テーマ:日本史

江戸時代の人口動態から見る結婚・離婚・平均出生数:18世紀の婚姻率上昇と人口停滞

江戸時代の前半が『人口増加期』であり、後半が『人口停滞期』であるというのは、農業生産量(石高)の変化とも如実に連動している。1598年の日本の総石高は1851万石で、1697年にはそれが2580万石にまで急増しているのだが、江戸期後半になると1830年の段階の総石高は3043万石であり17世紀末と比較してもそれほど成長しておらず、幕末ま…
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天皇陛下がビデオメッセージで『生前退位』の意向:戦後の象徴天皇の模範的体現と国事行為の遂行

天皇陛下が8日に放送されたビデオメッセージで、82歳の高齢と身体の衰えに言及され、『象徴天皇としての務め』を果たし続けることが今後困難になった場合の最善の身の処し方について考えるようになったとのお気持ちを示された。 ビデオメッセージの前に報道されていた『生前退位(生前譲位)』のご意向について間接的に示される内容であり、今上天皇が国…
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天皇・農村と境界領域に生きた非農業民:日本史における神聖なるものと卑賤なるものの距離

生活共同体の互助から外される村八分を恐れるのが『有縁(農民)の世界』であるが、縁切り寺を象徴的なものとする『無縁(漂白民・宗教勢力)の世界』においてはむしろ『縁・絆から生まれる束縛・強制・不自由』から人を解放する作用のほうが重視されたりもした。 網野善彦の百姓論と柳田国男の常民論と戸籍・徴税:日本史における擬制的な親子関係 …
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網野善彦の百姓論と柳田国男の常民論と戸籍・徴税:日本史における擬制的な親子関係

日本は『神の国』だという森喜朗元首相の発言が過去の天皇主権体制を意図しているのではないかということで物議を醸したこともあったが、『神の国』というのは『瑞穂(米作)の国』と並ぶ日本の画一的・伝統的にそう思われてきた国家観の一つであると言って良い。 網野善彦の非農業民に注目した百姓論と日本の地域の多様性:日本人観のステレオタイプ …
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網野善彦の非農業民に注目した百姓論と日本の地域の多様性:日本人観のステレオタイプ

日本の国土の大部分で米作りの稲作(水田農耕)が行われてきたという『瑞穂の国』の伝統的な日本観は、古代ヤマト王権にまで遡る江戸時代以前の時代に日本人の一般庶民の大半が『百姓(ひゃくしょう)』と呼ばれる農民だったという単一農耕民族(定住民たる農民)の伝説を作り上げてきた。 水田の稲作に適しているのは一部の棚田を除けば『平野部』であり、…
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戦後70年と薄れゆく戦争の記憶2:武藤議員のSEALDs批判・憲法三原則否定と安倍談話

自民党の武藤貴也議員が、安保関連法案に反対する市民運動をしている学生団体“SEALDs”に対して、『戦争に行きたくない行かせたくないから反対というのは、自分さえ良ければいいという利己的な個人主義で間違っている(戦後の平和主義教育・個人主義教育が公共・国家のために生命を捧げられない利己的な考え方をする個人を生み出したのではないか)』という…
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戦後70年と薄れゆく戦争の記憶1:礒崎陽輔首相補佐官の失言と立憲主義の法的安定性

日本の夏は『終戦(敗戦)の夏』でもあり、広島・長崎の原爆の日(8月6日,9日)、終戦記念日(8月15日)と戦争関連の公的行事が続く。実際に戦争に参加したり原爆・空襲の被害を受けたりした歴史の語り部たちの多くが鬼籍に入りつつあることもあり、戦後70年という大きな節目の年を迎えた日本は、『歴史認識・安保関連法案・集団的自衛権・国民教育・憲法…
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『昭和天皇独白録』の書評2:なぜ日米開戦は防げなかったのか?天皇と政治家・軍人・国民

