テーマ:倫理学

相模原市の障害者殺害事件2:社会福祉・弱者支援のヒューマニズムの維持と歴史からの学び

容疑者は、この施設に就職する前から殺意(抹殺)の肯定にまで発展するような異常な『障害者排除の価値観・優生思想』を持っていたわけではないと思うが、初めから『社会福祉領域の対人援助職(子供の成長を促進する教職員も)』に対する適性・職業倫理が著しく欠けていたのではないだろうか。自分だけを特別な高い位置づけにおいて、人間一般の生きる価値や人権の…
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相模原市の障害者殺害事件1:容疑者の異常な障害者差別と身勝手な論理で歪んだ正義感

神奈川県相模原市の障害者施設『津久井やまゆり園』で19人を殺害、25人に重軽傷を負わせたとして、この施設の元職員だった植松聖容疑者(26)が自首して逮捕された。障害者が寝入っていて抵抗できない時間を見計らって、深夜1~2時にかけて実行された極めて卑劣かつ悪質な凶悪犯罪である。 異常な大量殺人の動機について『障害者なんかいなくなれば…
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神戸連続児童殺傷事件の加害者による手記『絶歌』2:加害者の表現・出版の問題について

小学生二人を殺害した元少年Aが、当時の犯行の理由や心理状態、医療少年院退院後の生活状況、被害者・遺族に対する反省の心情などを綴ったと語る手記『絶歌』が、6月11日に出版されて強い批判を浴びている。私は現時点でこの本を購入しておらず未読である。今すぐ絶対に読みたいというほどの思いはないが、全く読みたくない何の関心もないとまでは言い切れない…
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尊厳死・安楽死に示される『死の自己決定権』と安楽死法制化の議論2:優生思想・高齢化社会の影

日本でも近年、高齢者医療の末期患者や植物状態の患者を対象に含んだ形で『尊厳死・安楽死の法制化議論』が有志の国会議員や医療関係者の間で行われていることもあるが、1970年代にも重度障害者(重度障害の新生児)の安楽死問題などを嚆矢として医師・太田典礼らの『安楽死法制化運動』が起こったことがあり、その時には障害者団体の激しい抗議や倫理的な問題…
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尊厳死・安楽死に示される『死の自己決定権』と医療の関与1:米国のB.メイナードさんの尊厳死の事例

近代社会が成熟したことで人間の生命に“QOL(人生の質)・苦痛回避の安楽死”が求められるようになり、古代から“ヒポクラテスの誓い”によって定められてきた生命至上主義の『医の倫理』が変質を迫られるような動きが起こってきている。 ヒポクラテスの誓いには『私は自分の力の限り病人を助けるために治療に当たります。また、病人にとって有害無益な…
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代理母(代理出産)の『想定外のケース』によって浮かび上がった問題点2:過度の欲求とビジネス化

日本人の20代男性のケースでは『個人の特異な希望・過剰な欲求』だけに基づいて、経済的負担をする以外には自分自身が直接関わって育てるつもりがない子供(安定的な親子関係のある家庭を築くつもりがない前提での子供)を大量に出産させていること、『どうしても子供ができないカップル』の最後の手段としての代理出産ではないことなどが問題になっている。 …
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代理母(代理出産)の『想定外のケース』によって浮かび上がった問題点1:子供の授受を巡る争い

オーストラリア人の夫妻や日本人の20代男性の事例によって、代理母による『代理出産』の倫理的な問題が改めてクローズアップされている。今まで代理母に委託する代理出産といえば、アメリカで代理母を依頼した女優の向井亜紀氏のように、通常の『生殖補助医療(子を欲しいと思う男女の精子・卵子・子宮・母体を用いた不妊治療)』では妊娠・出産が原理的に不可能…
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都議会で塩村文夏都議に浴びせられた下品な野次:女性の私生活の自己決定・個人的事情に対するハラスメント

