月経前症候群の症状が重くなり、日常生活や対人関係に及ぶ障害が大きくなると、月経前不快気分障害(PMDD)という精神障害となります。PMDDは、その症候群の特徴から大きく3つの類型に分類することができます。抑うつ症候群は、うつ病(気分障害)の活動抑制的な精神症状とほぼ同一の症候群です。
PMDDの原因については諸説ありますが、発病機序の中心を担っているのは『下垂体ホルモンと女性ホルモンのバランスの崩れ』です。精神状態の安定に関与する下垂体ホルモンとしてはエストロゲンの産生をコントロールする卵胞刺激ホルモン(FSH)とプロジェステロン産生と関係する黄体化ホルモンがあります。 しかし、PMDDに苦しんでいる女性が気をつけるべきなのは、生活習慣の正常化と心理状態のリラクゼーション、喜びや面白さを感じる事のできる趣味の発見です。PMDDは、うつ病関連性障害の一つではありますが、その多くは女性ホルモンの分泌異常に由来していますので、内因性の原因不明のうつ病とは区別すべきだと私は考えます。 つまり、耐え難いほどの抑うつ感や無価値感の水準にまで至っていない場合には、極力、リラクゼーションを核とする生活行動の改善を主眼とした治療を行ってみて、それでも全く症状や状況が好転しない場合に医学的な薬物療法を検討してみては如何でしょうか。 薬物療法を実施する場合の第一選択薬は、月経前不快気分障害(PMDD)の発症機序にセロトニンの不足が深く関係していると推察されることから、SSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)となっています。その他にも、うつ病に付随する不安や興奮を緩和する為に精神安定薬として、ベンゾジアゼピン(BZD)系の抗不安薬が処方されることが多くあります。一般に、セロトニン系神経細胞の化学的伝達は、うつ病に限らず、不安障害、強迫性障害など多くの精神疾患と何らかの相関関係を持っています。 そのため、シナプス間隙のセロトニンが枯渇してくると『憂鬱・抑うつ・不安・意欲減退・焦燥感・イライラ・自己嫌悪・自信喪失・パニック・知的活動性の低下』などうつ病に特徴的な精神症状が現れてきます。身体症状としては、『生理的欲求の低下に基づく症状』が前面に出てくることが多く、睡眠障害による不眠がほぼ必ず起き、拒食や過食などの摂食障害も頻繁に見られます。 エストロゲンやプロジェステロンを用いたホルモン補充療法が奏効する事もありますが、女性ホルモンを用いた治療はPDMMの標準的療法ではなく、統計学的なエビデンス(実証性)も十分なものではないとされています。ビタミン、ミネラルなどのサプリメントやハーブや温泉を用いた民間療法などもリラクゼーション効果や気分転換の作用を期待できますが、根本的な治療法ではないのであまりに高額な民間療法の場合は避けたほうが良いでしょう。 月経前症候群や月経前不快気分障害の発症リスクが高まるのは、出産後間もない時期と閉経を間近に控えた更年期ですが、女性ホルモンのバランスは男性ホルモンよりも崩れやすく精神運動(活発性と能動性)に大きな影響を与えます。また、女性ホルモンそのものの産生や分泌を意識的に薬剤を用いずにコントロールすることは出来ませんが、栄養バランスを考えた食事内容を工夫したり、感動や喜びを感じられる機会を増やしたり、精神的に安心できる生活環境や人間関係を整えていくことで月経前症候群に対する予防的な対処をすることはできます。 いずれにしても、月経(ホルモン濃度の変動)に関連する気分障害は、『好ましい環境における時間経過によって自然寛解する可能性が高い症状』ですので、必要以上に将来に対して悲観的になったり、投げ槍な無力感に満ちた行動を取らずに、気分の悪い時にはゆったりと休養を取るようにしましょう。 気分が上向いた時には、太陽の光を浴びられる時間帯に外に出てみましょう。そして、身体を積極的に動かして、自分なりに緊張を緩和できるリラックス法を探してみるのが良いでしょう。信頼できる人に自分の悩みや不安をしっかりと聴いてもらったり、自分のペースで趣味・娯楽の充実を工夫していき、平凡な日常の中での心地良い感動や驚きに気付く体験を意識的に味わうようにするのもいいですね。 ■妊娠中の薬物療法について 女性ホルモン濃度の高くなる妊娠そのものは、気分障害発症のリスクとしてそれほど高いものではありません。妊娠はうつ病を経験した事のない女性のうつ病発症のリスクファクターではありませんが、過去にうつ病の既往症のある女性の再発率を若干高めることがあります。また、抗うつ薬の胎児への副作用を考慮すると、余ほど母体のうつ病が重篤なものでない限りは、抗うつ薬による薬物療法(維持療法)を中断しなければならなくなります。 その為、妊娠によって最もうつ病の精神症状の影響を受けやすいのは、それまで抗うつ薬による治療を継続していた女性という事になりますが、妊娠中は平常時よりも女性ホルモン産生が盛んになるので維持療法中断の副作用もそれほど深刻なものとはならないことが殆どです。また、生理学的要因や薬理作用だけではなくて、出産に対する社会制度的支援の有無や出産に対する配偶者の協力意志の強弱、結婚生活の円満度などの環境要因も妊婦の気分や情緒に大きな影響を与えます。 妊娠中の母胎に与える影響で最も懸念されるのは、胎児の催奇形性ですが、それを最も注意すべき期間は妊娠初期3ヶ月の胎児が極めて未成熟な時期です。精神疾患の病態がある程度良くない場合でも、妊娠初期の薬物療法は回避したほうが安全でしょう。また、催奇形性のみの発症リスクで考えれば、抗うつ薬で最もリスクの低い薬剤は第三世代のSSRIです。 また、SSRIは、早産・流産・死産などのリスクも、SSRIを投与していない対象群と有意な差がないという統計結果が出ていますので、妊娠中もどうしても抗うつ薬を飲まなければならない場合にはSSRIが選択されることが多いようです。いずれにしても、抗うつ薬を日常的に処方する専門医でないと責任ある判断ができませんので、うつ病や不安障害などで薬物療法を行っている女性で、妊娠の可能性がある場合には、産科婦人科や心療内科の医師にこまめに相談して適切なアドバイスをもらい、療法の変更を行ってもらうことが必要でしょう。 精神神経科領域の薬物療法を妊娠期間中に行うか否かは、全て『精神疾患を有する妊婦に、薬物を投与することの有益性が、その不利益や危険性を上回る場合にのみ処方』されることとなっています。胎児の催奇性のリスクを最も警戒すべき薬剤としては、躁鬱病治療の第一選択薬となりやすい炭酸リチウム(リーマス)とてんかん患者が飲む必要のある抗てんかん薬の一部です。 アメリカのFDA(米国食品医薬品局)が集積した大規模な統計学的調査によれば、炭酸リチウムと抗てんかん薬以外の薬剤は、人の催奇性リスクを必然的なレベルに高めるものではないとされています。しかし、どの薬剤であれば絶対に安心とはいえない部分もありますので、実際の妊娠期の薬物療法に関しては、やはり信頼できる主治医から納得いくまで説明を受けて、自らの意志で判断することが重要だと考えます。 抗うつ薬などの薬物を服用している期間の母乳保育の問題に関しては、薬物を服用している場合には粉ミルクなど人工ミルクで育児をすることが望ましいでしょう。抗うつ薬の血中濃度が低下(半減)するまでそれほど長い時間はかからないのですが、精神疾患の治療薬の成分は母乳に移行しますので、薬物療法を継続している場合は母乳を与えないほうが安全です。 母乳を飲む新生児の中枢神経系に、亢進(興奮・泣き叫ぶ・不眠・落ち着きのない多動)や抑制(過眠・元気のなさ・気分の停滞)の影響を与えるという報告がなされていますが、母乳そのものによって精神疾患のリスクが高まるということはないですので、何回か知らずに母乳を与えたとしても過剰な心配をすべきでもありません。また、SSRIも母乳中に移行するので、母乳保育を行わないほうが良いでしょう。 妊娠のメンタルヘルスに関する話に戻りますが、そもそも妊娠以前に妊娠を希望していたのか否かという出産意欲や子どもへの愛着、動機付けなどによっても、妊婦の精神状態が大きく変わってきます。基本的に、当たり前のことですが、子どもを産みたいと考えて妊娠した妊婦の場合は気分が安定しやすく動揺も少なくなります。