昭和天皇が臣下の首相・軍人に対して例外的に自分の意思を示して命令や指示、賛否表明をした事例としては、『張作霖爆殺事件(1928年)に対する軍法会議の処分を怠った田中義一内閣の総辞職』『上海事件(1932年)における白川義則大将に対する停戦・戦線不拡大の指示』『ポツダム宣言受諾と終戦決定の御前会議における御聖断(1945年)』などがある。…
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『昭和天皇独白録』の書評1:アジア太平洋戦争と“立憲君主”としての天皇の役割

戦後の昭和21年(1946年)3~4月にかけて、昭和天皇が大東亜戦争の原因と経過、終戦についてご自分の記憶だけを元に語られた独白を、外交官(書記官)の寺崎英成(てらさきひでなり)が書き留めて記録していたものである。 遠慮なく話せる極めて近しい側近だけを集めた非公開の場での昭和天皇の発言であり、ここだけの話の“内輪の述懐”として語っ…
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安倍首相の靖国神社参拝と戦没者の慰霊・外国の理解2:過去の戦争・道徳の総括と不戦の誓いの連携の模索

国際社会に対してだけではなく日本国内においても、『ファシズムに対する一億総懺悔』以上のアジア太平洋戦争の総括が終わっていないところがあるとも言えるが、あの戦争に国民全体を巻き込んだ『国民精神総動員(民主主義の仕組みの終焉と人権の停止)・外交的努力の放棄と国益至上の拡張主義・マスメディアの戦争賛美や国民意識の扇動・国体に忠義を尽くす愛国心…
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安倍首相の靖国神社参拝と戦没者の慰霊・外国の理解1:靖国神社と戦争・兵士動員の歴史

12月26日に安倍首相が靖国神社に参拝したことに対して、日本との歴史的な侵略・併合の経緯がある中国・韓国だけではなく、アメリカやEU諸国も『戦後の国際秩序に対する挑戦・日本の憲法9条に象徴される平和主義外交(戦争放棄)の転換』なのではないかという意味を込めて失望・懸念を表明した。 靖国参拝に肯定的な日本側の言い分としては『国家のた…
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山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条』の書評10:客観的な前提条件を無視する自己肯定の危うさ

日本軍は『精兵の養成』のために徹底的な訓練をして敢闘精神(滅私奉公)の内面化に力を入れたが、それは『精兵に求められる術・芸・精神性の絶対化』であり、『受験競争型の精兵主義』であったため、『一方的に固定されていた前提条件(制約条件)』が変化すれば、それら芸と精神の至上主義の考え方で育成された精兵は実戦で機能しづらくなってしまった。 …
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山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条』の書評9:精兵主義の限界と科学的思考の欠如

ひとりひとりの日本人は兵士としての戦闘力・精神力が強かったし、日本軍は海戦や南洋諸島で玉砕するほどの大打撃を受けるまでは非常に強かったというのは、一面の真実ではあるのだが、それは『アメリカ・本格的な近代戦に勝てる種類の強さ』ではなかった。強い日本兵が敗れたのはなぜだろうか。 その答えが『「芸」の絶対化と量』に記されているのだが、簡…
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山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条』の書評8:軍の士気低下と飢餓・略奪の相互不信

ニューギニア島での戦いまでは日本軍の戦意や士気は高くて頑強に抵抗したが、フィリピン戦では士気が総崩れとなり、上官の将校が懇意にしている慰安所の女を真っ先に逃がすなどして、兵士の規範・模範の基準が失われていったという。自分の日本人の妻妾を部下に荷物を背負わせて山の陣地に連れ込もうとする渡辺参謀の事例が上げられ、こういった軍隊の権限の私的流…
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山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条』の書評7:初めての総力戦・長期戦と厭戦気分

昭和12年(1937年)当時、その後に泥沼化していく『日中戦争』を『日華事変(北支事変)』と呼称していたように、関東軍は中国との戦いを『国家間の大規模かつ長期的な戦争』などではなく『警察力で対応できない騒擾・反乱(=軍隊の出動が必要になるが一時的な騒擾事件に過ぎない)』という程度に甘く解釈していた。 数ヶ月程度の短期間で中国とはケ…
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山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条』の書評6:大東亜共栄圏の理想と対等意識になれない現実

