男性と女性のどちらが生きづらいのか?2:男と女で何が得(損)かが変わる非対称性の問題

その人が外見をどれくらい重視しているかというのは、表面的な意見からだけでは分からないことが多く、『社会的望ましさ』の影響も受けるので大半の人は『外見よりも中身のほうが大切』と回答するのですが、実際には『自分が選択可能な範囲の中でできるだけ好みに合致していて性格も自分と合う美しい人・格好いい人』を選ぼうとする人が多いわけです。

厳密には、あえて見た目が好みではない人(美的な要素がまったくなく性的に魅了されない人)のほうがいいからそちらを選ぶという人は少ないということになります。男性社会では一般に自分の社会的地位・経済力と見合った美(性的魅力)を女性に求める男性が多くなりますが、女性も仕事を持ち経済力をつけてきた現代では『男性側だけのニーズ』が満たされることはなく、女性からも厳しく選ばれるということになります。

男性と女性のどちらが生きづらいのか?1:男は力・女は美のプロトタイプの変化とジェンダー

女性のほうが男性よりも美貌・外見で評価される傾向は現代でも強いですが、この傾向は生物学的性差に基づく偏りというよりは、『女性が経済力・権力・仕事を持っていないことが多かったという社会的・歴史的な男女差の構造』による部分が多いでしょう。

近年は、女性でも外見・顔が爽やかで格好いい男性(いわゆるイケメン)が好きなことを公言して憚らないようになり、男性の恋愛格差(モテ格差)が取りざたされることも増えていて、男性の外見コンプレックスやその反動としてのミソジニー(女性憎悪)も問題になったりしています。

女性の社会参加が進んで就労率も高まり、若年世代では男女の所得格差は縮んでいます。若いうちは女性のほうが就労率・所得が高くなっているくらいですが、『社会的な力・お金を持っている側が相手を選ぼうとする傾向』は恐らく男女の違いがほとんどないのではないかとも思わされます。

男女共に相手に高い水準の美や力を求めすぎるようになったこともあり(雇用・経済の格差が広がったのに従来の男性が主な稼ぎ手として家族を扶養すべき、女性は補助的なパートでも良いというジェンダーが残っている影響もありますが)、現代では全般的に『恋愛関係・男女関係が低調』になって恋人がいない若い人たちが増えているともいいます。

伝統的ジェンダーのプロトタイプである『女は美・愛嬌』というのは、言い換えれば『外見が好みで美しいか・性格が自分に対して明るく笑顔が多くて優しいか、気配りしてくれるか』ということですが、こんな特徴はもしそんな相手を選ぶことが可能なのであれば、男性が女性にだけ求めるものではなく、女性だって男性に求めたいものであることは明らかです。

その意味では、現代の女性が仕事をして経済力を高めていくほど(男性に一方的に経済的依存をしなくても良くなるほど)、むしろ『男は美・愛嬌』という要素が強く求められやすくなり、最近になるまで進化論的に美で選り好みされてこなかった男性のほうが恋愛面・性愛面では不遇をかこちやすいということになるのかもしれません。しかし、男女の生物学的性差が反映される男女の異性に対する欲求の違いとしては、『男性は女性の身体や存在そのものを求めやすい・女性は男性が何をしてくれるか実際に役に立つかを求めやすい』という違いはあるかもしれません。

ただ平均的には男性のほうが経済力・長期雇用があるという男性社会の構造は暫くは残り続けるでしょうから、美(見かけ)や愛嬌(サービス精神)で高望みする女性が増えると、カップリングの失敗や未婚率が上昇して女性自身が経済的な人生設計で困るという事態も増えてくるかもしれません。それ以前に、男性の平均所得や社会保障が落ち込んで、男性自身が独り身でも困るという状況もあるかもしれないので、単純に男性と女性のどちらが有利かという話ではありませんが。

現代社会では『男性のほうが得か、女性のほうが得か?』『男性と女性のどちらが生きやすいか(生き難いか)?』という議論も多く行われていて、昔と比べればかなり女性が生きやすくなった(自由になった)面はありますが、それでも男性と女性が生きやすいと思う条件の違いという『男女の非対称性』があるのでこの問いに答えることは簡単ではありません。

典型的な男女の非対称性としては、結婚生活・子育てをするのであれば、男性は基本的にフルタイムの労働を65歳以上くらいまでは休まずに続けないといけないが、女性は相手や経済状況によっては、結婚してから働かないという選択肢やパートの短時間労働だけの選択肢があるという違いがあります。

慣習規範としても、女性の無職に対してより男性の無職のほうがより厳しい道徳的批判(世間からの否定的な扱い)を浴びやすく、仕事をしておらず十分な財産もない場合には男性のほうがより人格や生き方を強く否定されやすくなります。

『男性のほうが得か、女性のほうが得か?』という質問に簡単に答えようとすれば、現在まで残る男性社会や慣習規範の影響を前提にして、『男性では社会的地位・経済力(お金)を持っているほど生きやすい』『女性では美貌・コミュニケーション力(愛嬌)を持っているほど生きやすい』とは言えると思います。

ただ男性が社会の財の大半を握る男性社会であっても、『主観的幸福度』に関しては常に女性のほうが高いという統計があり、男性一般が男性であるというだけでお金持ちや権力者なはずもなく男性間の格差が大きいという問題もあります。

男性のほうが不利益が多いというデータとしては『平均寿命が短い・自殺者が多い・ホームレスが多い・ひきこもりが多い・犯罪者(暴力の加害者)が多い』があり、女性のほうが不利益が多いというデータには『大学進学率が低い・平均賃金が低い・管理職比率が低い・経営者や国会議員など社会の指導的立場に女性がほとんどいない』などがあります。

しかし男性のほうが主観的幸福度が低いにも関わらず、『生まれ変わったら女性になりたい男性』はほとんどおらず、むしろ『生まれ変わったら男性になりたい女性』のほうが多くなっています。

その理由には、男性社会においては男性のほうが『主体的な他者(異性)に依存しない人生』を生きやすいということがあるのかもしれません。男性は確かに女性と比べると、競争原理や労働道徳が厳しく働いてストレスもきつい、人生の勝ち負けの意識にも悩まされやすいのですが、視点を変えれば、『選ぶ男性(自分の性的魅力)』によって大きく人生を左右されやすい女性と比べると、男性のほうが『勉強・仕事などにおける自分の能力と努力の結果(社会経済的な競争をしてきた結果と自己責任)』として自分の現状を受け容れやすいというような見方もできるのではないかと思います。

『男性のほうが得か、女性のほうが得か?』という質問には、高身長や高所得のハードワークといった『同じ条件・要素』があっても、男女でそれが得か損かが変わるという『男女の非対称性』があるために簡単に答えにくい部分もあります。

ジェンダー論では、社会が『男女の区別・男女の特質・男女の平均的な関係性』を作り出しているというように考えて、社会構造や慣習・文化・政策を変えることによって『男女それぞれの差別・不利益』を無くしていこうとする傾向がありますが、社会からすべての抑圧や慣習、差別を無くすことは普通に考えればやはり不可能です。

男女のジェンダーや社会的な抑圧を完全に無くす改革の方向性は不可能ではありますが、『男性であること・女性であることによる社会的制約(誘導される行動パターン・価値判断)』を明らかにすることはできます。

自分が誘導されている男性・女性としての行動パターンを明らかにした上で、社会的に制約・規制されている『男らしさ・女らしさ』にどの程度合わせるか、あるいはどれくらい外れて自由にするかという『人生・男女関係・行動選択の多様性』がもたらされるということに新たな可能性があるのだと考えています。


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