18日の東京都議会でみんなの党会派の塩村文夏(しおむらあやか)都議(35)が、女性の妊娠・出産(不妊治療)・育児に対する支援策などの一般質問をしている最中に、自民党会派の方向にいる男性都議からセクシャルハラスメントや女性蔑視(女性のライフプランや性別役割の強制に基づく揶揄)と受け取られるような野次を浴びせられた。 塩村文夏都議が、…
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『中庸』の儒教思想と子思や朱熹(朱子)の説いた君子の“道・誠・理”

『中庸』は『論語』『孟子』『大学』と並ぶ、儒教の四書のうちの一つである。儒教の中核的教義や行動規範とも関連する『中庸』という書物を書き著したのは、始祖の孔子の孫に当たる子思(しし)という人物で、字(あざな)は鯉(り)という。孔子には伯魚(はくぎょ)という男子がいたが、孔子の存命中に伯魚は死没しているため、子思は儒教教団の血統的な権威とし…
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『風立ちぬ』の喫煙描写と『はだしのゲン』の残酷描写へのクレームについての雑感:4

『はだしのゲン』には確かに小学校低学年くらいの子供に見せるには、少し過激で残酷な暴力表現(感受性の強い繊細な子供には心理的負担・恐怖になるような表現)が含まれているところがあるので、『一切の年齢制限が要らないという判断』は現在の学校教育や子供の精神への影響に見合っていない部分があるかもしれない。 しかし、現代では『戦争の残酷な生々…
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戦争にまつわる人物・出来事を題材にした作品『風立ちぬ』と『はだしのゲン』の感想:2

戦争で都市や敵艦を爆撃して人を殺害する道具(特攻の道具)として働いた戦闘機の零戦は、堀越二郎にとっては『最も美しい外観と機能を備えた機体』を追求した結果に過ぎず、自分にとって最上の美を造形しようとした作品としてのみリアリティを持っている。 ○戦争にまつわる人物・出来事を題材にした作品『風立ちぬ』と『はだしのゲン』の感想:1 …
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戦争にまつわる人物・出来事を題材にした作品『風立ちぬ』と『はだしのゲン』の感想:1

宮崎駿監督のアニメ映画『風立ちぬ』を見た。『風立ちぬ』は太平洋戦争(大東亜戦争)で使われた零戦の開発者・堀越二郎(ほりこしじろう)の人生を題材にしながら、文学者・堀辰雄(ほりたつお)の代表的な小説『風立ちぬ』の恋愛のエピソードや印象的な情景を織り込んだ作品である。 大東亜戦争の戦闘機を開発設計した天才的なエンジニアである堀越二郎が…
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学生・アルバイトの『悪ふざけ投稿による炎上』はなぜ起こるのかの原因と減らすための対応:2

実社会における『悪ふざけ・調子に乗った言動』そのものを大幅に減らすのは難しいにしても、『悪ふざけの内容を意識的に投稿すること』は“報道された事例(報道されたことによって生じた本人の不利益・不名誉・逮捕歴)”などを活用した教育によってかなり減らせるのではないかと思います。 ○学生・アルバイトの『悪ふざけ投稿による炎上』はなぜ起こるの…
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学生・アルバイトの『悪ふざけ投稿による炎上』はなぜ起こるのかの原因と減らすための対応:1

USJ(ユニバーサルスタジオ・ジャパン)で神戸大生をはじめとする学生の集団が、USJ内のアトラクションで禁止されている危険行為・迷惑行為を繰り返し行い、迷惑行為を自慢気にTwitterなどに投稿していた事で騒動となり威力業務妨害の疑いで逮捕者も出ました。ローソンやほっともっとの若いアルバイト店員が『商品の食材を保存する冷凍庫・冷蔵庫』に…
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石原伸晃氏の社会保障費増加に対する対応策と生活保護・尊厳死についての言及:3

