自己意識が高い人と低い人の主観的幸福度の実感:自己中心性と私的・公的な自己意識

自己愛性パーソナリティー障害(NPD)や反社会性パーソナリティー障害(ASPD)では、他者とのトラブルの原因として『自己中心性』が問題になりますが、人間の大半は程度問題を考えなければ自己中心的な行動様式を取ることが多いものです。

その自己中心性が『意識的』であるか『無意識的』であるか、他人に直接の迷惑(危害)を加えるものかどうかという違いは確かに大きいのですが、人間の行動・関係の動機づけはよほどの余力がない限り、『自己中心性(自己利益や保身・名誉や承認・快の刺激・好きな人を選び・生活のため・仲間外れにされない居場所の確保など)』を大きく外れることは少ないといえば少ないのです。

パーソナリティー障害の水準にまで行かなくても、自己中心的な人に対して『自分のことばかり考えているんですね・自分だけが良ければいいんですね』という批判が言われることは多いのですが、この台詞を言っている人の立場においても『もっと自分のために尽くしてほしい・こんなに苦しんでいるのにあなたは心配じゃないのか助けてくれないのか・私を見捨てるというのなら人でなしではないか』という自己中心的な要求とその要求を受け容れてくれない相手への不満・失望・怒りのようなものが表出していると推測されます。

自己中心的な人は自分のことばかりを考えている人と言われるように、一般的には自分で自分に対して注意・意識を向ける『自意識(自己意識)が強い人』になりますが、自意識が強いからといって必ずしも自己中心的な人になるとは限らないのが人間心理の面白いところでもあると思います。

同じ自意識が強い人であっても、『自分の視点・目線から見た自意識が強い人』『他人(世間)の視点・目線から見た自意識が強い人』とでは、その価値観や生き方にのっとった行動原理がまったく違ってくるのです。自分の視点・目線から見た自意識のことを『私的自己意識』、他人(世間)の視点・目線から見た自意識のことを『公的自己意識』といいます。

人間はみんな多かれ少なかれ自己中心的な傾向は持っていますが、それでも他人に迷惑をかけず危害を加えない人、マナーや礼儀がしっかりとしていて他人(世の中)のために行動しているような印象を与えやすい人は、人(世間)からどのように見られているかを気にして自分の言動・態度を調整する『公的自己意識』が強いのです。

今でこそ、シニカル(冷笑的)な目線から『意識高い系=現実離れした中二病的な自意識』と揶揄するような批評もありますが、一般的には『自意識が高い=私的自己意識と公的自己意識の双方が高くて向上心や貢献欲求がある』というポジティブな意味合いで、意識が高いと言われることが多いわけです。

自分で自分に意識を向けていることが普通(当たり前)と思う人も多いのですが、仕事をしたり出かけたり遊んだりして社会生活を送っている時には、『外部の世界・他者』に外向的な意識・関心を向けている事の方が多くなります。

ある意味では、『自分自身に意識を向けている状態』や『自分自身のことについて(自分自身が人にどう思われているかについて)考えている時間』が少ない人のほうが、外部世界に適応して主観的幸福度が高くなりやすい(あれこれ迷ったり悩んだりすることが無くなりやすい)のです。

自分の人生や現状に満足している人のほうが、私的・公的な自己意識が低くなりやすいというのは、仕事が順調に進んでいて没頭している時や仲の良い恋人・友達と一緒に楽しく遊んでいる時(おしゃべりしている時)を思い出してみても当てはまるように感じる人が多いのではないでしょうか。

しかし、私的・公的な自己意識の高さは『外部社会・人間関係への適応度』とは別の部分で、『ナルシシズム(自己愛)・主観的な自己評価』を高めることがあるので、本人にとっては必ずしもそれが苦痛な状態ではない可能性は多いにあるということもあります。


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