「自意識過剰・ナルシシズム刺激」で人は調子に乗りやすくもなる2:SNSのイイネ文化と自己愛

自意識過剰とも連動している人間の「自己愛」は、非常に増長しやすい(調子に乗りやすい)のですが同時に非常に萎縮しやすい(傷つけられやすい)という特徴も持っています。

客観的な能力や対人魅力がある程度高く、いつもハイテンションでとても自信家に見えた人が、一つか二つの大きな失敗・挫折を契機にして、急に言葉数が少なくなったり非社交的になって他人と関わろうとしなくなったりすることもあります。

「自意識過剰・自他の比較」によって人は悩みやすくなる1:理想自我・完全主義とのギャップ

中学生時代におちゃらけて明るかった人(能力があるように見えた人)が、大学生や社会人になって見かけてみると覇気のない暗い性格や何となく陰気な雰囲気になっていることもあれば、その逆で昔のその人が嘘のように明るくなっていて自信満々に見えることもあるでしょう。

こういった一人の人間の急激な変化は、「自己愛のアンビバレンツ(調子に乗りやすいが傷つきやすい両義性)」を考えれば理解できないことでもなく、人は今の自分の人生や評価が「自分の内面に抱えている理想自我・完全主義と比較してどのくらいのレベルにあるか」によって、「自己愛・自信(自己評価)」が簡単に肥大したり萎縮したりしてしまいやすいのです。

他者・異性から認められたりちやほやされると、人の自己愛・自信が簡単に上昇することを示した心理学実験として「ウィックランドの自己評価に関する実験」があります。男子大学生を対象とした実験で、自分の容姿は見せずに「自分の声を録音したテープ」を女子大学生に聞かせて、その声の印象・魅力を元に「その人と一緒に実験をしたいと思いますか」という質問に答えてもらいます。

その時に、わざと「声の印象がとても良いのでまた一緒に実験をしたいという回答」と「声の印象があまり良くないので次の実験は違う人としたいという回答」を男子学生に与えます。その後に、「自分の声が録音されたテープ」と「他人の声が録音されたテープ」を準備して、男子学生にどちらでも好きな方のテープを聞いて科学的・客観的な音声分析(声の調子・イントネーション・リズムなど)をするように指示を出しました。

すると、「声の印象がとても良いのでまた一緒に実験をしたいという回答」を女子大学生にもらった男子大学生は、自分の声が録音されたテープばかりを自己愛的に聞いて音声分析の課題をこなしました。一方、「声の印象があまり良くないので次の実験は違う人としたいという回答」をもらった男子学生は、自分の声が録音されたテープをもう聞きたくないという気持ちが強まり、他人の声が録音されたテープばかりを聞いたのです。

こういった自分に関する「客観的な知覚情報(自分の写真・音声・映像など)」を好むか好まないかは、「自己愛・自信の強さ」と密接に関わっているとされます。自分が嫌いであればあるほど、写真も映像も残したくないし見たくもなくなり、自分の客観的な声などに対する嫌悪感も強まりやすいのです。

そして、人はどうやら客観的な魅力だけではなく、他人や異性に「外見・声・髪型・ファッションなどがいいね(魅力的だね)と評価されるほど自己愛が強まる傾向」にあるのは確かなようです。

今年の流行語の一つに「インスタ映え」という言葉がありましたが、インスタグラムで自分の色々なポーズの写真や仲間と一緒に盛り上がっている写真をアップする人も、概ね「自己愛・自信・自己肯定感が高めな人たち」でしょう。

自分で「自分の客観的な姿・写真」を頻繁に眺めることが好きな人、自分で自分を見ると癒されるナルシスティックな感覚がある人は、精神的な落ち込みや苦悩が減りやすいとも言われるので悪いことでもないのですが、その自己肯定や承認欲求の心理が「イイネの数」によって補強される現代的なネットの構造も影響しています。

FacebookやインスタグラムのようなSNSが現代で流行している要因の一つが、「自己愛・承認欲求の拡大(人から自分・家族の姿や人生の展開についてイイネで肯定してもらいたい)」にあることは明らかです。

しかしそういった自己愛(ナルシシズム)や承認欲求は一概に否定的に見られるものでもなく、昔から一貫して「人から認められること・人に好かれること・異性から自分を評価されること・自分自身を好きになれること」などは、人の心が元気になって自分に自信を持てるようになるエネルギー源なのです。

「褒めて育てる育児方法」と「批判して育てる育児方法」のどちらが良いかの対立では、現代は「褒めて育てる育児方法」が圧倒的に支持されていますが、それは人間一般の基本的心理として「褒められることによる自信・自己評価の上昇の効果」が大きく気分も良くなるからでしょう。

ただ「褒めて育てる育児方法」や「人から褒められる認められることによる心の健康維持」の問題点は、客観的な能力・魅力の競争もある年代になってくると、誰もが何もしなくても「みんなに褒められたり認められたり(異性にちやほやされたり)する状態」を保つことは一般に簡単なことではないということがあります。

大きなお金や安定した年金給付があれば精神の不調が良くなるという昔の精神分析で論じられた「年金神経症」と同じようなもので、常にみんなから褒められたり好みの異性からチヤホヤされたりすれば精神的な健康状態が良くなるというのは一面の真理かもしれません。

あるいは、多くの人から否定されたり無視されたりし続けたことやあまりにも自分の思い通りにならない状況が続いたことで、精神状態が悪化していって病気になってしまう人がいるのも現実の症例としては少なからずあります。しかし、(その人の心の健康のためならとみんなが常に全力で肯定して奉仕してくれること自体が)非現実的な想定なので意味がないのです。

同じ自意識過剰にも、他人よりも自分は劣っているとか恵まれていないとかいった「劣等感・自己嫌悪に覆われた自意識過剰」もあれば、他人・異性から認められている私は捨てたもんじゃない、なかなかの実力・魅力があると思いながら自己像を見つめる「優越感・ナルシシズムが肥大した自意識過剰」もあります。

メンタルヘルスを維持して自分に対する自信(自己肯定感)を高められる「適度な自意識のレベル」が求められてきます。

しかし、覚めた気分で「客観的な自分」を見つめすぎても自分が嫌になりやすく、人におだてられたハイテンションで「調子に乗った自分」に酔っていても失敗しやすいというのが、人間の自己愛のセルフコントロールの難しい部分だと思います。


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