テーマ:思想哲学

『人生の意味・価値』についてどう考えるとやる気がでるか2:自分の心身を使って日常を生きる

極論すれば、大多数の人には日常生活を真剣に生きて苦楽に喘ぎながらも、『自分にとっての価値ある体験』や『自分にとって大事な意味ある人間関係』を積み重ねていく以上の人生の意味はないわけだが、逆に誰もが受け入れられる究極的な意味・価値などなくても人間は食べなければ腹が減るし、孤独が続けば人恋しくもなるし、情報やCMに接すれば何かが欲しくもなる…
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『人生の意味・価値』についてどう考えるとやる気がでるか1:最終的な帰結は問題ではない

物事を実際にやってみる前から『無意味・無価値』であると決め付ける冷笑的なニヒリズム(虚無主義)は、『やる気・行動力・生き甲斐』を失わせてしまう。 やる気・行動力を高める考え方とニヒリズムのリスク1:面白くない・つまらないの決めつけを捨てる すべてに意味がないとするニヒリズムの究極的な根拠は『人間はいずれ必ず死んでしまう』や『…
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江戸時代の人口動態から見る結婚・離婚・平均出生数:18世紀の婚姻率上昇と人口停滞

江戸時代の前半が『人口増加期』であり、後半が『人口停滞期』であるというのは、農業生産量(石高)の変化とも如実に連動している。1598年の日本の総石高は1851万石で、1697年にはそれが2580万石にまで急増しているのだが、江戸期後半になると1830年の段階の総石高は3043万石であり17世紀末と比較してもそれほど成長しておらず、幕末ま…
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日本の人口が増加した歴史的な4つの時期:江戸時代の約3300万人を上限とする人口支持力

江戸時代には『江戸・大坂・京都』という都市が賑やかに発展して多くの人口を抱えることになったが、『都市部では人口増加率や婚姻率が低くなる・農村部から都市部に人口が移動する』というのは江戸時代も同じであった。都市は一般に婚姻率を下げたり婚姻年齢を上げたりして、人口増加を抑制する『自動的な人口調節機構』としての作用を意図せずに持つことが知られ…
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ロバート・マルサスの人口論と人口調整メカニズム:日本の人口規模の歴史的推移

トマス・ロバート・マルサス(Thomas Robert Malthus, 1766-1834)は『人口』は幾何級数的(等比数列的)に急速に増加するが、『食糧生産』は算術級数的(等差数列的)に徐々にしか増加しないので、人口と食糧生産(生活資源)との間には必然的に資源不足の不均衡が発生して、生産力の増加率は人口の増加率にどうしても追いつかな…
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ロバート・マルサスの人口論と各時代の社会が持つ人口支持力:人口増加による貧困の警戒

21世紀の先進国は基本的に『人口減少社会』としての特徴を持ち、日本も少子高齢化・超高齢化が進んで財政負担が大きくなり、『社会保障の持続可能性+社会保障維持のための増税』が深刻な社会問題として認識されやすくなっている。 ロバート・マルサスを嚆矢とする『人口学』では、その社会の人口支持力(人口を養う力)によって人口が増減すると考える。…
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日弁連の死刑制度廃止宣言と被害者遺族の感情2:現代社会で重犯罪者をどう処遇すべきか

こう書いてみると死刑制度存置に説得力があるように感じる人も多いはずだが、死刑制度を廃止すべき根拠としてあるのは『人権(生存権)の不可侵性・冤罪や誤判の可能性・加害者の更生可能性と情状酌量の余地・加害者と被害者遺族のコミュニケーションによる感情の変化』などである。 人権(生存権)の不可侵性というのは、平たく国家権力といえども誰であっ…
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日弁連の死刑制度廃止宣言と瀬戸内寂聴さんの過激発言への批判1:応報刑の正義論