反対に、本当は子どもを産みたくないのに妊娠してしまった場合や本人の動機付けとは別の環境要因(両親や配偶者の一方的希望)によって出産を余儀なくされている場合などには、気分障害による精神運動抑制の抑うつ感や落ち込みが発症しやすくなります。 また、精神障害発症のリスクファクターとして考慮に入れておく妊娠事態として、レイプなどの性犯罪による妊娠やその結果としての人工妊娠中絶などの場合があります。この場合には、重度のうつ病など気分障害の発症リスクが高まるだけでなく、深刻なPTSD(心的外傷後ストレス障害)の可能性を視野に入れて慎重なメンタルケアを行っていかなければなりません。 PTSDが発病するか否か、長期間にわたって極度の恐怖や嫌悪を感じるフラッシュバックが反復するか否かは、ストレス耐性に関係する性格類型や性道徳観念の強度などによって大きな個人差がありますので、一概に性犯罪に遭えば必ず深刻な精神病理に陥ると断言することはできません。しかし、外見から元気で快活そうに見え、過去の精神的被害に全くこだわりや恐怖がないように振る舞う人でも、心の奥深い領域に根深い精神的な傷を負っている場合が多くあります。周囲の人たちや心理臨床家は、安易に過去のトラウマの影響を軽視することなく、その苦痛や怒りに対する共感的な対応を心がけるべきでしょう。 性犯罪の被害者で何らかの心理的問題を抱えている人に対しては、正常な日常生活の回復を目的とした長期の経過観察と共感的配慮が必要となりますが、最も重視すべきなのは『他者への基本的信頼感の取り戻し』と『安心して生活できる環境と関係の構築』だと思います。 ■関連URL 女性のメンタルヘルス:女性ホルモンと精神機能の相関関係 |
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女性のメンタルヘルス3:女性の生理学と妊娠に関する基礎知識、生命倫理
過去に妊娠期の薬物療法に関する注意点を述べたついでというわけではありませんが、正しい女性の生理学的知識として最低限知っておいたほうが良いことをまとめておきます。 ウェブサイトの場合、不特定多数が閲覧できるという特性から対象年齢層を限定できませんが、取りあえず、妊娠可能な第二次性徴期以降の女性、あるいは、女性と性的交渉を含む交際をしている男性に向けた一般的テキストとして書きます。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2005/10/26 12:20 |
“自己愛性・強迫性・依存性”を特徴とする摂食障害と精神の退行を伴う自己愛障害
摂食障害の病態には『特別な自己アイデンティティの獲得』を目指す自己愛性と『見捨てられ不安の退行的な補償』を求める依存性の特徴が見られるが、『摂食障害の病理学と家族療法的アプローチ』では拒食と過食・嘔吐によって家族関係をコントロールしようとする強迫性についても取り上げてみた。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2007/04/24 11:24 |
双極性障害(躁鬱病)の“T型・U型”の分類と“軽躁エピソード”が持つ幾つかの問題点:2
前回の記事の続きになりますが、単極性のうつ病や双極T型障害と違って双極U型障害は、ある意味で活動と静止のバランスが取れた精神疾患であり、軽躁状態をどのように使うのかによって『行動性・衝動性・感情制御の問題の深刻度と性質』が変わってきます。また、躁病エピソードと比較して軽躁エピソードの場合には、『社会的な生産性・発想面の創造性・職業的な適応性』などが残存していることが多いので、双極性障害そのものの存在が見過ごされやすくなります。クライアントが周囲から社会的に有能でエネルギッシュな人物として評... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2007/09/13 00:11 |
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