2011年の社会保障給付費の内訳では、『年金54兆円・医療34兆円・介護や生活保護など社会福祉21兆円』となっているが、尊厳死を社会保障削減の文脈で語るという場合には、婉曲的にその後の年金をカットし、ただ生命を保つだけの延命治療の医療費をカットするという事を含意することになる。 厳密には『尊厳死』と『条件ありきの安楽死』は同一の概…
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石原伸晃氏の社会保障費増加に対する対応策と生活保護・尊厳死についての言及:2

社会保障費増加の問題を語るに当たって、なぜ石原氏が唐突に話の流れを断ち切ってまで『一言だけ言わせて頂くと、私は尊厳死協会に入ろうと思っているんですよ』と話し始めたのかは疑問であるが、『肥大する社会保障費(高齢者の医療費)』を抜本的に削減していくという文脈からの連想なのだろう。 民主党のマニフェストがばらまきを非難される『大きな政府…
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石原伸晃氏の社会保障費増加に対する対応策と生活保護・尊厳死についての言及:1

野田佳彦政権は民自公の三党合意によって『税と社会保障の一体改革』を進め、消費税増税法案を通過させたが、高齢化社会の進展によって年に1兆円ずつ膨張する社会保障費をどう賄うかが大きな政治課題になっている。国の一般会計に占める社会保障費は約27兆円で全体の3割だが、年金・医療・介護などの特別会計を含めた社会保障給付総額は110兆円規模で増加を…
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マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評6:サンデルの思想と現代の共同体の連帯

前回の記事の続きになるが、目的論的な世界観を持つアリストテレスは政治についてもその目的を問い、『政治的共同体は何のためにあるのか?』という目的性の遂行にこそ正義があると考えるのだが、こういった政治理解も国民自らが投票と議会によって政治の方向性を決めていく自由民主主義の社会とは折り合いが悪いかもしれない。 アリストテレスが正義の原理…
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マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評5:ロールズの平等主義の正義とテロス

J.ロールズは彼以前の政治哲学や倫理規範において仕方が無いことや運命として見過ごされていた『道徳的恣意性(遺伝や身分、家庭、民族など偶然の要素による有利・不利)』をできるだけ縮減して無くそうとすることに正義を見出したのだが、ロールズのいう格差原理に基づく平等主義の正義論には、『実際には無くすことが難しい種類の格差(生まれながらの能力・環…
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マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評4:カントの定言命法とロールズの正義論

インマヌエル・カント(Immanuel Kant, 1724-1804)は外部の条件や他者の要求に従う『他律』ではなく、自分が定めた格律(行為規範)に従って行動する『自律(オートノミー)』こそが、真の自由であり責任能力の根拠であると主張した。I.カントは功利主義的な『結果(帰結)の利益』によって物事の善悪を判断する思想に反対して、自由な…
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マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評3:徴兵制と志願兵制(労働市場)の倫理学

前回の記事の続きになるが、政府への服従を嫌う個人主義が根づいていたアメリカの北軍の勢力圏では『徴兵』は余り有効に機能せず、20万7千人に徴兵命令を送付しても、大半は逃亡するか障害申請で兵役免除を願い出たという。免除費を支払ったのは8万7千人、身代わりの傭兵を雇ったのは7万4千人で、実際に兵役に従事したのは4万6千人に過ぎなかった。鉄鋼王…
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マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評2:ベンサムの功利主義とミルの自由主義

イギリスの哲学者のジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham, 1748-1832)は、人間の快楽と苦痛は計量可能な『量的』なものと定義して、『最大多数の最大幸福(あるいは人数にこだわらない最大幸福)』を原理とする功利主義(utilitarianism)を提唱した。ベンサムにとっては『快楽や幸福をもたらす効用(結果)のある行為』…
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マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評1:対話型講義と現代社会を動かす原理