日本の世論調査では約7~8割の圧倒的多数が『死刑制度の存置』に賛成しているとされ、『加害者の生命』でしか償いようがない非常に重い許されざる罪があるという考え方を持つ人が多い。 死刑制度廃止に向かう国際社会の潮流や価値観とは、日本の世論及び日本人の罪と罰を巡る感情は大きくかけ離れているが、その根本にあるのは利己的な殺人で被害者の生命…
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介護は人間がすべきか、ロボットにさせても良いか?:人に固有の仕事・役割・存在の価値とは何か

アメリカではGoogleや大学機関、ベンチャー企業が中心となった『ロボット・ルネサンス』のような動きが加速しており、『器用な運動機能を可能にするロボットアーム+人間の知能の代わりをするAI(人工知能)+人間とコミュニケーションできる能力や擬似的な心の働き』を組み合わせて次世代ロボット(ヒューマノイド型も含め)を開発しようとしている。 …
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AI・ロボットの需要増と現代人が直面する“少子高齢化・労働力不足・メンタルヘルス”

『必要は発明の母』という使い古されたことわざがあるが、現代の少子高齢化や労働者不足(仕事の選り好み・ストレス耐性の低下も含む)、医療・介護・メンタルヘルス・孤独の問題が深刻化する先進国は『AI・ロボットの必要性』が潜在的に高まっている。 そういった時代・人口・働く意識の閉塞感と歩調を合わせるかのようにして、ディープラーニングを学習…
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AI(人工知能)・ロボットは人の仕事を奪うのか?:労働力不足とブラック企業

21世紀は『ビッグデータ・IoT(モノのインターネット)』に支えられた『AI(人工知能)・ロボットの進歩』によって、今まで経験したことのない高度なテクノロジー社会が到来すると予測されている。30年ほど前まで、スマートフォンやインターネットどころか、携帯電話・FAXさえなかったことを考えると、20世紀末からのイノベーション(技術革新)とラ…
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人が見た目・身なりで判断されやすい都市文化と身分制秩序の崩れ:贅沢な消費で成長する市場経済

都市と田舎の違いとして、人口が少ない田舎はお互いがどういった身分・立場の人かを知っている『顕名性』があり、人口が多い都市では向こうからくる相手がどこの誰だか分からない『匿名性』があるという違いがある。 田舎ではどんな身なりをしたってその人がどこの誰だかみんな分かっているので、身なり(服装)に気を使って格好つけても背伸びに限界がある…
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イギリスの地主的・職業的なジェントルマン階級と人々の実際の身分より良く見られたい欲望

19世紀のイギリスのヴィクトリア王朝で保守党党首・首相を務めたベンジャミン・ディズレーリ(Benjamin Disraeli,1804-1881)は、議会制民主主義・労働者保護を推進したりインド・エジプトへの積極的な帝国主義政策を展開したことで知られるが、『イギリスはジェントルマンとそうではない庶民という二つの国民(階級)からなっている…
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近代化を促進する都市文化と消費文明:“貴族・身分”の時代から“職業・金銭”の時代へ

資本主義で運営される現代の先進国は『都市文化』や『消費文明』としての特徴を持っている。国家や都市、国民経済が成長して近代化すると、人の居住地・職業・身なり・生き方を束縛する『身分制度』が緩和されたり廃止されたりして自由になる。 自由になった市民は労働・教育・キャリア・貯蓄・投資などを通して、それ以前の時代よりも経済的に豊かになり『…
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アンドロイド・ライツ(ロボットの権利)とサイボーグ化の自我肥大(蘇る不老不死の幻想)

人間とロボット(人工知能)の『心』についてあれこれと考えてみたが、心を持つことが自明とされている人間が、『心を持つように見えるロボット・人工知能』に、その心(感情・気分・思考)を揺り動かされたり好意や愛着を覚えたりすることは確実なことだろう。人間が『ペットの動物(ロボット犬のAIBOにさえ)』に対して時に人間に感じる以上の愛着・好感を感…
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人工知能(AI)とアンドロイドの進化はユートピアをもたらすか?2:ロボットの心の有無

