回避性パーソナリティー障害(APD)と『大人としての成熟』が拒否されやすくなった現代

仕事状況や学校生活、対人関係に適応しづらい性格行動パターンは、回避性パーソナリティー障害(Avoidant Personality Disorder:APD)の特徴が関係していることも多い。

クラスターC(C群)に分類される回避性パーソナリティー障害は『不安感の強さ・積極性の乏しさ・意欲の弱さ』の特徴があるが、その中心にあるのが『人から拒絶(否定)されるかもしれない不安感』『責任・負担の重さに耐え切れないかもしれない不安感』である。

評価される仕事(勉強)をして人から否定されるかもしれない、あるいは自分の実力・体力以上の大変な仕事を引き受けてその責任の重さに耐え切れないかもしれないという不安感に押し負かされる形で、やってみないと上手くいくか分からない社会的活動や対人関係の伴う行動を回避してやめてしまうことになる。

現代人には現実生活における不利益や支障が生じない程度の『広義の回避性パーソナリティー』は増えているとされ、精神発達プロセスの停滞や心理社会的な成熟の困難が原因として想定されている。

心理社会的な自立の達成も、成熟した自己アイデンティティーの確立も、結婚・出産育児を通した通過儀礼的なライフステージの移動も、過去の時代に比べて格段に難しくなっている。

大人になりたくない『ピーターパン症候群(永遠の子供症候群)』というシンドロームが話題になったこともあったが、大人になっても子供っぽい気分や行動を多く残している『成熟の回避(いつまでも若い時のままの心理状態や行動基準で大きくは変わらない)』は半ば一般化してきている。子供を持つ親でも、自然に心理社会的な成熟に向かうとは限らなくなったのである。

現代人は多くの人が、何らかの『責任・負担・面倒・厄介』が生じるかもしれないと感じる社会的活動から距離をできるだけ置きたいと考えるようになり、自分にとってよほどの必要性やメリットがない限りは、(相手から自分に何かを求められる形の)対人関係や仕事状況を好ましくないストレスと感じやすくなっているのである。

学校を卒業して正規雇用の社会人となり自立すること、異性のパートナーと愛し合って結婚・出産育児をすることというのは、1980年代くらいまでの日本社会ではほとんど全ての人が挑戦して達成しなければならない『成熟した大人になるための通過儀礼(イニシエーション)』であった。

その成熟した大人になるための通過儀礼は大抵の場合、世間体や見栄・常識、同調圧力によって拒否しきれないものだった。1970~1980年代までの30歳時点における男性の正規雇用率・男女の婚姻率は今とは比較にならないほど高く(9割以上が就職・結婚をしていて)、就職・結婚・子供に躓くことの劣等コンプレックスや偏見・差別にさらされて世間体が立たない自己嫌悪(みんなからなぜしないのかと聞かれ続けて職場にも行きづらくなる)は極めて強かったのである。

しかし2000年代に入ってから現在に至るまで、『非正規雇用率の増加(選択的な人も非選択的な人もいる)』『未婚率・出生率の低下(晩婚化・晩産化の傾向,生涯未婚率の上昇)』が続いており、昭和期と比較すれば正規雇用の就職をしない人(できない人)、結婚・出産育児をしない人(できない人)の数はかなり多くなっている。

男性の正規雇用と家族扶養、男女の結婚と子供を持つことが、9割以上の同世代の人がクリアする同調圧力が十分に効いた通過儀礼だった時代には、『大人として成熟すること(経済的・人口的な再生産に他のことを捨てて全力で取り組むこと)』は努力したり選択したりしてやり遂げることというよりも、一定の年齢になればやるしかない社会的義務(みんながやること)であった。

『大人になること・成熟すること』を受け容れて順応するか拒否して自由にやるかという選択肢が、個人の意識・生活に現実のものとして浮かび上がることも少なかったということがあるが、現代では個人主義・自由主義が中心的な思想になったことで過半の人が『自分は自分・他人は他人』と割り切るようになり、大人としての成熟に必要とされた定型の通過儀礼が絶対的な影響力を振るえる基礎が失われたのである。

『大人になること・成熟すること』が喜びや生きがい(幸福の始まり)につながるのか、束縛や不自由(幸福の終わり)につながるのかは人それぞれであるが、現代では成熟した大人になりきらないほうが(自分の時間・行動・役割の自由度を残して遊びの要素も残したほうが)喜びや楽しみが多いと感じる人の比率が多様性の下で高まっていることも、現代の成熟の主観的価値を落としてしまってる面がある。

現代で回避されがちな大人になって成熟することによって、自分は何を成し遂げたいのか、何が得られるのか、誰にどんな影響を与えたいのかという根本的な部分を振り返って、『回避しない・義務や責任を果たす・対人関係(後続の若い世代)と向き合う』といった大人としての役割のある生き方の価値を改めて考えてみる必要があるようにも思われる。

回避性パーソナリティーは、不登校・ニート(就業困難)・ひきこもりなどの非社会的問題行動の背景にあることも多い。特別に記憶に残っているいじめ・虐待・排除(強い非難)・トラウマなどがなくても、『他者からの否定的評価に対する過敏反応』や『自分の能力のキャパシティを超えたと感じる他者からの期待の負担(重圧)』によって、社会生活や対人関係に上手く適応することができなくなってしまうケースが目立つ。

他人に対してはっきりものを言うことができない自己主張の弱さ、特に自分よりも強くて有能だ(自分よりも堂々としていて押しが強くて饒舌だ)と感じるような他人に対しては心理的にも身体的にも萎縮・緊張してしまいやすい。回避性パーソナリティーの人でも『自分の思っていること・言いたいこと』を率直に言いやすいような柔らかい物腰をした共感的・受容的な相手であれば、過敏に反応する不安感を抑えて何とか人間関係を築いていける。

しかし、相手の自己主張・存在感が強くて『要求・期待・役割』を押し付けられそうな人には強い不安感や煩わしさを覚えやすく、『初めから近寄らず回避して逃げる行動パターン』『反発・抵抗を諦めて従順になる行動パターン』かに分かれやすいのである。

回避性パーソナリティー障害の人は逃避的か受動的かに分かれやすいということだが、これは対人関係に苦手意識を持ってなかなか他人と親しくなろうとしない理由にもなっている。常に他人とは一定の距離感を保っていて、いつでも回避(離脱)できる構えを取っているのは、迂闊に自己主張や押しの強い相手につかまって関係を作られると『反発・抵抗を諦めて従順になる行動パターン』にならざるを得ないからである。


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