えるライブドアが砂上の楼閣のようにパラパラと崩れ去るのを見て、ホリエモンの経営戦略の躓きの萌芽は彼のお金が全てだという価値観に宿っていたのかもしれないと思う。 ■お金で買えないものはないという価値観とお金で買い尽くせない多様性と複雑性を持つ人の心 堀江貴文氏は、各種メディアで『お金で買えないものはない、人間の心だってお金で買える。お金は必要じゃないなんて考えてたら本当に大変なことになるんですよ。僕たちは霞を食って生きてるんじゃないんですよ』と自分の基本的価値観について熱弁を振るっていたが、今回の電撃的逮捕で実感したのが正にこの社会にはお金で買えないものがあるということだったのではないでしょうか。完全にお金が必要ではないと考えている極端な金銭蔑視の価値観も問題が多いのは確かですが、お金が全てだというのもかなりの極論ですね。 お金より心が大切だ、欲望を自制する秩序感覚が重要だという古典的な道徳訓を語るわけではないが、お金で買えないものというのは、正に多種多様な価値観を持つ人であり、人の集積である社会そのものではないだろうか。 そして、個人が法の上位に立つことを許さない法治国家においては、どんなに莫大な富を蓄積した大富豪であっても法規範を自由自在に都合の良いように変化させたり、捜査機関全体を買収したりすることは出来ない。 そもそも民主国家の政治権力自体が単一の権威のもとに束ねられておらず、ライブドアが摘発されると不利になる小泉首相や自民党でさえ、今回の検察の動きを牽制することなど出来なかったのだから、お金の力で社会の全てを動かすというのは幻想に過ぎない。 誰もがお金が欲しいはずだから、お金を渡せば自分の思い通りの行動を取ってくれるだろうと予期することはオペラント条件付けの行動理論の立場からはある程度正しい。実際、満足のいく報酬と引き換えにすれば、大多数の人は報酬と労力やリスクを勘案してある程度相手が望む行動をとってくれるだろう。 しかし、違法行為に対する協力行動をお金で確実に取り付けられるかというと話はかなり違ってくる。 遵法精神の強度と金銭という正の強化子による条件付けの効果は、個人によって相当なバラつきがあり、お金を貰って凶悪犯罪を請け負うような闇社会の人間もいれば、何億円積まれても法や道徳に反する行為は決してとらないという規範遵守の人物もいるのである。 人間の価値観や行動選択は正に多種多様であって、個人の不利益をものともせずに正義を貫徹しようとするものがいて、軽微な違法行為であっても絶対に許せない規範主義者もいる。 反対に、お金の為であるならば、生命以外の全てのものを差し出しても構わないというような金銭至上主義者もいるだろうが、そういった人はホリエモンが想定するよりも少数派ではないのだろうか。 金銭が万能でない故に、絶大な資金力と影響力を持つ企業であっても、法令に違背することでその地位を失うリスクに絶えず晒されているのだ。 金銭が万能であるとしたら、この世界に生きる全ての人々の幸福や安心を達成できる程の力をその金銭が持っていて、秩序紊乱や経済格差、治安悪化、公正分配という問題そのものが無効化する場合だけだろう。しかし、そういった世界であれば、そもそも金銭そのものが空気のようになり交換価値が存在していないのではないか。 金銭で全ての法的問題や倫理的反発をクリアすることが出来ないからこそ、世界的な大企業であっても、既定の法規範を遵守してその範囲内で事業を拡大するというコンプライアンスを大切にするのではないだろうか。 堀江氏は、実利的なアイデアや旺盛な行動力には並外れた才能を持っていたと思うが、『お金で全てが買える』という価値観を信奉し過ぎた為に、お金を投資してくれる投資家のマインドや多様性と複雑性に満ちた人間の心理を単純化し過ぎてしまったのではないかと思えてならない。 地検特捜部の人間の全員が、金銭至上主義の価値観に従うならば、ライブドアを摘発することによる株式市場の混乱やシステムの障害を見越して逮捕を見合わせたかもしれないが、やはり、金銭に還元されない価値や理念を掲げている人が少なからずいるからこそ今回のような逮捕劇が生まれたのだろうと思う。 その金銭に反発する心理が、それを手に入れられない多数派のルサンチマンではないかというニーチェ流の反論を返すことは出来ようが、やはり、大多数の人にとって金銭は目的ではなく手段に過ぎず、それ以上に大切な人間関係や価値観を持っているものではないか。 とはいっても、堀江氏が金銭のみの価値観に閉じていたとは思わないし、実際、金銭は彼が構想していた宇宙ビジネスだとか企業規模の拡大だとかの道具であった部分もあるのだろう。 彼は子供の頃から趣味を『お金あつめ』だと学級文集か何かに書いていたが、そういった価値観がその年代に形成されるというのも珍しいことだ。 彼がお金や事業を道具として本当に得たかったものは何だったのだろうか? 忘年会で子供のように歌って踊る堀江社長を見ていて思ったのは、彼は意外に人間との情的なふれあいに喜びを見出すタイプの人ではないかということだった。 お金がなければ誰も自分の下に集まってきてくれないし、お金がなければ周囲からの賞賛や社会的な評価というものも得られないという凡庸な承認欲求の肥大、子供時代のそういった事実の確信から彼の現在の価値観が形成されたのだとしたら少し寂しい。 今後の捜査の進展や公判の判決、新体制が発足したライブドアの今後や株価はどのようになっていくのだろうか。 ■関連URL ホリエモンの『時価総額世界一の夢』の挫折とライブドア事件への雑感:1 ■書籍紹介 ライブドアの世界一になるキャッシュフロー経営
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ライブドアの事件に思う事、いくつか。
風説の流布について、ちょっとオイタがすぎたな、という感じを、今になって思う。事件が明るみに出た時、がっかりした。地道にコツコツと積み上げて大きな地位を手に入れてきたのだと思っていたから。ただ、企業の買収に絡んでの風説の流布は、市場の信頼性を損なう、とい... ...続きを見る |
1000の泉 2006/01/28 08:03 |
法は万能にあらず
2006年3月2日現在、未だに全面解決したとは言えないのまネコ問題を通して、エイベックス擁護派が変な勘違いをしている事がわかる。 掻い摘んで言うと、 ...続きを見る |
闇 ノ 覇 者 2006/03/07 16:20 |
堀江被告の実刑判決とライブドア事件がもたらしたもの1:株式市場のグローバル化の流れ
ライブドアの前社長であった堀江貴文被告に、東京地裁は執行猶予無し懲役2年6ヶ月の実刑判決を言い渡したが、証券取引法違反の罪状にしては異例の重い判決となった。堀江貴文被告の証券取引法違反の内容は、偽計取引と風説の流布、粉飾決算(有価証券報告書の虚偽記載)であり、直接的に断罪されたのは、投資事業組合を経て得た「自社株売却益」と「架空の売上利益」を売上げ高に付け替えた粉飾決算(偽装会計)である。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2007/03/19 21:49 |
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