アンドロイド(ロボット)と人間(生命体)の最大の違いは、『自己保存(生存)+自己複製(生殖)の本能』や『自分・仲間のために解決したいと思う問題』を持っているか否かである。『ターミネーター』や『アイロボット』のようなハリウッドのSF映画では、アンドロイド(ロボット)が反乱を起こして人間に従わなくなるわけだが、こういった反乱を起こすためには…
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人工知能(AI)とアンドロイドの進化はユートピアをもたらすか?1:労働者の解放か失業者の増加か

人間の形態と機能を模倣しようとするアンドロイド(ヒューマノイド)は、人工知能・ロボット開発の究極の成果の一つと見られることが多い。近未来SFに出てくるような人間と区別がつかないアンドロイド(ヒューマノイド)は、人間社会に“ユートピア(理想郷)”をもたらすとも“ディストピア(絶望郷)”をもたらすとも予測されている。 アンドロイドの普…
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AI・ロボットのテクノロジー進化は人類の脅威になるのか?2:技術はどこまで人間を代替していくのか

“Artificial Intelligence”のAI(人工知能)にも、人間の知的能力を部分的に置き換える『部分AI』と人間の知的能力を全体的に置き換えてほぼ人間同等の存在を生み出そうとする『全体AI』とがあるが、現在開発されているAIのほとんどは会話やゲームなどに特化した部分AIではある。 ロボットの大半も現時点では、生産ライ…
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ショーペンハウアーの『幸福について』の書評5:現実の苦痛回避と社交(他者)を避ける隠棲主義

幸福や快楽を心理作用が織り成す一時的な幻想と見なす悲観主義者のショーペンハウアーは、『欠乏・疾患・困難などの不幸』を除去した状態を幸福と定義しており、できるだけ危険(リスク)や災厄を避けて生きたほうがいいというわけである。 『積極的な幸福という実体なき幻想』を追い求めることによって、逆に『現実的・積極的な不幸』に見舞われるリスクが…
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ショーペンハウアーの『幸福について』の書評4:人にどう思われるかを気にする名声欲の解釈

アルトゥール・ショーペンハウアー(1788~1860)の著書『幸福について』は、“自分の外側(他者)”にではなく、“自分の内側(自己承認)”に幸福の原因を求めることを推奨する幸福論の本である。 外向的な他人(社会)に認められる幸福というものは、一般的な幸福として羨望されやすいものだが、他人から愛されるとか社会から評価されるとか経済…
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ショーペンハウアー『幸福について』の書評3:永続的な幸福と他者否定のペシミズム

ショーペンハウアーは脱俗的あるいは非社交的なペシミスト(悲観主義者)であるから、その理想的な人間性は外界や他者に自分の内的世界の充実を邪魔されないという意味での『隠遁生活・孤高の境地』となって具体化されるということになる。 精神的に優れた人間が『隠遁・閑居・孤高』を好む理由として、ショーペンハウアーは才知に富む人間は何よりも苦痛と…
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ショーペンハウアー『幸福について』の書評2:“人のあり方・内部の財産”を強調する幸福論

ショーペンハウアーは完全な健康と身体の好調の価値を賞賛するが、それは健康な乞食が重病で苦しむ王様よりも幸せだということに通じ、『本質的に透徹した価値・魅力のある人間性(内部にあるもの)』に対しては、位階も富もそれに取って代わることができないというのである。 『自分自身の知性・理念・解釈・感情の総体としての人間性(ショーペンハウアー…
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ショーペンハウアー『幸福について』の書評1:人間の運勢の差を生み出す“3つの根本規定”