ハーバード大学教授であるマイケル・サンデル(Michael J. Sandel,1953~)の『正義(justice)』について考える倫理学的な哲学が、現代において注目されている理由は何だろうか。その理由は色々と考えられるが、大きく分ければ以下の2点に収斂してくると思う。 1.NHKで放送された『ハーバード白熱教室』に示される学生…
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“ふつうの幸せ”が手に入りにくい心理的ハードルと社会経済的要因:香山リカ『しがみつかない生き方』

現代社会では『生きづらさ・生きることの虚しさ』を訴える人が増えていて、国際比較における日本の主観的幸福度の実感はいつも低い水準に留まっている。なぜ物質的・経済的に豊かになったはずの日本で、『幸福感・満足感』を安らかに実感できる人が相対的に少なくなっているのか、なぜ自殺者や絶望者、無気力者が大勢生み出されていてメンタルヘルスの悪化が深刻に…
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人間の牧畜・肉食は倫理的に好ましくないのか?アニマルライツの考え方と苦痛や死を隠蔽する文明社会

宮崎県の口蹄疫問題では、畜産農家の被害やその補償という観点とは別に、口蹄疫での家畜処分をきっかけに『人間と家畜との関係性』について、Twitterで倫理学的な討論も起きていたようです。私も過去に何度か『アニマルライツ(動物の権利)の問題』について言及してきたので、牧畜(屠畜・肉食文化)と人間の倫理観について少し考えてみようと思います。 …
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“人間の知能・感情”と“動物の知能・感情”のアナロジーが生む生命倫理(権利意識)の感覚

自然環境保護や動物愛護は『自然・動物の価値』を高く評価する運動理念ですが、自然環境(景観・気候)や動物の生命を過剰に徹底して守ろうとすると『人間の文明的・文化的な生活水準』をある程度は落とさなければならなくなります。自然環境や動物の生命(絶滅危惧種)を守ろうというエコロジーな意見には、大多数の人が賛成しますが、実際にどこまで人間社会の利…
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アニマル・ライツ(動物の権利)と人間の倫理感覚3:文明社会における“死・苦痛のリアルの隠蔽”

地球の環境問題が本質的に『人類の存続性・資源利用にとっての問題』であり、『地球という物質の集積にとっての問題』ではないように、アニマル・ライツの問題も動物側から権利要請が為されるわけではないという意味において、『人間の良心(罪悪感)に関わる倫理判断の問題』として受け止めることができる。 何の罪もない動物たち(犬・猫・鯨・牛・豚)を…
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アニマル・ライツ(動物の権利)と人間の倫理感覚2:人間中心の世界認識を生む“人間原理”

できるだけペットが売れ残らないような『需給バランス』を考えたペット産業へと変わっていく必要性は当然あるが、『人間とペットとの相補的な関係性』そのものは今後も続いていかざるを得ないと思う。これは“新薬開発・解剖実習・科学研究”などの目的で行われる『動物実験』にもつながることで、『(動物の苦痛と犠牲を減らす)倫理的な動物実験のあり方』は模索…
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アニマル・ライツ(動物の権利)と人間の倫理感覚1:ペットによる癒しを得る飼い主の責任

『犬・猫』といった人間にペットとして飼われる動物たちの権利を、どこまで守るべきなのかは難しい問題です。ペットの動物たちは人間以上に大切な家族として可愛がって貰えることが多いし、人間の子どものように将来の自立を期待されるわけでもないので、『ペットとして飼える環境』が維持されていれば、飼い主はペットの動物に対して死ぬまで強い愛情と関心を注ぎ…
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男性原理と女性原理が拮抗する“過渡期”としての現代:個人を制約する規範としての“性・家”と“貨幣”

『女性の身体・性愛・生殖』が女性自身のもの、女性に自己決定権があるものになるのは、20世紀後半の1960~1970年代以降の性の解放を通してのことでした。“男性の性”と“女性の性”が道徳的に均等化した歴史は古代社会を除けば短いのですが、18世紀以前は女性の身体は『神の所有物』とされ、19世紀~20世紀初頭は『家・夫の所有物』とされたとい…
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