飽くまで日本の支配体制・世界経営に服従して、天皇主体の八紘一宇や大東亜共栄圏の価値観に同意する限りにおいて、外国のアジア人を日本人よりかは劣った同胞(亜日本人)として認めるという『自己の絶対化・文化の普遍性の欠如(他の文化的基準・民族的尊厳の否定ないし劣等視)』があったのであり、こういった独りよがりの価値観をもってアジア解放・欧米追放を…
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山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条』の書評5:フィリピンのゲリラ軍と日本中心のアジア主義

日本人とアジア人との間に当然あるはずの『文化圏・歴史・価値観・生き方の違い』を省みることなく、天皇を君主に戴く日本軍がアジアを欧米帝国主義から解放して上げるのだという世界観(使命感)を強制したことも“敗因の13と20”に上げられている。 敗因13は『一人よがりで同情心がないこと』、敗因20は『日本文化に普遍性なき事』であるが、アジ…
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山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条』の書評4:収容所の暴力支配と虚飾のメッキ・人間の本性

収容所(固定メンバーで活動する閉鎖環境)におけるリンチ問題は、現代の日本における学校のいじめや体罰、虐待などにも通じる問題である可能性があるのだが、山本七平氏はこの収容所体験を、みんなが平等に最低限の衣食住を保障されて労働や格差、組織の命令から解放されれば理想的な集団秩序が作れるのかという『社会実験』だったのではないかという見方をしてい…
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山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条』の書評3:“現実の数字”を無視する員数主義

小松真一氏の『日本の敗因二十一カ条』の冒頭に掲げられた要因は、『精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えずに。米国は物量に物言わせ、未訓練兵でもできる作戦をやってきた』というものである。 アメリカの兵力・火力に対抗し得る『幻想としての精兵集団・…
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山本太郎議員が渡した手紙の問題から『戦前の主権・立憲君主制の象徴天皇』を考える:2

日本をファシズムの総動員体制・軍部独裁体制(戦時国家)へと導いていった5・15事件(1932年)にせよ2・26事件(1936年)にせよ、そのテロ事件を正当化する根拠は『天皇の御意志の忖度』にあり、『(国政壟断で私腹を肥やす)君側の奸を除く』というスローガンが大衆に喝采されたりもした。 当時の日本国民は、民主主義や政党政治、企業経済…
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山本太郎議員が渡した手紙の問題から『天皇の政治利用・戦前の日本の思想と体制』を考える:1

山本太郎参院議員(無所属)といえば過激な反原発思想・原発廃止論者として知られ、『放射性物質の汚染・健康被害』についても、必ずしも科学的根拠に基づいているとは言えない不安・恐怖を煽るような発言が目立つ。原発事故の被害・恐怖を、主観的な信念に依拠して訴える山本議員の反原発運動には賛否両論があるが、『とにかく早く原発を無くして欲しい・既得権や…
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松本清張『砂の審廷 小説東京裁判』の書評2:大川周明・東条英機の確執と汎アジア主義

大川周明の日本精神を中核に置いたアジア主義の思想は、猶存社時代の『雄叫び』に書いた大川の文章、猶存社の綱領にも反映されているが、大川は1920年頃に以下のようにアジア主義・アジアの大同団結のために果たすべき日本の役割について述べていた。こういった日本を絶対的盟主の地位に置いたアジア主義のための軍事国家建設思想(アジアを団結させて白人の世…
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松本清張『砂の審廷 小説東京裁判』の書評1:戦時中の右翼思想を代表した大川周明

敗戦後の『東京裁判(極東国際軍事裁判,1946年5月~1948年11月)』は、戦勝国による敗戦国に対する一方的な断罪・報復で不公正な裁判だという批判は根強くあるが、松本清張の『砂の審廷 小説東京裁判』では日本の右翼思想の理論的指導者だった大川周明(おおかわしゅうめい,1886-1957)を題材として、『大東亜共栄圏構想の本流だった世界観…
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橋下徹市長の『慰安婦関連発言』と日本・欧米・中国を含む全ての国が歴史の悲劇から学ぶべき事