ドイツの哲学者アルトゥール・ショーペンハウアー(1788~1860)が、人間の精神的(内向的)な幸福追求の手段と可能性を論じたのが『幸福について ―人生論―』であるが、冒頭でまず古代ギリシアのアリストテレスの『人生の3つの財宝』に触れている。 アリストテレスは『外的な財宝・心の財宝・肉体の財宝』の3つを上げたが、ショーペンハウアー…
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山本七平『勤勉の哲学』から読む石田梅岩の『消費の倫理』3:“名聞・利欲・色欲”の破滅回避と近代的合理

石田梅岩の『斉家論』というのは、家の秩序を整えるための書であり、家を浪費・奢侈・見栄によって破産させないための書でもあるのだが、実際、慶長時代から栄えていた商家・町家(成金)の多くが、分不相応な贅沢・豪勢な生活をして派手な浪費に耽ったことで、江戸初期には没落してしまったのである。 山本七平『勤勉の哲学』から読む石田梅岩の『消費の倫…
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山本七平『勤勉の哲学』から読む石田梅岩の『消費の倫理』2:なぜ散財・贅沢を戒めたのか?

石田梅岩の石門心学において人間の性善説の根拠となる『本心』について、本書では『自分を批判する心(自己反省の内省力)』として解説されており、この本心はS.フロイトの精神分析に置き換えれば『超自我(スーパーエゴ)』としても理解することができるものだろう。梅岩の回心(コンバージョン)による本書で『発明』とも呼ばれる絶対善(赤子のような無智の聖…
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山本七平『勤勉の哲学』から読む石田梅岩の『消費の倫理』1:高尚な学問と日常生活・仕事の統合

山本七平が『勤勉の哲学』で、仏教徒の鈴木正三(すずきしょうさん,1579-1655)に続いて取り上げているのが儒者の石田梅岩(いしだばいがん,1685-1744)である。石田梅岩は賢しらな知識に惑わされない無学者を賞賛する仏教徒と同じく、知識や自意識に左右されない『無智の聖人・赤子の心・自然悟道(しぜんごどう)』を人間の性善説の現れであ…
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IS(イスラム国)が一般市民を大量殺戮した“パリ同時テロ”:フランスの報復・排除とムスリムの包摂

レストランや劇場、競技場など7ヶ所を武装したテロリストが襲撃した『パリ同時テロ事件』は、129人以上の死者、99人以上の負傷者を出す未曾有の惨劇となった。いくつかのニュース記事で、テロリストから襲撃を受けた一般市民の体験談の生の声が紹介されていたが、わずか数分間で数十人が銃殺されて血の海が広がるという凄惨な地獄絵図のような状況である。 …
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山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評8:人生と仕事の運命性にどう向き合うか?

鈴木正三の生きた江戸初期の『封建制・身分制』が固められていこうとする時代には、憲法で『職業選択の自由』などが保障されているわけでもないから、『職業・仕事にまつわる自己決定権(自己選択権)の前提』そのものはないのだが、『下克上(戦国乱世)の終焉による身分流動性の大幅な減少』によって野心ある元武士(元々はかなりの家柄・身分)であっても農業を…
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山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評7:現代の職業選択の悩みと鈴木正三の前世論

現代における職業選択に関する迷い・悩みの多くは、『自己決定権・自己選択権の想定』によって生まれている。実際には様々な所与の前提条件があり、すべての職業を現時点の自分が選べるわけではないのだが、自分が選んで決めたはずの職業・仕事に上手く適応できなかったり職務のきつさ・ストレスに耐えられなかったことに『罪悪感・自己否定感・無力感』を感じやす…
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山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評6:修行(仏行)としての職業と純粋動機原理

仏僧でもある鈴木正三の勤労観は、すべての職業の本質は運命的に与えられた役割を黙々と正直にこなす『仏行・修行』であり、それぞれの職業は罪業(業障)や煩悩を消していく『悟りの道』に通じているいうもので、すべての職業が仏行である以上、あらゆる職業に貴賎の区別はないとしている。 山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評5:『私が悪…
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