『女性の人権・現代的な倫理観』を軽視しているとして物議を醸した橋下徹大阪市長は、『過去の戦争には従軍慰安婦が必要だった。日本だけではなく諸外国も慰安婦制度を持っていて興奮した兵士たちを慰めていた。在日米軍の猛者たちは合法的な風俗業を活用して性的エネルギーをコントロールすべき』などと発言したが、これも『悪いことをしたのは日本だけではない』…
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安倍首相の“戦後レジームの脱却・歴史認識の見直し”とアジア太平洋戦争の見方:2

安倍政権では首相自身は参拝せずに供物を献納するに留めたが、麻生太郎副総理はじめ複数の閣僚が国家のために戦争で生命を捧げた英霊に敬意と追悼の念を捧げるとして『靖国神社』に参拝している。戦争指導者とされるA級戦犯を合祀した靖国神社に、政治家が参拝することに対する中国・韓国からの非難は長年続いている。 日本人が靖国神社に参拝するかしない…
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安倍首相の“戦後レジームの脱却・歴史認識の見直し”と主権回復の日の記念式典:1

安倍晋三政権には、“金融緩和・財政政策(公共事業)・成長戦略”の三本の矢に象徴される経済政策と“憲法改正・戦後レジーム(自己批判の歴史認識)の見直し・愛国心を考慮した教育改革”などに象徴される保守主義(復古主義)との表裏の二面性がある。 異次元の金融緩和によって“円安・株高”に湧き、国土強靱化の巨額公共事業(復興・防災)によって“…
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『道徳』の教科化で子どもの思いやりの心を培えるか2:儒教道徳・同調圧力と主体的な倫理観形成

身分秩序・仁義忠孝を重んじる儒教道徳は権威化や形式化が行き過ぎてしまうと、その魅力・美点が弱まって硬直的な儀礼主義になってしまう。明治24年には、明治天皇の御親筆(御名)による教育勅語に、十分に深く頭を下げて敬礼しなかった教員の内村鑑三が、教育勅語への頭の下げ方が足りずに『不敬』であるとして免職されたり誹謗中傷・嫌がらせを受けるという『…
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『道徳』の教科化で子どもの思いやりの心を培えるか1:戦前・明治の道徳教育と現代の倫理観

学校でいじめ・自殺・非行・学級崩壊などの問題が起こるのは、現代の子ども達の道徳観や規範意識が低下していることが原因だとして、安倍政権は『道徳』の教科化の教育政策を打ち出している。少年犯罪・いじめ事件の統計を見る限りは、近年、急速にその件数が増加したり凶悪化したりしているわけではないが、『いじめ問題(いじめを原因とする自殺・重大事件)に対…
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『島原の乱』の原因を作った松倉重政・勝家父子の苛烈な悪政とキリシタン弾圧:江戸期の禁教・鎖国体制

元和2年(1616年)に、2代将軍・徳川秀忠が出した『二港制限令(長崎・平戸のみを南蛮船に開港する)』は幕府の鎖国政策の始まりとなったが、この鎖国政策にはキリスト教カトリックの宣教師の潜入潜伏を阻止して、海外でキリシタンとなった日本人が帰国することを防ぐという禁教の意図も含まれていた。 厳密には、江戸幕府は海外との交流・貿易をすべ…
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キリシタン大名の有馬晴信・小西行長の没落と禁教令の時代の到来:京都・元和の大殉教

1613年(慶長18年)の『バテレン追放令』によって、江戸幕府のキリスト教に対する弾圧姿勢が法的にも固められ、この禁教令によって長崎・京都にあったキリスト教会は破壊されてしまった。1614年11月(慶長19年9月)に、宣教師・修道士・著名なキリスト教徒はマカオ、マニラなどに国外追放処分となり、キリシタン大名の走りであった高山右近もマニラ…
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